八十ニ話 大人 子供
レアの取説に従いつつ生活すること約1ヶ月。
案外人は慣れてしまうものらしく、もうレアが居るのが当たり前のような感じがしてきている。怖い。
レアは話すべきことを話し終わってしまったらしく、最近は私が一方的に教えているだけ。教えるといってもあれらが正しい方法なのかは分からないし、全く通用しない話も多かった。ここら辺は個人差だろうか。
ハルアとはあんまり仲良くなれていない気がする。
私と違い何度かクエストを一緒に受けたティナやレニーとは距離感が縮まってるようだけど……あの2人が仲良いならそれでいいっちゃいいけど、なんかちょっと寂しいような。
クエストでハルアが見せる魔術は、私達の使う魔術と違い、精霊の力を借りているものらしい。
突然意味の分からないことを……と思ったけど、ティナやレニーによればアーグルという魔術師の使った魔術に酷似しているんだとか。
つまりは逆で、アーグルもまた精霊の力を用いる魔術師だったのかもしれない、けどこれは直接見るまではよく分からない。とりあえず魔術が生き物っぽく動いてるらしい。
ドゥーロとは話す機会がかなり多い。
妙に気が合うっていうか、話しやすいというか。そう感じてるのがこちらだけじゃないと良いけど、確かめようがないので考えても仕方がない。とりあえずはよく話す。
といってもレアのように重要そうな話をするわけでもなく、ほとんどが雑談。有益そうな話は中部や北部の気風なんかが知れたことくらいだろうか。
ドゥーロの魔術は、教会を一緒に掃除した際にドイ・トウらしきものを使ってるのを何度か確認したくらい。魔言や真名に頼らない魔術だと言ってたので、いわゆる魔法の魔術という奴の仲間。
魔法の魔術ってのに定義があるわけじゃないけど、そのほとんどは私達の使う通常の"魔術"よりは上の存在。
ロニーの魔術はほとんどがこれで、サンと違い色々教えてくれたのを覚えている。……サンはほんっと何も教えてくれなかったなぁ。冒険者になってからようやくって感じ。
さて、今日もまた大仕事だ。
「レア、朝だよ」
「レアさーん? 朝ですよー?」
「起きませんかー?」
「ねえねえ今どんな気持ち? ぐっすり眠れて気持ちいい?」
「エル・クニードッ!」
「んむあ!」
もはや恒例となってしまった朝の儀式。
私だってちゃんと起こそうとしてるんだよ? 声だって掛けてるし、体だって揺すってるし、でも全然起きないんだもん。そして私は優秀な目覚ましを内蔵してる。
使わないわけもなく。
「おはよ」
「……おはよう、ございます」
レアの着ているパジャマはかなり薄く、それがびしょ濡れともなれば……はっきり言って目に悪い。
肌も綺麗だし、出るとこ出てるし、黙っていればかなりの美人。……ふむ、そう考えるとこれはこれで眼福じゃな。目に良いと言い直そう。
「アン? どうかしました?」
「いや、綺麗だなーって」
「やっぱり男なんですか!?」
言うが早いか布団で体を隠すレア。別にそういう目で見てたわけじゃないんだけどなぁ。
実はレアだけは前世が男性であったことを知られてしまっている。他の人には言わないでおいてもらってるけど……特にティナとか裸見せ合っちゃってるしなんとなく言い出しづらい。だからあの2人には忘れたってことにしてる。
呪いもたまには役に立つ。
「そういう表情に見えた?」
「……分からないです。正解は?」
「さあ、私もよく分かってない。でもレアはそういう対象じゃないかなー」
「なんだか複雑な気分なんですが……?」
寝起きが悪いと思ってたけど、そうではなく単に熟睡してるだけらしい。
ホントに悪い人はめちゃくちゃ機嫌悪くなるからね。布団に引きずり込まれるならマシな方で、日によっては手や足が飛んでくる。何を隠そう私の母サニリアがそんな感じ。
「とりあえず、ゴー」
「はぐらかされているような」
「はいはい」
ブー垂れるレアをよそに、今のうちに軽く部屋掃除。
最近のレアはある程度は自分のことをできるようになってきたし、最初に比べたらよっぽど楽だ。単にやる機会がなかったってだけらしく、やり始めてさえしまえば習得は早かった。
ま、当たり前のことなんだけどさ。
ハルアは朝早くにティナとレニーを呼び出しに来ているし、今日のお迎えはドゥーロだけ。
あの2人がハルアと一緒にクエストに行くのは3回目になるのかな。帰ってきてからどんなクエストを受けたのかと聞くのが楽しみだ。
私もこうなってなければついていけてたのかも……と考えると少しだけ悲しい。でもこうなってなければそもそもこの3人とも会わなかったわけで。……いや、レアは接触を図ってたらしいし、ならどっちにしろか。
布団も整えた、換気もした、ご飯の準備もした。さあ、暇だな?
以前に戻ったといえばそうなんだけど、最近は忙しい時間が続いてたせいでやることが見当たらない。
暇とはいえ大きい時間が取れてるってわけじゃないし、何かに集中する……それこそ手帳の整理なんかができるって感じでもなく。
今は晴れてるしハルアもいい天気が続くとも言っていた、なら布団の日干しでもしておこうかな。
最近のレアは目を攻撃されることもないし、自分自身に絡まることもなくなった。手間が減ったのは確かに喜ばしいことなんだけど、なんだか微妙な寂しさが。
他の皆は進み続けてるのに、私だけが足踏みを続けているような。このままでは私だけが置き去りにされてしまうような妙な感覚。
布団に入ってしまうと、どうしても次の日の事を考えてしまう。日々皆との距離が開いていく……明日さえ来なければ、ずっと今日のままならば、なんて憂鬱になってしまい、実はたまに泣いている。
クエスト、かぁ。何度か誘われてはいるけどやっぱりまだ不安が残る。
不安だ不安だって言い続けてたら足は踏み出せないままで、その時間が作った距離を後から埋めるのは難しい。そんなこと、頭では十分理解してるんだけど……頭と体が一致しないなんてことはままあるわけで。
……でももう十分以上に休んだはずだよね。もう休憩は終わりにしないと。
現実的な話、そろそろ動かないと根が生えてしまいそうだというのもある。これは冒険者特有の言い回しだったっけ? 日本語にも似た言い回しがあったような気がする。
「アン、今日も一緒に行きますか?」
「うん。暇だしね」
初めて打診されてから2日後、ドゥーロは私にと仮面をプレゼントしてくれた。
表向きは氷解石を保護するための仮面。裏向きは私を隠すための仮面。
緑がかった左目は、私の本性を暴いているようで少しだけ気分が悪い。あんな物語、あんな言葉……どちらもこの世界じゃ誰一人として知る由もないのに、どうしてか気になってしまう。
なーんて……沈んで考えるのはもう飽きた。
結局のところ、私は予言の通りに行動しているということになる。
あの予言とやらには少し腹が立つが、どうせ当てずっぽうに色々言ったうちの1つだろう。私が反証となってやろうじゃないか。
◆◇◆◇◆◇◆
こうしてレアの一行の1人として町をウロウロするようになったのが最近の私。
レアの仕事はキネスティットにいくつかある小さな教会に顔を出し、信者らと交流をするのが半分。残りの半分はカーナッソ教会で高度な療術を披露すること。
……本人に伝えてあげれば、と思うんだけどなぁ。
正直、療術の無償提供を行なう八神教を見てるとちょっとした疑問が浮かぶ。
そりゃ実質的には有償提供だし、誰かを不幸にしてるというわけでもないんだけど……なんだろう、このもやもやとした感覚。自分が特別でありたい、みたいな。
私のベースが阿野優人というのは変わらないし、意識的にはむしろ阿野優人じゃないと言われる方が違和感があるわけで……これもまた傲りの一種なんだろうか。あるいは私が魔人だから?
今日一緒に行動してるのはレアとドゥーロ、それからハクナタという男性が1人、ヴィヴロとイラーナという女性が2人。
後の3人に私から声を掛けることはないし、逆に彼らから声が掛かることもなく、ただ一緒に動いてるだけのよく分からん奴って認識。多分あっちもそう思ってる。
ヴィヴロとだけは少しだけ話してみたけど……話したことがあるってだけで、知り合いとすら呼ぶことも微妙な感じ。
そもそも移動中は無言であれ、みたいな謎の風潮があるらしく、移動先ではレアとドゥーロくらいしか話さないわけで……仲良くしようにも機会がない。
唯一カーナッソ教会では言葉を交わすことがあるけど、だからといって話題もなく。
こんな状態で仲良くなれという方が無理な話ではないか? だって私人見知りだし。向こうから来たら受け止めてあげる! なーんて、何様だ。
最近は外を歩くのにも杖はほとんど使っていない。
一応1本は持ち歩いてるけど、最後に活躍したのはいつだったやら。足を動かすのはもはや無意識レベルなわけで、だからこそこうやってぼけーっと歩けてしまってるわけで。
ポシェットはちゃんと前に持ってるからきっと大丈夫! ていうかヘクレットに比べてこっちの方が治安良さそうだし?
ヘクレットにはあんまり大きい教会はなさそうだったし、これも聖職者パワーの1つなんだろうか。宗教すげえ。
「本日もお疲れさまでした」
なんてぼーっと考えてるうち、今日の巡行が終わったらしい。
ハルアが居ない以上今日はカーナッソ教会での療術お披露目会はないはずだし、となればこの後は暇な時間が生まれてしまう。
前回はドゥーロとレアの2人と楽しくお茶会になったけど、さて今回は。
「アンジェリアさん、外を歩きませんか」
「歩く、ですか? 構わないですけど」
「それは良かった。レア様を頼みますよ」
おや、この言い方的には2人きりということか。
今日は一体どんな話をしてくれるんだろう。ワクワク。
◆◇◆◇◆◇◆
外を歩くとは、文字通り町の外にまで足を運ぶことだったらしい。
いい感じのお店でも見つけたよ、的なちょっとしたサプライズかと思っていたんだけど、これはこれでまたサプライズだ。
……にしても奇妙な組み合わせ。大司教とかいうめちゃくちゃ高い地位にある丸っこいおっさん聖職者と、仮面を被り杖をつく少女。まだ成長中だからきっと少女。
「いかがですか」
八神教の町ということもあってか、門を通るのに時間は掛からなかった。
外に出て数分、お互いに話すこともなくただ無言で歩いていた。あっちが何を思っていたのかは分からないけど、私としては少し寂しいような、ちょっと複雑な気分。
レニーとティナは今日もここを通って行って、日が隠れる頃には帰ってくる。そこに私が居ないのは気に食わないし、ハルアという男が私の居た場所を占めているというのにもイライラする。
……あほくさ。自分のこういうとこ、やっぱり嫌いだなぁ。
「何がですか?」
「ではもう少し歩きましょう」
ニコニコとした表情から出る言葉はどこか私を突き放すようで、また目的もなく歩き始めたドゥーロ、なんとなく付いていく私。
……違う。目的はあるはずなのに、それに気付けてないだけだ。
私を歩かせるのが目的、ではないか。何かの言葉を待っている? ……こういうの、あんまり得意じゃないんだ。
得意じゃない? なら私の得意って何?
ぱっと思い浮かぶのは苦手なことばかりで、得意なことなんて何1つ浮かんでこない。
優れてる点なら挙げられる。絵が描けるし、文字も読めるし、言葉も覚えたし、異世界の知識も持ってるし、魔力多いし、見えるし、無詠唱だってできる。
でもどれも自信を持って得意と言えるかと聞かれれば疑問が残る。
私が積み上げてきたものってなんだろう。
阿野優人ではなくアンジェリアが積み上げたものとしてみれば……案外何も残らないことに気付く。
私の行動原理は阿野優人のもので、私は私を阿野優人だと思ってるし、アンジェリアの歴史は阿野優人の歴史だと考えてしまっている。
多少魔術に詳しかったりいくつかの文字や言葉を覚えたのはこっちの話だけど、これらは全て阿野優人である私の興味から来てるわけで、アンジェリアである私由来のものではない。
魔力が多いのは阿野優人が魔術に興味を持ったからだし、無詠唱だって死にかけの阿野優人が試してみたくなっただけ。前世の知識や絵に関しては、アンジェリアが関わっているわけもなく。
……こんなことを考えさせるのが目的なはずがないか。あーマジダウナー、はい終わり。
「せっかくですが分かりません」
「あなたは本当に似ていますねぇ」
似ている、私が? 一体誰に。
「レア様とですよ。そんなに自分を殺して何になるというんです?」
「一体何を――」
「好きに生きればいいじゃないですか。
欲しがればいいじゃないですか。
間違えてもいいじゃないですか。
あなた何歳ですか? まだ16歳の子供でしょう?
子供が間違えて何が悪いんですか。間違わなければ成長できませんよ」
そんなこと言われても。
前世の私は25歳で死んで、今の私は16歳。時間の流れが同じだとは限らないけど、体感として大きな差は無いように思う。
であれば私の年齢は合わせて41歳。ドゥーロよりも年上だ。
「前世を合わせれば、もう40超えてますし」
「年齢とは重ねることに意味があるのです。
青年期までを2回経験したかもしれませんが、それを足してはいけません。
今のあなたは16歳です。この世のあなたはまだまだ子供です。
私の方がずうっと年上です!」
な、なんか突然年齢マウントを取られたんだが?
……まあ言わんとすることは分かる。普通に41歳になった人と私とでは、年齢の重みに差はあると思う。
でもそんなの、当人にしか分からないじゃないか。私がその人達の気持ちが分からないように、その人達だって私のことは分からない。
当然のことじゃんか。
「もう少しわがままになりなさい」
「……それは聖職者としての見解ですか?」
「いいえ、スドゥプロ個人としての意見です。
もしイナーシャが見られていたら、今頃ここには雷が落ちているでしょう。
ですが空をご覧なさい。神など私達を見てはいないのですよ。
ですから自由に生きましょう。どうですか、甘いものでも」
……変な人。
生臭坊主とはまた少し違うか、職業聖職者って感じ。
そんなこと、私だって分かってるってのに。……でも人から言われると、なんだか溜飲が下がったような気分。
「ぜひ」
スドゥプロ(ダメそうなら雷を落とすつもりだったんですけどねぇ)