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三つの世界 彼女が魔女に堕ちるまで。  作者: 春日部 光(元H.A.L.)
本章 中節 広がりと狭まり
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九十話 二度と潜った 3

 ――本当、ですか」

「はい。紛れも無い事実です」


 カクと会った際に、レアはただ事実だけを伝えたらしい。

 でもそんなの、そんなのあんまりすぎる。


「彼女は旧生物群の一種、旧竜種として創られました。

 しかし後には管理者を喰らい、その地位を簒奪しました。

 管理者は魂を持つことを許されていません」


 風竜ウィルンは既に死んでいて、魂すらも残っていないだなんて。

 カクの話しっぷりを考えるに、恋慕に近い感情を抱いていたはずだ。


 こんな話、あんまりに――


「大丈夫ですか?」

「え、ええ……少し、動揺してしまって」


 ――あんまりに私に都合が良すぎる。

 嬉しすぎて表情に出てしまいそうだ。――



◆◇◆◇◆◇◆



 魔石を回収し終え、武具の簡単な点検中。

 床に妙な生物が蠢いてることに気付いた。


「わ、これってクリーナーって奴じゃない?」

「くりーなー?」

「……とは?」

「ほら、『粘性生物』!」

「……?」


 ……あれ? この2人もしかして知らないの?


「ハルア、さんは?」

「もういいよ、普通にハルアで……。こいつらは知ってるけど、そんな興奮することか?」

「こんな不思議な魔物、中々居ないですし!」


 クリーナーとは粘性生物(スライム)の一種であり、主にダンジョンやその近辺に住み着く不思議な生物。魔人大陸では魔物扱いされてないけど、こっちでは立派に魔物の1匹として名を連ねている。

 肉だけでなく骨や魔石すらも食べてくれるスグレモノで、ダンジョンで死体が見当たらないのはこいつらのおかげだとも言われている。

 そしてこの生物、なんとダンジョン由来のくせに持ち出すことができるらしいのだ!

 大きさ自体は2cm2にも満たないけど、よく見ると爪楊枝の先っぽほどのちっちゃい魔石のようなものを持っている奴も居る。可愛くない?


「飼っちゃ――」

「ダメだ」

「ど、どうしても?」

「ダメだ」

「エサちゃんとあげるから」

「ダメだ」

「散歩もするから」

「……散歩が必要なのか……?」


 ったくこの頑固な石頭は……! そうだ、ティナなら――


「いや、キモい。無理。ダメ。捨てなさい」

「えー……」


 2対1。つまりこれは私の負けだな……ぐぬぬ。

 あ、でも何匹か持ち帰って解剖するくらいなら――


「今ポケットに入れたものを出しなさい」

「ごめんなさい」



◆◇◆◇◆◇◆



 2つ目の部屋は以前に来た時と特に変化はなかった。魔物の数自体は若干増えてるようだけど、このくらいは誤差の範疇。

 今回は雨に降られたなんてこともなく、手持ちの水にも残りはある。

 安全地帯は華麗にスルーし、3部屋目へと向かうことにした。


「なんで入り口だけ狭いんだろうな?」

「確かに。中の通路は普通に広いのにね」


 このダンジョンの入り口は妙に狭くなっており、レニーとハルアの2人は身を屈めなければいけないような箇所がいくつもある。

 でも1部屋目を超えた後の通路は基本的に広く、レニーが3人居たとしてもギリギリ横並び出来てしまいそうな幅。

 普通に考えたらこの手の通路も狭くなってそうだけど……何か意味があるんだろうか?


「安全地帯への通路もちょっと変だよね」

「なんつーか、誰かが掘ったみたいな感じ」

「そうそう」


 このダンジョンの通路はトンネルのような形状になっていて、足元は平らになっていて歩きやすい。安全地帯以外の部屋に至ってはめちゃくちゃ綺麗な円形だ。

 だのに安全地帯への通路はガッタガタで、他の通路とはなんとなく異質。まるで後から別人が増設したかのような構造になっている。

 ……先にダンジョンを作って、後から別の誰かが安全地帯と外への通路を作った。そう考えてみるとすんなり納得できてしまいそうなくらい、この2つの通路は浮いている。


 単に入り口の狭い部分はまだ外の世界なだけなのかもしれない。つまりダンジョンの本来の入り口は直接1つ目の部屋に繋がっていて、あの入り口の細い部分はダンジョンではなくただの洞窟。

 こっちの方がまだ現実的な解釈だけど、じゃあなんで私の目はあそこを明るい壁として認識してるのかという問題が出てくる。

 後から掘られてるっぽい安全地帯への道が浮きっぱなしなのにも変わりはない。けど……外の世界の法則が綺麗に通用するというわけでもないみたいだし、これ以上考えるのは厳しいかも。それにここダンジョンだし。


「あの2人のお化け、出たりしないよな……?」

「ありえない話でもないっぽいよ」

「うげ、嘘でもいいから出ないって言ってくれ」


 レアいわく魂ってのはある種の魔力世界であって、本質的にはダンジョンや魔力といったものと同一のものらしい。

 通常であれば死後に一度世界へと還元され、無垢の魂となった後に新たな体を与えられる。

 だから魂をそのままに再利用……つまり転生ってのは本来起こらないものらしい。だからこそ魂子の持つ魂ってのはちょっとおかしいらしいんだけど……まあいいや。

 しかしこれらは全て物質世界の話であって、魔力世界で死んだ場合にどうなるのかは分かっていないんだと。

 でもカクの前世はダンジョンで死んだっぽいと伝えてみれば、魂子の場合は普通にループしてしまうんだとか。

 それ以外の魂については「魔力として吐き出されるんじゃないですか?」とは言ってたけど、もし吐き出されないとしたら――


「肉も骨も処理したし、なるとしたらフローターとか?」

「……いや、それ魔物じゃん」

「魔力生物なんて半分お化けみたいなもんでしょ。ティナ見えないんでしょ?」

「それとこれとは話が違う!」


 怖がりティナちゃんはともかく、私としては霊を怖いと思う感性は残念ながら持ち合わせていない。

 心霊現象なんてのはほとんどが勘違いによるものだし、そんなものよりも人や魔物の方がよっぽど怖い。

 もし本当に居るなら見てみたいもんだね。できれば仲良くお話もしたい。


 ま、今までのは全部八神教の話なわけで、実際に観測されてるのは魂の再利用と重複による魂子くらい。つまりはほとんどが憶測だ。

 結局のところこっちの世界でも死後の説明をできる人間なんてほとんど居ないわけで。だからこそ宗教やら民族やらによって死んだ後の話がズレてるんだ。

 典型的日本人としてはどんなのが多いんだろ。私にとっての死とは無だったけど……もし輪廻を信じてる人が居るなら伝えたいね。レアケースにはなるけど実際にあるぞ、って。


「仮に、仮にだけどよ。もしフローターになってたとするじゃん。

 そしてアタシらが体を燃やしたことを覚えてたら……」

炎上浮霊(アグナル・フローター)になってるかも?」

「もし居たら逃げていい?」

「いや、もう全員全力疾走で逃げるでしょ。絶対無理だし」


 残念ながら私達は魔力生物の前では無力なわけで。

 有効打が無いってわけじゃない。見えないとはいえティナのドイ・ゾエロをまとわせた攻撃は確実に効くだろうし、私だっていくつかのドイ系の魔術を使えるようにはなっている。

 しかし防御を考えた場合、私達は明らかに脆すぎる。レニーの盾が盾として機能しないのだ。

 ティナのようなドイとゼロによる多重ゾエロなら防げる可能性はあるけど、残念ながらこれは希望的観測にすぎない。


 そもそもがあの手の魔物はアルア・シト・ゼロ・レズド……つまりは束縛の術を使ってくる可能性が極めて高い。これを使われた場合、ティナとレニーは何もできなくなってしまう。

 これの解除術はそっくりそのままの術式であり、私だけであればデルアやアルアは不要だし、術式自体にタイナが含まれてないと無詠唱での発現も可能だろうけど……残念ながらデルアもアルアもかなり苦手。2人を解放するのにはかなりの時間が掛かるに違いない。

 じゃあ1人で戦えと言われてみれば、結局のところそれは無理だ。正面切っての私1人の戦闘力なんてたかが知れている。魔術師とは戦士と組んで初めて本領を発揮するのだから。


 ま、さすがにハルアがなんかしてくれるだろうけど。……してくれるよね? してくれなかったらニートおじさんって呼んでやる。


「どうした、俺の顔になんかついてるか?」

「もし炎上浮霊(アグナル・フローター)が出たら、どうします?」

「お前ら3人抱えて逃げる」


 ……これはしてくれるってことでいいのかな?


「え、倒せよ」

「誰かを守りながらなんてのは俺にゃ無理。出ないことを祈るんだな。

 俺に言えばイミニジアちゃんに伝えてやるよ。聞いてくれたことねえけど」

「ダメじゃん」

「だから逃げんの」


 逆に言えば、もし1人の状況で出会ったら倒せてしまうってことなのかも。

 そりゃ一応は2級の冒険者でもあるらしいし、昇級試験自体は受けたと言ってたけど……へえ、ちょっと見てみたいかも。


「つか守護者は非活性化してんだろ? 考えるだけ無駄って奴」

「いや、お化けになってたらって話」

「お化けだぁ? んなの無い無い」

「な、なんで言い切れんだよ」

「見たことねえの。俺は見たもんしか信じねえ」


 ……もしかして、ハルアと私ってホントに似てるの?

 え、ええー……それはなんかめちゃくちゃ嫌だ。なんでだろ、とにかく嫌だ。こいつ嫌いだし。


「悪いが着いたぞ」

「うげ、もうかよー……ホントに出ない?」

「もし居たら聞きたいことがある。死後の世界はどうなってんだ、ってな」


 勘弁して。



◆◇◆◇◆◇◆



 3部屋目には前回居なかった魔物が居た。鎧を着込んだ泥人形、つまりは鎧人形(アーマード・ゴーレム)だ。

 あいつらの脅威度は確か6級だったはずだけど、泥人形が鎧を着込んだところで水を掛けると体が溶けてしまう特性は変わってないわけで……残念ながら私の前には無力。なんてったって私は5級の魔術師様なのだ。

 しかしあの鎧は結構なものであるらしく、ティナはダガーを1本ダメにしてしまったようだ。刃が潰れてるだけだから鈍器としてはまだ使えるけど、鈍器とするには長さが足りなさすぎる。

 レニーは鎧の隙間に触れて爆発の魔術を使ってた。あれがホントの爆発鎧人形ってね。……冬だもんね、寒いのは仕方ない。ここダンジョンのはずだけど。

 ハルアはやっぱり見てるだけ。魔石取りには参加してたけど、正直こいつに魔石渡したくないんだけど?


「どうしても見てるだけ?」

「もう魔術師は居るんだし、その仕事奪ったら可哀想だろ」

「いや、全然気にしないですけど」

「別に俺抜きでもやれてるだろ?」


 た、確かにそうだけどさ。うーん……。


模倣人形(ドッペルゲンガー)が出たら?」

「変態前に水ぶっかけろ」


 あ、なるほど。変態前はただの泥人形と変わらないって聞いてるし、なら確かに有効そうだ。

 ……いや? あいつの変態ってかなり早くなかったっけ? 気付かれた瞬間にはもう私になってた気がするんだけど。


「変態されちゃったら?」

「あいつらは本人ほど強くないらしいぞ」


 どうしても参戦する気はないらしい。もう諦めようか。


「よっしゃ、次行こうぜ次。第2階層!」

「守護者の間ってホントに何も無いのかな?」

「見てみりゃ分かるだろ。行こうぜー」


 ま、それもそうか。

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