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三つの世界 彼女が魔女に堕ちるまで。  作者: 春日部 光(元H.A.L.)
本章 中節 広がりと狭まり
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百二話 戦争と空白地帯

 遂にヘッケレンを出国し――


「もうここアルムーア?」

「じゃないよ」

「まだヘッケレン?」

「でもないよ」


 ――たはいいが、別に即アルムーアに入れたってわけでもない。

 互いの国境の間にはしばらくの空白地帯が存在していて、ここらは呪人大陸の中でも特に治安が悪いとか。


 ダニヴェスとアストリアとの場合では、間にぶっとい川があるってことで分かりやすかった。水利権を巡ってのいざこざがあったりはするみたいだけど、概ね平和。

 アーフォートとの場合はあの広大な湿地帯とその中心地であるダンジョンが空白地帯となっている。

 なんとなくダニヴェスのものって印象があるけれど、強力な魔物が多かったりだとか一帯(フィールド)型のダンジョンがあったりだとかで開拓しようとはされていないらしい。

 その結果というべきか、ちょっとよろしくない感じの人達が住み着いてるとかなんとか。つまりはここと同じようなことになっている。


 もちろんそんなものが無いところもある。

 ケストとダニヴェスはお互いにイーリル南端の領有権を主張しあってて、あそこら辺は砦と溝だらけになってると聞いたことがある。


 魔人大陸での戦争とは、騎士だのが剣振り回したりするような中世っぽいイメージとはかけ離れていて、むしろ塹壕戦の方が近いとか。

 というのも現在の戦場の主力とは魔術であって、魔術はただの地面に対してはあんまり効果を発揮しない。命中精度や連射なんかがかなり高性能な"ダン"が発見されて以来こんな形式が多いらしい。

 その上戦車に該当するものが開発されてないし、空を飛ぶ方法も体系としては確立されていない。ロニーみたいなのは突然変異の化物でしかなく、基本的には穴掘って隠れて魔術の撃ち合いをしてるんだとか。


 以上は魔人大陸での話であって、こっちは少しだけ事情が異なる。なぜなら呪人は魔人ほど魔術の扱いに長けていないからだ。

 だからこそ"少し前まで"は槍や剣を持った戦士達が主役だったらしいけど、今では銃に追い上げられてしまっているらしい。

 といっても銃自体は発展途中って感じで、まだ後装式は使われておらず、滑空砲でしかないとか。技術レベルでいえば近世とかそこら辺くらいになるんだろうか。

 もちろん前世と単純に比較することはできない。こちらでの"銃"は着火機構に魔法陣を使っているらしく、タイムラグもなければ雨にもそこまで弱すぎない。


 閑話休題。

 戦争の技術なんかはともかく、地主同士の仲が悪かったりするとどこを境にするかで問題が生じたりしてしまう。

 これの解決策はいくつかあって、ケストが選んだのは「実力で相手を黙らせる」というもの。だからダニヴェスとケストは年中小競り合いが起こってる。

 しかし戦争ってのは金が掛かるもので、それほど裕福でない国にとってはできればあまり長くはしたくない。

 そこで互いに主張は取りやめないけど一旦は棚にあげとくよ的な状態なのがこの空白地帯ということになる。多分。詳しくはない。


 とまあ色々考えてみたけど、ヘルスレンだっけ? が言ってたのに繋がる道筋は多分こんな感じ。

 疲れたし休戦しようぜ。代わりにお互いここらへんは手を出さないことにしようぜ。後でまた話し合い(戦争)しようぜ。

 ってのがヘッケレンとアルムーアの間で交わされたものらしく、今は休戦状態なんだとか。どうでもいいね。


 とにかく、今私達が居るここはどっちの国のものでもあり、しかしどっちの国のものでもない。

 国力を考えればヘッケレン側のものになってしまいそうだけど、例の魔法陣を警戒してかヘッケレンは手出しできないようだ。

 アルムーアもアルムーアで別に戦争がしたいってわけでもないらしく、ここらへんに目は向けられていない。

 というわけで無法の空白地帯が出来上がってしまったよと。


 今のところエヴン教からも八神教からも攻撃は受けてないけど……もし攻められるとしたらここだ。

 通り抜けるのには1日も掛からないはずだけど、警戒レベルをかなり引き上げる必要がある。普通に野盗も出るらしいしね。


 というわけで私は魔力視にかなりの意識を割いている。

 闘気感知の邪魔になるというので領域は広げてないけど……闘気はゾエロと違って長時間使い続けるのは難しいらしいから、ここらへんはブラックの具合によって臨機応変に変えていこう。

 ……うわ、早速なんか居るな。あんまり強くはなさそうだけど、数が多い。


「ブラック、10時」

「……どうやら狙う気らしい。レッド、2時だ!」


 まずは比較的広域を探知できる私が魔力を見つけ、ブラックに敵意の有無によって敵かどうかを判断させ、レッドに方向の指示を出す。

 朝思いついた作戦にしては中々良い感じなんじゃないだろうか。


「あっちは岩が多い! 突っ切るのは厳しそうか?」

「18は居るが……ブルー」

「個々はそんなに強くないと思う。魔術で防ぎきれるかも」


 魔術は魔力の薄い対象に対して効果が薄れるけど、実は全く逆のことも言えてしまう。両者の間ではとんでもないエネルギーロスが発生するという妙な性質があるのだ。

 これのせいで"銃"は弾を爆発の魔術で飛ばすのでなく、あくまで着火に抑えてるんだとは思うけど……ってこれ今考えることじゃないな!


「ブラック、移動方向の指示お願い。ブラウンはホワイトにくっついてて。

 飛んでくるもんは全部私が防ぐ。レッド、馬急がせて!」


 一応ゾエロも使っておこうか。――魔力よ、纏われ。

 ……うん、やっぱゾエロを使うと高まるな。ゾエロ中毒になってしまいそうだ。


「ブルー! 信じていいんだな!?」

「私の実力よく見とけよ!」


 久々に大規模魔術と行こうじゃないか!


 40m程度まで領域を展開。形状は前方寄りのたまご型。

 基点座標はレッドの魔力。イメージは巨大な台風。

 ……領域使い込んだ成果かな。前より断然早くなってる。


ウィーニ・フィ(風よ、一帯)ール・レズド(に流れよ)


 発生したのは風の流れ。しかしこれだけじゃまだ足りない。

 ここから先は詠唱なんて必要無い。

 ――風よ、強固に。集めろ。地点となれ。

 あ、これ厳しいな。ゾエロは弱めておこう……よっし完成。


「どう?」

「いや何したのか分かんねーよ。なんかすげー魔力なのは分かるけどさ」


 魔術由来のものであればウニドで弾き、そうでないものはウィーニとキュビオとレズドの流れ三人衆によって吹き飛ばす。

 キュビオは制御が難しいからちょっと嫌いだけど、あんまりにも使わなさすぎると使えなくなっちゃいそうなのでここで披露。

 さて発現自体は成功したわけだけど……レズドとキュビオはやっぱ相性悪いかな。キュビオを加えた瞬間に魔力の消費が跳ね上がった。


「あれ? ブラウンって魔力感じられたっけ?」

「あんまり濃いとなんか肌がゾクゾクすんだよなー」


 へー。闘気覚える予兆とかなのかな?

 あ、でも私もたまに闘気っぽい感覚があったりしたけど未だにうんともすんとも言わないし、なら別に関連付けなくてもいいか。

 攻撃される前とかに寒気感じたりするんだよね。ほら、今も――!?


「上だ!」


 レニーが叫ぶのと同時、馬車が大きな揺れに襲われた。

 振動位置からして馬車の屋根に飛び乗ってきたみたいだけど……どうやって?

 ま、別にいいけどさ。このためにレンズを仕込んでおいたんだから。


「ブラウン、屋根に土壁」

「出番か! 土壁!」


 ――風よ、破裂する弾となれ。


「ブラック、気付けなかった?」

「すまん、今は少し分かりづらい」


 あそっか、領域広げちゃってるもんね。

 ハルアみたいにもっと細かくいじれればいいんだけどなぁ。もっと練習しないとね。


「……人だったな。一体どうやって?」

「この壁、10mはあるんだけどね」


 どうやって飛んできたのかは分からないけど、とりあえず風弾で撃ち落とすことには成功した。

 ホワイトもレッドも馬も、今のところ被害は全くない。屋根に関しては後で確認が必要だけどー……ま、大丈夫でしょ。


「この魔術、どれくらい保つ」

「あと1時間は行ける。それ以上はちょっと厳しいかな」


 魔術とは基本的に攻撃よりも防御の方が魔力を使う。

 攻撃の当たる箇所を確実に予想することができるなら、そうとも限らないけど……私にはそんな技術無いわけで。

 そういうことができる人向けなのがガイの魔言であって、私には全く無縁の代物だ。


 防御の方が魔力を使うのは確かだけど、私の魔力は他の魔人と比べてもかなり多い。

 あんまり魔力が多い人はハルアみたいに隠しちゃうのがデフォで、だから私より多そうな人を滅多に見かけることがないってだけかもだけど。


 魔力ってのは増加しやすいタイミングが3回ある。

 今の私は2回目の方真っ最中らしいけど、これは後数年もしないうちに終わってしまう。

 終わったからといって絶望的に増えないってわけでもないけど、増加量はかなり減ってしまうとか。

 3回目の増加タイミングは100年以上も先の話なので今は考えない。大体120歳くらいから始まると聞いてるけど、筋肉が衰えた結果魔力で動かす比率が増えて、結果的に魔力の扱いに慣れてるだけなんじゃないかなーとか考えてみたり。

 ……ロニーって確かこの"3回目"を迎えてるはずだよね。うっそだろあいつめっちゃ若いぞマジで。アンチエイジング極めたらああなるの?


「レッド、どのくらい掛かりそうだ?」

「このペースなら、2刻」


 さすがに倍は無理。


「蹴散らしちまえば休めるんじゃね?」

「……そうなるか」


 国境付近はこんな風に出待ちしてるのが多いけど、中に入りきっちゃえば案外安全だとも聞いている。

 ま、別にここまで大規模なものを使わずに、もっと小さな魔術で防げって話なんだけどさ。最近しょぼいクエストばっかでなんか使いたかったんだよね。

 つまりは私のワガママである。……もう十分大きいの使ったし、次からは座標現象詞抜きで普通に防ごう。


「ねえ、それって全部私の仕事にならない?」

「頑張れ」


 まあいいですけどね。

 以前にシパリアだかが言ってたけど、やっぱり魔術師は1vs1よりもこういった戦闘の方が向いている。

 仮に私がもう1人居たとすれば、防御用の私と攻撃用の私で役割を分担してしまえば、後はプチプチを潰すよ――


「待て。……引いてないか?」


 え? ……あ、ホントだ。いつの間にか魔力が見えなくなっている。

 なーんだ。これからがせっかく楽し――何考えてるんだ? 魔力を節約できたことを喜んでおくべきでしょ。


「レッドよ、どうだ!」

「素直に驚きだな。味方で良かったよ」


 フハハハハ、これこそが我が魔導なりー! ってか。

 今回は単に条件が良かっただけだ。

 馬車の無い状態で持久戦を仕掛けられていたら勝てなかっただったろうし、相手がより接近していても発現が間に合わない可能性もあった。

 こっちには足があって、予め探知する手段が2つあって、たまたま風の魔術が得意だったというだけ。

 仮に土や氷で似た魔術を発現させてたら、きっと馬車が潰れていてしまったはずだし。


「スドゥプロの方が万倍凄かったけどな」

「……あの人は人外だから」


 予想は見事に的中。外で起きていた戦闘はドゥーロとハルアによるもので、とんでもない光景になっていたらしい。

 ……まあそうだよね。あのハルアですら勝てないと公言してたドゥーロがどうやら本気で魔術を使ってたらしいし。

 あの領域は馬車を守るだけでなく、私に魔術を見られないようにするためのものでもあったと。どんな感じなのか直接見てみたかったなぁ。


「その"人外"をどうにかしちまうお前も十分"人外"だよ」

「ただの小娘ですー」


 どうだろね。

 数年前の私にこの魔術を見せたとしたら、確実に人外認定されているだろうし。

 ま、それでも所詮はまだ5級。上には上が居ると覚えておかないとね。



◆◇◆◇◆◇◆



 襲撃は合計で3回もあった。

 2回目のは特に厳しかったけど、大きめの魔術が使える私がいる以上、痛手を被るなんてことにはならなかった。

 3回目はかなり小規模なものだったけど、逆に唯一被害を受けることに。

 ま、私達が無傷でアルムーアの検問所へと辿り着くことができたというのは事実だ。


「この壁どこまで続いてんの?」

「海まで繋がってるらしいよ。北は知らない」


 陸路で入国するためには通らなきゃいけない場所ということもあってか、ヘッケレンから出た時と同じくらい時間が掛かるらしい。アルムーア側から出るのは楽らしいけどね。

 ヘッケレン側と違い、アルムーア側には長城が建てられているけど、ここが綺麗に境界になっているってわけでもなく、検問所付近は"掃除"もされているようだ。

 食料や水の販売もあったし、値段は張るけど宿(テント)を借りることもできると、思ってたよりもずっと手厚いというかなんというか。ヘッケレン側の「外に出たらもうどうなっても知らねえからな!」って感じと比べると全然違う。


「今日中はもう無理なんだっけ?」

「みたい。明日の開門待ちだね」


 残念ながら通行量はそこまで多くないらしく、今日の分の受付は既に締め切られてしまっている。

 この"検問所"は合計で3箇所あると聞いてるけど……やっぱり1番近いここは1番人気であるようだ。

 どうせどの検問所を選んだところで明日になれば通れるはずだし、なら今日はひとまず解散。


「今日の見張りさ、1人ずつでよくない?」

「こんだけ人目あるしなぁ」


 周囲にはかなりの人があぶれていて、明日の開門待ちって感じ。

 金目のものを持ち歩いてるってわけでもないし、単独での野宿に比べれば警戒レベルを落としても問題はないはず。

 ……ま、あの2人が信用できるという前提の話だけどさ。


「レッド、馬の調子どう?」

「これ2頭引きだからなぁ。厳しそうだ」


 3回目の襲撃、というか罠? によって馬の1頭がダメになってしまったのだ。

 療術を使おうにも周囲を囲まれてしまっていたし、「積み荷を全部置いていけ」と言われたけど特に荷なんてなかったし、使えなくなった馬と食料、それから水だけで勘弁してもらったのだ。

 彼らとしても、商人なんかを殺し尽くしてしまっては生活が成り立たなくなってしまうだろうし、通行料とでも言ったところだったんだろうか?

 人間よこせって言われたら全力で戦うつもりでもあったし、あの程度で済んでよかったとも言えるんだけども。


 1頭になってからの距離はそこまで長くもなかったけど、かなり負担を掛ける形になってしまったようだ。

 このままだと数日もしないうちにダメになるとも。


「以前もここ通ったんだよね。その時って襲われなかったの?」

「化物2人が居たからな」

「あ、うん」


 しかしここを通るのがあんなにも危ないものだったとは。そりゃファールナーマも1人では通りたくもないはずだ。

 私達以外にも……こう、なんか強そうな人が結構居るし、ここを通る時は基本的に護衛付きってことになるのかな。


「なあ、俺が見張りやるっつったら信じるか?」

「え、……うーん、心情としては信じたいけど」

「いつまでも3人じゃ辛いだろ。俺は裏切ったりしねえよ。……ま、嘘をつくことはあるが」

「正直か」


 どうなんだろうなぁ。

 数日一緒に過ごしてみて、思ってたよりもずっと接しやすい人間だと感じているし、仲良くなれるならそれに越したことはないけど。


「なんでこんなこと言い出したの?」

「従者も楽しかったけど、冒険者ってのも面白そうだなって。

 お前らの連携とか見てるとさ、こう……仲間になりてえなーとかさ、柄にもねえんだけど」


 ……博打というものは好きじゃないけど、若干照れくさそうにしてるレッドを見た感じ、オッズはかなり高いようにも思う。

 私1人で判断するのもどうかと思うけど、仲間に引き込めるならこれほど楽なものもない。


「……他の2人と相談。今日はもう寝ちゃっていいよ」

「期待しとく」


 白が3人灰が2人だなんて具合が悪すぎる。

 早めに決めておかないとなぁ。

レア「出番が……」

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