九十四話 酒と魔人
お食事回。
二度と潜るかと決めていたダンジョンに行ったわけだけど、今回もまた死にそうになった。
そりゃ前々回も今回も死んだわけではないけどさ。なんかこう……やっぱりダンジョンって嫌なとこだよね。あんまり潜りたくはない。
でも思った以上に稼ぎは良かった。しばらく受ける人が居なかったせいか、魔物が溜まりに溜まっていたらしい。
というわけで、"初のダンジョンクリア兼アンジェリアの復帰祝賀会"と称して飲みに来た。
どうしてこう、この2人はお酒が好きなのか。……いや、私も結構好きだけどさ。人間の時はあんまり好きじゃなかったのになんでだろう。味覚の差?
「今日の命に!」
「感謝ー!」
音頭を取る人が居なくなってしまったけど、そこは代わりにティナが務めるらしい。実は前からやりたかったのだとか。
しかし、お酒ね。一体どのくらいぶりになるんだろうか。……あれ、呪人大陸来てから飲んでなくない? なら船以来?
えーっと、船がこっちについたのが12月22日で、今日が15月24日だから……。
「ヤバい、私3ヶ月ぶりだこれ」
「飲み過ぎて倒れんなよ」
「ハルアさん、魔人って大体酒強いですよ」
「そうかぁ?」
それは私も初耳だ。
だってカクはすぐ……ってあいつはハーフか。じゃあ私は……2回だけ記憶を飛ばしたことはあるけど、他に酔いつぶれたことはないな、うん。
いやでもシパリアにめっちゃ文句言われたことあるからな。程々にしておこう。
あとあんまり酔っ払うと魔術使えなくなるし。できれば歩いて帰りたい。
「ティナって酔っ払っても普通に歩くよね」
「普通にって?」
「ほら、酔うと魔術使いづらくなるじゃん」
「あー……もう無意識だしな。それのせいじゃね?」
なるほど、無意識レベルで使えるようになれば問題無いのか。
……私も時たま意識の外で動かしてることあるし、ワンチャン無いか?
「潰れたらレニーにおんぶしてもらお」
「勘弁してくれ。結構重いんだぞ」
「……ほーん。重いと申すのだな貴様」
「だが事実だ」
そうか。
私は重いのか。
……きっと筋肉が発達してるんだ。私達はよく動くからな。
「アタシは?」
「アンより軽い」
なん……だと……?
「アン、お前のほうがデブだって」
「誰がデブだコラ」
「いや、ティナが軽すぎる。もっと太れ」
「そうだそうだ鶏ガラガール!」
「と、鶏ガラて」
ある程度太ってたほうが健康的なんだよ! 少なくともこっちの世界じゃな!
つーか私デブじゃねーぞ!
「プッ……クッ……」
「おいそこ笑うな燻製!」
「……鶏ガラよ、この肉食うか? ト・リ・ニ・ク」
「あ、テメェ――」
本人らが何を考えるかまでは知らないが、とりあえずは楽しそうで何よりである。
きっとあれだな、ハルアは精神年齢を落とすのが得意なんだな。
あるいは本当にティナレベルなのかもしれないけど……それは無いと信じたい。
ところで……。
「なんで当たり前のような顔をして座ってるんですか」
「あら、いけませんでした?」
「そうは言いませんけどー」
ここにはなぜかドゥーロとレアも参加している。
ハルアが居るのはまだ分かる。でもドゥーロとレアはさ、全く関係無くないか?
「実は私、お酒も大好きなんです。
ハルア君から誘われちゃいましたからねぇ」
「はぁ」
まあ別に嫌ってわけではないけどさ。
こうも聖職者が揃ってお酒を飲んでるってのは、前世の価値観が残っている私にとっては微妙に引っかかるものがある。
特にレア。
「お酒、飲めたの?」
「……ぷはっ! いえ、今日が初めてです!」
木製ジョッキを一飲みで空にし、口元に泡を付けたままでポーズを取る聖女様。
白ひげ聖女と改名した方がいいんじゃないだろうか。
「おいしい?」
「……これは好みではありませんね。舌に苦味が残ります」
「よく全部飲んだね」
「一度口から離したら、もう飲めなくなってしまいそうで」
ああ、うん。
それはよく分かる。
苦手な物って、ちまちま削っていくよりも一気に流し込んじゃった方が楽だもんね。
「残しちゃえばよかったのでは?」
「作った方に失礼ではないですか?」
「……甘いのって好き?」
「大好きです」
甘いのが嫌いな人間ってのは中々珍しいとは思うけど、前世の友人の1人にそういう人が居たと書かれていたから一応の確認。
あれなんて読むんだろう。榊って字だけは覚えてるけど……シン、で合ってるかな。まあもう会うことも無いだろうしどうでもいいか。
「ですって、ドゥーロさん」
「ではこうしましょう。カルカリナージャを3つ!」
おお、ドゥーロもちゃんと大きな声を出せたんだな。
初めて聞く名前のやつだ。今のうちから期待しておこう。
◆◇◆◇◆◇◆
「もう1杯! いいえもう1口だけでもぉ!」
「ダメです」
初めてお酒を飲む人に、あんまり美味しいものを与えてはいけない。
ある程度不味いものを飲ませておいて、お酒に耐性ができてから美味しいものを渡すべきなのだ。
……と、酒を求め続けるレアを見て思う。
「ドゥーロさん、これ止めて」
「じゆうであるのはよいことです」
「せめてもうちょっと弱いやつにしない?」
「せっかくせいよさまがよくをだしたのです。さたまげてはいけません」
「いやダメでしょ。あれ何杯目だと思ってるの」
レアは既に3Lは飲み干している。
……この体のどこにあれだけ入るんだ? ボディラインも全然崩れてないんだけど。
「もう一杯! もう一杯!」
やけに騒がしい声と手拍子の発信源を見てみれば。
「――あぁ! あぁ……どうだレニー、そろそろ――」
「――余裕、だ、……な。よし、次」
「いいぞいいぞー!」
「俺からビーチェ2杯の奢りだ!」
「いや、待て……おう……」
なんかあっちは男の勝負だ! とか言って飲み比べしてるしさ。ティナはにっこにこしながら2人を煽ってるしさ。いつの間にかギャラリー集まっちゃってるしさ。
なんだこのカオス空間。まともなのは僕だけか……!?
あ、ハルアの口から噴出物が。……見なかったことにしよう。
「アーンー? 色々聞きたいのですが!?」
「ダメです」
もしかすると、私は結構お酒が強いのかもしれない。
あそこで潰れてるハルアは論外として、レニーもレニーで顔が真っ青になっている。絶対無理してるぞあいつ。
ティナはー……まあ、楽しくなっちゃってる。うん、まともな酔い方なんじゃないか?
レアはもう完全にできあがっているし、健全そうに見えるドゥーロもさっきから呂律がかなり怪しい。
「……よし、そろそろ帰ろうか!」
「えーもう1杯ぃー」
「アン! ヘルプ! 今度はレニーが――」
この翌日、ベッドの上で聖女の死体が確認された。
彼女はいいやつだったよ。アーメン。
◆◇◆◇◆◇◆
ティナとレニーは3日に1日休みを取っているし、レア達も6日に1日休んでいる。
両者は休みがかぶるタイミングがあり……本日は元々休みの予定である。
だから昼だというにも関わらず、ベッドの上で不死生物のようになっていた聖女様に対しても、特別何か言うつもりはない。
珍しく酔い潰れたレニーが部屋に引きこもっていても、特にコメントは出てこない。
買い出しに誰も付き合ってくれないだとか、帰ってきてもみんな寝たまんまだとか、台所が荒れ果てているだとか、ご飯作っても起きてくれないとか。
別に何か文句を言うつもりはない。後で利子付きで返してもらうだけだ。
ただ――
「起きてください、もう日が沈み始めてますよ」
「起きません? ねえ起きません?」
「やっぱりお水が欲しいのかな?」
「エル・クニード!」
「――んなっ……!?」
あの後追加でお酒を購入した挙句、なぜかうちで二次会を開いていたおっさん2人には文句を言いたい。
特にハルア。お前ちょっと汗臭いぞ。
あとティナ。どうしてここで潰れてるんだ。台所荒らしの犯人か?
「……んでアンが俺の部屋に居るんだよ?」
「ここ、ハルアの部屋だったんですか」
「当たりま――」
顔を上げ、周囲を確認し、ようやくここがレヴィの家だと気付いた彼は。
「……ああ、クソ、頭いてえ」
「ねえここハルアのお部屋なの? ねえねえハルアのお部屋なの?」
「うるせえ」
多少赤面した後に、顔を逸らしてしまうのだった。
「おはようございます、アンジェリアさん」
「おはようございます、ドゥーロさん」
さてこっちはというと。
「記憶が定かではないのですが、迷惑を掛けてしまったようで」
「いえ、むしろドゥーロさんには"途中まで"は助けられました」
ティナにはレアを、ドゥーロにはハルアとレニーを運んでもらったのだ。
私? ほら、足的な問題で? ていうか3回も転んじゃいましたし?
「途中まで、ですか」
「途中まで、です」
レニーを運び終えたドゥーロは、何故かハルアを叩き起こし、二次会だーとか言い出したのであった。
つまりこの惨事の元凶はドゥーロ、このまん丸大司教様だ。
ティナ? いつからここに居るのか分からん。私さっさと寝ちゃったし。体洗ってくるーとか言ってたのは覚えてけど、その後にまた飲んじゃったの?
「二日酔いに効くという食事を作ってみたのですが」
「……なるほど。ありがたく頂きましょう」
「それより水ッ!?」
あ、ドゥーロの魔力が一瞬だけど膨らんだ。
んでハルアの背筋がピーンとなってる。……なんか魔術使ったのかな。こっわ。
「頭と口、どっちからがいい?」
「飲むの、頼む、冷たいの」
そして片言になっている。ヒェ。
◆◇◆◇◆◇◆
今日からは今年最後の月になる。
他の人らと違って朝早く起きた私は、なんとなーく暇潰しに外に出て、なんとなーく帰ってきて、なんとなーくご飯を作っていた。
オルニチンだったっけ? が酔いに効くってのは聞いたことがあるし、前世でシジミの味噌汁だのは何度か作ってみたことがあるんだけど。
「……こいつ、なんか全然でっかいな?」
目の前にはさっき買ってきた二枚貝。その大きさからするに、シジミよりもハマグリと呼んだ方が多分正しい。
1番小さいやつでこれだった。こいつにオルニチンを期待してもいいのか?
「ま、いっか」
既に砂は吐かせてあると聞いているし、とりあえず作ってみますか。
といっても味噌はないし、醤油もない。海藻出汁があったのは幸いだけど、これが合うのかは分からない。
……とりあえず、作ってみてから考えよう。
材料的には遠からずってところだし、そこまで不味いものにもならないはずだ。
私の勘がそう告げている。
さて、まずはこのハマグリ君を洗ってあげて……で合ってるよね? 今世で貝類を調理するの初めてだけど、前世と一緒で大丈夫かな?
……最初にハルアに食べさせればいいか。ヨシ!
じゃ鍋に出汁とはまぐり突っ込んでー、お水を適量突っ込んでー、コンロのスイッチぽちっとなー。
まだ沸騰もしてないというのに、もう灰汁が。
こんな早くに出てきたっけ? まいっか。こいつを浚ってやりましてー。
「♪遂にはお鍋が沸騰をー……ハッ!?」
「……おはよう」
「い、いつからそこに?」
「……はまぐり突っ込んでー」
私としたことが鼻歌を聞かれてしまうだなんて。
不覚。
「水、くれないか?」
「ああ、うん……はい」
盗み聞きとはレニーもなかなか趣味が悪い。
「もう少し、休む」
「お、お大事に~?」
……は!
のんきにお話してる場合じゃない。ハマグリ達の口が全て開いてしまっているではないか!
ここらで火ーを止めましてーっと。
あっづ!
舌先が痛さと熱さで痺れてしまった。
けど、味は悪くない。シジミってよりハマグリだけど……ま、これはこれで美味しいからヨシ!
でもちょっと薄味すぎるかな。……醤油が合うんだし、多分魚醤もいけるよね? 入れちまえ!
一口。
磯臭さがちょっと目立つような気はするけど、味としては悪くない。
臭み消しに刻み葉を散らしてまして。……うむ、こっちの方が断然いい。
最後に吸い口載せましてーっと。
ハマグリのお吸い物の完成じゃ。
◆◇◆◇◆◇◆
ということで実際にハルアに飲ませてみた。
「……悪くない」
なんとも微妙な感想だけど、とりあえず不味くはないらしい。
しかし一緒に炊いてみた麦粥に関しては。
「微妙」
残念ながら美味しくなかったらしい。
いいですよ自分で処理しますし。
「なんで俺だけ?」
「毒味」
「……なんで俺なの?」
「毒に強そう」
理由はともかく、さあ飯じゃ飯!
「スープが透き通ってますねぇ。これは一体どのような?」
「前世の"お吸い物"を参考にしてみました。舌に合うかは分かりませんが」
「結構イケるぞ」
「なるほど、異世界の料理というわけですか……!」
そんなに目を輝かされても少し困る。
だってこれ、多分お吸い物とは全くの別物だ。
なんたって共通してる材料はお水くらい。
「雰囲気だけですけどね。似た食材は使いましたけど、同じってわけにはいかないので」
「ハルア君、それを一口頂いても?」
「……行儀悪いぞドゥーロさッ――どうぞ」
「どうも」
……ええー、ドゥーロのイメージがどんどん崩壊していくんだけど。
私の知ってるドゥーロはもっとほんわかしてるイメージだったんだけど?
魔術を脅しの道具として使うだなんて、私の知ってるドゥーロからは繋がらないんだけども? このビリビリ大司教誰?
「……なるほど、魔人大陸の料理と少し似ているかもしれません」
「そうで……あ、確かにちょっと似てるかも」
といっても素材の味重視だったりってとこくらいだけど。
「"にほん"と言っていましたか。そちらの料理なんですか?」
「はい。現代人が口にする機会はそう多くはないですが、私はたまに作ってました」
「故郷の味、というわけですか」
絶対に食べたい! というほどではないにしろ、前世の料理が食べたいなと考えることはある。
時間とお金なんかに余裕ができて、ついでに食べてくれそうな人が多い今だからこそ作ってみたのだ。
ちなみに1番食べたいものは、妙に伸びるヨーグルト風味のバニラアイスである。日本人とは。
本日12時に閑話が入ります。