九十三話 二度と潜った 6
「空で死ぬ、ですか」
「はい。雲ひとつない青空の下――」
死の瞬間とは、私と接しそうにない人間の場合では固定されているらしい。
では接しそうな人間はと聞いてみれば、いくつもの世界が重なっているらしい。つまりは完全にではないものの未確定ということになる。
私と接した人間の場合では、"本来の死とは別の死の瞬間"へと変化し、その後は私と接するうちにまた変化することがあるらしい。特にティナは日によっての変化が激しいらしく、逆にレニーやレアは全く変化しないのだとか。
レニーの場合、霞む視界の中で人のようなモヤを抱くような仕草をしつつ死ぬらしい。そのモヤとはおそらく私だとも。
カクとの会話を教えてはくれなかったが、カクの死に際については教えてくれた。
カクが最後に見る景色とは、どの方向にも雲ひとつ無い青空が広がっているらしい。
レアが分かるのはあくまで死ぬ瞬間の視界だけらしく、何かに乗っているのかとか、どんな感情を抱いているのかとか、何が原因なのかとか……そういうところまでは読み取れない。
死の瞬間から対策を講じることは可能だけど、それに意味はほとんど無いとも。
"死因"に変化が起きることはあっても"死ぬ時間"が変わるというのは珍しいらしく、レニーのような成人であれば死の未来とは確定した出来事であり、その時間の変化は長くて数日が限度なのだとか。
例えば前世の私が死因を知って「それっぽい道路を通らないようにする」としたところで、結局あの日あの時間に死ぬ未来は基本的に回避できず、あのトラックの運転手が"たまたま"ルートを変更するだけ。
回避に成功したとしても、数日以内、場合によってはその日のうちに"たまたま"あのトラックの運転手が私を轢いてしまうらしい。
死の瞬間からの逆算だとはいえ、未来を大きく変えてしまっている私はだからこそ災厄の子であるとも。
カクの死もまた、私と接したことで何か変わったんだろうか。――
◆◇◆◇◆◇◆
氷壁を小型に変更し、代わりに厚さを3倍程度に。
領域もある程度縮小させ、無理の無い程度の範囲に。
発現位置も手前に移し、魔力の消費を極限まで抑えて。
「リズ・ウニド・クニード、ドイ・レズド」
無尽蔵に魔術を使えるように見えたとしても、実際には他の人よりもただ魔力が多かったり、その制御が上手かったりと、何かしらタネは隠されてるものだ。私の場合は前者になる。
ではこの風霊らしきあいつが無尽蔵に撃ってくるタネは?
霊の下方へと目を向ければ答えはいくつも転がっている。
大量の魔物が押し寄せた結果、下の方の魔物はぐちゃぐちゃに踏み潰されてしまっている。まるでゾンビ映画のようだ。
死ぬ前に心臓を完全に破壊されでもしない限り、ダンジョンの魔物といえど魔石は普通に生成される。人形のような魔物では、そもそもが最初から魔石を持っている。
そして霊の主食は魔力であり、つまりは――
「せめて魔石だけでも奪えればなー」
「リズ・ウニド・クニード、ドイ・レズド。
……ちょっとヤバいかも。もう八半も残ってない」
あそこに居る魔物が全て魔力供給源となっている霊。自分自身の魔力しか扱えない私。
残念ながら私の負けだ。
「レヴィのアレが使えりゃなー」
魔力を他人に移すやつのことかな。残念ながらあれ以来1回も発現していない。
先に置いてたあの詠唱のことがさっぱり分からないし、後半の術式だけで使ってみようにも、私の知らない魔言が含まれていた。
あの術式に含まれてる真名は全部聞こえていた以上、詠唱すること自体は可能なんだろうけど……暴走って奴はやっぱり怖い。だから試したことはない。
「マ・リーヴェン」合わせての真名が「我と共に」だって推測はできたとしても、そこに使われたイメージを知らないわけで。
そもそもデルアという魔言にも「共に」という真名をあてることができてしまうし、「我と」ってのが自分を指すなら本来は含んではいけない真名のはずだ。
だからゾエロの詠唱時には自身って範囲を指定しないのだから。
氷よ、強固に姿を現せ。雷よ、流れよ。
これらの魔術を発現させる度に、私の魔力は大体2‰くらい持っていかれてる。
もちろん毎回これだけ消費したーってのが分かるわけでもないし、ある程度雑に計算したものにはなってしまうけど……数字にしてみると私の魔力の多さに驚く。
しかし霊の魔力はもっと多い。なんてったって私と違って補給し続けてるのだ。そんなの不公平過ぎる。
「アン、真名ってどうなってんだっけ」
「氷よ、強固に姿を現せ、雷よ、流れよ」
「リズ・ウニド・クニードとドイ・レズドだっけ」
「うん」
暇そうにぼーっとしてるティナが少しだけ羨ましい。
私の魔力が切れてしまった場合、彼女も一緒に死んでしまうはずだけど……なんか微妙に余裕がある。
なんだろう、私が必死過ぎるのか?
今なんて暇すぎてこっちの術に興味が湧いたらしい。
「土壁、追電流!」
「お?」
ティナの両手から魔力が吹き出し、遂に土の壁が発現する。
そして土の壁に電流が――定着しない。ただの不発現術式となっただけだ。
「やっぱダメだ。ゲシュってのが分からん」
「難しいらしいしね、あれ」
4術だったり6術だったりと、術式に取り入れられる魔言数で魔術師の力量を表すことがあるのは、単にゲシュが人を選ぶ魔言だからだ。
私は特に苦しんだ覚えはないけど、これを教えてくれたユタですら「他より魔力を使う」とか表現してたのを覚えてる。
「あーきっつ……ねえ、魔力切れたらどうなると思う?」
「魔人の呪人の合挽肉」
「ご理解いただけてるようで……うわ!」
数秒に一回の再詠唱。もう後10分も保たないはず。
霊に頭がついてるようには見えないが、しかし考えることはできるらしい。ひたすら雑に魔術を投げていた最初、中央突破を狙っていたさっきまで、そして今度は――
「ティナがレズド混ぜろなんていうから」
「やー……霊って耳ついてんの?」
「どうだろ、そうは見えないけど」
さっきまでは全ての風弾が直進していたというのに、突然曲がる風弾が混ぜられた。
消費魔力がまた跳ね上がる。こんなのいつまでも続けられない。
といってももう手遅れだ。攻勢に転じるだけの魔力は残ってない。
「また負けた」
「負けたって?」
「博打にさ。私は運って言葉と相性悪いのかも」
だから賭け事は嫌いなんだ。
アンジェリアとして転生してから、これまでに1回でも勝ったことがあっただろうか。
……あの療術を使った時? それだって後遺症が残ってるし、第一最初の方の博打に勝てていればこうはならなかったわけで。
後悔先に立たずなんていうけどね、先が無いなら無意味に過ごしたっていいじゃない。
「幸運の女って名前なのに?」
「正反対だね」
名は体を表す、ってのは前世に限定されるのかもしれない。
「最後まで粘ってみようぜ」
「やってみてるけどさ。そろそろ死ぬ準備した方が良いかも」
「死ぬ準備ってどんな?」
「悔いのないように、的な。私なら思いっきり足を掻きむしりた――!?」
一瞬だけど、途轍もない魔力の流れが見えた。
魔術を使っているし、魔術を使われてもいるし、そしてここはダンジョンだ。そんなもの、見えるはずがない。
見えるはずがないものを見てしまった。ならこれは幻視?
しかしどうやら現実のよう。
あれほど魔術を連発していた霊が見えなくなった。
その足元に蠢く魔物ですら、ほとんど全てが――蒸発した。
「その名前、似合ってるよ。マジで」
「もうちょっと速く来てほしかったけどね」
今回もまた、誰かに命を救われた。
「……なんで抱えられてんの?」
「レニーが束縛されちゃって」
「あ、そうなの」
「んおっ!」
がくん。
突然レニーの体が動き、私達は地面に降ろされた。
「ていうか生きてたんだ?」
「突然扉の野郎が閉まりやがってな。ちょっと時間掛かっちった」
◆◇◆◇◆◇◆
ハルアの説明が微妙に納得出来ない。
が、大まかには真実なんだろう。じゃあどこが嘘なのかを考えてみれば。
まず最初の説明から。
「扉が開いたから"なんとなく"入ってみた」
ここからしてきっと嘘だ。知らないダンジョンの大部屋に"なんとなく"で入る奴がどれだけ居るんだって話。
だからきっと、私達の知らない何かを知っているか、あるいは話してない目的があるんだと思う。でもこれ以上は遠すぎて分からないから、次。
「扉が閉まってしまい、閉じ込められた」
こっちは本当だと思う。無理やり疑うのであれば、例えば扉が勝手に閉じるわけないだろ! とかだけど……勝手に開いてたしなぁ、あれ。
だから次。
「開けるのに手間取った」
これも本当だと思う。
ハルアの魔力は私が見ても分かるほどに減っていたし、実際に扉の内側には削ったような傷が大量に付けられてた。
「叩き続けたら突然開いた」
……これ、嘘っぽくない? あの扉には自身が死なないようにする機能でも付いてるの? まさかぁ。
開けるのに手間取ったのは確かなんだろうけど、開いた理由がきっと嘘だ。じゃあ何があったのかって話なんだけど……こっちはやっぱり遠すぎる。だから次。
「魔物は全部吹き飛ばした」
ま、これはいいか。ティナと私は直接目撃してしまったのだから疑う余地がない。
何の魔術を使ったかだけど……こっちは全然分からない。不可視だったからゼロかウィーニだとは思うんだけど、それにしたって魔力の減り方が尋常じゃない。
ハルアのではなく、ダンジョンの、だ。あの通路には魔力がほとんど含まれていなかった。
アルアやデルアを使ってダンジョンの魔力をも使ったってことなのかも。本人が語らない以上、推察するしかないけどさ。
さて。
入った理由と開いた条件。この2つが嘘っぽいと思うんだけど……嘘だと決めつけて聞き出すのは印象が悪くなってしまうし、その証拠だって見つかっていない。
頭の隅に引っ掛けておきはするけど、これ以上知るのは難しそうだ。
「んで、お前ら奥行くつもりなの?」
「アタシは見てみたいんだけどさー……」
ティナの視線がレニーへ、そして私へと注がれる。
「残念、もう魔力がスッカラカン」
「悪いが、俺もだ」
かなりの闘気を発現させたままだったレニー、ずーっと防御をしてた私。
お互いに魔力はほとんど残ってなく、もしこの先に進むというのなら、ティナ1人に戦闘を任せることになる。
「大部屋の魔物、全部倒したんだっけ」
「当然。魔石、渡したろ?」
あの部屋に大量の魔物が居たってのは本当らしく、43個もの魔石をハルアは私達に渡してきた。
「魔石なんて興味無いの」とか言ってたけど……金目当てでないとすれば、尚更こいつの嘘臭さが表に出てくる。
……まあ、今のところ敵では無いっぽいからいいけどさ。
「ちょっとコア見て帰るだけだろ? そのくらいなら手伝ってやるよ」
「よっしゃ! 行こう行こうぜ見てみてえ!」
「見てみたくはあるけどさぁ」
私、足を動かすのにだって魔力使うんだぞ?
コアってどんな大きさでどんな見た目なんだろ。確かに気にはなってるけど――
「アン、顔に"気になる"って書いてあるぞ」
「んなバカな」
「ホントホント。ほっぺにでっかく書いてある」
「……レニー、ホント?」
「いいや。"コアってどんな見た目なんだろう"だな」
誰がいつ書いたんだよ!
……んー、あんまり表情には出さないようにしてたんだけどな、この2人にはバレちゃうのか。
親しいってのは恐ろしい。
「……いつもの無表情じゃね?」
「アタシらには分かんの。ほら、早く立てよ!」
ったくもー……ティナがそこまで言うなら仕方がない。
せっかく来たんだし、ならいっちょ拝んでやりますか。
◆◇◆◇◆◇◆
ダンジョンの最奥にはコアルームがあるが、場合によってはその奥に更にもう1つの部屋があり、ダンジョンマスターの部屋と呼ばれることがある。
このダンジョンにもその"マスタールーム"があるらしいけど、私達が居るのはその1つ手前、コアルームである。
目の前にはコアと呼ばれる魔力の結晶があるんだけどー……。
「なんかさ、違くない?」
「思ってたよりも……小さいな」
「それな」
ダンジョンのコアって言うからには、なんかもうとんでもなく大きい魔石だと思っていた。
そりゃ確かにこのコアだって大きいよ? これ1つを売ったらいくらになるのかなんて考えるのも難しいくらいに。
「教会の方がデカいよな」
「うん、あれの方が大きい」
「比べるまでもない」
既に巨大な魔石というものを目にしてしまっている私達にとって、ソフトボール程度の大きさの魔石ではいまいち迫力に欠けるというか。
「これで8192ベルを超えるなら、あの教会のは――」
「レニー、それ以上はいけない」
私達はお金稼ぎにきてるわけで、レニーですらこういう考えに至ってしまうのだ。
あの飾られてた魔石と違ってまんまるだし、あれと違って保有魔力がとんでもなく濃いってことも分かるんだけど……なんかインパクトに欠けるよねっていう。
「この模様、不変の魔法陣ってヤツ?」
「多分ね。初めて見た」
コアの表面には文様が浮かび上がっており、極一部であれば私でも読むことができる。
この文様全体を理解するには知識が足りなさ過ぎるけど、僅かではあるものの私の知っている文が含まれている。
ならきっと、これが不変の魔法陣ってやつだ。
「直接刻まれてるんだな。録石ともちょっと違う」
「あれは物理的に削ってるからね。こっちは……どうやってるんだろ、内側に描かれてるように見える」
見た目は普通の魔石だというのに、黒っぽいインクか何かが内側から浮かんでるように見える。
それもただ普通に見えているわけでもなく、内側を動き回っている。……久々にファンタジーって感じのものを目にした気がする。
いや、そりゃダンジョンだってファンタジーっちゃファンタジーだけどさ? なんかこう、ふっしぎー! って感じしないじゃん?
魔術だって確かにファンタジーだよ? でも毎日使ってるともうなんか一般的な出来事にしか思えないわけじゃん?
今の私にとってはむしろテレビやパソコンの方がファンタジーだ。SFっていうのが正しいんだっけ?
「……これ、持ち帰ったらどうなる?」
「クエスト受ける時に説明されたでしょ。盛大な自殺だよ」
「そうだったっけ? つかバレんの?」
「その魔法陣にコア以外の魔力が通るとダメなんだって。触るだけで厳重注意――
不変の魔法陣には対の魔法陣が存在していて、これにコア以外の魔力が通された場合、対の魔法陣に送り届ける仕組みになっているらしい。
要するに、これに触れると私達の魔力が記録されてしまう。冒険者は拓証を作る時に魔力を登録してる以上、残念ながら確実な身バレへと繋がる。
そしてもう1つ。不変の魔法陣が発現後に物質世界へと運びだされた場合、コアを破壊してしまう効果もあるらしい。
つまるところ、これを持ち出すことはできない。
そしてダンジョンの前に設置されていたあの扉。あれ自体にも魔法陣が刻まれていて、不変の魔法陣の"破壊する方"が発現した場合に、あっちに刻まれているもう1つの魔法陣も発現してしまうんだとか。
何が発現するか知らないけど、碌な事にならないのは確かだ。なんてったって――
「――緊急クエストって、強制的に参加させられるやつ?」
「そうそう。近隣の冒険者達も一斉に殺しに来るんだって」
コアに触れるだけなら注意だけで済むけれど、それを持ち出しダンジョンを殺したとなると即座に緊急クエストが発令される。
残念ながら、この処分は冒険者ギルドに限らない。つまりは冒険者だけでなく国家自体からのお尋ね者、一気にユタと同様の指名手配犯へ成り上がれてしまうというわけだ。
成り下がるの方が適切かな? まあどっちにしろ、周囲に居る強ーい人たちが全部敵になってしまう。
ついでにいえば、ほとんど全ての冒険者ギルドから永久除名ともなってしまう。
新たに拓証を作ろうにも魔力を登録する必要があるし、これを回避するのはほとんど無理だと言っていい。
もちろん登録せずにクエストを受けるだのといった抜け道はあるけど……真っ当にクエストを受けるのに比べ、どのくらい持っていかれるかは分からない。
「なぁ、実はさっきちょっと触っちゃったんだけど……」
「えー……まぁ、ギルドで怒られるだけで済むらしいよ。初犯だし軽いんじゃない?」
「怒られるのは確定?」
「うん。私達全員で、ね」
「え、マジ? なんかゴメン」
連帯責任ってやつだ。
「やっちゃったものは仕方ない。それより奥行ってみようよ」
コアを見飽きてしまった私は、この奥にあるというマスタールームへの移動を提案する。
だってもう、他に見るべきはないのだから。せいぜいが台座くらい? ……特別不思議なって感じはしないしなぁ。
"六花の洞窟"の最奥、マスタールームへと足を踏み入れる。
マスタールームとコアルームへはドア枠のようなもので区切られてはいたけど、特に隔離されているようなところでもなかった。
それで、ダンジョンマスターの私室だと噂されてるマスタールームだけど……私室ってのはさ、なんかこう、趣味のものが色々あったりするんじゃないの? メルナの部屋みたいにさ。
「何もない」
「ただの部屋だ」
「何の意味が?」
ここは"ただの部屋"だ。家具も"何もない"だだっ広いだけの部屋で、"何の意味"があって作られたのかが分からない。
コアと台座の無いコアルームがあるとしたら、きっとこんな感じに違いない。
「解説のハルアさん」
「いや知らねえよ。俺ダンジョン来るの初めてだぞ」
「あ、そう」
コアルームの奥に広がるこの部屋は、残念ながら用途不明。
きっと昔の人が理解できなさすぎて「この部屋でマスターが寝てるんじゃね?」的な発想に至ったに違いない。
ホント何の部屋なんだろこれ。こっち方面にもダンジョンを伸ばそうとしていた、とか?
……とりあえず、ダンジョンマスターってのが寝てたりはしないようだ。