九十一話 二度と潜った 4
ちょっと長め。シモネタ注意。
――の出身なの?」
「幼い頃に連れられてしまって以来ですけどね。もう言葉もほとんど朧気です」
なんと、レアは北部生まれというわけではなかったのか。
「帰りたいとは思ったことはないの?」
「レアでなければ考えたかもしれませんね。ですが私はレアなのです」
レアでなければ、か。ドゥーロが言ってたのはこういうことか。
私みたいな魂子ならともかく、レアの場合は記憶を引き継いではいない。幼い頃からずっとこの調子なのだとしたら、それを知ってるドゥーロからあの言葉が出てきたのも頷ける。
好きに生きればいいじゃないですか、欲しがればいいじゃないですか、か……。
「それに、あんまりいい風に思われてませんでしたから」
「というと?」
「当時の私は、死の宣告を繰り返す気味の悪い子供でし――
◆◇◆◇◆◇◆
守護者の間、つまりは第1階層のボス部屋に着いたわけだけど……。
「マジで何も無いのな。なんか見える?」
「なーんにも。だだっ広いだけだね」
他の部屋も確かに結構広かったけど、この部屋はそれを更に上回る。それにこの部屋だけが長方体で、しかもかなりの奥行きがある。
中央には2列の柱がぶら下がってるけど、下の方は全て崩れてしまっている。……崩壊とかはしないみたい。ならあれってただの飾り?
「何の意味があるんだろ」
「ダンジョンマスターってヤツの趣味とか?」
「ダンジョンマスターねぇ。ホントに居るのかな」
「居たらどうする?」
「お茶会を開く。多分ハルアも――あれ?」
ハルアの姿が見当たらない。
こんなだだっ広い部屋で姿を隠されるとさすがに見つけられ……あ、居た。部屋の角でなんかしてる。
いや、なんかなんかじゃない。ジョボジョボと聞こえてくるこの音とあのポーズは明らかに――
「た、立ちション……」
う、うわぁ。
そりゃ生理現象だしさ、別にするなとは言わないよ? だからってわざわざこの部屋で、しかも私達に何も言わずにする?
なんていうか……うーん……。
「羨まし」
「……はい? え、ハルアが?」
「いや男が。立ってできるのって楽そうじゃね」
「あー……確かに」
羨ましいとは思わないけど、楽なのは知っている。だって昔生えてたし。
まあ自宅では座ってしてたみたいだけどさ。これは正しい記憶なのか、書き換えられた記憶なのか。
「あと楽しそう」
「たの……なんで?」
「村に住んでる時にさ、男の子達がおしっこの飛距離競ってたんだよ」
「へ、へぇ~……」
汚い。
元男とはいえそんなことをした記憶はない。
「ほら、女ってただの穴じゃん?」
「ま、まぁ確かにそうだけど」
「棒じゃねーから飛ばせねーじゃん?」
「普通そんなこと考える?」
「え、考えるだろ?」
「そ、そうなんだ……?」
突然何を言い出すんだティナは。
普通は考えるものなの? 確かにあっちの方が楽だなーとは考えたことあるけど……え、これって前世男だったからじゃないの?
しかし私だからこそ伝えられることがある。なぜならどっちも経験済みだ。
「あれもあれで大変みたいだよ」
「どこが?」
「朝とか勝手にでっかくなるんだよ。歩きづらいの」
「なんで知ってんの?」
「あ、う、ぜ、前世じゃ何人かと付き合ってたからさ」
「おっとなー」
と思ったけど元男だと気付かれるのは都合が悪いんだった。
黙っておいた方が得策だったのでは? 私はバカなのか?
「ならさ、初めての時ってどうだった? やっぱ痛いの?」
「ん、んー……そこら辺は忘れちゃった」
「血ぃ出るんだろ?」
「ひ、人によるんじゃないかな?」
だ、誰か助けて! レニー!! ……ダメだ、あいつ視線逸らしやがった!
どうしよ、こっちじゃまだ未経験なんだが……?
「ぶっちゃけさ、自分のなんてよく見えないし全然分からないよなー」
「位置的にね」
「自分のが他の人のと違ってたりしたらさ、なんかショックじゃね?」
「う、うーん。確かに?」
「男ならぱっと見れるだろうけどさー」
ヤバい、話が終わる気配がない。なんか泣きそうになってきた。
あと私は鏡で何度か観察してる。多分変じゃなかった。毛が生えたのがちょっと遅かったくらいだ、多分。
ついでにいうと男も下の方とかは全然見えないぞ。
「おーい、シャイボーイが死にそうだからやめてやれー」
来た! 助け舟来た!! 今だけは大好きハルア!!!
「んじゃアタシらも小便」
「いや、1人で行って?」
やだよ連れションなんて。昔っから嫌いなんだ。
◆◇◆◇◆◇◆
色々と出すものを出してすっきりした私達は、遂に第2階層への入り口へと向かった。
……と大げさに表現してはみたけどさ。
「階段、だな」
「階段だね」
「ぐるぐるしてる」
地面にぽっかりと穴が開き、普通の螺旋階段が続いているだけだった。
私の目でもこの先を映すことは叶わないらしく、残念ながら真っ暗だ。なるほどこれは確かに発火が欲しくなる。
「手すりも支柱も何もなし、か」
「みたいだね。ちょっと怖いかも」
「レニー、こういう時男なら言うべきことがあるだろ?」
「……思いつきません」
「タ・マ・ヒュ・ン」
こいつ殺そうかな?
「……僕もたまには怒りますよ?」
「んな目で睨むな怖いっつの。
……下は安全だな、先行ってやろうか?」
「いえ、大丈夫です」
……ん、んー?
私と一緒ってわけではないのか、だって完全に真っ暗だもん。
なのにハルアにはこの先が確認できてると……別に魔力も出してるようには見えなかったし、スイテンも今は引っ込んでいる。じゃあ一体どうやって?
まあ流れまでは見えてないけどさ、ここダンジョンだし。
「レニー、先行けよ」
「いや、ティナも一緒に来い。信頼してる」
「……ったくしゃーねーなー」
あ、なんか嬉しそうだ。ティナの表情ってすっごい分かりやすい。
レニーは……これ確実に発火目当てだろうなぁ。未だに発火使えてないし。
「ほら、手」
「手?」
「ホントは怖いんだろ? 握っててやるよ」
「……ああ、頼む」
ティナに振り回されてるように見えて、実際に振り回してるのはレニーだ。ほう、この組み合わせは……悪くない。
「少し覗いてくるだけだ。大丈夫そうなら戻ってくる」
「ういー」
そんなこんなで戦士2人は潜ってしまい、取り残されるは魔術師2人。
「俺って信用されてない?」
「いえ、信用"は"してますよ」
その実力だけは信用してる。あの2人もきっと同意見のはずだ。
しかし信頼を築くには時間が足りなさすぎる。……こっちはあの2人はちょっとズレてそうだけど。私よりもよっぽど一緒に居たわけだし。
周囲の物質に頼った魔術、なんてのは実は私はほとんど使ったことがない。
例えば海や川の水を利用した氷壁くらいは私でも思いつくけど、実際に試したことはない。発現させられるかもよく分からない。
エルィーニは空気中の水分を利用して雨を作り出す魔術であって、実際に何度か使いはしたけど……どうにも微妙に使いづらい。
まず第一に乾燥していると使えない。気温が下がれば下がるほど空気中の水分ってのは減ってしまうわけで、今のような寒い時期に使うのはかなり難しい術となる。
第二に発現後の付与がかなり難しい。この魔言は雨に何らかの魔術を掛けることによって初めて本領を発揮するのだが、発現させてるのは雲自体であって雨そのものではない。
もちろん雨自体にもある程度自身の魔力が含まれてるし、だから付与すること自体はできるんだけど……なんというか、雨自体がデルアで作られてるような感覚を覚える。それに更に付与しろだなんて、デルアの苦手な私には荷が重すぎる。
別に苦手なのはエルィーニに限った話ってわけでもない。例えばリチは魔力への完全依存による発現だけでなく、空気を利用することで消費魔力を抑えることができる魔言。カクが何度か語っていたのを覚えてる。
しかしどうにも私はリチが苦手。熱はともかく火となると……燃焼ってのは物質の酸化反応であって、燃えるべき物質が存在しないってのがどうにも引っかかる。
そりゃさ? 例えばリチは魔力をマグネシウムと酸素に変換してるーとか説明してくれれば理解できるよ? しかし現実問題リチは何かを作り出す魔言ではないし、となると私の頭はこれを飲み込んでくれないわけで、結果的に発現率は悪いままだ。
ま、幸運にも私の魔力量はかなり多い。だから他の人ほど節約する必要はあんまりないんだけど……規模の大きい術となってくると話は別だ。
中継所とか言ってたっけ? あそこを壊滅させた時だって、もっと節約できていれば足だって……と考えてしまうことがある。
考えても何も変わらないのは分かってるけどね。でも考えるだけなら誰に文句を言われる筋合いもない。
だからこそというべきか、あの降水を見てハルアの印象を少しだけ上方修正することになった。
私は呪人を少しだけ下に見ている自覚がある。魔力の少ない、魔術の苦手な、魔法の使えない……そんなちっぽけなことに、優越感を抱いてしまっている。
もちろんそれを表に出すことはなく、差別的な態度を取るつもりもない。だけど自分の心を覗いてみれば、奥深くの方にこんな下らない考えが芽吹いていることに気づいてしまう。
では逆に、私以上の魔術師とはどうだろうか?
それは当然仰ぎ見るべき人物だ。たとえその人物の性格が悪く、煙を吹き出し、突然立ちションをする、推定30代の髭面オヤジだとしても。
「信頼するには時間が足りてません」
「正直なことで。……上がってきたな」
ハルアの言葉に釣られ階段に視線を移してみるが、2人の姿はまだ確認できない。
目視できない部分を知る能力……触れれば分かるというのが本当だとしてみれば、間違いなく魔力嗅ではないはずだ。
なら、魔力聴? ……実際に会ったことはないけど、"触れれば分かる"という条件を満たしたまま成立する。
しかしそれを隠す理由は? 触れれば分かるとまで言ってしまうのなら、この答えまでの距離はぐっと縮まってしまう。隠したければそもそも黙ってるのが1番だ。
……まだまだ全然分からない。推察に推察を繰り返すのはもはやただの思考遊びに他ならないし、確実な情報がほしいのであればこれ以上はほとんど無駄、か。
なんて考えるうちに、本当にあの2人が上がってきた。
やっぱり聞こえてるのかなぁ。
「どうだった?」
「近くに魔物はいなかった。あと洞窟じゃなくなってた」
「洞窟じゃなくなってた、ってどういうこと?」
「1階層ってさ、壁とかずっと土だったじゃん? でここだけ石になってんじゃん?」
1階層は天井や床、壁と全てが土でできているように見えていた。
確かにこの"守護者の間"だけは石造りのような見た目で、砕けた柱だったり破れた旗だったりと装飾品らしきものがちらほら見える。
だからこそ「ダンジョンマスターの趣味」だなんて話してたわけで。
「この部屋みたいな感じになってるってこと?」
「そうそう。なんかもう全部石。あと松明も灯されてた」
「松明って、アレ?」
話だけ聞くとディグンクラフトで何度も作ったような中世のお城風ダンジョンが思い浮かぶけど……へえ、じゃあこのダンジョンはフロアによって構造が変わるタイプだったのか。
あれ? ということは――
「もしかして、ここって2階層扱い?」
「……あー、見た目的には確かにそうかも」
残念ながら多分ここにはダンジョンに詳しい人間は居ない。
だから答えに辿り着くことはできないけど……各階層に居るという守護者というのは実は1つズレていて、本当は各階層で最初に会うように設計されているのかもしれない。
ま、だからどうしたって話だけどさ。こういうの、考えてるうちは結構楽しいんだよね。
「よっし、じゃあ行こうぜ」
「でも2階層からはミストやレイスが出るって」
カクの話によれば、第1階層には7級までの魔物しか出ないはず。だのに6級である鎧人形が出ていることからも分かる通り、あまり信頼できる情報ではなかったらしい。
別にカクを責める気にはならない。当時はここに入る予定なんてなかったはずで、ならその情報精度が悪かったとしても仕方ない。私達は運悪くここに入ってしまっただけなんだし、カクは別に完璧超人ってわけでもないんだから。
レニーの話によれば、ここから先は魔力生物が出現することがあるらしい。魔力生物とは最低でも4級の脅威度が認定されているし、対処する術を持たない生物からしてみれば、あれほど凶悪なものも中々ない。
しかし対処術さえ知っていれば、他の4級の魔物と比べると非常に弱い存在へと変わる。例えば霧の場合では、もし魔力生物でさえなければその脅威度は高く見積もっても8級が精々といったところ。
魔人大陸であれば6級くらいにはなるかもだけど、ここは呪人大陸で、多数派は呪人だ。
さて、私達の場合だけど……例の束縛さえ受けなければ特に問題にはならないはず。私に掛かる分にはそれを解除することができるし、もしかするとゾエロだけで防げちゃうかもしれない。
なら他の2人はと考えてみても、霧の束縛術は成人呪人であれば掛かることはないらしい。更にはゼロ・ゾエロや闘気にもある程度防ぐ効果があるのだから、レニーが掛かる可能性はほとんど確実な0。
最後のティナに関しては、そもそもが多重ゾエロとかいう謎の存在だ。ゼロ・ゾエロとドイ・ゾエロのどちらもが束縛術への対処術なのだから、こちらも掛かる可能性はほとんどない。
つまりは私以外には霧は有効打を持たず、その私ですらさっさと解除できてしまうと。というか単なるゼロ・ゾエロの扱いなら私が1番なわけで、掛からない可能性も十分にある。
では霊はどうかと考えてみれば、こっちは正直かなり厳しい。魔力生物というフィルターを抜きにしてみると6級かそこらへんだけど、霧とは比べ物にならないほどに強い。
私は霊の束縛術を防ぐ術を持ってないわけで、顔面で受け止めていくスタイルになるのは確実だ。でも魔力生物である以上はドイ・ダンが有効なのは変わらないし、自身で解除できてしまうのも変わらない。だから私の評価はそのまま。
しかしティナの場合、残念ながら戦力としてカウントすることは難しくなる。なんてったって彼女は魔力生物を認識することができない。
霧の場合は薄ぼんやりとした大きな体を持つと聞いているため、闇雲に振り回していてもそのうち当たるはずだけど……霊の場合はもっとぎゅっと固まっているらしく、普通に考えれば避けられてしまう。
ドイ・ゾエロとゼロ・レズドの同時使用による防御は確かに有効だろうけど、とはいえ響霊に近い存在であることは確かだし、絶対に防ぎきれるとも限らない。
レニーに関してだけど……闘気は束縛の術をある程度防いでくれもするが、闘気の扱いに長けた人間であれば仮に束縛されたとしても解除することができると聞いている。そして今のレニーはあの時よりも使いこなせているように見える。
しかも私やティナと違い呪人だ。以前に魔王ゴブリンの束縛を解いた実績があるし、昇級試験の時に最初に動けるようになったのもレニーだった。
更にはティナと違って魔力生物を認識できるらしい。これは本人いわくになってしまうけど「霧程度では希薄すぎて難しいが、霊であれば分かるはずだ」と言っていた。闘気による感情の読み取りだろうか?
響霊の時でははっきりと認識できていたみたいだし、信じてしまっても問題はない。メインの戦力はおそらくレニーだ。
……とうだうだ考えてみたけど、いざとなったら多分ハルアがなんとかしてくれるはず。
「出たら働きます?」
「働くってなんだよ。……手に負えそうになかったらな」
ハルアがどれくらいの戦闘能力を持っているのかを詳しくはしらないし、ここまでは魔石集めくらいしかしていなかった。
クエストを受けてからというもの、ほとんど魔術を使っていなかったけど……とんでもない距離と速度で療術を発現させられることを私は知っている。
レア一行の3人のうち、ドゥーロだけは療術を扱えない。これは別に劣っているとかそういうことを言いたいわけではなく、そもそも療術を扱える呪人の方がイレギュラーなのだ。
魔人であるレアは確かに初歩的なものを扱えてはいたけど、残念ながらその練度はかなり低い。教会で行なわれる高度療術のお披露目会で実際に療術を発現させていたのは――ハルアだ。
ハルアはただ黙って療術を使い続けていた。レアが患者へ触れた瞬間に、離れているにも関わらず高精度の療術を私に見せつけた。
……そしてこの事実をレアは知らされておらず、療術のスペシャリストだと勘違いしていると彼らは思い込んでいる。お互いから黙っておいてくれって言われてるから伝えてはないけどさ。なんだか板挟みになった気分だ。
ま、それはともかく。今は"本物の療術のスペシャリスト"が居るという事実こそが本題だ。
療術の中にはレズド系と呼ばれる魔力を整える魔術がある。束縛の術への対応術はここに含まれてるんだけど、他人に掛ける際にはデルアやアルアが必須であり、だからこそ私は発現させるのがかなり遅い。
しかしハルアであれば遠距離且つ高速且つ無詠唱での発現が可能だ。なんだか突然Lv100のキャラが加入してきたような気分。
実際にはあまり戦闘には介入するつもりはないみたいだけど……2人の束縛を解除してくれるだけでも楽になるのは確か。
そして言質は取れたわけで、多分この人は約束は守るタイプだ。私もできる限りは守ろうとするし、きっと私達は少し似てる。これは根拠の無い"勘"ってやつになるけど……女の勘が働いてくれたりしないかな、なんて。
とここまで考えてみたけど、実際には出てこない可能性もある。
今日の第1階層では茶毛蜘蛛だったっけ? が出てこなかったし、日替わりメニュー的なシステムがあるのかもしれないじゃん。知らんけど。
◆◇◆◇◆◇◆
やけに長い階段を下り終えると第2階層であつた。
や、別に驚くべきことは1つもない。なんてったって私達はここから第2階層へ降りられることを知っていたわけで。
むしろ驚くべきはその途中、つまりは階段の方だ。
まず足を踏み入れて最初に驚いたのは、第1階層から見ていたものは実物に比べてかなり小さなものだったということだ。
1段の高さは私の膝くらいまであったし、縦横どっちの幅もとんでもなく広かった。あの階段は一種の惑景なのかもしれない。
今まで通ってきた通路や部屋だってかなり大きなものになっていたし、どこも人間までの大きさの生物を通すために作った建築物としてはかなり広い。
別に人間が1番だって言いたいわけじゃないけど……ここは明らかに人より大きい生物が通るのを前提として作られたものだ。
そのくせ最初の入り口だけは人間がギリギリ通れる程度の広さしかなかった。人間より大きな生物向けの構造にする必要が分からないのだ。
最大サイズを人間と設定してみると、どうしても様々な構造へと疑問が浮かんでしまう。
しかし『外に出る予定の無いかなり体の大きい生物がここに作った』と考えてみれば、様々な疑問が解決してしまう。それにそこまで突飛なものでもないと思う。
『ここのダンジョンマスターとやらは大型の生物で、ダンジョンを外に繋げずに引きこもっていた。しかし何かによって無理やり外に繋げられた』……とかまで行くとさすがに飛躍しすぎだけどさ。
ダンジョンマスターがダンジョンを作るのは確かだけど、ダンジョンマスター自体はダンジョンに作られるんだったっけ。ならダンジョンがダンジョンマスターを殺しちゃうなんてのもありえるんだろうか?
「――ぞ、水流!」
「んぬはっ!?」
突然水を掛けられると人は呼吸困難になる。
はずなんだけど、ティナが使ったのは発水ではなく水流。流ってことはエル・レズドの短縮詠唱かな? あんまり使ってるのは見たことなかったけど……なるほど、こっちの方が被害は少なくて済むのか。
「いや、気を使ってくれたのは分かるよ? でもさ? ダンジョン内でのエルって消えないんだよ?」
「……あ、わりわり」
「ていうか水掛けないで?」
「たまにはいーじゃん」
確かに水を掛けてる回数は明らかに私のほうが多いけどさ? ティナと違って殴ったりはしないんだぞ?
……今度チョップしてみるか。いや、やっぱなし。10倍で帰ってくるに違いない。やっぱりエル・クニードこそが最高だ。
「まあ乾かせばいいだけだけどさー……プート・リチ・ゾエロ」
あんまり魔術で乾かしたくないんだけどなぁ。術式によってかなり変わるとはいえ、傷んでしまうことには変わりないわけで。
「……んー?」
「え、何?」
この術式を短縮詠唱するなら熱纏身になるのかな? なんて考えてたら……ティナがこっちをガン見してる。
何の用スか。あんまりジロジロ見られるの好きじゃな――
「おお、やっぱ成長してる」
「なんっ! やめろっ揉むな!!」
ど、どうしたんだ急にこいつ!? 意味が分からない!
あと普通に痛い! マジでやめろ! せめてゾエロをどうにかして!
だ、だめだ力じゃ全然敵わな――ほどけた。
「はー、はー……」
「将来に期待」
「ほ、ホントに何……?」
ど、同性相手でもこんな怖いもんなのか。違う、ティナだから怖いのか。
……あ。
「あ、あれ……大丈夫?」
「痛いし、怖いし」
「あー……悪かったって、マジで」
うわ、ヤバい。衝撃的すぎて涙出てた。
私ってこんなことで泣いちゃうんだっけ……?
「な、なぁどうしたら――」
うわ、うわあ……涙止まらん。どうしよこれ、どうなってるんだこれ。
大丈夫、落ち着いて、息を深く吸って……目も閉じたいのに、まだ怖い。
え、ホントどうしよ。全然止まらないんだけど……なんで、なんで??
この後めちゃくちゃ反省した。