九十九話 新たな仲間と3人目の自分
レアは少しだけ嘘をついていた。
ドゥーロの視点が地に近いのは確かだし、血だらけであるのも確か。しかしその両腕には大量の噛傷があり、周囲には茶色の獣が多数。
"彼は地を這うように逃げ出すものの、結局生きたまま喰われてしまい、その出血によって命を落とす。"
レアは死ぬ瞬間の視界しか見れないわけで、確実にこれと当てるのは難しいらしいけど、こんな感じだろう。
「あなたには啓蒙されました。ありがとうドゥーロ。……さようなら」
徐行中の馬車から彼らを追い出し、お別れ。少なくともドゥーロと会うことはないだろう。
ヴィヴロの死は今じゃないっぽいけど、その視界が暗すぎてよく分からないとのこと。
「じゃ、行こっか」
もう変えることのできない選択。
いつか後悔する日が来るのかもしれない。
でもそれがどうした。
「自由の対価を、忘れませんよう――!」
何が対価だ。
◆◇◆◇◆◇◆
やっぱりというかなんというか、レニーの表情は優れない。
ティナ? なんかニッコニコで外見てますよ。
「後悔してる?」
「多少はな」
私の知らないところで何が起きていたのか。レニーは何か知っていたようだし、ストーリーを補完するためには聞き出さなくてはならない。
といってもこの表情だ。単刀直入に聞いたところで満足する答えは得られないだろうし、まずは懐柔から……と思ったんだけど。
「だがそれ以上に満足している」
一体どうしたっていうんだレニー。
私の知ってるレニーとはできれば蚊も殺したくないような奴だったのに。
「権威とは――なっ!?」
レニーの演説が始まるかと思った途端、後方に凄まじい光が発生した。
こんな平原にそれほど強力な魔物が出るとは思えないし、であれば。
「魔力、使っちゃったみたいだね」
怖いもの知らずというかなんというか。
目に映るこの光を見る限り、確かに普通の魔法陣であれば焼き切ることも可能だったかもしれない。
しかしあの魔法陣は紋入れ墨で描き入れたもの。紋入れ墨がどれほど強力なものかだなんて、ドゥーロ本人だって知らないわけじゃなかろうに。
……よほど自分に自信があったのか、あるいは本当に知らなかったのか。
何にせよ、ドゥーロは魔力を使ってしまった。
たとえそれが僅かなものだったとしても、あの魔法陣によって彼の体からは強制的に魔力が引きぬかれ、そして再び流れ込んでいることだろう。
それが1ヶ月近く続くとなれば……ま、いっか。
「……苦しいな」
「え、大丈夫?」
「スドゥプロが、だ。俺はこの感覚に慣れなきゃいけない。
……今度2人で話をしよう。ティナとはもう、話したからな」
言葉を区切り、流れる景色へと視線を移すレニー。
こういう時、感傷を覚えづらい自分は少しだけ損だ。
そのくせティナやレアのように全くってわけでもないし、なんというか、中途半端すぎる。
だからこそ、自分の頭の中へと溺れてくんだけどさ。
◆◇◆◇◆◇◆
キネスティットからアルムーアまでは徒歩で大体3日くらい掛かる。
といってもこれは護衛クエストを受ける場合の目安の話で、歩き慣れしている私達だけでなら2日もあれば多分十分。
今回はそのどっちでもなく、しかも我々にはなんと馬と馬車がある! ま、強奪したものだけども。
幸いにも無料の運転手がついてきているし、水も多少積まれている。ならきっと1日で……と思ったがどうやらそうでもないらしい。
馬が1日に移動する距離ってのは確かに普通の人間よりも多いけど、冒険者ってのはどうにもこの"普通の人間"とは別枠らしく、ルートによっては冒険者の方が動けるんだとか。
しかも「馬のほうが動ける」ってのはあくまで荷物なんかをほとんど載せていない場合の話で、今回は馬車を牽かせちゃってるわけで。
もちろん舗装された道を通れる分、本来よりもお互いに移動距離は伸びるんだけど、それでも移動だけで最低3日は掛かるだろうと言われてしまった。
どうやらレニーは馬に興味があったらしく、ハクナタから話を聴き終わった後にいくつかの補足をしてくれた。ラッキー。
日が落ちてきて、そろそろ野営をしなければといった状況。
普段なら見通しのいい場所を確保して、地面をある程度均して、汚物用の穴を掘って、薪を用意して、水を用意して……とやること一杯だけど、今回はなんと馬車がある!
……なんと、馬車がある。
一応テントを張らずには済むことになったけど、代わりに馬のお世話やら馬車の点検やらが増えた。やること自体はむしろ増えたと言っていい。
もちろんこっちだってマンパワーが増えてるってのはあるけど、その分物資の消耗も増えたというわけで。
レアは以前からハクナタのことを奴隷とは扱っておらず、従者の1人として以上に丁寧に扱っていた。
それが今回の寝返り事件に繋がるというのだから、物事の何が因果となるかだなんて考えきるのは難しい。
とりあえずは私達もその方針に従うとけど、上下関係的な意味でちょっとだけややこしい。
ハクナタはレアの下ではあるんだけど、レアは私達と同列で、そしてハクナタもまた私達の同列。
……ま、私達は別に軍隊とかそういうわけでもないし、厳密に上下関係を設定してるわけでもない。だから大した問題にはならないはず。
「ブルー、火頼む」
「はーい。リチ・クニード」
それから、私達は全員が偽名で活動することにした。
レアと私は元々そのつもりだったけど、どうせなら全員変えちゃった方がいいとかなんとか。
全員分の名前を考えるのも面倒だったので、それっぽい色の名前を使うことにした。ブルーとは私のことで、理由は髪がちょっと青っぽいから。
青っぽいっても言われてみればーって感じで、どっちかっていうと黒っぽいんだけどね。夜の空色って感じ? 少なくとも水属性って感じはしない。
レニーはブラック、ティナはブラウン。どっちも髪色から取ってるものだし、そこまでイメージと離れてるってわけでもない。
レアはホワイトでハクナタはレッド。こっちは髪色とかとは関係無く、なんとなーく明るい色が欲しかったから。
特に名前に拘りがないってのはどうやら魔人、あるいは魔人女性の特徴であるらしく、レアとティナからは文句は出なかった。
「レッドはなんかやだな。ゴールドがいい」
「調子に乗るな」
レアとハクナタの関係は良かったし、そのレアが信用してるならってことで私達に対して特に敵意はないらしい。
奴隷になる前の職……職? が盗賊だったってこともあって、あんまり頭は良くないらしいけど、代わりに手先は結構器用。
そんな彼が捕まってしまったのは、彼の居た集団の頭目に捨てられてしまったからだとか。
あんまりそこら辺の話は聞いていない。本人もあまり話したくないと言うし、それなら無理に聞き出すこともない。
なんてったって私達の肩書きは冒険者なのだから。
自分の年齢はよく分かっていないらしいけど、25±4歳くらいだと言っていた。
盗賊としては4年、奴隷としては11年過ごしてるって言ってたから、仮に25歳だとしても10歳辺りで盗賊になったということになる。
「ちん毛が生える前になった」とか言ってたから大体合ってると思う。……いや呪人男性が何歳頃に生えるのかなんて知らんが。
「魔術まるっきりダメなんだっけ?」
「むしろ呪人で魔術使ってる奴の意味が分かんねえよ。
スドゥプロだのハルアだのブラックだのは魔人の血が入ってるに違いねえ」
「なわけないでしょ」
少なくとも私の目にはその3人ともが普通の呪人に見えるけど。
このレッドという呪人男性だけど、残念ながら魔術はからっきしらしい。
話を聞けばむしろこれこそが普通であって、魔術を使える呪人の方がおかしいだのなんだと喚いてる。
私の知り合い以上の呪人のほとんどは魔術を使えていたし、なかなか衝撃的な意見だ。
あの実技試験の……カルペンだっけ? なんて領域すらも操れてたし、別に呪人だから使えないってわけでもないと思うんだけどなぁ。
「じゃあさ、練習してみる気はない?」
「……そりゃありがたい提案だな。確かに発水とかは使えたら便利だと思うけどよ、しかしこの歳で練習して使えるようになるもんか?」
「ブラックだって1年前はほとんど使えてなかったよ」
といってもレニーの場合は全くってわけじゃないし、模倣人形と戦った時なんてむしろ魔術の方が多かった。
しかも元からレッドよりも魔力を持っていた。……この魔力量だとどうなんだろうなぁ。0.2レニーも無いように見えるし、魔人の場合での成長期は既に過ぎちゃってる。
レアが"魂の成熟によって扱える魔力は増えていく"とか言ってたけど、いくら魔力を扱えるようになったって、そもそも扱うだけの魔力量がなければ意味はないわけで。
アルアやデルアを使えれば自身の魔力量はそこまで問題にはならないはずだけど、私自身が使いこなせていない以上教えられるとは思えない。
それに確か呪人はこの手の魔言が苦手なはずだ。セレンから聞いた話だけど、レヴィからも似たようなことを聞いた。
ま、物は試しっていうしね。もしダメだったとしても、魔力は闘気にも使われるわけだから、全くの無駄ってわけでもない。
「ダメ元でとりあえず2術から。どう?」
「つか俺なんかに教えて何の得があんだよ?」
損得か。
発水や発火が使えるようになるのは確かに便利だけど、別に私達にとって大きな得となるわけではないよね。その程度の魔術が使えたところで、戦闘で活躍するかって聞かれればそれはノーだし……。
さっきみたいに火を起こすだけなら私かティナを呼べばいいだけだし、レッド自身も道具さえあれば火は起こせると言っていたし。
発水は水の確保に使えるってわけでもなく、ちょっとした汚れを落とす時だったりとか、肌には悪いらしいけどなんとなーく顔や手を洗いたくなった時にくらいにしか活躍しない。
どっちも使えれば確かに便利ではあるものの、無いと困るってほどのものでもない。
「……先行投資、とか?」
「いや、金取るとかにしとけよ。正直か」
「あたっ。なぜ叩かれたし」
「スキンシップ」
なんだこいつ。
……ま、とりあえず火はついた。となれば次は食事の用意ということになる。
幸いにも食料は結構ある。最初は全部下ろしていくと言われたけど、他の荷物を考えるとどう考えても人間2人に運びきれる量ではなかったので、その一部は積みっぱなしになったのだ。
新鮮な野菜がこんなにあるだなんて……!
「ブルー、運ぶの手伝え」
「めっちゃ偉そうだな新入り。てかなんで私限定なの」
「3人とも薪集めてんじゃん」
「ぐぬぬ……」
ティナとレニーは分かるがはたしてレ、ホワイトをあれに参加させてしまってよかったのだろうか。
まあ近くに人や魔物の気配は感じられないし、なんか異常があればレニーが気付くとは思うけど。
……あれ、どうだったかな。闘気ってある程度強くしとかないと感じ取れないとか言ってなかったっけ? じゃあ危ないかも?
「レッドの奴隷紋ってどんなやつ?」
言われた通りに運びつつ、奴隷紋の機能についての確認。
彼に入ってる奴隷紋が"刻印型"だというのはレアから聞いたけど、奴隷紋自体その詳細は何1つとして聞けてない。
そもそもが魔法陣ですらない"流入型"以外の奴隷紋は、描く際に用いられる魔法陣によってその効果がかなり変わってくる。
例えばダニヴェスでの一般的な"刻印型"であれば、ほとんどの場合で主と奴隷との間に魔力的な繋がりが作られる。これによって方向や距離がお互いになんとなく分かるそうで、脱走を企てる者はそう多くない。
目立つ欠点としては、奴隷側の消費魔力がかなり大きいこと、それから一定以上の距離が開いてしまうと奴隷紋そのものの機能が完全に停止してしまうということ。
ちなみにこの魔法陣はアストリアでは禁止されていたりする。
隣国同士ですらこんな風に違いがあったりするわけで、ていうか同じ国の中でも違ったりするわけで。
アンから聞いた話になっちゃうけど、ダニヴェス最北端の町ダーレではアーフォートの影響かアノールに入れられる奴隷紋は人間種向けのものと全く一緒。
だからあの町のアノール達は2つの奴隷紋を刻まれてることが多く、外で使う用の奴隷紋は一時的に機能を停止させなければならないとかなんとか。
とまあ一口に"刻印型奴隷紋"といっても使われた道具によってかなり性能が変わってくる。
特に刻印型はここら辺の調整がしやすいらしく、だからこそ最も普及したらしいんだけど……ベースが一緒ってだけで物によって中身が違いすぎる。
「知らね。お前読めたりしねえの?」
「いや無理。ホワイトの場所とか分かったりする?」
「あー、そういや昔はなんとなく分かってたような」
お、これはもしやいけるのでは?
「でもここ数年はさっぱり」
「あんたホワイト大好きなんでしょ? だったらそれ機能させた方が良くない?」
「つってもあの人が奴隷紋嫌ってるからなぁ。っともう十分。
俺じゃなくてあの人に言いな。……なあ、話題変わるんだけどさ」
私としてはまだ話題を変えたくはないんだが?
「俺もホワイトっていうべきなの? 様付け禁止?」
「禁止」
なんだかよく分からないけど、とりあえずレッドは完全にホワイトに懐柔されているようだ。
奴隷紋に頼らずにここまで飼い慣らすとは……あの聖女、なかなかにやる。
アンジェリア=ブルー 青っぽいから
セルティナ=ブラウン 茶っぽいから
レニィン=ブラック 黒っぽいから
レア→ホワイト 聖女っぽいから
ハクナタ=レッド 赤が欲しかった