百四話 苦手なことと重量物
拝啓お父様。
新年を迎えた今日、ダリルレ・リニアルの空は何を見せていますか。きっと冷えることでしょうから、暖かくしてお過ごしください。
こちらは今日も吸い込まれてしまいそうなほどの青空が見え、冬であるにも関わらず日光浴もできてしまいそうな、そんな陽気な日が続いています。
現在、私はアルムーアという都市に来ています。
町の悪い人らの集まる怖いところに来ています。
今すぐ助けに来てください。
サモン、ロニー!
……まあ、そこまで切迫した雰囲気って感じでもないけど……いややっぱ怖いわ。私こういうのとは意図的に距離置いて生活してたんだぞ。苦手なんだよう。
彼らには彼らなりの作法的なものがあるようで、最初は安酒場へと案内された。
レッドはあそこで例のカバーストーリーを伝え、また小さくなってはしまったものの"人魔石"を見せつけるという2つの方向から攻めたようだ。
捕まえた彼が信用したのかどうかまでは分からないけど、その後はもう1度移動し、いくつかの細い路地を抜け、よく分からん建物に入ったんだけど……。
入った途端に気付いた。
ここはいわゆる拠点ってやつの1つに違いない。
なんてったって私達は如何にもな感じの武装した輩4人に囲まれてるし、彼らの目つきはそこら辺の普通の人とちょっと違う。
ただ淡々と人を殺せる人の目だ。
とかなんとかオドオドしてるうち、目的地らしき部屋に通された。
魔力視は当然使ってるけど……錠の部分以外特に魔力は見当たらない。私は自分の目を信じるぞ。
カランカラン。
「入れ」
金属同士がぶつかる軽い音が響き、少しして部屋の中から招き入れる声が聞こえた。
男性か。
扉を開けて1つ目の驚き。
なんかこう、悪そうな雰囲気だったくせに意外に綺麗にされてるっていうか……この部屋単体だけを見れば、単なる事務室か何かなのかと思ってしまいそうな。
あ。あれだ、ドラマとかで見たヤクザとかそんな感じの雰囲気が1番近い。……え、なんで突然こんなとこ通されてんの? オレまたなんか……やっちゃってますねー。最近の私は思い当たる節がいくつかある。
2つ目の驚き。
座ってる人にすんごい見覚えがある。
いやよく見れば全くの別人なんだけど……ヘルスレンにそっくりだ。種族違うのにこんなに似てる人が居るとはね。
3つ目の驚き。
ヘルスレンとは種族が違う。つまりは魔人だ。
「レッドとブルーか。耳にした覚えはないが……魔法とな。見せてみろ」
うええ……魔人って結構な数が魔力感じられるはずだし、これ多分見破られるパターンの奴じゃん。
でもレッドの右手があの形してるし……ダメ元でやってみるか。
光のイメージをより詳細に、より正しいものへと書き換える。
確率の波として存在するイメージを確立する。扱う領域は可視光だけでいい。
光は電磁波、揺らぐ波だ。
風よ、揺らせ。雷よ、向けろ。
風よ、雷よ、その方向を指し示せ。
風よ、広げよ。雷よ、強まれ。光に歪みを。
……よし。
――風よ、雷よ、広がり全てを包み込め。
溢れる魔力を隠す必要はない。気配はそのままでいいのだから。
全てのイメージを姿隠しへと注いで……よし、発現はした、はず。
……どうだろ、ホントにできてるかな。まだこっち見られてる気がするけど。
「魔術だな」
偽ヘルスレンが声に出すと同時、周囲の人間の魔力が霧散した。闘気を使った時に見える流れだ。
……ていうか、やっぱりバレてんじゃん! やっぱ嘘はよくないよ嘘は!
「待て。……俺を騙そうとするなんざ、なんとも肝の太ぇ奴じゃあないか。かけな」
あれ? なんか知らんけどセーフ?
とりあえず、先にレッドを座らせて――
「――お前はそのままだ。頭同士で話そうぜ、女」
……え、ええー。
私ここまで一言も喋ってないんだが? なんでこっち指定してくんの?
ていうか別にリーダーとかでもなんでもないんだが? 確かにレッドは下に見てたけど……あ、なら2人しか居ないわけだし私のほうが頭……いや? いやいや? てかなんでそんなの分かる?
レッドに目配せしてー……何考えてるか全然分からん。分からんけどなんか焦ってるっぽいのはなんとなく分かる。
じゃあ行きますか。カバーストーリーはちゃんと頭に入れてあるし……大丈夫かなぁ。
「で、何の用? 俺も結構忙しいんだが」
レ、レッドさん? この人どうせ嘘のニオイとか言い出すタイプですよ絶対! 素直に言っちゃダメですか!?
あーもう……苦手なんだよなぁ、こういう駆け引きみたいな展開。
「彼に話した通りで、だ」
「俺はそいつじゃねえもん、もう1回話せよ」
うわ、だっるー。
「この組織への加入と物品の売却、それからいくつかの情報を買いたい」
「……だけ? なあ、これだけで俺呼んだの? んなの俺通すなよ!」
突然手に持っていた瓶を、ここまで案内してくれた男へと投げつけ――あ、魔術だ。
瓶を投げつけはしたけど、不可視の魔術で当たらないように防いだ。
無詠唱で風壁を使ったってところだろうけど……なんだそれは。情緒不安定か。
いや、違うな。俺もこれだけ魔術使えるんだぜっていうアピールか?
「なんつって。魔人同士仲良くしようぜ、レーシアちゃん」
「……なぜ、は愚問でしょうね」
「ああ、愚問だ」
知られてても別に驚かない。むしろ攫いに来ないことの方が驚きだ。
あんまり日が経ってないとはいえ、情報ってのは想像しているよりもずっと早く移動する。
おまけに例の中継所の一件もある。どうせ耳にしてるだろうしなぁ。
「加入と情報は却下。あんたらとつるむつもりはない」
そっか、ダメか。
……は、か。ちょっと気になるな。
「"は"?」
「八神教から奪った馬車の扱いに困ってる、できれば換金しておきたい……だろ」
「お見事。……そっちもなし?」
「いいや、そっちは420万出そう。悪くない話のはずだ。
だが俺達の関係はこれっきり。手切れ金と考えてもいい」
よ、よし。とりあえず1番の目的は達成できたぞ!
私にしてはまともに交渉できたんじゃないか? いや交渉なんてしてないですけど。言われるがままにされてるだけですけど。
でもほら、私としては加入なんてする気なかったし? 馬車さえ処分できればそれでいいですし? 万々歳じゃあなかろーか。
「商談成立。なら1つだけおまけだ。レーシア、お前の――」
◆◇◆◇◆◇◆
カチン、パッ。カチン、パッ。
レッドは先ほどから私の横で1バァウォン硬貨を弾き遊んでいる。
結局、あの男の名前を聞くことはなかった。
お金はあの場で貰ったから、後はこの付き添いを馬車へと案内するだけ。……私達が持ってる馬車は確認済みってことらしい。盗賊って怖い。
馬車と馬を合わせた金額はなんと大体420万リャン・バァウォン! すっごいお金持ち!
突然バァウォンとか言われてもぶっちゃけピンと来ないよね。
「バァウォンってウラーフ・イナールの通貨じゃなかったっけ?」
「別名世界通貨。エレヒュノイズもこれだとか」
「へー……あ、じゃあエレヒュノイズも10なの?」
「さあ?」
バァウォンとはウラーフの最大国家、というか連邦? で使われてる通貨で、1バァウォンは1ガランとほぼ同価。リャン・バァウォンは周辺国で使われてるバァウォンの亜種。
バァウォンとリャン・バァウォンは数え方の問題で、1バァウォン硬貨はそのまま1リャン・バァウォンとして使えるし、"次の"10バァウォン硬貨も10リャン・バァウォンとして使えるけど、なんとなく気持ちが悪い。
……ヘッケレンから西の辺りの位取りは16ではなく10であり、加えて12や5が使われることも多いらしい。つまりはブラウン用の頭痛薬を調達しないといけないってこと。
「ジニルフとかの北の国は16なんだよね?」
「ああ」
「境目は?」
「さあ?」
早めにこっちの数え方に慣れる必要がありそうだ。
12も10も前世で慣れ親しんでた数え方ではあるけど、正直違和感の方が強い。どちらも私にとっては異世界の数え方で、16で考えてることの方が多い。
といっても1から覚え直すわけじゃないし、なんなら最初の頃は数をいちいち十進法で計算しなおしたりなんてこともしてた。今でも10の方は頭の中では使ってたりするしね。
ま、リアツェレンとアルムーアはまだ16の国らしいから、そこまで急ぐ必要はないかもしれない。
しかしザールの飛行船らしきものが使えない以上、この大陸をぐるりと一周することはほぼ確定なわけで……私はともかくとして、ブラウンに説明するのがマジで面倒臭そうだ。
面倒臭そうだじゃない、絶対面倒臭い。……あ、そうだ。
「レッド、君に試練を与えよう。ブラウンに十二進法と十進法を教えるのです」
「やあだよ。あいつ絶対アホだろ」
アホなの見抜かれてるし。
ていうかブラックの方もどうなんだろ。あの日から特に進展はー……じゃなくて、数学的な知識がどのくらいあるのかとか聞いたことがない。
あんまり数字に苦戦してるのは見かけたことがないけど……案外孤児院で算術習ってたりするのかな。ていうカクから聞いてる可能性も?
「よし、今日から10で生きていこう!」
「……マジで言ってる? まともに使えるのは俺だけだろ?」
「あれ、ホワイトもダメなの?」
「あの人数字は全然ダメ。何度か泣きつかれたことがある」
マジか、マジなのか。
「沿岸語の方は?」
「そっちはいけてる。ウラーフには2年くらい居たしな」
まあ、教える要素が1つ減ったのを喜んでおくべきか。ていうか沿岸語に関してはむしろ私が教わりたいくらいだ。
……よし、計算終わり。個人にはきり良く32,768リャン・バァウォンずつ渡して、残りの4,030,464リャン・バァウォンはパーティ用の資金に回すとしておこう。
一気に渡されたお金が大きすぎるし、足りなくなってからまた再分配すればいいでしょ。
420万リャン・バァウォンってことは、ヘッケレンなら3万3千ベルってことになる。ダニヴェスなら大体大銀貨20枚分だ。生まれたてのダンジョンコアですら8,192ベルって言うんだから……はあ、目眩がしてしまいそう。
個人に分配する分だって256ベル程度になる。つまりは小銀貨10枚分ってことで――
「つかブルー。お前よく喋りながら計算できるな」
「え、このくらい普通じゃない?」
「いや……普通は集中しないとできないもんだけど」
私が数字に強いんじゃなくて、周りが数字に弱いだけなんだと思うけど。
だってこれ、ただの掛け算と引き算だよ? このくらいの暗算、日本人なら小学生でもできるって。
◆◇◆◇◆◇◆
「――ということになりました。お納めください」
今は手元にお金があるし、ていうかむしろありすぎるくらいだし、というわけで泥棒とかに入られにくい気がするセキュリティのちゃんとしてそうな高めの宿をレンタル。
予定通り5人の取り分は平等にすることにした。ここで差を付けるつもりはない。むしろレッドには色をつけてあげたいくらいだ。
「それ、どうすんの?」
「どうしよっか……」
420万リャン・バァウォン、厳密にいえば4,194,304リャン・バァウォン。
正直とんでもない額の金額だ。馬車や馬がこんなにも高いものだとは思わなかった。
これですら本来あの馬車を買うお金と比べれば四半にも満たないとかいうし、馬車っていうのはこう……高級品なんだなぁと。
まあ魔法陣もいくつか組み込まれてたみたいだし、単にあの馬車が特別高級なだけなのかもだけどさ。
じゃないじゃない。
手元にはとんでもない額のお金がある。
そしてリャン・バァウォンは本位貨幣と呼ばれる分類の通貨である。
これは物々交換の上位版みたいなもので、紙幣といった銀行券に代表されるような信用貨幣とは少し性質が違う。
前世の1万円札は1万円分の金を買うことは可能だけど、1万円札自体は色々と加工されただけの紙であって、1万円の価値はない。
しかしリャン・バァウォンのような本位貨幣の場合はそのものに価値があるということになるわけで……。
「テーブル凹んでね?」
「うわ……床に置かなきゃ」
つまり、重い。
とんでもなく重い。
仮に1リャン・バァウォンが1グラムだとすれば、420万リャン・バァウォンは420万g、4200kg、4.2t……という具合。
当然、実際にはもっと大きい硬貨で渡されているから、4.2tなんて頭のおかしい重さなんかではない。
せいぜいは300kg前後といったところだけど……これを軽いと表現するのはかなり難しいなと思う。大型バイクと同じくらいあるってことでしょこれ。信用貨幣ってすごい発明品だったんだなって。
「なんかいい処分方法ある……?」
「贅沢な悩みだな……」
「お金がありすぎて困るだなんて、アタシらも成長したなー」
なんか微妙にズレてるティナはさておき……とりあえず、これをどうにかする方法を考えないといけない。
もっと小さくて軽くて、そして価格が安定してるものに置き換えられといいんだけど……それこそ金のインゴットとかさ。
でも私、生まれてから1回も金を見たことないと思うんだよね。まさかさすがに無いとは思わないし、あの特性からしても確実に目をつけられるとは思うんだけど。
……前世の世界よりももっと希少だったりとか? あるいは魔素と相性が悪いとか? あ、でもダニヴェスで金貨の話聞いたことあるな。てことは存在自体はしてるのか。……希少説濃厚?
「ぱーっと使うったって限度あるもんなー」
「こんな大金、持ったことないからな……」
「仔虎の時とは比べ物にならないしね……」
ホントどうしようかこれ。
魔石にしておく、いってもあれもあれでかなり大きいしなぁ……あ、そうだ。
作中の金額は都合上十進法で書き直していますが、実際は以下のようになっています。
16)400,000 - 8,000 * 5 = 3D8,000
売却金の400,000は10進数に直すと4,194,304。
1人辺りの8,000は10進数に直すと32,768。
パーティ用の3D8,000は10進数に直すと4,030,464。
変換の都合上半端な数字に見えてしまっていますが、16進数では単純なものです。