閑話 這い出る魔力 1
空が降る、というのは使い古された表現だ。
なんとも独自性を感じられない。
だが美しさを考えてみればどうか?
素晴らしいものじゃないか。
では血の雨が降るはどうだろうか?
それはつまらない。何せ血は降るものではないのだから。
だが血の雨が降ったようだ、との表現は許そう。
俺こそが王だからだ。
◆◇◆◇◆◇◆
ケストの急速な拡大は、各地の貴族らの叛乱を引き起こすこととなった。
叛乱が起きたのは何もこれが初めてではない。ゲッカンディアが没した後、俺が王位を継承した際にも各地で起こった。
たかが小国ケストだった頃ですら、実際のところはかなりの苦戦を強いられた。
莫大の領土を持った後となれば、それはもはや戦争に他ならない。
絶対王政という言葉がある。
全ての権力を王1人へと集中させた、歪な国家形態だ。
だが俺の"古い"記憶によれば、この制度は大いに世界を揺るがした。
最初に唱えたのがどこかは覚えていない。しかし西洋で発祥したそれは、世界の小国を次々に踏み潰し、ただ一国の世界を目指した。
開発独裁という言葉がある。
発展途上の国によく見られる形態で、祖国の付近にも2つ存在した。
全ての権力を指導者1人へと集中させた、歪な国家形態だ。
これら2つを最も決定付けるのは、血統と、民心だ。
俺はゲッカンディアの血を引いているわけではなく、しかし民によって選ばれたというわけでもない。
ではこの国家形態をなんと呼ぼうか。
「案はあるか?」
識者を集めてみたものの、彼らは何も返さない。
以前の国で政を執り行なっていたものですら、実のところ詳しい者は多くないのだ。
「ビクリスタリア元ナスシャ王。お前が王を名乗った理由を答えろ」
「……血、です」
「だがその血は流された」
ナスシャの惨劇は目に余るものがあった。
ナスシャの国民は、もはや王など必要としていなかった。
彼らはこれまでの恨みとばかりに、当時の王であった彼女の母を殺し、父の前で彼女を陵辱し、殺し、その首を俺に届け、そして併合を望んだ。
「特別なものだったか?」
肉体など、所詮はただの器に過ぎない。
天命を全うした肉体でさえなければ、その修復は容易い。
しかし魂の保存となると話は別だ。ここにビクリスタリアが居るのはただの幸運、俺の気まぐれにすぎない。
「初代の王が子孫に引き継がせると考え、その慣習に従っていただけだ。違うか?」
「……間違い、ありません……!」
もはや信仰の一種なのだろう。
彼らは血が違うのだとか、あるいは神に選ばれたのだとか、そんなことばかりを口にする。
血が違う、だなんてことはない。彼らはただの魔人であり、赤い血が流れている。
決して青の血など流れてはいない。
「パルファーベティン元シグミ長官。問おう、お前の血は何色だ」
「当然、赤です。ここにいる全ての"元王"と同様に」
ほとんど全ての国家が王政を敷いていた中、唯一シグミだけは共和制を選択していた。
といっても、他の王と何ら変わることはない。
名目上は共和制。しかし実際のところは独裁だ。
では王政を選んでいた他の者と何が違ったか。
彼だけは自身が魔人であることを知り、そして民の心を理解していた。
「皮肉なものだな。王でないお前が最も王を知っているとは。
ではお前自身は誰が理解している?」
さあ、答えろ。
「私は民の声を反映するだけの存在です。
私には何の力もありません。"元王"と肩を並べるなど、烏滸がましい」
どうやら自分自身の無力さをも知っているようだ。
「ミルリア元ケレンダス王子。力無き者はどうなると言ったか」
「……失言、でした」
「その"失言"とやらをもう一度ここで披露しろ。頭からだ」
東部連合構成国のうち、最も最初に滅んだのがこのミルリアだ。
当時の国王はもはや生きてはいない以上、責めても何も帰ってこない。
しかしこの王子は――当時はよく俺に反抗していた。今でこそすっかり大人しいが。
「一字一句、その声調ですら覚えているぞ。
『ゲルの名を騙る僭称者め!
貴様に正義の鉄槌が下される! 必ず、必ずだ!
力無き者よ! 人間の力を知り、朽ち果てよ!』
……どうだ、上手いだろう」
「お見事です」
「今はケレンダスと話している」
「は。失礼しました」
胡麻を擂るのは確かに上手いのかもしれないが、しかし今の俺はそれを求めていない。
「そう宣言したお前の根拠は何だ」
「……」
「また、"血"か」
「……だったら、何が悪い!」
久々に表に出てきたじゃないか。
その方が好きだ。
「結局――人間の力とはなんだったんだ?
ここに居る者のほとんどが元は王位に就いていた者だ。
であれば――少なくとも、権力でないことは確か。
兵の数? 質? そのどちらもケストの方が上だった。
第一、貴様らは常備軍すら持っていなかったじゃないか。
彼ら傭兵はどうして働く? そう、金だ。
中には名誉を欲する例外も居たが……お望み通り、死の名誉を与えてやった。
では文化はどうだ。
ゲルストルドゥス元ラースト王、カウルイア元トバッコ王よ。
お前らの国は確かに素晴らしい下地を持っていた。
だが花開かせたのは俺だ。お前らはなぜ水を与えないんだ?
ああ、それと科学だが――言う必要は無いだろう。
何せ俺はお前らとは違う。未来を知っているのだから。
後は……はて、何があるか、パルファーベティン」
「経済的優位性、宗教統一性、国家指導者の権力……挙げようと思えば、キリがありませんな」
「だと。さて、そのどれか1つでもケストに勝った者が居たか?」
何、別に反論など望んではいない。
今にも奥歯を砕きそうなその表情。俺はただ、それが見たい。
だが本当に砕かれてしまっては面倒だ。曲がりなりにも、彼らは各地の領王なのだから。
「パルファーベット、だったか。
……長いな。今日からお前はパルだ。
代わりに"3番"をくれてやる。助王パル。うん、悪くない」
「拝命致します」
それに比べ、パルはどうだ。
奴らと違い、反抗心の1つも見えない。
……こいつこそが最も厄介だ。おそらく。
「では助王パル。お前1人で各地の叛乱を鎮めてみせよ」
「……お言葉ながら、現状ではやや難しいかと」
しかし簡単に殺してしまうわけにはいかない。
こいつはこいつでシグミの全権を握らせているのだから。
……他の者ほど分かりやすければいいのだが。
しかし、なぜこいつらはここまで反発する?
今までとほとんど同様の制度を許し、地位も与えてあるはずだ。
実質的に、単に王の上に俺が居るだけに過ぎないじゃないか。
やはり奴隷解放が響いてるのか? それとも教育のせいか?
……疑問は尽きないが、思考遊びはまた今度にしよう。
「では何が必要か」
「524,288リンばかり」
「そうか。分かっ――」
「――ゲルナンド様!」
せっかく話がまとまりかけたというに、突然何者かの声が響く。
声を掛けてきた者は――
「リフか、どうした」
「明らかに法外です! 殺しましょう!」
「ご、ご冗談を!」
……まあ、俺も考えていなかったわけではない。
それだけまとまった金を使って、一体何をするのかと考えてみれば。
結局のところ、パルファーベティンはただ私腹を肥やしたいだけだ。
「いいですか、ゲルナンド様。
そもそもがあなたが我々に命ずればいいだけなのです。
だのにどうしても魔人に頼りたがって、悪い癖ですよ!
どうして我々を頼ってくださらないのですか!?」
答えは2つあるが、さて。……こっちだな。
「リフ、お前が好きだ」
「す、すす、すき!?」
「失いたくはない。ルーメイのように」
リフとは長い年月を過ごした。
最初は"進化型の魔物"という新項目に興味を持っただけだったが、今では立派な俺の相棒だ。
結局、リライフデミゴッドという中途半端な存在で止まってしまったが――それでも頭のキレは確か。
俺はこう、どうにも機微を察するというのが苦手であり、マイクロマネジメントなど論外。だから部下の管理のほとんどはリフに任せてしまっている。
追加脳を買うことも考えたが……俺という割合が減るのは嫌だ。
「俺にはお前が必要だ」
「ひ、ひつよう……!」
「そんなお前を、死地へと送り出せるはずがないだろう?」
「は、はいぃ……!」
人心掌握術というのは残念ながら身につけてはいないものの、ダンジョンの魔物に対してならそれは容易い。
……ただ心を持たない魔物だけなら楽だったはずなんだけどな。どうしてこう、俺は寂しがり屋なんだ。
「パル、金の事だが――」
「あ、ダメですゲルナンド様! それとこれとは話が違います! 概算しますとですね――」
おや、この展開は予想外だ。骨抜きにできたと思ったんだけどな、骨だけに。……何を言っているんだ? これも俺の"古い意識"から来るものか?
「だと。パル、足りるな?」
「いえ、その……もう少し色を付けて頂かな――!?」
「やはり、赤だ」
指を刃へと再構築。
寄生腕だったか? あれを参考にしてみたが……ふむ、やはり生物以外への再構成は少し応えるな。
特に金属はよろしくない。これでは魔力が通らない。
だがまあ、切れ味は想像よりもずっと良い。あるいはパルがよっぽど脆いか――だが。
「……新しい王が必要だな。こうしよう。各元王……いや、各領王共よ、各地の叛乱を収めてみせろ。
その働きぶりに応じて、空白となったシグミの統治権をくれてやる。
最も働きぶりの良かった者には助王の名を与える。そして――
最も悪かった者は、名誉を与えてやる。さあ、行け」
人のショック状態が続くのはおよそ20秒。
正常な判断ができないうちに面倒事を押し付け、転移魔法陣の起動。
「リフ」
「はい!」
「今日の空は?」
「いつも通りの曇天です!」
そうか。であれば――
「叛乱に加わっていない者を保護しろ」
「……叛乱軍には、何もしませんのですか?」
「人間の力、見せてもらおうじゃないか」
さて、どうなるか。
収められるのならそれでよし。そうでなければ直轄領が増えるだけ。
どっちに転ぼうが俺は損をしない。領王は損をするかもしれないが――それは俺にとって関係ない。
「必要に応じて、食料保存庫の開放も許す。
それから――灰が積もると魔法陣部に伝えておけ。
奴ら、きっと涙して喜ぶぞ」
「灰が積もる、ですか? なんで喜ぶんです?」
「三次元魔法陣の材料だそうだ」
「三次元魔法陣?」
……知恵こそあるが、知識の足りてない奴だ。
だからこそ、俺の知らないことすらも吸収しようとするのかもしれないが。
「ダンジョントラップが再現できるようになる。もはや魔力を払う必要もない」
「食べ放題ってことですか!?」
「今もそうさ」
◆◇◆◇◆◇◆
結局のところ、俺はよくを前面に押し出す魔人の方が好きだ。
そちらの方が分かりやすく、そして御しやすい。
「だろう? パル」
そう声を掛けてみても、返事は帰ってこない。ただ虚しさに包まれるだけ、そうなるはずなのに。
あの後しばらくはパルに化け、適当に引き継ぎを行なった後、自殺ということで処理をした。
死体に関しては再利用だ。
魂の無い器だけの存在。
これがどうなるのか、以前からなんとなく気になっていた。
ちょうど目の前に死骸があるのだから、再利用しないなんてのは勿体無い。
……が、いつの間にか別の魂が紛れ込んでいた。
「あいたい」
この魂の出自は明らかではない。
しかしまともに会話が成立しないし、生活どころか歩くことすらままならない。
一応、保護という名目で手元には置いているが……一体何が紛れ込んだのやら。
この世界の法則として、魂は脳の形成時に宿るとされている。
実際に胎児を何度も分解したわけではないし、これが正しいのかは定かではないが……少なくとも、128を超えた魔人に新たに宿るだなんて話は聞いたことがない。
であれば、やはりこいつも紛れ人なのでは?
そう考えてみたが、この魂から情報が聞けない以上、これ以上考えるのは無駄か。
残念だ。
「なつに、あいたい」
「"なつ"? それとも"なつに"?」
「なつに」
「なつにに、あいたい?」
「なつにぃに、あいたい」
そう思っていたが、今日はいつもと違う反応が出た。
これまでとは文字が増えた。"なつ"なのか"なつに"なのかすら定かではなかったのに、"なつにぃ"という人物を指しているらしい。
……兄のことを指しているのか?
何にしろ、これは少し面白そうだ。