百三話 町と闇
入国の手続きを済まし、いざアルムーア。
門を抜けてすぐには宿舎なのかな? が結構並んでて、さながら軍事基地にでも迷い込んだのかといった風景が広がってたけども。
「何も無いな」
「国境付近はどこもこんなもんさ」
少し進んだだけで突然何もなくなってしまった。
国境からしばらくは家畜の放牧場として使われてるらしく、結構な勢いで禿げてる地面と糞が見つかる。……なんか思ってたのと違うっていうかーなんというかー。
「馬糞かな」
「よく分かんな」
「馬の世話は慣れてる」
……私には糞見て動物当てるなんて技能は存在してないけど、レッドは一目で分かるらしい。なんだそりゃ。
現在ブラウンとブラックには一旦馬車を降りてもらっている。
少しでも負担を軽くしようということで、最初は私も降りるつもりだったんだけど、足悪いんだから乗っとけとの言葉に甘えさせてもらってる。
傍から見れば、あの2人は護衛のように見えてるのかも。
というわけで馬車の中にはホワイトと私の2人だけ。一応レッドも乗ってる扱いにはなるんだろうけど、席が席だし微妙なとこ。
「アルムーアには来たことあるんだよね?」
「はい。といっても通過しただけで、あまり詳しくはありませんが」
ホワイトによれば、私の行動はある程度予言されていたものであり、キネスティットに現れるだろうという予測の上で動いていたらしい。
予言とかいうものになんだかイライラしてくるが、まあそれはともかく。
ジニルフを出立したホワイトは、なんとレネット山脈を突っ切ってきたらしい。
呪人大陸には特に大きな山脈が3つあり、それらはウラーフの北部でぶつかり合っている。
そのうち西に伸びているのがレネット山脈で、南東に伸びているのがピューエル山脈、そして北東に伸びているのがゲーン山脈。
この中でも特にゲーン山脈は活発なものらしく、毎年必ずどこかしらが噴火していて、今もなお東へと伸び続けているのだとか。陸の上のハワイ諸島、とイメージしとけばいいのかな?
東部地域と南部地域とを分かつのがピューエル山脈で、こっちは南のほうで更に二股に分かれてる。
ピューエル山脈が二股に分かれた間には大きな川が通っているらしく、元々アルムーアとリアトレットは共にそこをリウンとエトラとの境目だと定めていた。
しかしアルムーアを吸収したヘッケレンはエトラを"西の山脈"までであると主張し、リアトレットと睨み合ってた……みたいなことがあったみたいだけど、アルムーアが独立した今は沈静化。
ホワイト達が通ったというレネット山脈は、呪人大陸の中でも最も長く、大陸を南北に隔ててしまっている元凶。
全体的に高い箇所が多く、人が渡れる場所ではないとかなんとか聞いていたけどー……そこはザールの謎の科学力でなんとかしてきたらしい。
「空飛んできたんだよね?」
「以前にも話したとおりです。たくさんの球体がついた船のような乗り物でした」
これって……前世の知識を使うなら、気球とか飛行船とかそこら辺のことだよね?
"たくさんの"ってところが引っかかりすぎて、多分前世のものとは違う原理で浮いてるんだろうけど……ていうかそうじゃないよ、空飛ぶって方だよ。
一口に空を飛ぶって言っても飛び方によって色んな種類がある。
大気中で浮くとなった場合、大まかには揚力を使う場合と浮力を使う場合の2つに分けられる。当然これらの混合もある。……"浮くため"にはどちらも使わないものもあるけど、今回はそれは除外しよう。
例えば鳥や飛行機なんかは揚力に頼って飛ぶもので、逆に気球や風船は浮力によって飛ぶことになる。飛行船の場合はこの混合だ。
話を聞くに確実に浮力は使ってるみたいだけど……でもそれって、実は山を超えたりするのにはあんまり向いてなかったりする。
浮力を生み出すためには十分な容積が必要なわけで、基本的には揚力を利用するものよりも大型になる。
山脈の周りの風向きにもよるんだろうけど、北側はステップ地帯が広がってると聞いた。そして南側であるウラーフは湿潤だとも。
季節によって変わる可能性があるとはいえ、基本的には北向きに流れていることの方が多いはずだ。つまりは気球に乗って風の流れに逆らったということになる。
もちろん、その機体の持つ推力によっても変わるだろうけど……どっちにしろ結構な難易度だ。
そりゃ今考えてるのは前世の知識ありきの話であって、こっちの航空学は前世のものとだいぶ違うなんて可能性もあるけど、でも普通に考えたらこの世界の技術レベル的には無理難題と呼んだほうが正しいと思う。
魔法陣とかいうとんでもない技術があるくせに、まだ蒸気機関ですら見かけてないんだよ? 移動だって人力が基本であって、エンジンのような技術の話は聞いたことすらない。
にも関わらず飛んできたってことは……どんな原理で? どんな発想で? どんな構造で? ……ああ、こういうのってワクワクする!
「お楽しみのところ申し訳無いのですが……」
「はいなんでしょう!」
「きっと使えませんよ。あれ、ザールの大学のものですから」
……あ、そう。
ふーん、そうなんだ。
へー。
別に最初から興味なかったし?
「落ち込んでますね?」
「……はい、落ち込んでます」
嘘ですめっちゃ悲しいです。
そういやそうか。大学とやらはザールにあって、ザールはウラーフ・イナールの都市の1つで、ウラーフ・イナールは八神教と仲良しで、八神教にとって私は明確な敵で。
あーもう……奴隷になってでも良いから見てみたかったなぁ……。
◆◇◆◇◆◇◆
"アルムーア"に入ってからしばらくして、ようやく"アルムーア"が見えてきた。
……というのはすっごく分かりづらい。アルムーアの都市部が見えてきたっていえばいいのかな。
どうにもアルムーアは町を城壁で囲むって感じではなく、その国土そのものを囲んでしまう長城を選んでいたようだ。でもこれって凄くコストが掛かるはず。
都市を用いた魔法陣とか言ってたけど、それって城壁に描かれてるのかな? だとしたらとんでもない範囲だけど……まさかね。都市部に描いたってことだよねさすがに。ていうかユタこわ。
まあともかく、アルムーアのアルムーアがアッタムーア。
ココらへんは市場か何かなんだろうか。周囲にいくつもお店が見えている。
「ホワイト、ブルー、そろそろ外へ」
となったところで馬車タイムが終了するらしい。
どうにかしてこれを売却したいんだけど……レッドもさすがにツテがあったりするわけじゃないだろうし、どうやるつもりなんだろう。
「ん……なんか久々に歩く気がする」
「朝も歩いてたじゃん」
「気分的な意味。ねえレッド、どうするつもり?」
本当にどうするつもりなんだろう。
解体して売るなんてことになればその価値はかなり下がっちゃうし、かといってそのままじゃ八神教のものだってバレバレだし。
「ある程度デカい町なら、そういう専門家はどっかしらに居るもんさ」
「へぇ。場所分かるの?」
「いや。……なぁ、1ベル硬貨を4枚と人魔石をいくつかくれないか。それからブラウン、ダガー1本貸してくれ。ちゃんと返すからよ」
人魔石を持つということは人を殺したという証。ダガーは凶器と見せて、お金は渡りをつけるため?
そういうのにはあんまり詳しくないけど、しかしその服装で大丈夫なんだろうか。
「着替えなくていいの?」
「かえって箔が付く。……そうだ、ブルー、一緒に来てくれないか?」
「私? なんで?」
「無詠唱で魔術使えるし、それに魔力も見えるだろ?」
無詠唱と"専門家"に何の関係が?
戦闘をする、ってわけでもなさそうだけど……なんだろ、脅しとか?
「2人は見張りをしててくれ」
「まあ、構わんが――」
ところで主導権がレッドにあるのはなぜ?
◆◇◆◇◆◇◆
というわけで、レッドに連れられよく分からんまま歩いてる。
「ねえ、道とか知らないんでしょ? どうやって探す気なの?」
「休んでる人を見ていくんだ」
ヘッケレンと違って物乞いなんかの姿もほとんど見られないし、1人で歩いてる魔人や獣人も結構見かける。
お、なんか着物……袴? みたいなの着てる人も居る。へー、そういうのもあるんだここ。和服的なのあったりしないかな、ちょっと着てみたいかも。
……なんて、服に目が行く程度には分からんぞ。
なんだ休んでる人を見ていくって。そこら中に居るじゃんそんなの。
「お」
「った。……突然止まらないでよ」
激突しちゃったじゃないか。
「ほら、あいつ」
レッドの視線の先を見て……え? あの人?
どこからどう見ても一般人な感じの人が葉巻を吸っているだけに見えるんだけど。
「服が普通だろ」
普通? まあ普通っちゃ普通か。目立つような感じでもないし、高そうな感じでもない。かといって安すぎるって風にも見えない。
うん、あれは確かに普通の服。
「なのに手が綺麗だろ」
手? ……汚れてはいないけど。でも別にケアをしてるって感じでもない。
「そして、こんな時間に暇してる」
確かに暇してそうではあるけど、それって関係あるの?
ていうかただの休憩中とかじゃない?
「あの手はあまり働いてない人の手さ。
だのにあんな服を着てる。つまり、人に隠れてるんだ」
「へぇー……」
元々はスラムで生活してたとか言ってたっけ。言われてみれば確かにそんな風にも見えてくる。
さすがは元盗賊って言うべきなのかな。盗賊だなんて言ってもあんまり暴力的な感じではなかったみたいだけど。
「でどうするの? 普通に話しかけるの?」
「俺らは結構排他的でさ、符号の分からない奴は追い払うのが普通なんだ。
そこを金の力とかで色々やってみる。俺が右手をこの形にしたら、無詠唱でなんか使ってくれ」
親指を内側に曲げただけのパー、あるいは前世で4を示す形。
適当な魔術ねぇ。何がいいかな、やっぱ脅しに使うのかな、だとしたら発水じゃしょぼすぎるだろうし、氷弾は着弾させちゃうとうるさいだろうし。
こういう時、火弾が使えれば便利なんだけどなあ……あ、久々にあれとかどうだろ。
「姿が消える魔術とか?」
「そんなのあるのか! ……いいな、いかにも魔法使いって感じ」
「え、魔法使い? 私魔法なんて使えないんだが?」
「嘘はつくって言ったろ」
「はー……狡いこと考えるわー」
レッドは東の出身で、ここらへんで盗品を売れるところを探してる。よければ盗賊にも加入したい。
この服装はカモフラージュであって、今は八神教の"9の経典"を狙ってる。
戦闘技術は十分にあるから仲間は不要。
……的な感じで行くらしい。初めて聞きましたけどなんですかその9の経典って。ホントに神様9柱居たんですかあれ。
ていうか加入ってなんすか加入って。別に入りたくないですよ私。
「顔を知っとくだけで捗るもんなのさ」
「へー」
「んじゃ……基本は静かにしててくれ」
へいへい、行きますかっと。
姿隠しの術式どんなんだっけな、ウィーニ・ドイ・レズド・キュビオとかだっけ?
流れ系の魔言盛りだくさんなだけでなくドイを入れての2属性か……うーむ、消費魔力はそんな多くなかったはずだけど、制御難易度的に無詠唱でいけるかちょっと怪しいような。
しかもこれ、かなり極端なイメージングも必要だし……魔言の補助無しでいけるかなぁ。ま、ダメならダメでなんか別のを使っとこう。
「こんにちは、いい日ですね」
おお、従者モードに切り替わってる?
「八神教か。宗教に興味はないんだが――」
「……」
ん、なんか耳元で囁てる? 小さすぎて聞き取れなかった。
それにあの左手……お金握らせたのかな。
「……場所を変えよう」
「ええ、そうしましょう」
ん、んん? 何を言ったんだレッドは。ていうかホントに1発で釣り上げたのか。
……これはこれですごいなぁ、私なら絶対無理だし。
っと、置いていかれないようにしなきゃ……場所を変えるってどこに行くんだろ。魔術はいつ使うんだろ?