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三つの世界 彼女が魔女に堕ちるまで。  作者: 春日部 光(元H.A.L.)
本章 中節 広がりと狭まり
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九十五半話 キネスティットの過ごし方

 16月に入ってから、レアは3回もクエストについてきた。

 彼女は週に5日働き1日休む。月に4日しか休日が無いのだから、つまりはほとんど休み無しでついてきていたということになる。

 もちろん、こちらが彼女の要請に応じて休むタイミングをずらしたというのもあるけど……それにしたって、少し多い。


 ティナとレニーは特に変わりない。

 週に4日クエストに行き、後の2日を休んでいる。

 たまに日を跨ぐこともあるけど、そういう日の翌日は大抵休みとなっている。


 私も特に変わりない。

 2日はクエストに使って、3日はレアに同行して、最後の1日だけはだらけてる。

 もちろん私だって日を跨ぐことはあるけど……私の場合、あの2人と違って翌日を休みにしたりはしない。別に誇ったりはしてない。


 レアが同行するようになってから、ハルアが単独で紫陽花についていくことはなくなった。

 ……のだけど、どうにもなんか臭い(・・)。もちろんハルアはおっさん臭いし、葉巻臭いし、それに胡散臭い。

 でもそういうのじゃなくって、なんというか……たまにレニーやティナと遊んでる(・・・・)。臭い。


「あー、あー」


 ま、私には魔力を見る能力がある。

 いくらハルアが隠したところで、ティナとレニーを見れば何をしてるかがなんとなく分かる。

 おそらくは定期的に模擬戦を行なっている。そうじゃないとしても、近いことをしてるはずだ。隠れて修行的な。

 ……隠す理由は分からないけど、あのティナのことだ。ひっそり強くなって驚かせてやろう! 的な考えがあるのかも。知らんけど。

 ティナってなーんかこう、ヒーローに憧れてる子のような印象を受ける時がある。かと思えばシンデレラに憧れてる子のような印象を受けることも。なんていうのこれ、変身願望? ……ちょっと違うか、まあいいや。


「あーーー、あー? あぁん? んっげほッ」


 私に変身願望があるかと言われれば、あるような、ないような。

 別に今の自分が嫌いってわけじゃないけど、だからといって大好きってほどでもない。

 今はなりたい対象が浮かんでいないけど、もし見つかったら多少は憧れたりするのかも。


「ぼく、ぼく、ぼく……俺? 俺はアンジェリン、やあ、こんにちは。 ……僕だな」


 今日のレニーとティナはお休み。そしてハルアとどっかに遊びにいってる。


 幸いにも今日はかなり寒い。

 どっかのティナを発情させてしまうくらいには、最近少し胸が出てきた。

 出てきたといっても存在感は全く無い。多分前世でいうAも無いんじゃないか? 必死に寄せても谷間は作れず、なんだか虚しくなる縦皺が入るだけだ。

 ま、以前は"寄せる"ということすらできなかったわけで、とりあえずは成長中であるらしい。


 ぺたんこだというのは少し悲しいけど、今日に限れば都合がいい。いくら寒くて厚着の人が増えるとはいえ、あんまり大きいとバレてしまう。

 このくらい平たければ、胸でバレることはないだろう。腰の方は……なんか巻いとこうかな。


 男物の服を着た。髪も帽子でほぼ隠した。首の細さはマフラーでカバー。手の小ささも手袋でカバー。

 仮面だけは外せないけど、別にこれだってバレたりしない。というのも最近仮面を着けてる人をたまに見るのだ。僕はファッションリーダーだったのかもしれない。

 声の方はかなり無理があるけど……なぁに、声変わりしてない男の子なんて多分こんな声だ。ていうか……。


「ユタに似てるな……」


 髪の色が違うせいで気付いてなかったけど、これが目に入らないとかなり似てることに気付いた。

 やはり兄妹、血には抗えぬ。……まあ私のほうが鼻が低かったりとかで顔面偏差値微妙に低い気はするけども。なんでや神様ぶん殴ったろか。


 よし、準備完了。

 さあ、あの3人を探しに行こうじゃないか!



◆◇◆◇◆◇◆



 意気揚々と町に繰り出してみたはいいものの、はてあの3人が向かう場所とはいったいどこなのやら。

 最初は冒険者ギルドへと足を伸ばしてみたけど――


「いいえ、本日は見られていません」


 と、クエストは受けていないということが分かったのみ。

 誰かに声を掛けて聞いてみようにも、冒険者相手ではバレる可能性がかなり高い。


 レニーとティナの2人は、他のパーティと一緒に動くことが多かったらしい。

 ある程度顔が広いというのはいいことだとは思うけど……だからってあんまり私のことを話されるのはちょっと好きじゃない。

 最近はそんなことも無くなったみたいだけど、1回撒かれてしまった情報というのは廃れるのに中々時間が掛かる。


 通りがかる町人(まちびと)に意を決して声を掛けてみても、残念ながら有益な情報は得られていない。

 魔力の残滓が見つかればトラッキングも可能だけど、あれはぶっちゃけ数秒くらいしか残らない。残念ながら魔力を用いるトラッキングは不可能だ。多分。


 ……詰んだ?



◆◇◆◇◆◇◆



 結局、ただ男装して町をぶらつく結果に終わった。

 空振りってのは今までだって何度かあったけど……でも今回のは今までとは少し違い、ちょっとした情報収集にもなってしまった。


 どうにもユタは顔が割れてるらしいのだ。

 指名手配犯と似た顔の奴が町をうろつくとどうなる?

 ……つまりはあれだ、めっちゃ追いかけられた。

 しかも最終的に捕まった。その後色々あって我罪人。


「あのー……これいつ出れるんです?」


 久々の獄中生活というわけだ。


「さっきも言ったろ。引受人が金を持って現れたらだ」


 といっても前回のように攫われたわけでもないし、ナニカサレタなんてこともなく、またユタじゃないとも伝わった。

 今回檻にぶち込まれているのは「女性の1人歩き」「魔人の1人歩き」「罪の隠蔽」「逃走」という4つの罪を犯してしまったからだ。


 いやそんな決まり事知らんがな。

 ……と文句を言ったところで、知らないじゃ済まされないのが法ってやつなわけで。ていうか前半2つは知ってたわけで。


 普通に女だったり魔人だったりが1人で歩いてる分には、文句を言われて家に帰されるだけで済むのに対し、それを隠そうと……今回のように男装してたりするのは罪が重くなってしまうらしい。

 といっても魔人男だったり呪人女だったりが偽っただけであれば、ぎりぎり檻コースは回避できる。

 私の場合、魔人の女が姿を変えて動いて、しかも逃げまくったわけで……ここまで来ると檻の中へと案内されてしまうらしい。


 ま、どっかの地下牢獄に比べたら遥かに快適だ。

 ベッドだってあるし、トイレだってついてるし、ていうか寒くないし、ボロ布とはいえ服だって渡されたし。

 服や荷物は全部取られちゃってるけど、後でちゃんと返ってくるみたいだし。あ、仮面を外した際のあの表情は面白かったな。自分から剥いどいて驚くなよ失礼な奴め。


 引受人ってのは、私の場合だとレニーくらいしか候補にない。

 もっとも、もうあの家には「お宅のアンジェリアが捕まってますよー」的な手紙が届いてるはずだし、待ってりゃいいだけの話だけどさ。

 釈放されるには身元引受人とある程度のお金が必要らしい。お金といってもそこまで高額ではないけども。


 どうしても足りなかった場合は?

 その場合は色々と差し押さえられたりで無理やり回収される。例えば私ならあのダガーを1本売るだけでお釣りが返ってくるはず。

 引受人が現れたのならば、釈放はもはや確定事項なのだ。


 引受人が見つからなかった場合は?

 12日の間に引受人が現れなかった罪人は、いわゆる奴隷コースへと向かうことになる。

 この国の奴隷の大部分は、こういった形で供給されているようだ。


 別に脱獄だとかをするつもりはない。

 もしやろうとすればー……どうだろ。ここも魔法陣+地下牢のハッピーセットだし、魔術や闘気に頼る力技は難しそうだ。

 あそこと違い錠は物理的なものが使われてるらしいから、こっちのピッキングに成功すればいけるかも?


 ま、レニーはそのうち来るでしょう。なら危険な橋を渡る必要はきっとない。

 唯一の問題点は暇すぎるってことだけど……あ、そうだ。看守さんに紙とインクとペンをねだってみて――


「ダメに決まってるだろ」


 断られてしまいましたとさ。ちゃんちゃん。



◆◇◆◇◆◇◆



 私の釈放金兼罰金は21ベルだった。高いっちゃ高いけど払えないってほどでもない。

 あの檻自体は別に耐えられないってほどでもなかったし、せいぜいが暇すぎてジタバタすることになったくらい。


 むしろその後にレニーに怒られた方が辛かった。

 なんかもうとにかくすごい剣幕で怒られた。

 後ろでドゥーロが雷でも落としてるんじゃないかってレベルで怒ってた。

 別に空き地で野球やった覚えは無いんだけどなぁ。


 しっかしまあ、なんというか。

 ただ男装して出歩いただけで罪人とは、なんとも生きづらい町だと思う。

 あとでユタに文句言ってやろ。


 あ、それからもう1つ。

 あの魔法陣のせいでずーっとトイレに座っていた。

 ドイ・レズドを禁止されてしまうと私は排泄のコントロールもできなくなってしまうわけで、しかし糞尿を撒き散らす趣味はないわけで。

 ……つまり、その、痔が心配。大丈夫かい、まいあす。



----

◆◇◆◇◆◇◆

----



 ヘッケレンの年越しの祝いは独特なようで、現在はそれの待機中。

 具体的にいうと、屋内に引きこもって全力で耳を抑えている。

 何が起こるのか? それは少し待てば分かる。3秒、2秒、1秒……。


 日付が変わると同時に、街中から一斉に爆音が上がった。

 こんなイベントがあると知らなければ、爆撃でもされたのかと勘違いしてしまいそうなほどに、爆音は轟々と響き続け、家全体が揺れているかのよう。

 窓から外を眺めてみれば、真夜中だというにも関わらず外を歩く人が多く、空は輝きっぱなしになっている。

 彼らの足元には筒が置かれ、手元には打ち出すモノ(・・・・・・)が握られ――あ、ちょうど目の前の人が1発やろうとしてる。


「ティナ、あの人」


 彼らはテニスボールほどの丸い物体を筒に入れると、筒の下から紐を差し、少しして紐が燃え出した。

 次第に短くなる導火線。その爆発に巻き込まれないようにか、玉の持ち主の姿がもう見えない。


 バンッ。


 破裂音が響き、筒に込められた玉が打ち上がる。

 それから2秒。おそらく最高点に到達したであろうあの玉は、空中にて大きな閃光をまき散らす。


 ドンッ。


 爆発音は、少しだけ遅れて聞こえてきた。


「すっげえー!」


 先程から続くこの爆音は、日本人ならきっと打ち上げ花火と呼んでしまいそうな代物によるもの。

 といってもメインは爆発音と閃光の方らしく、そういう意味だとむしろ打ち上げ爆竹?

 とりあえず、ヘッケレンでの新年のお祝いが爆発であることは確かだ。


「これは寝れないね」

「こんな時に寝るか!?」


 ティナと違って私は音だの光だのにそこまで興味はない。

 むしろ火薬が本当に、そして大量に生産されているという事実の方に驚いている。


「つか、うちにも来てんだろ?」

「来てるけどー……」


 どうやらキネスティットでは全体に配られているらしく、うちにも"火薬玉"が2発届いている。

 きっと本来はレヴィとメルナの分なんだろうけど……うーむ。


「危ないよ?」

「ヤケドしたらよろしく!」


 なーにがよろしくだこいつは。

 さて、火薬玉は2発ある。そのうちの1発はティナに使わせるとして……珍しく落ち着かない()を見逃す私ではない。

 ティナに2発とも渡すのも勿体無いし、()に任せよう。


顔に書いてある(・・・・・・・)よ」

「バレたか」


 どうやらレアはあんまり興味が無いみたいだし、照れ笑いを見せるレニーへと献上。


 この火薬玉からは特別な魔力を感じることはないし、どうにも本物の黒色火薬でできているらしい。

 しかしただの火薬の塊に火を付けたところで、別に打ち上がったりはしないはず。

 魔力的な話をするのであれば、むしろあの筒の方が魔道具になっているらしい。


 魔力以外による運動の変更というのは、魔術ではほとんど不可能だ。なんてったって該当する魔言は見つかっていない。

 しかし魔法陣には既に存在してることを私は知っている。サークィンで見かけた「ベクトル操作をするっぽい謎の棒」に似た魔法陣が描かれてるに違いない。


 と考えてみれば、きっとこの火薬玉は二層構造になっているはず。

 外側の火薬の爆発は玉自体を打ち上げるために使われ、ある程度高いところに飛んでいってから内側の火薬に点火し、空中で爆発している……とか?

 いや、こういうの全然詳しくないから分からないですけどね。真っ二つにして内側がどうなってるのか調べてみたい。


「ほら、早くしろって」


 ティナに袖を引っ張られ、外へ連行される私達。


「家の中で見てちゃダメ?」

「ダメー」


 マジスか。

 私結構ビビりなんスよ?

 ……変な事故とか起きないといいけど。


「お、あそこ空いてるじゃん」


 火薬玉の打ち上げに使われる筒は、ある程度の間隔で道路に設置されているらしい。

 事故防止のためなのか、ちょっと角度が付けられてる。真上に飛ばしたらさすがに危なさそうだもんね。

 ……これ、埋め込まれてるの? ぜんっぜん動かない。この角度を維持するためなんだろうけど、確か昨日はまだなかったよね?


「玉入れてー……あれ、紐入れる穴どこ?」

「多分ここ」


 火薬玉は紙に包まれた状態で送られてきており、その紙自体に簡単な文とピクトグラムが描かれていた。

 それによれば紙をよって紐にして、筒の下に開けられた穴に差し込むことで、そのうち勝手に火が起こるらしい。マジかよめっちゃファンタジー。


「燃えた燃えた! 逃っげろー!」


 これはきっとお祭りなはずで、その中でうだうだと考えてるのも興が削がれるって奴か。

 うっしゃ、逃げろー!

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