表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三つの世界 彼女が魔女に堕ちるまで。  作者: 春日部 光(元H.A.L.)
本章 中節 広がりと狭まり
135/268

八十六話 二度と潜るか

 クエストを受けられるようになったからといって「はいそうですかでは5級を受けましょう」となるわけはなく、というか足が竦んでしまいそうだ。

 だからといって「家で待機」なんて言われたら噛み付いてやりたくもなるし、私の心境はなんとも表しづらい。これはあれか、私にも反抗期が来てるのか? ……まさかあ。

 体に意識が引っ張られるのは今までにも何度か経験してる感覚だけど、今回はまだそんな感じはしていない。だから多分来ていない。多分。


 考えを戻そう。

 今日からクエストを受けてみることになった。といっても今日()ハルア付きの4人だし、6級までのものと予め決めてある。

 レニーいわくになるけど、ヘッケレンの冒険者ギルドでも魔人大陸でのクエストのような最上位の分類があるらしい。

 あっちでの最上位の分類とは「常設と通常と緊急」の3つであり、言葉のニュアンスこそ違えどこっちでもほとんど同じような分け方がされているんだとか。

 といってもこっちはあっちほどダンジョンが活発ではないし、それに伴ってか内包されるクエストの種類が異なってはいる。とはいえ常設クエストがあるというのは事実だ。


 魔人大陸での常設クエストとは、例えばサークィンで受けていた蜘蛛退治であったり、カクと最初に受けた土蟲退治だったり……駆除が追いついてない特定の魔物から回収できる魔石を少しだけ高く買い取ってくれるってやつがほとんど。

 実際のところ冒険者のほとんどはこれによって生活してるはず。私達だって蜘蛛退治やら雷狼退治やらで長いこと利用させてもらったし、そもそも通常クエストが全く無い日なんてのも季節によってはたまにある。

 普通に魔石を買い取ってもらうよりも、こういったクエストを利用した方が確実に儲かる。だからというべきか、根を生やしてしまった冒険者は特定の魔物の駆除がとんでもなく得意だったりするらしい。


 ちょっとずるい話だけど、別の地域で回収した土蟲の魔石を売らずに持っておいて、ダールに寄った時に売る……なんてのも可能。バレると罰則食らうから1回しかやってないけどさ。

 それと、一応常設と訳してはいるけど季節によっては解除されてしまったりする。だから厳密には常設じゃなくて"ほぼ"常設と呼んだほうがいいんだろうけど……うーん、ここらへんはニュアンスの問題かな。

 魔人大陸での常設クエストの定義は"事後報告でいい"クエストのことなんだよね。みんな常設って言うから私も常設って呼んじゃってるけど、本来の意味とはちょっとズレちゃってる。


 ヘッケレンでの常設クエストとは文字通りの"常設"クエストであって、受ける場合はちゃんと受け付けに伝えなければならない。

 年中無休でほぼ確実に受けられるって利点はあるけど、報酬としてはあまり高いものではないらしい。同じ言葉でも意味が変わってくるのはちょっと面白い。


 こっちでの1番有名な常設クエストといえば、ダンジョン踏破。

 ダンジョンなんて大嫌いだ。あそこに潜っていい思いをしたことがないし、むしろ不幸の塊としか思えない。もう二度と足を踏み入れたくないまであるけど、それと同じくらい滅んでしまえとも考えてる。

 もちろん実際に滅びるなんてことはありえないことは知ってるけど……単に気概の問題。マジで嫌いだってのに。


 しかし現実問題としてダンジョン踏破は常にクエストとして掲載されている。

 といっても現在キネスティットの近くにはダンジョンなんてないらしいし、単に「もしダンジョンが"生まれた"場合にはこれを受けて潜ってこい」ってことらしい。つまりこっちには探索者という職業は存在してないと。

 このクエストのクリア条件は不変の魔法陣の書き入れであって、実際に近所にダンジョンが生まれていた場合なんかでは、クエストを受ける際に専用のスクロールが配布されるらしい。脳死ダンジョンが多いのってこの制度のせいなのでは?


 これと並ぶくらい有名なクエストが、ダンジョン清掃。

 こっちの冒険者ギルドはどうにもダンジョンが大好きらしい。……なんて戯言は置いといて、どうやら脳死ダンジョン自体は領主のものらしく、冒険者ギルドはそれを借りているという形であるらしい。

 肝心の内容だけど、清掃といってもモップだの雑巾だのを用意するわけでは当然なく、中に湧いた魔物を殺して魔石を回収してこいというもの。

 脳死ダンジョンと常設クエストのコンボのおかげで魔石が安定供給されていて、だからこそヘッケレンでは魔柱なんてものがあるのかもしれない。

 ダンジョンはコンビニ、冒険者は店員、冒険者ギルドはオーナー、領主は国家と置き換えれば……さすがに無理やり過ぎるかな? とりあえず私達があんまり稼げないポジションなのは確かなよう。しかも労災は降りないと。ブラックか?

 安定的な収入が手に入るおかげか、こっちの冒険者ギルドはあっちの冒険者ギルドよりも権限や規模が大きいみたい。お金って凄い。


 ……冒険者ギルドの内情なんてどうでもいいか。ぶっちゃけそんなに興味ないし。

 ここで1番重要なことは、ダンジョンに潜って魔物を狩るだけで安定的に稼げるという事実だ。

 そのせいもあってか、ヘッケレンに住む冒険者の大部分は"海科のダンジョン"の近場であるヘクレットで生活してるんだとか。……冒険者と訳すのやめようかな?


 実は"六花の洞窟"はまだどこの冒険者ギルドのものでもなかったらしく、「非管理下にある不変の魔法陣が刻まれたダンジョンへの無断侵入」ということで立派な規約違反だったらしい。まあ実際には取り締まられてないみたいだけどさ。

 しかし私が冒険者から離れてる間に、どうやらキネスティットの冒険者ギルドが六花の洞窟の管理権を手に入れることに成功してしまったらしい。エルムニトの方が近いはずなんだけどなぁ。


 さて、どうして私がここまでダンジョンに執着して考えを進めたかといえば……。


「……嫌か?」

「正直、嫌」



======


階級:6級から

報酬:無し

分類:清掃

対象:六花の洞窟

期限:常設

名前:キネスティット冒険者ギルド

詳細:魔石の買い取り


======



 レニーが指さしているのがこれだからである。

 どうやら常設クエストの場合は張り紙を剥がしてくるタイプではない……というどうでもいい情報が手に入ったが、しかしなぁ。

 ダンジョンとかマジで潜りたくないんだけど。もうほんっと最悪。

 でも他にまともなクエスト無いしなぁ。魔人が居る私達紫陽花が受けられるものとなれば限られてくるし、まだ普通の長期クエストを受けるのはちょっと怖いし。うーん。

 でもでもどうやら呪人大陸で冒険者として活動する以上、ダンジョンとは切っても切り離せない関係っぽいし……うーん。

 でもでもでもやっぱりダンジョンなんて行きたくないし。あーもうあー。


「でも他に無いもんね。それにあの人に誂われっぱなしも嫌でしょ」

「まあ……それもある。鼻を明かしてやるとしよう」


 キネスティットの新常設クエストということもあってか、最初こそ物珍しさからか人気があったものの、最近はあまり受ける人が居ないというこのクエスト。

 実はクエストを受ける前、珍しくレニーが絡まれていたのだ。



◆◇◆◇◆◇◆



「小便いってくるー」


 今日は記念すべき冒険者復帰日、いつもよりちょっとだけ早く家を出た私達は、遂に冒険者ギルドへと到着した。

 ……と勝手に壮大な気持ちになっていたのだが、ティナはおしっこに行ってしまった。なんだあいつ。


「まーた魔人を増やしがって」


 久々の冒険者ギルドだ! と中をキョロキョロしていたところ、レニーが知らない人に絡まれている。

 レニーの表情は硬いな。ってことは親しい人間ってわけではないか。


「悪いか?」

「迷惑なんだよなー」


 なんとなく視線を感じたりだとか、規則ですのでと拒否られてしまったりだとか、1人で出歩いちゃダメですよみたいな決まりがあったりだとか、そういう感じの差別は今までも受けてきた。

 しかし実のところ直接文句を言われるのはまだ2回目だ。決まりを守って生活してる以上、その私達に絡んでくるこいつはよっぽど()()()に違いない。どこがとは言わないけど。


「お前にどう迷惑を掛けた」

「生きてるだけで迷惑掛けてんの。同じ空気吸いたくねえの。

 魔人と暮らしてるお前にゃ分からんか。くっせえんだよ家にでも引きこもってろ。

 いや、お前ら魔物に家なんてねーか! 地べたで寝てるのがお似合いってな!」


 はて、魔人のニオイとな。カクみたいに魔力を嗅ぎ分けられるのかな、なんっつって。……クンクン、別に臭くないよね? むしろ石鹸の匂いに包まれてるんだが?

 私が口出しするのは事態を面倒にさせそうだな。……ハルアさん? なんでニヤニヤしてんの? 止めてこいよ面倒臭い。


「十分か?」

「……なに?」

「もう十分吐き出せたかと聞いたんだ。

 ストレスが溜まってるんだろう、乳でも飲め。

 金は足りるか? 恵んでやろうか? ……哀れな奴め」


 ……あっれー? レニーってあんなにグサグサ言ってくる奴だっけ?

 え、ちょっと、え、レニーって止める側じゃなかったっけ? そんな火に油注ぐようなことしたら――。


「おまたー……うわ、パンだ」


 ティナがちょうど戻ってきたせいか、パンとやらはレニーの胸倉が掴んだポーズで固まっている。

 ……これ一体どういう状況なんだ? レニーとティナはパンのことをある程度知ってるの? 例えば以前にも絡まれたとか――


「はい、終了」


 事態に付いていけなさすぎてヤバい、とか考えてたらハルアが遂に動いた。


「誰だお前」

「こいつのお友達。

 俺の顔立ててさ、ここまでにしてくんね?」

「にっ……!?」


 ハルアが拓証を見せた瞬間、パンとやらの顔が一気に青ざめた。

 ……とりあえず、パンが2級以下であるのは確かだろうな。3級ならあんな反応にはならなさそうだし、6級以下なら絡んでくることもないだろう。なら4級か5級ってとこになるか。


「魔人なんざダンジョンにでも潜って死んじまえ! クソッ!」


 おお、現実でこんなにも鮮やかな捨て台詞を吐くやつを始めてみたぞ。もはや天然記念物だ、保護してあげないと。

 なーんて。……はあ、魔人である私に絡んでくる分には構わないけど、その矛先をレニーに向けないでほしいな。アホくさ。


「クエスト受けに来たんだろ? 喧嘩しに来たなら止めねえけど」

「……そうですね、ありがとうございます」



◆◇◆◇◆◇◆



 と、世にも奇妙な場面に出くわしたんだ。

 あのパンという男、以前にレニー達と一緒にクエストを受けたことがあるらしい。

 最近のレニーはパーティの外でもよく話すようになっているらしく、どうやら私のことも話してしまっていたようだ。だから別に魔人を見分けられるってわけでもなく、当然魔力嗅も無いらしい。

 パン絡みの話はティナから以前に聞いていたけれど、レア関連でゴタゴタしてたせいですっかり記憶の彼方へと吹き飛ばしてしまっていたようだ。私の頭は色々と足りない部分が多い。名前とか即刻忘れちゃうし。


「つってもさ、最後まで行くわけじゃないんだろ?」

「……どうだろうな、案外行けるかもしれんぞ」


 ハルマ森に向かう道すがら、いつも通りの雑談会。私達3人はある男性へと目を向ける。


「……手伝わねえぞ?」

「この前もそう言いながら全力出してたじゃん」

「あんなんガキの遊びだよ」

「え、あれでまだ手加減してんの!?」

「当たり前――」


 私はまだ模擬戦でしか見れてないけど、話を聞く限り以前のクエストではもっととんでもない術を見せていたらしい。

 正直、私の目にはハルアの魔力はそこまで多く見えてない。そりゃ確かに呪人にしては多いなーとは思うけど、ぶっちゃけた話ティナよりも少なく見えている。

 ……のだけど、魔術を使おうが精霊術を使おうが全く減らないんだよね。これってあれかな。よく漫画とかである"魔力を消す"みたいなことでもやってるんだろうか。話題が尽きたら聞いてみよう。


 平原にはあまり魔物が出ないとのことなので、森に着くまでは私の索敵は無しということにしてある。

 といっても完全に無しというわけでもなく、勘が鈍ってもあれなので周りの魔力は見続けている。集中して見てるってほどでもないから奇襲対策にはならないだろうけど、ある程度強い魔物なら多分先に気付けるはず。

 またハルア自身も索敵ができるらしい。ハルアがというよりかはスイテンがと言った方が正しいのかな? ハルア自身は魔力は触らないと分からないんだとか。「闘気なの?」と聞いたら「秘密」と返されてしまった。なんだこいつ。

 その索敵をしてくれてるスイテンだけど……。


「あんなところに居て、ホントに分かるんですか?」

「あいつは俺の魔力だからな、魔術師なら意味分かるだろ?」

「分かりますけどー……あんなに離れたら発現できないですよ」

「発現させてるのは水貂なの。便利だろ」


 あんなところとは、空の彼方である。

 ……比喩とかじゃなくて、マジで宙に浮いてる。具体的には雲となっている。意味が分からん。

 もし私が同じことをやろうとしても、あまりに遠すぎてあれでは制御しきれない。しかし魔力自体を操ってるのはスイテンなわけだから、精霊術なら可能であると。

 そしてその魔力がハルアのものである以上、ある程度のフィードバックを受けることができる。……さすがに視覚情報として戻ってくるわけじゃないとは知っているけど、そこら辺はスイテンが上手いことやってるらしい。なんだこいつら。


「お前さ、魔術の距離限界はどんくらいなのよ」

「おま……どうでしょ、1kmは無いんじゃないですか」

「さっすが魔人」


 しかしこう、なんというか、微妙にこっちをイラつかせてくるのは一体何故なんだ。

 単に私がこいつを嫌いなせいなのか? あるいは本気でおちょくってる?

 ……あんまり人を嫌いだとか考えない方が良いか。凝り固まっちゃ仕方がないし。


「じゃあハルアさんは?」

「秘密」


 いや、やっぱ嫌いだわ。


「なあハルア、よかったのか?」

「意味分かんねえよ。主語抜くなバカ」

「うっせーバカ」

「んだバカ」

「バカっつった奴がバカだバーカ!」

「お前今3回言ったな!? ハイパーバーカ!!」


 ……聖職者ってなんだろう。大人ってなんだろう。

 いい歳したおっさんが、ギリギリ子ども卒業って感じの女性とバカバカ言い合ってるだなんて……私こんなの見たくない。

 せっかくのイケメンが台無しなのでは?


「長期のクエスト受けてよかったのかって言ってんだよバーカ!」

「最初からそう言えバカ。多分大丈夫だぞバカ」

「多分ってなんだよバカ! 怒られても知らないからなバーカ!」

「誰が俺を怒れるんだよブァーカ!!」


 語尾なのか?


「ねえレニー、あの2人止めなくていいの?」

「諦めろ」

「あ、うん」


 なるほどね。……ああ、凄い。ゲシュタルト崩壊って音でも起こるんだね? バカって一体どういう意味なんだバカ?

 ハルアとアンジェリアの会話に出てくる距離ですが、呪人大陸南部及び東部では「呪人男性が一定の時間で歩ける距離」が基礎となっているので、単位が時間と被っています。

 ですので直訳すると「おま……どうでしょ、12分は無いんじゃないですか」となるのですが、ややこしすぎるので現実のものに合わせます。

 もしかすると今後に出てくるかもしれないので、頭の片隅にでも……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ