百五話 生き金と死に金
お金がある人が何をするだろうか、と考えてみて1番最初に浮かんだのが投資。
確かに投資資金としては十分なものがあるだろうけど、でも別に増やしたいというわけではない。むしろ少し減らしたい。
だから消費の側面が強い方を考えてみた。
長い目で見れば増えるのかもしれないけど、少なくともしばらくの間は消費と呼んでも問題ないはず。
翌朝、最初に向かったのは服屋。
何せレッドとホワイトの服装があれなのだ。ホワイトに着せるには私の服は小さすぎるし、ブラウンの服も少し細い。
別にホワイトがデブとかってわけじゃなく、むしろ私達の側に問題がある気がするんだけど……まあそれはともかく。
レッドもレッドで合わせられない。ブラックとは体型が全く違うし、1番近いのはブラウンだろうけど、やっぱりサイズが合わなさすぎる。私の服? そんなの論外。
というわけで、まずは1人につき3着ずつの服を買った。
服ってのは案外かさばるもので、私達の荷物の大部分はこれだったりする。圧縮袋がほしい。
水や食料と違ってそこら辺で拾うなんてのはほぼ無理だし、そのくせ失ってしまうと色々とまずいしと、これだけはどうしても削れない。
色々な服を着るのは楽しいし、実際ダニヴェスに住んでた時はかなりの量を持ってたんだけど……今は「1着買ったら1着捨てる」「滞在が長引くなら5着まで、そうでなければ3着まで」というマイルールを守ってる。
だから私の服の入れ替わりは結構激しい。
次に訪れたのがここ。
私としてはほぼ無縁のお店だけど、ブラウンは目を輝かせている。……つまりは金属武器屋。
お金の使い道として選んだのは、装備の新調。投資先が自分というのは、冒険者であれば割と一般的なのではないだろうか。
私の装備には金属はほとんど含まれてないし、唯一のダガーですら手入れ不要のウルトラスーパーレアアイテム。
戦士2人が色々と選んでる間、私はかなり暇なのである。いや、3人と呼びなおそうか。
「槍ってどう? 楽って聞いたんだが――」
「あんまり冒険者には向いてないってさ」
「じゃあ長剣は?」
「木に刺さって抜けなくなるのがオチだろ――」
レッドはとりあえず戦士としてデビューしてみるらしい。
だからこんな感じで武器選びから始めてるんだけど……何を選ぶことやら。ダガーまで行くと正直レンジが狭すぎるし、剣って選択は悪く無いと思うんだけどなぁ。
ま、剣は剣で問題も結構多いらしい。ブラウンやシパリアのような使い方をする場合、ある程度魔力に耐えられる金属であるという必要があるんだけど、これは普通の金属よりも柔らかいんだとか。
柔らかいってのにはメリットもあって、靭やかだったりと折れにくさにも繋がってたりするんだけど……なんというかまあ、扱いが難しいらしい。正直この世界の冶金はあんまり詳しくないから分からん。
槍とかは刃の部分が小さい分加工がしやすいとかも聞いたことがある。けどまあ……ダンジョンや森みたいな狭いところで扱うには向いてないだろうね。逆に対人戦ならあれほど強いものもないとは思うけど。
「楽しそうですねー」
「ホワイトもさっきまであっちだったじゃん」
レッドとホワイトに武器を渡すのはどうかと考えている部分はあるけど、しかしレッドのおかげでこれだけのお金があるというのも確かなわけで。
だから信用してみることにした。もしこれで寝首をかかれでもしたら大変なことになる。
つまりは私の大っ嫌いな博打ってことになるけど……でもなんとなーく勝てる気がする。負ける気せぇへん勘やけど。
「私、武器なんて初めてです」
「使わずに済むといいんだけど」
というわけで、ホワイトにも護身用として1本持たせることにした。
彼女のは刃渡り12cm程度のナイフで、武器として使うにはかなり心許ない、っていうか武器としての使用は考えてない。
しかし刃物である以上はちゃんと使えば人を殺すことだってできてしまう。体表から心臓までの距離は10cm程度だし、頸動脈を切るのであれば5cmもあれば十分だ。
この矛先が私に向けられないことを願おう。……ま、肋骨に阻まれるのがオチだと思うけど。
◆◇◆◇◆◇◆
結局、全員がほとんど全身を新調することになった。
生き金と死に金だなんていうけど、これは生き金って奴でいいんじゃない?
革鎧は特に問題がなかったし、ダガーも新しいのは求めてないしでこの2つは続投。
長らく使ってたポシェットはだいぶヘタってきてたので、新しく小さめの奴を新調。小さくした代わりにリュックを追加して、衣類なんかはこっちに移すことにした。これならブラウンみたいにぶん投げても多分大丈夫。
後は服と靴、それから細かい雑貨を色々と買ったくらい。うちで1番お金使ってないかも。
逆に1番使ったのはブラック。
あいつの鎧って半分くらい金属なんだよね。んで金属鎧って革鎧よりもだいたい高いんだよね。しかも今まで使ってたのはかなり古いものだったらしく、正直ボロボロだったんだよね。
つまりはほぼ全てを一新したってわけで。
「荷物が軽いっていいね!」
「だから俺はいいって……」
本人が嫌がってるのを無理やり買わせたみたいなとこあるし、別に文句が言いたいってわけじゃないけどさ。
だからってまさかパーティ用資金の底を見ることになるとは思わなかった。残り39,321リャン・バァウォンて。320ベルにもならないぞこれ。
「せめてもう少し安いものでも――」
「命を守るものにお金を掛けて何が悪い! ドン!」
「ドン?」
この主張を変えるつもりはない。
私はともかく、彼らはおそらく死後に意識が連続しない普通の魂なのだから。
私達魂子の場合は連続するけど……まあそのまま100%って感じでもないらしいし、人生が1回であるというのに変わりはないらしい。だからできる限り死なないように生きていこう。死んだらぶっ殺す。
「ところで安い宿に変えてもいいですか……?」
「構わん」
「高いトコってなんか慣れねーし」
「安いところってどんなところです?」
全くの素寒貧ってわけでもないけど、しかし先を見ていくならこの残金では少し不安だ。
場合によってはしばらく稼ぎがしょっぱくなる可能性もある。というのも南部の冒険者ギルドは東部とはまた別のところらしく、しかも今回は引き継ぎするとかも伝えていない。
「情報収集も兼ねて冒険者ギルドを探してみよー」
「おー」
◆◇◆◇◆◇◆
ヘッケレンやアルムーアがある地域はエトラと呼ばれ、呪人大陸では東部に位置している。
アルムーアのすぐ西であるリウンは南部に含まれ、南部と東部の冒険者ギルドは別の組織である。
以前、というかアルマニエットだった時期はここにも東部の冒険者ギルドがあったらしいんだけど……まあ色々あって、今は南部の冒険者ギルドが置かれている。
「なあ、冒険者ギルドってさ……どこも一緒じゃね?」
「ホントに別の組織なのかって思っちゃうよね」
ヘッケレンに入った際に感じたことだけど、やることが同じとなれば別の組織であったとしてもかなり似通ったものになるらしい。やはり収斂進化は正しかった……?
とはいえ違うところも数多い。例えばホワイトとレッドは既にここの拓証を持ってたんだけど。
「5人分の仮拓証です。検めください」
ここの冒険者ギルドには魔力を登録するって制度がないらしく、つまりは重複して登録することができてしまう。
もちろん普通はそんなことしないんだろうけど……今回に限っては都合がいい。それからもう1つ。
「明日の10時から第2室で説明だって」
研修って呼ぶべきなんだろうか? 私達みたいな新入りが現れた時にはなんだか長ったらしい説明会が開かれるようだ。
予定時間はまさかの2時間。めっちゃ長い。
あ、そういえば時間の方はウラーフ・イナール式で統一することにした。ウラーフ・イナールでは24時間で区切られてるらしいし、私としてもそっちの方が計算しやすくて助かるし、十二進法を教えるのに都合がいい。
今まで使ってた方の"1時間"って結構曖昧で、季節だけでなく月の動き、更には個人の起床時間なんかにもよってかなり変化するんだよね。不定時法っていうんだっけ? ぶっちゃけかなり扱いづらい。
「10時っていうと……何時?」
「今の季節だと、"2時"の少し前くらい」
起きてる時間を16時間、寝てる時間を8時間、どちらでもない時間を1時間ずつ挟んでいるのが今まで使ってた時間。
かなり主観性が強く、正直あんまり頼りにしてなかった。ダニヴェスでは時間よりも鐘の音で行動してたし、だからこそ時計なんかに驚いたっけ。田中久重かっての。
でも私と違い生まれつきこれを使ってた2人にとっては、定時法はいまいち分かりづらいようだ。
「大丈夫、レッドが教えてくれるから」
「なーんで俺なの」
「ついでに沿岸語の授業も追加ね」
「それも俺なの」
「十二進法だけでなく十進法も覚える必要があるかも」
「授業料貰うかんな」
知識ってのは財産であって、それに対価を求めるのは当然。だからお金を払うことに関して文句はない。
できれば安いほうが嬉しいけど。
「なあ、それホントに全部要る?」
「もう少し先は沿岸語が公用語らしいからね。でも"呪人語"を使えてるブラウンなら簡単だって」
「じゃあ進法って奴は?」
「掛け算と足し算できれば簡単」
「要る?」
「……個人による」
まあ覚えなくてもいいっちゃいいけどさー。色々使えるに越したことはないと思うんだけどさー?
でもブラウンだしなぁ。覚えられるかどうかの方が不安だし……無くてもいっか。
「じゃあパス」
「お金の計算くらいはできるようにしない?」
「ブルーがやればいいじゃん」
「居なくなったら困るよ?」
「じゃあブラック」
ああ言えばこう言うって感じだし。
話しながら人混みを歩く、なんて普通のことが微妙に嬉しいのはなんでだろう。
今までだってこうだったし、今後もこうであるはずなのに。
あ、なんか哲学っぽいこと考えてたせいで宿聞き忘れちゃった……。
◆◇◆◇◆◇◆
宿では2部屋を借り、男女別ということにするはずだった。
こっちにホワイトが居る以上レッドが何かを起こすことは難しいだろうし、ホワイト単体であればまあ多分なんとかなる。
はずだった。
「あ、お、おかえり」
「ああ」
いつの間にかブラックとの2人部屋にされてしまっていた。
いや言い直そう。レニーと2人っきりである。
ティナの「気を利かせてやったぜ!」って感じのあの表情……水掛けてやればよかった。
あの日以来、私達に特に変わりはない。
ぶっちゃけずーっと一緒に動いてるわけで、見張り番とかにでもならない限りは2人になるシーンというのは多くないのだ。
それを意図的に作ってくるとか……でもさ? そういうの恥ずかしがってるのってなんか子供っぽいじゃん? というわけで反対しなかった結果がこれである。
ちなみにベッドは1個しかない。
……こんな風に緊張してるのもなんか恥ずかしいな?
今までだってテントの中でくっついて寝たりなんてしてたわけで、別に恥ずかしいなんてことはないはずだな?
でも意識しちゃうんだなーこれが。お互いに体を洗った後だってのもなんかこう、さ?
いやいや待て待てきっとレニーはそんな男じゃない。もっとこう、奥手で……はないのかなぁ。結構強引だったしなぁ。
じゃあ直接聞いてみる? 単刀直入に? 私が? 無理だわ死ぬわ爆発するわ。
「ブルー」
「はい!」
「……アンでいいか?」
「外で言わないならいいと思います!」
やべーさっきから声上擦ってるー。
「どうした?」
「どうもしないです!」
落ち着け?
「日記は書き終えたか?」
「はい、終わりました」
「そうか……」
よし、少しずつ落ち着いてきたぞ。もうちょっと、もうちょっとだ――
「寝るか」
「はいぃ!」
元はフるはずだったのに、何回描き直してもアンがフッてくれなかったせいで生まれた謎の展開。