九十八話 死の宣告者と魔王様
レアはドゥーロに一歩近づいた。
この聖女様自身の戦闘能力はポンコツもポンコツって感じだし、別に警戒する必要はないか。それにティナがガッツリ捕まえてるし。……この捕まえ方どっかで見たな。レニーから教わりでもしたのかな。
「スドゥプロさん」
「レア様、とんだ失態――」
「あなたの未来が変わりました」
……え、何。
「あなたは馬車を睨みながら死にます」
「……原因は、分かりませんか?」
「傷は見えませんが大量の出血をしているようなので、即死ではありません。
指先は土で汚れ、視点は地面に非常に近いです。足がダメになってしまうのでしょうか?」
ああ、これは。
レアが以前に「昔の私は死の瞬間を告げるだけの気味の悪い子供でした」とか言ってたけど……なるほど、確かにこれは気味が悪い。
ただ淡々と自分の死の瞬間を告げられる。声色から感情を読み取るのも難しいし、なんなら無邪気さすら感じられる。
これがレアの"死の宣告"か。
「アン」
「は、はい!」
「この未来は非常に近いものだと思います。変えられるかの良い実験になりましたね」
はい? ……え、何? レアってサイコパスかなんかなの?
いやちょっと待ってこの言い方だとまるで私主導で人体実験したみたいに聞こえるじゃん。
「何せ以前の死因は老衰でしたから」
ろ、老衰て。
ドゥーロって確か28歳でしょ? ってことは多分50年とかそのくらいの寿命が残ってたわけでしょ?
育った魂を持ってる分その死の運命をいじるのは難しいとか聞いてたけど……。
「アン、あなたが私を切りつけた瞬間に変わりました」
「ごめんなさい」
「気にすることはありません。これは結果に繋げる話です」
この人、私が引くくらいにぶっ飛んでるんだけど。
首くらい切られてもどーってことないですよーって言う人が世界にどのくらい居るんですか。私の知り合いの中だとレアくらいしか居ないぞこんなの。
私よりもよっぽど重症だぞこいつ。……でも話の続きが気になってる辺り、私も私でやっぱズレてる。
「……考えるのは任せちゃいますね。
それで、スドゥプロさんとヴィヴロさん、それから私とハクナタをどうするつもりですか?」
「え、えーっと」
すっげえ変人。マジで変人。こんな変人見るの久々すぎて思考回路がもうパンパカパン。
……とりあえず、未来だのを考えるのは後回しでいっか。今はこの3人についてだけど……ハクナタは回収すればいいだけだけど、後の2人をどうしよう。
方や背中に魔法陣入れられた魔抜けの小太りおっさん、方やドゥーロの奴隷紋が刻まれているはずのやや美人。
……あ、そうだ。異世界転生といえばこれでは?
というわけでヴィヴロにーっと。
「今なら解放できますけど、奴隷のままの方がいいですか?」
ドゥーロの魔抜けになってる以上、現時点でヴィヴロの奴隷紋は機能していないはず。
もっとも、これがダニヴェスで主流な"傷を入れるタイプ"の奴隷紋だったらの話だけど。"魔力で描くタイプ"なら上書きする他無いわけだし……こっちだとどうなんだろ。ダニヴェスだと禁止されてる方式のはずだけど。
「……ふざけたことを言うな」
「それはどっちの意味で?」
「スドゥプロ様を裏切ることはない!」
なるほどね。
「ちょっと失礼しますよーっと」
ドゥーロに続き、2人目の裸体拝見。……ああ、やっぱり"魔力で描くタイプ"の奴隷紋だ。
確かに彼女の今の服装ならこれを隠しきれるし、可能性としてはあったけど――
「うっわ、グロ」
目を背けるレニーに対し、汚いものでも見たかのようなティナの反応。
魔力を描くタイプの魔法陣は非常に強力で、洗脳効果もあると聞いたことがある。
しかしその代償は、この見た目。
特に腹部や背中には変色した魔管が浮かび上がり、まるで迷路の入れ墨を入れられたかのように見えてしまう。
そして何よりこのタイプの奴隷紋は、上書きこそできるものの解除することは不可能だ。
一応、適当な奴に上書きさせてから定着前に本人に殺させることで一時的に解除できるらしいけどー……1回刻まれてしまっている以上、誰かの魔力を流し込まれるだけで簡単に発現してしまう。
「レア、ハクナタの奴隷紋もこのタイプ?」
「いいえ。彼のは通常の、刻印型ものです。
……ヴィヴロさんが流入型だとは知りませんでした」
私の魔力を入れてーで考えてみたけど……ハクナタは呪人の男性だからいいとして、この人特に使い道無いんだよな。
メリットの思い浮かばないよく分からん人を養えるだけの甲斐性があるわけでもないし、それにレニーがなぁ。
「ねえレニー。金目の物全部持ってくって言ったら怒るよね?」
「当然だ」
「殺すってのも無しっていうでしょ」
「当たり前だろう」
レニーの考えはかなり読みやすいけど、読めたところで邪魔なことには変わりない。
……本当なら確実に殺しておきたいところなんだけど、このまま捨てていくしかないか。
「スドゥプロとヴィヴロの2人は長量詞を使った魔術で拘束し、外に放置。運が良ければ生き残るはず。
レアはこのまま人質として回収。当然レアの奴隷であるハクナタも同様。
今後行動しやすいように両名はパーティに入れる」
とんでもなく中途半端な妥協案。
個人的にはここで処理しておくべきだと思うんだけど、残念ながらレニーのゴキゲンを損ねるわけにはいかない。
ティナ、レア、そして私。アルムーアはともかく、その先にあるリアツェレンやウラーフ・イナールなんかではヘッケレンと似たような制度が敷かれていると聞いている。
ハクナタを加えたとしても、そのカバー範囲は2人まで。もしレニーが抜けでもしてしまえば、私達はあまりに行動しづらくなってしまう。
ドゥーロの話がどこまで本当なのかは分からないが、彼らがエヴン教に狙われてるのはおそらく事実。
ドゥーロは標的の1人ではあるものの、個人としての戦闘能力はかなり高いはず。きっとレアの護衛としての立ち位置でもあったんだろう。
そしてそのドゥーロにここまでしてしまって、更には生かして帰すとなると……もはや全方位敵だらけだ。
エヴン教の奴らはレアを狙いに、ついでにもしかすると私をも狙ってくるかもしれない。
八神教の奴らは顔に泥を塗られたようなもので、レアを取り戻すのと同時に雪辱を晴らすためだーとかなんとか言いながら確実に襲ってくるだろう。
ではレアを手放せばー……と考えてみれば、もしかすればエヴン教の方は完全に回避することができるかもしれない。
しかし八神教の奴らが来ることに変わりはないだろう
そう考えてみれば、むしろ人質として残しておくほうがいい。
はー……一体どうしてこうなったやら。
ここまで敵だらけとなるとあれだな。多少増えるくらいなら別に問題にはならないんじゃないか?
ユタと同じ理論だ。いっそのこと名前を売ることに利用してみるか。
冷血のユーストの妹、氷の魔女アンジェリア。
うん、もうこれで行っちゃっていいんじゃないか?
もちろん普段は名前を隠して活動するけど、なんか面倒事があった時にはこっち使えばいいじゃない。
……なんか自棄になってる?
「あれ、止まった?」
「ホントだ。気付いたのかな」
ハクナタの奴隷紋は現状ほとんど機能させていないらしく、彼がレアの言葉に従っているのは単に主従関係にあるからだ。
一応いつでも機能回復させられるとは言ってたけど……本人らの関係は良好そうだし、今までは口を出すべき事項じゃなかった。
しかしこれからは少し違う。
レアは今のところ私達と行動するのに文句はないっぽいけど、奴隷紋ではなく信頼か何かによって繋がっているハクナタがレアを連れ去ってしまった場合はどうだろう。
私達は八神教への切り札を失ってしまうことになる。
ハクナタを言いくるめるか、あるいは奴隷紋を完全に機能させる必要がある、か。
「ティナ、確認ついでにハクナタさん呼んできてくれない?」
「おー。……いや手塞がってんじゃん。自分で行けよ」
「うぃっす」
今のところレアを味方あるいは中立程度の前提で考えてみてるけど、これがただの演技だったらちょっと辛いな。
もしそうだとしたら……まあいいや、その時考えるか。
この馬車の目隠しは外と内の両方にあるらしく、内側のものは普通のカーテンだけど、外側のものは木か何かでできている。一種の装甲板のようなものだろうか。
つまり、閉じられてしまっている以上一旦は外に行かなきゃいけないわけで……あーめんどくさ。
扉を開けて、外を確認。
特にこれといって目立つようなものもなく、雨上がり特有の土臭さが鼻をくすぐるくらい。
いつの間にか結構な距離を移動したらしく、ここからでは近くに人間の気配を感じられない。
反対側からなら何か見える可能性もあるけど……一体どのくらい移動したというのか。
アルムーアに向かっていると言っていた以上、検問所の方面に向かっているのは確かなんだろうけど……戦地になったということもあってか、あそこら辺にはあんまり人は住んでいないと聞いている。
以前に通った時も、荒れ果てるとまでは言わないまでも貧乏そうな村が多かった。あれでも当時に比べて復興してるとかなんとか言ってたけど、とりあえず人の密度が低いことは確か。
「ハクナタさーん? どうしましたー?」
もし私が本当に狙われていたとして、それをハクナタも知っていたとすれば、ここで私が声を掛けるというのは少しおかしい。
……けど、その異変には気付いていないようだ。
「どうにも馬が足を止めてしまって」
近くに魔物の気配はないし、それっぽい魔力の流れも見当たらない。
なら今がチャンスかな。
「でしたら、少し中でお話しませんか?」
「いえ、ここを離れるわけにはいきませんから」
馬車のことは詳しく分からないけど、言われてみればそりゃそうか。
ハクナタが席を外してる間にもし馬が走りだしちゃったら、誰が御するんだって話。
……え、これどうすんの?
「動き出したら危険ですから、お戻りくださいな」
「分かりました」
やべえ。怪しまれないように普通に答えちゃったけど……どうしよ、これ。
レニーかティナに馬車ー……は無理だろうし、当然私だって無理だ。
とりあえず、一旦中に入りまして。
「レア、どうしたい?」
「どう、とは?」
「あなたの意見が聞きたい。人質なんて言ったけど、私はレアと喧嘩するつもりはないし、強制するつもりもない。できれば穏便に、以前と同じ関係に戻りたい」
考えるような表情をしたレアは、少しの間をおいてから答えてくれた。
「以前と同じに戻ることが無理なことくらい、アンには分かっているのでしょう?」
「……まあ、うん。ただの願望」
そんなこと、私が1番知っている。
「だからこうしませんか?
私は本当はエヘメロで、最初から皆さんの仲間でした!」
この人、どっかおかしいんだった。それも知ってたはずだった。
……え、この人おかしいよね? おかしいって感じる私がおかしいの?
「今まではレアのふりをしてただけなんです。だから私も共犯者です!」
絶対おかしいってこいつ。
◆◇◆◇◆◇◆
停車した馬車の中、私達の今後の作戦会議的な奴はサクっと終わった。
ていうかいつのまにかレアに主導権が渡ってた。この人一体何なのさ。
もしかしてとんでもないもの抱えちゃった?
……まあとにかく、話がまとまったのはいいことだ。
まずドゥーロ、ヴィヴロの2名はレアの見た"本当の"瞬間へと繋がるよう外に放置する。
ドゥーロに関してはもはやただの小太りおじさんでしかないし、ヴィヴロも特に戦闘能力は持ってない。
つまりはドゥーロに対してはゆったりとした死を与えることになるけど……運が良ければ本当に生き延びるかもしれない。ヴィヴロはこのままいけば普通に生き残るらしい。
レニーはやや納得がいっていなかったようだけど、かといって人里の近くまで送り届けるのも厳しいものがあるとして、しぶしぶにはなるが承諾してくれた。
レアはエヘメロではない別の名前を名乗り、紫陽花へと加入することになった。
レア以前の名前は既に知られているし、エヘメロという呼び名もヴィヴロから漏れる可能性がある。
だから彼ら2人を捨てた後に適当なものを付けますよと。
ハクナタはレアに従うの一点張りだったので、予定通りこっちも組み込むことになった。
やはりというべきか残念ながら戦闘能力はほとんどないものの、私達の誰もが持っていない技術をいくつか持っていた。雑用係とでも呼ぼうか。
一応奴隷紋を解除することも可能だと伝えてみたけど、レアとの繋がりを断ちたくないだとかで本人が拒絶したのでそのまま。私としても縛る手段は残ってる方が気が楽だ。
馬車と2頭の馬に関しては、一旦はこのまま使い続けるものの、アルムーアで一度処分することとした。
足がついても面倒だしということで、停車しているうちに八神教とバレそうなものは潰したり外したりしようとはしたんだけど、残念ながら車輪なんかにまで描かれてるわけで、"正規ルート"で売るのは難しそうだとか。
なんでもハクナタはそういうちょっと闇っぽいところに詳しいらしい。ぼかさずに言うならば、元盗賊。
ま、捕まって奴隷落ちしたわけだから凄腕とかってわけではないんだけどさ。
そもそもレアがなんで協力的なのかに関してだけど……どうにも以前から「レアやめてたいなー」とか考えていたらしく、私達に同行するだの言い出したのも隙を見つけて逃げ出すためだったのだとか。
クエストについてきてたのもその1つであって、ハルアやドゥーロなんかはそのお目付け役でしたよとさ。
私はレアを人質だと思って捕まえたわけど、レアからしてみればドゥーロ達がここで死んでくれればラッキー程度にしか考えてなかったとか。こういうの包み隠さずに言ってくれる人好きよ。
……とまあ色々あったわけだけど、興奮状態ってのはそんなに長くは続かないわけで。
冷静になって考えてみればみるほど、グレーどころかブラックな行為のど連発。完全に悪者だよね私達。
そりゃGreat thiefみたいで正直ちょっとおもしろかったけどさぁ……ちょっと素行が悪すぎるというかなんというか。
まあこれこそが元の私だって言われてみればそうではあるんだけども。1回タガ外しちゃうともう止まらないぞこれ。人間ってのはそうできてるもんで、実際私だってどうやってドゥーロ殺すかとばかり考えてたわけで。
チートも無ければ素行も悪い。いくら異世界転生したとはいえ、私なんかは絶対に主人公にはなれないな。
ていうかあの予言が本当に当たるとすれば、勇者どころか魔王ポジっぽいもんね、私。……魔王役になった時に備えて悲しい過去でも作っとくか? なんちゃって。