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三つの世界 彼女が魔女に堕ちるまで。  作者: 春日部 光(元H.A.L.)
本章 中節 広がりと狭まり
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八十一話 聖女と仮面

2021/06/08 誤字修正(立花のダンジョン→六花の洞窟)

 あれから数日。

 今日もハルアとドゥーロは昼頃にレアを回収しにくる、はずだったんだけど今日はちょっと違う。

 朝早くにハルアだけが現れて、レニーとティナと3人でクエストに行ってしまった。

 2人が居なくなるとやはり少しだけ寂しい。そのくせすっきりするような気持ちにもなってるし、私は私の感情ですらよく分かっていないのかもなんて。


 さてと。


「レア、起きて」


 聖女って奴はなんかこう、もうちょっと神秘的な存在だと思ってたんだよね。

 服をはだけさせてヨダレまで垂らしてる聖女ってのは世界中にどのくらい居るんだろうか。

 丸まった布団に抱きついてるのは見様によっては可愛いけどさ、私の聖女のイメージとはかけ離れてるよね。


「レーアー」


 レニー達が出てもう3時間くらいは経ったはずで、外からは活気に満ちた声が聞こえてくる。

 だのにこのヨダレ聖女は起きる気配が全くない。


「おはようございまーす!」


 見ての通り、この聖女様は寝起きがめちゃくちゃ悪い。

 今日もあんまり時間無いってのに……仕方ない。連日になるけど使ってしまおう。


エル・クニード(水よ、溢れよ)

「っもあ!」


 別に私だって手荒な真似を好んでるってわけじゃないし、使わずに済むなら使わないでおきたいんだけどさ。

 でも仕方ないよね、起きないんだもん。私は悪くない。この腹乳丸出しヨダレまみれの寝坊助聖女様が悪い。


「おはよ」

「……魔術を何だと思ってるんです?」

「優秀な目覚まし」


 実際、体内に入ってしまえば消える程度にしか魔力を込めていないエル・クニードは優秀な目覚ましだと思う。

 もし入っちゃったとしても一瞬咽る程度だし、起きたら解除しちゃえばいいし、水掛けられて起きなかった人見たことないし、そのまま顔を洗うのに使ってもいいし、後寝癖治すのにも便利だし。


「もあ! ってどういう意味?」

「はい?」

「なんでもない。顔洗っておいで」


 びっくりしたのがこの聖女様、なんと生活能力がほとんどない。言ってしまえば要介護聖女様だ。

 ドゥーロの置いていった荷物の中に"レアの取扱説明書"が入っていたのは思わず笑ってしまった。勘弁してくれ。下半身不随の人間に介護させるなよと。ていうか用意周到すぎだろと。

 ま、私としてはちょっとしたお小遣い稼ぎになるからいいけどさぁ。せめて靴とかボタンくらいはさぁ。


「アン、大変です!」


 まだ布団を整え終わってないのに洗面所の方から助けを求める声が。


「目が痛いです!」

「はい、洗う時は目を閉じましょうねー」


 いつもはハルアの作った水、もっというと彼を慕う精霊の水を使っていたらしく、泡が目に入ったりなんてことはなかったらしい。

 昨日なんて「攻撃を受けています!」とか言ってた。意味分からなすぎて笑うしかなかった。

 こんな人間、まさか現実で見かけるとはね。


「アン、タオルを忘れました!」

「はい、次からは忘れないようにねー」


 ……私はこんな時間から一体何をやってるんだ。育児か? 育児なのか? こんなでっかいのを?


「どうですか? 綺麗になりましたか?」

「はい、よくできました。さて次は?」

「着替えですね」

「正解。脱げるところまで脱いでみましょう」


 パジャマだしそこまで難しいとは思わないけど……この人ボタンを自分で閉じるってのをしたことがなかったらしいんだよなぁ。

 今まで本当にあの取説通りの生活してたのかな。着替えとか入浴とか完全に他人任せってマジ?


「アン、助けてください」

「なふっえっ何? えっ?」

「腕が絡まってしまって……」


 そこには現代アートと化したポンコツ聖女様の姿が!

 ……何をどうしたら左腕の袖に右腕を通す発想が出てくるの? そこ明らかにお一人様専用袖じゃん。ヤバいでしょ。人ってここまで生活力が無くても育つことができるのか。


「ああ、カメラが欲しい」

「カメラってなんですか?」

「異世界の魔道具。ってそうじゃなくてー……これどうなってるの……?」



◆◇◆◇◆◇◆



 朝からとんでもない戦闘をするハメになった。

 ハードすぎる。そりゃ御付きを3人も雇用したくもなるわ。今日ほど自分が女であることを恨むこともない。男なら完全に回避できたイベントだろこれ。

 そういやそろそろ生理だっけ……下着変えとかないと。


「アンは身支度が上手ですね」

「これは褒められてるの……?」

「はい。"文字通り"ですよ」

「なら、ありがとう」


 私流ってほどでもないけど、レアには相手を褒められる要素を見つけろと伝えた。

 褒めるためには相手を観察する必要がある。だから褒めることを癖付けられればそれは同時に相手の観察の癖にもなる。相手を観察する癖が付けば、次第に小さな変化にすら気付けるようにもなる。

 ただ観察されるだけだと嫌だと感じる人も居ると思うけど、褒められて嫌な思いを抱く人はあんまりいないしね。


「アン、今日は付いてきませんか?」


 実は昨日にも誘われてるんだよね。どうにもレアは自分の仕事っぷりを見せたいらしい。

 私としても外出できる絶好の機会だ。でも……。


「転ぶの怖いし、八神教徒でもないし」


 レニー達と一緒に出た日でさえ私は2回も転びかけたし、それに外を歩くのはかなり疲れる。

 レアが何というかは分からないけど、私としてはやっぱり防護としての意味で仮面は欲しい。……氷解石がなくなるまでだと説明すれば納得してくれるだろうか?


「やっぱり仮面欲しいなーって」

「予言に従うのですか?」

「その予言って"果て"に行く時の話でしょ?

 氷解石が無くなるまでの期間限定なら大丈夫じゃないかな」


 実際は私に仮面のイメージが付くだけでダメなのかもしれないけど、所詮は予言だ。

 行動予測がされてるのは確かに少し気味悪いけど、当てずっぽうに色々言ったうちの1つだけなのかもしれないし。

 ぶっちゃけ、私はあんまり予言を信じてはいないし。そりゃ回避できるなら回避しておこうとは思うけどさ。世界の敵認定とか普通に嫌でしょ。


「回避できるものは全て回避しましょう」


 あれ? 予想以上のがんこちゃんだ。


「いえ、レアでなければ賛成です。

 氷解石とは危険なものだと聞いていますし」


 レアでなければ、ね。

 レアはたまにこの言い回しを使う。聖女としての立場と自身の心情とが乖離している時なんかに出てくるようだ。

 聞く人によっては意味が分からないだろうけど、私であればすんなり分かる。「阿野的には絵を書きたいがアンジェリア的には眠りたい」みたいな感じだろうし。ちょっと違うか? まあいいや。


「ハルアさんとしてもそちらの方が都合がいいはずです」

「というと?」

「あら、まだ聞いていませんか? でしたら秘密です」


 聞いてないも何もハルアと私はあれから特に接点がない。

 ドゥーロの方はレアを置いていく時にちょこちょこっと話すけど……ハルアの方はあんまり話したがりって感じでもないし、私としても特に話題も見つからないし。

 レアは口が堅い。


 カンカン。

 まだ話し中だというのにノックの音が聞こえてきた。もう時間だ。


「では本日も」

「はい、いってらっしゃい」


 今日の迎えはドゥーロと何度か見かけた従者が1人。

 なーんでこんな、お姫様を預かるようなことになってしまっているんだか。



◆◇◆◇◆◇◆



 そんなこんなで気がつけば15月に入ってしまった。

 キネスティットはダールと比べれば確かに暖かい方だけど、それでも今は冬で、今日は遂に雪が降った。呪人大陸で見る初めての雪は、魔人大陸で見る雪よりも少しだけ暗かった。

 呪人大陸に来てから薄々感じてはいたけど、どうにもこっちは魔人大陸と比べて魔力が薄いらしい。原因らしい原因は分からないけど、仮にと考えてみるなら近場にダンジョンが少ないせいだろうか。


 アストリアには北部と南部に大きな森があり、そこにはダンジョンが存在している。ダニヴェスには例の東の大森林があるし、アズヴェスト大橋を超えた先には一帯型のダンジョンがあって、その先はアーフォートの領土ということになる。

 リニアルが分かれた先にある三角州のような地帯にもダンジョンがあるし、アーフォートを更に北に行ったエズヘン・イルドにもあるとかないとか噂されてたりもする。

 イーリルを超えた東側、つまりケストにはクラト・フロウトと呼ばれるダンジョンの群生地があるらしいし、クラト・フロウド以外の場所にもいくつか有名なダンジョンがある。

 こうして並べてみると魔人大陸には至るところにダンジョンが広がっているし、新しいダンジョンが生まれているような地域もある。


 一方の呪人大陸はまだ情報不足が否めないけど、聞く限りでは野生のダンジョンはあまり多くないらしい。

 野生の、と条件をつけなければそこそこに数はある。例えばほとんどがヘッケレンの領土であるエトラには六花の洞窟と海科のダンジョンの2つがあるけど、そのどちらもが脳死状態にある。

 ビネットと呼ばれる北部には、インセン・ビウンとルネというサラバ・ダの2つの国がそれぞれダンジョンを持っているらしいけど、こっちもやっぱり人の管理化にある。東部地域にあるダンジョンとはどれも全てがただの魔石採掘場でしかない。


 魔人大陸では管理されたダンジョンなんてほとんど聞いたことがなかったけど、それは規模の差によるものなのかもしれない。

 小さなダンジョンを放置した結果育ってしまったのが魔人大陸で、小さいうちに刈り取り続けたのが呪人大陸。放置された魔人大陸のダンジョンは人の手に余るくらいまで育ってしまったけど、対処してた呪人大陸には大きく育つダンジョンは現れずに今に至る。

 話としては筋は通ってるように思う。もしかすると不変の魔法陣はこっちの発祥なのだろうか?


 ここから先は不確かな情報が増えてくるけど、中部にも野生のダンジョンは残っていないらしい。

 南西部まで行くとようやくいくつかの話が聞こえてくるけど、それ以外の地域となるとそもそも話すら聞かない。あ、北西部には管理されたダンジョンがあるとか聞いたような?


 魔力は魔素の形を取ってダンジョンからこの世界に流れ続けているらしい。その魔力を用いる代わりに浄化しているのが魔物であって、魔力を妙なことに利用されないよう監視しているのが管理者で。

 いや、こっちは本題からずれちゃうな。閑話休題っと。


 上を見ても下を見ても、確かにここらへんはダニヴェスに比べると魔力が少ない。

 もし呪人大陸自体が魔人大陸と比べて魔力の少なめな土地だったなら、それはダンジョンの生まれる可能性を著しく下げているということになる。

 魔力が無ければダンジョンは生まれないし、ダンジョンが生まれなければ魔力は増えない。この均衡はいつか崩れてしまうものなのだけど、今のところ呪人大陸ではダンジョンの活動はあまり活発ではないらしい。

 古いダンジョンは新しいダンジョンを生み続け、徐々に世界を重ねていく……と。


 呪人から魔人が生まれたとか聞いたけど、なら魔人は魔人大陸で生まれたってことになるんだろうか?

 今が融歴1700年にも届いてないということは、分化してからの魔人の変化は前世の生物よりも非常に早いということになる。

 これが寿命の極端に短い生物なら分からないこともないけど、魔人の場合はむしろ逆だ。その変化が世界中の魔人に散らばるまでの時間として1700年という時間は極端に短い。

 仮に0年に魔人が生まれたとして、そのサイクルを50年と設定してみても……世代交代はたったの34回しか発生しない。私達が微生物でもない限り、この回数は明らかに不足している。

 レアから聞けてないことはまだまだあるというのは前提だけど、にしてもこのスピードは異常という一言では片付けられない。

 もし時間が真実であるならば、IDなんてのもありえない話じゃない。ま、多分時間の情報の方がおかしいんだろうけど。


 というかそもそもがレアの語る話というのは八神教ベースのものだ。私はあんまり宗教というものは信じていないし、全てを鵜呑にするつもりも全く無い。

 でもこの話を別の方向から見るというのは……少なくともヘッケレン国内では難しそうだ。仮に見れたとして、それが本当に別の方向のものなのかとの疑問も残る。

 オブジェクトがあまりに大きかったり遠かったりする場合、少しの移動では微かな差しか生まれない。世界を語るには魔人も呪人もちっぽけすぎる。


「こんなもん?」


 なんて考えていたせいか、いつの間にか掃除が終わったような感覚。

 掃除の際にはドイを高頻度で使うため、以前ならあんまり考えながらってのはできなかったけど……1ヶ月以上もドイを常用しているおかげでできるようになってしまった。

 これもまた怪我の功名か、なーんて。


 拭き掃除はまた今度でいっか。

 さ、次は夕飯作りだ。今日の予定は何だったかなー。

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