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三つの世界 彼女が魔女に堕ちるまで。  作者: 春日部 光(元H.A.L.)
本章 中節 広がりと狭まり
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九十五話 命と運命

 ――近々魔王が出ると?」

「はい」


 ダンジョンの攻略? に成功してからしばらく、クエストに参加する回数が増えてきた。

 全部に参加しているというわけではない。

 現在の私は家政婦的な立ち回りもしてるわけで、こういうのは1回始まっちゃうと中々抜け出せないのだ。

 ま、私も嫌って気はしてないし、なんとなくメイド服的なものも買ってみた。私は結構形から入るタイプだけど、実際に着てみるとポケットが多くて色々と捗った。


「詳細な日時までは、残念ながら分かりませんが」


 今日はクエストに参加する日になっている。

 ……のだが、なぜか聖女様がついてきた。いやなんで? ハルアとかいう便利な護衛はついてるけどさぁ。

 ねえ知ってる~? クエストってめちゃくちゃ危険なんだよ~?

 まあ私達は今のところ無事だけどさぁ。


「それで、何をどうしたら変わると?」


 ハルアは確実に秘密主義者だが、レアもレアで結構隠すことが多い。

 だから同行してくる理由はよく分かっていない。しかしクエストを受けてしまった後である以上、もう後戻りもできない。

 諦めてしまった方が早い。


「いえ、ただ知るだけでいいのです」

「知るだけ?」


 今日のクエストは農村近辺の魔物の簡単な駆除。魔物自体はそこまで強いものでもないけど、代わりに隠れるのが上手いらしい。

 いくつかの特徴と魔物図鑑、それから私達の知識とをにらめっこさせた結果、どうにも魔人大陸由来のケノーが野生化してしまっているようだ。


「アンが関わるというだけで、弱い未来は書き換えられるのです」

「それって大丈夫なの? なんかこう……歴史の修正力がー的な、さ」


 クエストを受けた後の道中とは、どんなメンツであろうと雑談会が基本である。

 私達のような固定パーティであればあまり関係無いけれど、誰かと合同でクエストを受けることが多い冒険者なんかは、こうしたところから情報を仕入れる。

 私達だって完全には無関係というわけでもなく、特に護衛クエストの場合なんかではとにかくお互いよく話す。

 ネットが存在していないにも関わらず、情報の周りが早い原因の1つが多分これ。各地を巡る冒険者や商人なんかには情報が集まりやすく、私達はある意味伝書鳩のような存在でもある。


「過去から現在までは線ですが、それらは全て小さな点で繋がっています。

 現在から未来までもまた線ですが、これを構成する点のうちいくつかは既に確定しています。

 確定していない点は非常に脆い存在で、ふとしたことで簡単に変化してしまうのです」


 そんな中、久々にレアから新しい情報が齎された。

 魔人大陸に比べ呪人大陸では魔王個体の出現頻度が低く、また過去の記録からある程度出現位置や時期を予測されているらしい。


 そしてレアには"死を見る瞳"が備わっている。

 魂の終わりを知る呪い。

 ある集団が同時期に似たような光景を見ながら死んでいれば、何の災害が起こるのか、あるいは何か事件が起こるのかと予想することができるらしい。

 例えば私達全員が「石材で作られた密室で死ぬ」と見えたならば、それはこのパーティで受けるダンジョンか何かに起因してる、と。


 何のことはない。ウィルンとやらに比べその精度は落ちるものの、レアもまた"災害を伝える"役割をしているということだ。


「アンが"キネスティットで買い物をした"を確定している点だとしましょう。

 確定していない点とは、例えば"先に右足を出す"であったり、"総出費が12ベルになる"といったものです。

 左足から出したとしても、またその総額が変化したとしても、"買い物をした"という事実へは繋がります。

 そしてアン。おそらくあなたはこの"確定していない点"への影響力が非常に強い存在です。

 時に"確定している点"に影響を及ぼすほどまでに。

 先ほどの場合であれば、"キネスティットから追放される"という本来選ばれないはずの点へと誘導してしまうのです」


 呪人大陸にはエルゲンヒエムと呼ばれる非常に広大な地域があり、その北東に位置する森で次の魔王が発生すると予想されている。

 現在のレアの関心はこの魔王へと向いているらしく、どうにかして魔王による被害を抑えられないかと考えていたようだ。


 その結論がこれ。

 弱い運命とは、私が関与するだけでも簡単に変わってしまうものなのだという。

 そして強い運命というものがあるとも。

 例えば"魔王の発生"そのものは強い運命であり、もはや私が関与したところで変えられない確定した未来。

 しかし"魔王の災害"とは非常に弱い運命であり、私が何かしら関与するだけで簡単に書き換わってしまうらしい。


「便宜上確定してる点と確定していない点と呼び分けていますが、この両者に明確な区別はありません。

 ただどちらが強いかという差でしかなく、同じ点でも近い未来になるだけで強まります。

 数秒先の未来とは文字通り確定してしまっていますが、数年先の未来とは変えられるものなのです。

 そして変化を齎す先が"生物の死"であった場合、その魂が小さければ小さいほどその死は"余裕"を持っています。

 ですから老人の死は数秒と動かないのに対し、赤子の死であれば数十年ものズレを発生させるのです」


 魂の大きさ……というものはいまいち分からないけど、どうやら生まれてから月日を追うごとに大きくなるものらしく、また植物よりも動物の方が大きい傾向にあるらしい。

 旧竜種のようなものの死の運命は私ですら変えることができないが、小さな草花であればティナのような普通の人間ですら変えられてしまうものなのだとも。

 そしておそらく、私のこの運命力的な不思議パワーちゃんは非常に強いものなのだとも。


「アン、命を救ってみませんか?」


 要するに、私がその"魔王の災害の被害者"に会ったりなんかすることで、彼らの寿命を伸ばしてしまおうぜ的な話らしい。

 突然ちんぷんかんぷんなお話だ。

 まあ、もういいですけど。スケールの大きい話とかも聞き慣れてきましたしね。実感はまだ追いついてないけど、なんとなーく、私はやべーやつなんだなーくらいには理解し始めてる。


「私がそれを知ってしまった以上、もう何か変わり始めてたりする?」

「おそらくは」


 私の運命力はやべーらしい。

 ……もし仮に、だけどさ。私が転生してなかったらどうなってたんだろうか。

 ユタは今頃ダールで幸せに過ごしてたり、アンジェリアはのほほんと町娘をしていたりしたんだろうか。

 ……考えるのも楽しそうだけど、それを楽しむのは今じゃない。


「正面の丘影、魔物が3体」

「カマゲレ?」

「正解。追っ払ってきてよ」

「おー」


 障害物が多くない分、ここら辺での探知能力ではカクをも上回る可能性がある。

 今見かけた魔力はおそらくカマゲレと呼ばれる魔物。魔物である以上、一応魔石は取れるけど……前世でいう野良猫程度の戦闘力と、非常にか弱い生物だ。


 見かけた魔物を全て殺すみたいな信条を持ってるわけじゃないし、ティナもあんまり弱っちい魔物は好きじゃないらしい。そしてレニーはそもそも殺すのが嫌いだと。

 ともなれば、こういう小さな戦闘は回避するに限る。魔人大陸の時だって、もし火蛇に出会ったとしても果物与えて逃げてたわけで。

 ……あいつ、果物を加熱調理してから食べるんだよね。そっちの方が甘くなる、とか?


「しっかし草原ってヤツはどうしてこう暇なのかねー」

「見通し良いし、魔力少ないからね」


 平原には、基本的に強い魔物は出てこない。

 オークやゴブリンのような、知能の発達した亜人のような魔物が出ることはあるけど……やつらは別に強いってわけでもなく、ただ厄介なだけだ。

 それにきっとレニーが挨拶(・・)するだけで逃げていくはず。お互い無事に過ごせるならそれでいいじゃない、ってね。


「その魔王の姿は?」

「人型のようにも見えたのですが、遠すぎて確かなことは言えません」


 以前に「なぜレアがエルゲンヒエムにオークが出ることを知っているのか」という疑問を浮かべたことがあったけど、どうやら魔王関連で調べていたようだ。

 オークは人型の魔物であり、魔物図鑑によればエルゲンヒエム北東に位置する「ギルムナァト」と呼ばれる森が主な生息地であるらしい。

 そして"ギルムナァト"に出る人型に近い魔物はオークくらいで、次に近いのが熊のような魔物だと書かれていた。

 つまり……。


「よし、魔王と話してみよう!」

「はい?」


 レアの死にはオークが関わっているらしい。

 といってもオークに殺されるとかいう感じではなく、むしろ心配そうに手を握られ、また涙を流しているとも。

 つまり、レアは今後どっかでオークと仲良くするイベント的なものが発生するはずだ。そして呪人大陸のオークはエルゲンヒエムの北東、ギルムナァト以外では滅多に見ることができないとも。

 ここで何か起こる、と考えてしまうのは別におかしい発想ではないと思う。むしろ無関係だと考える方が難しい。


「そういやアン、あの魔王の声聞こえるとか言ってたっけ」

「土虎や響霊とも話していたか」

「なんかね、魔物の声ってたまに頭に入ってくるんだよね」


 聞こえる条件はよく分かってない。

 ゴブリン程度で聞こえることもあれば、風熊ですら聞こえないこともある。

 この前のダンジョンの風霊からは何も聞こえなかったけど、実技試験だったかの響霊とは会話できた。


 こっちの問題なのか、相手の問題なのか。

 どちらかと言い切ることはできないし、"魔力の小さい魔物は話せない"

だったり、"頭の悪い魔物は話せない"だったりと、条件を見出すこともできていない。

 ……あ、そうだ。


「ハルア、魔物と話したことは?」

「あるぞ」

「なんで教えてくれないの?」

「いや聞かれてねえじゃん。この話題、今が初めてだろ」


 ま、それもそうなんだけどさ。

 もっと気を利かせろ?


「精霊の声だっけ? てのの仲間?」

「別モンだけど、どっちかが聞こえる奴は大抵もう1個も聞けるはずさ。

 ある程度の群れを作る魔物なら、大体どれも話せるよ。

 ……さっきのカマゲレの声、聞こえてなかったのか?」

「え、なんか言ってたの?」


 全然聞こえなかったけど。


「"だるー""ねみー""なんかいる?""てきだ!"……とまあこんな感じ」

「なんだかすっごく平和だね?」

「飯食い終わっての昼寝中だったらしいしな」


 なんだろう、とんでもなく罪悪感を煽られる。

 狩らなくて良かったと考えた一方で、この大陸で最初に狩ったあのカマゲレたちが何を考えていたのかが気になってくる。


 そうだよね。

 魔物だって、色々感じて考えて、そして明日へと生きてるんだもんね。

 そこまで人間と離れてるってわけでもないんだ。

 ま、私にとっては瑣末な問題にすぎないわけだけど……うちにはこういうのが苦手な人が居るわけで。


「俺達は命を扱っている。これを忘れることはない」

「その通り。生き物っては何かを殺して初めて成立してんのさ」


 と思いきや、想像よりもずっと強い答えが返ってきた。


「トチ狂った奴が"生き物の命を奪うな!"なんて言ったりするが、そりゃ偽善だ。

 食いもんってのはそのほとんどが生物の死骸だってことを忘れてる。

 あいつらのほとんどは植物に命があることを忘れてる。

 俺達は奪い続ける現実を認めた上で祈る。次の世では幸せに、ってな」


 そしてこっちはなんだか説教臭い。


「祈ったら何が変わんの?」

「自分の認識。数多の命の上で、俺達は生かされてる。

 みんな頭じゃ知ってても、どこか忘れた振りをしてる。それを思い出せるようになる」


 ……まあ、ティナへの布教はどうやら成功しそうである。

 私は信者になるつもりはないけども、そういう考えがあるということを知るだけなら吝かでない。

 なにせ移動中は暇なのだ。宣教師様の言葉に耳を傾けようじゃないか。

 本日12時に半話が入ります。

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