八十九話 二度と潜った 2
――魂の死に際を?」
「はい。魂子の場合は全てが見えますが、アン、あなたの先だけは見えません」
「だから、私が」
「はい」
レアの持つ呪いの1つに「相手の死ぬ瞬間が見える」というものがあるらしい。
一瞬とはいえ阿野の魂から異なる世界を覗いてしまい、同時にアンジェリアの魂の先が見えないことにも気づいた。
だから確信したらしい。私こそが異世界の魂子、未来を変えうる厄災の子だと。
「……自分のって見えてる?」
「以前は鎧姿の何者かに絞殺されていましたが、現在では魔物に看取られる風景になっています。
テイマーの知り合いでもできるのかもしれません。きっとこれは、アンと接した影響でしょう」
自分の死に際が見える。そんな恐ろしいことを語るレアの表――
◆◇◆◇◆◇◆
何事もなく"六花の洞窟"に辿り着いたわけだけど、どうにも様子がおかしい。
以前に来た時は、ただプレートが飾られてるだけの洞窟だったのに――
「おー、マジで扉できてんじゃん」
現在は入り口に金属製の扉が作られていて、勝手に入れないようになっているらしい。
この施工がもう少し早ければ、きっとイールの幼馴染たちは死なずに済んだんだろうな、とか考えてみたり。
ま、過ぎたことは仕方ない。たまたまタイミングが悪かっただけだ。
「レニー、鍵貰ってるんだよね?」
「ああ、といってもスクロールだが」
「使ってみてよ」
クエストを受けた際に渡されたというスクロールを扉に押し付け、レニーが拓証を重ねてみると……カチャリ。小さな金属音が聞こえ、扉は自動的に開けられた。
「減ったか?」
「うん、私のよりかなり減ってる」
スクロールに描かれた魔法陣を読み取ることはできなかったけど、どうやらこの扉を開ける鍵になっているらしい。
ならこれをコピーして量産してしまえば……と考えてみれば、その対策はされている。
実際に使ってみて分かるように、この魔法陣は拓証と連動して初めて機能するものになっている。つまりスクロール自体を手に入れることができたとしても、冒険者以外は使えないと。
そして拓証の魔力を用いて発現する魔術となっているらしい。見た感じ消費量は40%とかそこらへんかな。
もちろん私達冒険者は定期的にギルドに通うわけで、クエスト報告の時なんかに情報更新と拓証の魔力注入なんかをしてもらっている。だから普通に使う分には困らないはず。
これはきっと、例えば拓証とスクロールを奪って勝手に使うような輩への対策だ。魔力の消費量的に使えて2回ってところ。
その他にもスクロールを不正に複製した冒険者への対策にもなるのかな。そう何度も魔力が減っていたら明らかに怪しまれるだろうしね。
魔力注入を自分でできて、スクロールの複製もできる人間なら入り放題ってわけだけど……別にそんなことするつもりはないし、ていうかあんまり入りたくないし。
中にはそうやって使ってる人も居るのかもしれないけど、私には関係のない話。
「うっしゃー! 今度こそぶった切れる!」
「やる気まんまんだねー」
「ここまで戦闘無しだったんだぜ? ピクニックに来てるんじゃないっての」
ティナのやる気が上がってるところ申し訳ないけど、ここのダンジョンはあんまり強い魔物は出ないと聞いている。
いや、無双ゲーみたいでこれはこれで楽しいのかもしれないけどさ? 私、あの手のゲームあんまり好きじゃなかったからなぁ。残念ながら"趣味合わねー"とか言われちゃいそうだ。
奥のほうには強いのが居たらしいけど、非活性化されてるはずだ。中ボスが4級、ラスボスは3級だったとか言ってたかな。
中ボスの方は爆発系のゴーレムで、えーっと、爆発だからラングで、ゴーレムだからゴーレムで……ラング・なんとか・ゴーレム? なんかもう1個あったはずだけど、なんだったかな。
でラスボスの方が火系の上位魔術を使うなんかだからー……アグナル・……ヤバい。私ってこんなに記憶力なかったっけ?
ま、別に出てこないらしいからいいけどさ。でも一応頭には入れておこう。
「レニー、ここの情報ある? ていうか覚えてる?」
「しっかりな。……もしかして、もう忘れたのか?」
「……えへへ」
い、いや、そんなに睨まないでもらえませんか……?
「い、1階層の魔物は覚えてるよ!」
「……進みながら説明しよう」
ごめんて。
◆◇◆◇◆◇◆
ラスボスの方は不死系魔力生物であるフローターであり、上位の火系魔術らしきものをかなり使う。つまりは炎上浮霊であり、もし非活性化されていなかったら間違いなく勝てない相手。
中ボスの方は典型的なソーリエ・ゴーレムであり、爆発系の魔術をそこそこに使う。爆発鎧人形……いや、手帳にはソーリエの部分も訳して書いた気がするな? ならアーマードとしておこう。
ほら、名前以外は結構合ってたじゃん。ダメ?
「忘れるのが早すぎる」
だってさー、すぐに使わない情報とかさー、覚えてるだけ無駄だと思ってさー。必要になったら手帳読めば良いしさー、魔物図鑑もあるしさー。
……すみません、全部言い訳です。私が全面的に悪いです。だからあんまり強く握らないで。
「2階層の方が魔物は多いようだ」
「前回は1階層はほとんど通ったよね」
「ああ、とはいえここはダンジョンだ。油断せずに行こう」
て、てづっ……!
「……にしても狭すぎねえか、これ」
レニーとの会話が終わったタイミングで、後ろ側から声が聞こえてきた。
背が低くてよかっただなんて思いたくはなかったけど……ハルアの姿を見る限り、私は恵まれているらしい。
「後どれくらいだ」
「もうそろそろです」
先頭のティナが発火を使っているおかげで、レニーはその恩恵に預かれているが、私にまでは届いていない。
しかし私には発火の光は必要なく、であればハルアには当然光は届いていない。
……であるにも関わらず、ハルアは発火もなしに躓くことなく歩けてる。触れば魔力が分かるーとか言ってたけど……それだけじゃないよね、絶対。本当は私みたいに見えてたりしない?
「おい、部屋見えたぞ!」
疑問が尽きることはない。
私の癖が中断されたのは、ティナが突然叫んだからだ。
狭いところで大声を出すとどうなるか知ってる? 耳がキンキンしちゃうんだ。
そして当然魔物達もこれに気付くわけで――
「一番乗りぃ!」
別に隠密行動というわけでもないし、気付かれる分には問題無いけどさ。
後でティナの耳に水流し込んでやろ。
「レニー、大丈夫」
「そうか」
私の左手には杖があり、そして右手にはレニーの左手があった。
"六花の洞窟"の最初の通路は足場が悪く、転倒対策としてなのかレニーに繋がれていたのだ。
しかしこのままじゃ戦闘とはいかないし、ていうかもうティナ入っちゃってるしで手を放す。
さ、久々の実戦だ。……まあ模擬戦に比べれば簡単すぎる戦闘になるはずだけどさ。
部屋に入り最初に気付く。前回1部屋目に入った時に居た魔物と今の魔物は種類が少しだけ違う。
不変の魔法陣を書き入れられている以上、成長できないはずだけど……考えるのは後ででいっか。
「撃つよー」
右手を魔物へとかざし、最初に放ったのは氷弾。
氷の魔女だなんてアダ名を付けられてしまった以上、ならその通りにしてやろう。
「氷を操る魂子、ね」
「予言の通りですみませんね」
4、5、6……骨格標本共の魔石を撃ち抜く作業中、唐突に声を掛けられた。
「"氷の魔女"だってな」
「なんでっ! それをっ!」
11、12……ひと通りの骨格標本を倒し終えた後、今度は土人形へ爆水弾を撃ち込んでいく。
「ティナだ」
「絶対水ぶっ掛ける!」
16、17、18……最後は爆氷弾の標的を鉄芋虫へと切り替え、無事戦闘終了。呆気無い作業だ。
鎧を着込んだ骸骨、前回は2部屋目から出てきたんだけどなぁ。前回がたまたまそうだっただけなんだろうか。
「手伝おうか?」
「水掛け? それとも魔石取り?」
「どっちも」
見学を決め込んでいたハルアも魔石取りには参加してくれるらしい。
ゲームのように魔石がドロップしてくれれば楽なんだけど、残念ながらここは現実。散らばった死体を分解し、その心臓から魔石を取り出さなければならない。
前衛の使う武器は当然として、私の鎧程度の武具でもメンテを欠かすことはできない。戦闘よりも戦闘以外の方が大変なんてのはよく聞く話で、実際私もそう思う。
魔石を集めている最中、ハルアが妙なことをしていることに気付いた。
魔物の体を切り裂き、心臓に手を入れ、魔石を取り出す。ここまでは私達と変わらないのに、その後なぜか数秒固まっている。
「何してるんです?」
「祈ってやってんの。次の世では幸せに、ってな」
……なんとなく普段のハルアとイメージが一致しないけど、あれで八神教の大司教の1人なわけで。
「邪魔しちゃってすみません」
次の世、ね。
八神教の信者からはこの言葉を聞く機会が多い。レニーも魔物狩りの後に呟いてたことがあるし、最近だとドゥーロも似たようなことを言っていた。
前世の世界では輪廻やら転生やらなんてのは実証されてなかったけど、今世では魂子と呼ばれる人々が実際に存在してるわけで、ともなれば"次の世"を考えた上で生活する人の方が多いんだろうか。
私自身魂子の1人なんだし。
「ただの独り言さ。お前もやるか? 意味ないけど」
「え、アンタ大司教なんでしょ? そういうこと言っていいの?」
「祈りなんざただの逃げなんだよ。人に見せる必要なんて全くない。
でもな、人ってのは逃げ先があるからこそ踏ん張れるもんなのさ。
それに今の俺はオフ、つまり目の前の男は大司教エルミナ・ユークル・ハルアじゃない。
これはただのハルアの説教なの。分かったか? ちびっ子」
「……ちびは余計」
この人もこの人で、考えてたよりもずっと大人なのかもしれない。