八十話 魔人と感情
「これは?」
「怒り」
「もっと詳しく」
「自分の取り分が少なく不公平と感じている」
「おー大正解。じゃこっちは?」
驚かなかった結果がこれだよ!
どうやら本当に居着く気らしい。ま、別に良いけどさ。最終的に留めさせたのは私みたいなもんだし。
でもここ、厳密に言えば私達の家じゃないんだよね。大丈夫だろうか?
◆◇◆◇◆◇◆
遡ること4時間前。
もう情報処理は限界寸前、これ以上詰め込んだらパンクしてしまうってところまで来た。レアとの会話はここまでにしないと。
前回の時も思ったけど情報量が多すぎる。私の頭って別にそんな優秀ってわけじゃないんだよね。容量足んなすぎて外付け手帳で無理やり増設してるレベルなんだぞ。
「……すみません、そろそろ限界です」
「では今はここまでにしましょうか」
今は、ね……。
この講義は後何回くらいあるんだろうか。毎回こんだけ頭パンパンにされると正直かなりしんどいんだけど。
「よし、私達も行きましょうか」
どうやらレア達も予定があるようで、出るタイミングが一緒になってしまったようだ。
軽くとはいえ別れの挨拶をしてしまった手前、なんだか気恥ずかしい空気が流れている――
「――る、ですか」
「似合わないだろ?」
「そ、そんなこと! 全然無いです!」
――のは私とレアの間の話。
今日のレニーはずっとハルアと話し込んでる。てか口調がレニーっぽくなくて笑える。
ていうか最近のレニーはよく喋るな、なんかもうちょっと口下手なイメージがあったんだけど。ティナと話し込んでるのもよく見るし……あれ? もしかして私避けられてる? ……ま、まさかね?
「――は全てが彼女の肉ですからねぇ」
「あんま実感無いんだよなー」
「もし実感なんて持てたのなら、私よりもずっと偉くなれますよ」
「ならドゥーロも分かってねーの?」
こっちはまあ、特に変わりなし。太っちょドゥーロと私服ティナの組み合わせは、前世であればパパ活と言われてもおかしくないような見た目。
今の話は「全ての金属はイナーシャの一部だ」って奴の話かな。正直何を言ってるのか全然分からん。まずは金属とは何かという定義を教えて欲しい。次に合金の扱いがどうなるのかを教えて欲しい。最後に金属状態の扱いがどうなるのかも教えて欲しい。
あ、だめだ。もう頭回ってないやマジで。
と教会出口が見えてきた。ベールを輔祭にかえしてっと。
「では、また」
「いえ、またではないですよ」
なんですか、今度はなんだってんですか。
私そろそろ限界なんですよ。1回持ち帰って纏めたいんですよ。どぅーゆーあんだすたん?
「お邪魔しようかと」
「……つまり?」
「このまま一緒に帰りましょう」
そっか。
なら帰ろっか。
◆◇◆◇◆◇◆
人間、あんまりにも疲れるとホントにどうにでもなーれってなるらしい。いや私人間じゃなくて魔人だけども。でも大して思考回路とか変わらないでしょ。知らんけど。
そんなこんなで居候的なものが増えてしまったっぽい。……レヴィに怒られないかな。大丈夫かな。てか部屋足りない気がするんだけど。
レヴィの家はそんなに広いってわけでもない。現代風に言うなら3LDKになると思うんだけど、3部屋とも私達が使っちゃってるし、そもそもの部屋自体もベッドを3つも置いたら埋まってしまうくらいとかなり狭い。
もっと言ってしまえばこの家にはベッドは2つしかない。現在はレニーがジャパニーズ・ユカ・スタイルで寝てるけど……とりあえず、ここに大人3人も追加するだけの余裕はないと思うのだが?
「アン、私、ずるいと思うんです」
「ええ、それは私も思います」
「ですから――」
「帰りませんか?」
だから私のこの対応は間違ってないと思う。
「やっぱり、アンもそう思っていましたか」
「はい!」
「ハルアさん、スドゥプロさん、本日もありがとうございました」
「……あ、そう。もう好きにして……」
ていうかさ、今の紫陽花のリーダーってレニーだと思うんだよね。
なんでさっきから対応を私に丸投げしてるんだ? おいレニー出てこ……ダメだ、ずーっと崩壊してる。憧れの人に会えた人って多分あんな感じになるんだろう。つまりあの2人はどっちもレニーの憧れの人だったということだ。
何言ってんの?
あーもう支離滅裂……。なに、とりあえずあの2人の司教は帰るのね。んでレアだけ残るのね。ほーん、お泊り会か何かと勘違いしてんのか?
「……もう休んでいいですか?」
◆◇◆◇
と自室に引きこもってみたのだが、なぜかレアが着いてきてしまった。
分からない。私には彼女が分からない。あんまり人の迷惑とか考えずに行動するタイプなんだろうか。超絶迷惑なんですけど。
はぁ……もう知らね。とりあえず今日のことをまとめよう。えーっと、ペンと手帳っと……。
『14/17。魂子とは今までは全てがこの世界だけで完結していた現象であり、私が最初の異世界出身者らしい。
以前のレアのうちの誰かが残した予言によって、私はこの世界の敵認定されていたのかもしれないが、現在のレアは予言が成立しないようにと直接接触を図ったようだ。
仮面を被り氷を操る最初の異世界の魂子。世界を眠らせ融合させ、砕くだろう。
予言というものをあまり信じる気にはなれないが、しかしこれまでの行動と今後の行動と重なる点がある。
少ない情報からどうやって私だと断定したのかは不明だが、聞いてみた限りでは確かに私のようにも思える。
1つ目の提案は、仮面を着けなければどうかというものだった。
そもそも「仮面」が氷解石のことを指している可能性もあるため、承諾はできなかった。
2つ目の提案は、私達に同行するというものだった。詳しい内容も聞かされないまま現在に至る』
今日の記録としてはこんなもんかな、レアの情報は別のページに書く予定だし。
じゃ、次は考察に……んー。
「いつまでそうしてるんです?」
「アンが書き終わるまでです。邪魔でしたか?」
なってるよ!
真後ろに人を立たせっぱなしにしておいて集中できるほど私は鬼じゃねえ!!
つーか見えるんだよ!!! 私魔力視あんの!!!!
……もういいや、止めだ止め。この人追い返そう。
「レアさん、帰りませんか?」
「帰ってますよ?」
「……言葉通りですね」
「?」
なんだろ、この人めっちゃ面倒臭いな。
まるで昔の私みたいだ。
言葉の裏を読み取るの、慣れるまでは確かに難し、ん? ……聞いてみた方が早いか。
「レアさん、このページ……どうですか?」
「どう、と言われても」
教会のときとそれ以外とでレアは表情が全然違うな。今のほうがずっと接しやすく見える。
今なんて頭の上にはてなマークでも見えてきそうな顔をしているし、ていうか答え返ってこないし。
なるほどね。
「レアさん、私のことどう思います?」
「と言うと」
「何でも良いですよ」
さっきとまた同じ表情。てことはこっちも作り物なのかな。
いや、本当に悩んでるだけかもしれないけど。私だってこういう質問は未だに苦手だ。ま、前世でひたすら勉強したからある程度はイケるけど……レアはあんまり自覚できてないみたいだし。
今後口には気をつけることにしよう。言葉通りに受け取っちゃうだろうし、そうとしか受け取れないだろうから。
「分かりました。ドゥーロさんかハルアさんに連絡って取れますか?」
「いいえ。遠報が使えるのはハルアさんだけです」
ほら、今だって遠回しに帰ってくれって伝えてるのに、実際には文字通りの質問に対する回答だけが吐き出されてる。表情を読み取ったりするのもまだ苦手なんだろうか。
……もっとちゃんと観察すればいいだけなんだけどなぁ。簡単だとは言わないけど。
このまま帰すのはなんか引っかかるな。
「じゃ、お話しましょう」
「どこからにしますか?」
「いえ、そういうのではなく。
私、絵描くのが趣味なんですよ。ほら」
前世に比べれば高いとはいえ、魔人大陸に比べればここらへんでの紙は結構安い。おやつを我慢すればいい程度の値段でしかない。
ペンと紙があって、時間があって、しかも外に出れないともなれば……他の人がどうしてるのかは知らないけど、私の場合は絵を描くことが多い。
サークインで描いたような写実的なのじゃなくて、かなりデフォルメを利かせたやつだけど、でもこっちの方が分かりやすいはずだ。
「なんです? これ」
「前世の世界では"漫画"と呼ばれるものです」
「へえー」
「レアさんって、あんまり人のこと分からないでしょ」
口に出してみると、やっぱり残酷な言葉だなと思ってしまう。
でも言葉にしないと分からないなら仕方ない。
「感情のことですよ。表情や声色、仕草なんかを読むのが苦手かなって」
「……そうですね、あまり得意ではありません」
やっぱりだ。
ある程度自覚してて、でも解決策がよく分かってないから、なんとなくで周りに合わせてしまう。感情の定型文だけで生きてしまっている。
情報の取得はできるのに、その整理や紐付けが苦手。そのうち取得できていたはずの情報すらも外に投げ捨ててしまう。
ただのノイズでしかないのだから。
私の場合、漫画を読むようになって気付くことができた。
ノイズなんかではなく、立派な感情表現の1つなのだと。
デフォルメされているからこそ、散りばめられた違和感に気づくことができる。
小さな表情の差、視線、線の太さ、トーン、フォント……私にとっての漫画とは教材の1つでもあった。
「以前の私がそうでしたし」
「以前というと、現在は?」
「普通の人よりは苦手ですけど、あんまり気付かれてないと思いますよ。
勉強しましたからね」
人というのは共通点を見つけると親近感を覚え、それによって仲良くなりやすいものだ。
共感という感覚はいまいち深くは理解できてないけど、それでも前世に比べれば進歩はしてるはず。
同じ魔人で、同じ魂子で、同じく人が分からなくって。並べてみると共通点がかなりあることに気づく。
だからだろうか。頭で考えるのとは別に、少しだけ近づいてみたいという願望が浮いてきた。
「前世なら病気ですけど、魔人であればそこまで珍しくもないと思いますよ」
あまり多くの呪人に接してきたわけじゃないから、この2つを比較するのはまだ難しい。
けど人間と魔人でならできる。人間に比べ、魔人は全体的に冷たい。サバサバしているというのが1番近いだろうか。
個人の感情よりも効率を重視して選択することが多い。加えて切り替えも速く、あまり引きずったりはしない。
しかし利他的行動は非常に少なく、他者とは一定以上の距離を保ち、独特の世界観を持つような人も多い。
これが本当に種族柄なのか、私が接してきた魔人がその傾向にあるのか、そのどちらであるかは分からないが、私の中の魔人像とはこんな感じだ。
正反対のレニーを常に見てるせいで際立ってるってのは確実にあるだろうけど、大まかには合ってると思う。
個人主義者達が必死に全体主義を作り生活しているような、なんともいえない微妙な違和感。
ティナに対してすら、察するという言葉を使う気になれない。近いようで遠いような、人間からするとちょっと不思議な関係。
「私達、感情は言葉で伝えちゃいますから」
親しき仲にも礼儀あり、なんて言葉は結構近いのかもなんて。
察させるよりも言葉で伝えたほうが確実だ。そういう意味では確かに効率的な選択で、それは確実に魔人らしい。
その反面、魔人は全体的に感情を読み取るのが下手だ。相手が口下手であったりすると、否定されないからと深く踏み込みすぎてしまうことがある。
ま、これはレニーとティナのことだけど。もっというとレニーに対するティナのことだけど。
いくら下手だって言っても全く分からないってわけじゃないし、察しの良い人ってのは普通に居る。感情を読むのが下手というのはあくまで極端にデフォルメした場合の話だ。
◆◇◆◇◆◇◆
実はたまに4コマ漫画を描いていたのだが、レアのせいでティナとレニーにバレてしまった。
せめてセリフを日本語かなんかにしておくべきだった。めっちゃ恥ずかしい。
「見るのはそこだけにしてよねー」
「りょー」
なんつー空返事。ティナの皿だけ激辛にしてやろうか。
現在は夕食の準備中。お金を取ってやろうかと考えてみたけど、どうやらこの展開はお見通しだったようで、ハルアからお金を渡されていたらしい。レニーは金で落ちるっと。
まあ食事くらいはなんとかなるとして、着替えや寝具はどうするつもりなんだろうか。ドゥーロが多少の荷物は置いていってくれたけど、レア自身は手ぶらで来てる。
荷物のサイズ的に着替えくらいなら入っていてもおかしくはないだろうけど、さすがに寝具までは揃ってないだろうし……ティナのベッドにでも押し付けるか。
っと! ……セーフ。考え事してたせいで焦がすとこだった。
実のところ私の料理スキルはそんなに高くない。ぶっちゃけレニーに作らせたほうが美味しくなる。これもまた呪人と魔人の差なのか。
しかし買い物に行けない状況で適当に一品追加で作れと言われたら確実に私が勝つ。私のほうが適応能力が高いのだ!
……ま、多分経験の差だろうけど。
労働者の頃によく「ありあわせでなんか作って」と言われたせいだろうか。しょうもない食材の中から作るのには結構苦労してたっけ。
冒険者として活動し始めてからも、携行食品が多いとはいえ調理担当は私だったし。
例えば祝いの席に出す料理なんかはレニーのほうが向いてるだろうけど、家庭料理みたいな普段口にするものなら私って感じ。
味付け? それは実は種族の差だ。
「ほれ、あーん」
だから今は横にレニーを置いてるわけで。
苦手な分野は得意な人を呼んだりで補えばいいのだ。神経が使えなくったって魔力で動いてる私が言うんだから間違いない。
「後2振り」
「それだけ?」
「ああ」
「よっし完成」
細かく言えば魔人の方が味覚は鋭いっぽいんだけど、別に使いこなしていないというか、むしろ勝手に伸びただけじゃね的な話。
生物学的な話になるのかもしれないけど、私達魔人は呪人に比べて発汗量がかなり少ない。
魔人はより魔力に適応した生物だなんてレアが言ってたけど、体温調整だなんて基礎的なところですら種族の差を見つけることができる。
そのせいか実は暑かったり寒かったりする地域は呪人よりも苦手だったりするらしいんだけど……そっちは今は置いておいて。単純な話、魔人はあんまり塩を摂らない。
加えて"怠け者"だなんて言われがちな魔人は調味を重要視してない人がかなり多く、素朴通り越して味付けなしの料理になっていることも少なくない。素材の味バンザイである。
だからこそ逆に鋭敏なのかもしれないけど……ぶっちゃけ私も冒険者になるまではあんまり味は気にしてなかった。食べられればいいやん思考である。
冒険者になってからは、味付けなしでは癖が強すぎる肉なんかを口にすることが増えたことで、どうしても気にせざるを得なかったと言うかなんというか。味にうるさいのが居たってのもあるけど。
カクのおかげで色んな料理を口にするようになったし、調味料なんかはもっと詳しくなれたけど、それでもこっちの料理は味付けが濃いなと感じることがある。
……あれ? まだ微妙に支離滅裂だ。
つまりレニーが塩以外に何も言ってこなかったら終わりでいいってこと。
これ以上は取り分けてから各自ご自由に調味くださいませ。
なんたってうちは魔人が多数派だ。
「俺、要るか……?」
「要る要る。はい、これ持ってって」