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三つの世界 彼女が魔女に堕ちるまで。  作者: 春日部 光(元H.A.L.)
本章 中節 広がりと狭まり
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七十九話 かわされるものとかわれるもの

 歩く練習を始めてもう1ヶ月以上経った。残念ながら感覚は未だに戻らない。


 最近はもう家の中では杖には頼っていない。転倒防止にと1本だけは常に持ってるけど、正直ちょっと邪魔。でもレニーがうるさいので仕方がない。

 一方で寝てる間の筋肉制御というのはやはり難しく、未だにおむつが欠かせない。イメージが重要な魔術を用いている以上、イメージングの出来ない睡眠中の発現というのは中々難しい。

 エル・クニードで生んだ水を維持するくらいの単純さならなんとかなるけど、今使ってるのはドイ・レズドという個人的にはかなり苦手な術式なわけで、その操作もただの維持ではなく発現そのもので……頑張るしかないかぁ。


 とにかく、家の中くらいでなら私は自由になった。最近は飛び跳ねてみたり、片足だけで立ってみたりと、更に上の段階を目指している。

 また1から歩く練習をするのか……なんて最初はちょっと鬱になってたけど、人は案外適応できてしまうものらしい。

 歩くというより歩かせると言った方が近いけど。糸繰り人形に乗ってるような、が1番近いだろうか。


 だからと言うわけじゃないけど、最近はレニーに代わって家事を担当している。でもティナ曰くレニーの方が料理上手らしい。私これでも労働者として働いてたんだが? ……まあ同意するけどさ。ちょっとスネるぞこのやろー。

 そういえばこの前レニーが「まるで本当の家族のようだ」って呟いてた。レニーは恥ずかしがってたけど、確かにそんな感じはある。でもどっちかっていうとルームメイトじゃなかろうか?


 今日は久々にレア達と会うことになっている日。ようやくアポが取れたのだ。……アポだなんて言うと、ちょっとだけ阿野の世界を思い出す。

 結局のところ私のベースは阿野優人の記憶なわけで、ぶっちゃけ自分が独立した存在だとか言われてもいまいち理解が追いつかない。そりゃ自我の生まれない魂だって話だし、当然っちゃ当然なんだろうけども。

 ま、難しいことを考えても仕方がなく、直接聞いてしまえばいいとはティナの談。今日は直接聞けるのだから、確かにその通りかもしれない。

 でもある程度予習や復習をしておいた方が良いのかな、なんて考えちゃうのはアンジェリアの癖。



◆◇◆◇◆◇◆



 今日もあの輔祭は手際良く飲み物やらを置いていった。……ドゥーロの目が輝いているが、それは一旦置いておこう。


 久々というほどでもないけど、結構な間隔が空いてしまった。

 でもしっかり頭に叩き込んできたし、そのために手帳だって20ページ以上も消費した。紙って結構高いんだぞ……。

 しかし考える前に1つ、絶対に聞かなければいけない話が1つある。


「お久しぶりです、アンジェリア様」

「アンと呼んでください。様付けもなんか嫌です」

「では、アン。本題ですが――」

「その前に。まずどうして私に話すのです?」


 真っ先に聞くべきはこれだ。

 そもそもなぜ私を知っていて、こんな話をしてくるんだ。

 私なんてただの1人の魂子に過ぎず、レアのような特別な存在では絶対に無いはず。

 重要な問いであるはずなのに、レアはただ微笑を浮かべるばかり。諭すような声色には一寸のブレすら見つけられない。


「私は"無垢の魂子"と呼ばれています。ご存知ですか?」

「……いえ」

「では"最初で最後の魂子"は?」

「どちらも初耳です」


 無垢の魂子というのは微妙に聞き覚えがあるような気もするが、逆にいえば気で終わる程度。であれば知ったかはせずに素直に分からないと答えたほうが良いだろう。

 最初で最後の~は確実に初めて聞いた。響きにすら覚えがない。


「あなたは"異世界の魂子"です」

「まあ、そうですけど」

「そして"異世界の最初の魂子"でもあります」


 いまいち話が読めない。そもそも私はなぜこんな話をするのかと聞いているわけで、それぞれが何の魂子なんだとかは今聞きたい話では……ん?


「私が、最初? ということは、これまで異世界の魂子は居なかった?」

「はい」

「そして、今後は異世界の魂子が現れると?」

「はい」


 話は未だに読めていない。

 しかし何を語りたいのかは理解できた。


「私が異世界の、もう1人のレアになると?」

「いいえ」


 早合点だった。テヘ。


「面と向かっては言いづらいのですが……。

 アン、あなたは厄災の子なのです」


 理解できてなかった。

 いや、理解の向こう側に吹っ飛んだ。

 何だ突然に。私が一体何をしでかすって……いや、そういや1歳の時に災害呼んだらしいけどさ。無自覚じゃん。私が悪いって?


「私の数ある呪いの中の1つに、副次的にですが未来を見る力があります。

 ですが、アン、あなたはその世界には居ません。分かりますか?」

「……私はここに居るべきではない、と?」

「そこまでは言っていません。

 しかしあなたが世界を変えてしまう可能性があるのです。

 私の見る片側の未来は刻一刻と姿を変えています。その元凶はアン、あなたなのです」


 ……いや。

 いや、いや……これはあれか。セカイ系って奴なのか?

 なーんて……ふざけるのはお終いにしよ。さて真面目に考えてみるとして。


 大前提として、レアは複数の"呪い"を持っている。自己申告によるものだけど現在私が把握してるのは2つ。おそらくはもっと多いだろう。

 そのうちの1つの副作用とやらで、おそらくは2つの未来がレアには見えている。きっとウィルンとやらの力に近いものだろうけど、副作用と言ったってことは直接見るものではなさそう。例えば死ぬ瞬間を見てしまうとか、その類のものだろうか。

 そして見えているどの世界にも私は居ない。仮に死ぬ瞬間が見えているのだとすれば、レアが死ぬ瞬間に私が携わっているかが分からない。……そんなの当然だろう。なら死に際ってことではなく、副次的のワードこそ気になるが、明日が見れるとかの短期的なもの?

 最後に、見える世界のうち1つは日に日に姿を変えていっている。つまり何者かが本来辿るべき世界の道を変えてしまっているのだと。複数見えているらしいから、世界の道は1つではないという前提だけど、変わっているのはあくまでその中の1つに過ぎない。

 逆に言えば、見えている他の世界は姿を変えていない。……仮に2つ見えているとして、そのうちの変化してない方が正史だとでも? ま、これはいいや。


 つまりは変化の原因が"見えない要素"で、私は"見えない要素"だから、原因が私だと考えてる、と。ちょっと整理してみよう。

 まず私が"見えない要素"だと考えた理由だけど、今のレアは今の私を見えているように見える。ならあくまで"未来"とやらでのみ私は見えていないのだと。……ある程度かもしれないが、見える範囲は自分で選べる?

 次に私以外の"見えない要素"を考えてない理由。これはさっぱり説明不足で、まるで私以外は全て見えているとでも言いたげ。ま、これは悪魔の証明になっちゃうだろうけど、せめて理由くらいは聞いておきたい。

 最後が"見えない要素"が原因だと断定した理由。これもさっぱり説明不足で穴だらけ。むしろこれのせいで他の話までも弱くなってるように感じる。


 つまりは原因が私だと決めつけるには早すぎる、と思うんだけど……しかしそうだと断定している以上、他に強い理由があるんだろう。なら情報の整理は一旦ここまでとしよう。


「話が通りませんよ。なぜ私だと決めつけられる?」

「あなたが異世界の魂子だからです」

「それです。私が最初だと言いましたけど、既に私以外が来ている可能性は?」

「あります」

「にも関わらず私が原因だと言い切る理由は?」

「あなたが最初の異世界の魂子だからです」


 埒が明かないな。

 まるで古いネット上のオカルト話を読んでいるような気分だ。

 理由を隠し、ただ警告だけをして、そのうち勝手に非難を始める。……レアはまだ非難まではしてきていないけど、この先の展開がある程度読めてしまう。

 どうして~をしたんだ! みたいなパターンだろう。なら先に説明しておけよと。……いや、説明しようとしてるのか。なら勝手に食って掛かってる私が悪いのか? 悪いな、うん。一旦静かにしとこ。


「……すみません、ちょっと熱くなっちゃいました」

「根拠はたったの1つ。あるレアの予言でしかありません。

 ――最後の異なる等しき世界との融合が始まり砕けていくだろう。

 異世界の魂子、仮面を着け氷を操り、果ての地にて世界を眠らせる。

 狂わずの魂子と共に故郷よりこの地へと、北より果てへと鏡を見る。

 迷い込む最初の異なる魂、瞳に映ることもなく――

 といったものですが、心当たりはありませんか?」


 こういうのは解釈次第だと思うんだけど、はて。

 時系列が逆になってるっぽいから、最後の言葉から選んだとして……まずレアの未来では私は映っていないらしいから、"瞳に映ることもなく"は満たしてる。

 次に"迷い込む最初の異なる魂"……これはどうだろう。正直私が"最初の異世界の魂子"だという自覚はないけど、"異世界の魂子"だという自覚はある。自分的には半分だけ満たしてるつもりだけど、レアからすると両方とも満たしてると。

 "狂わずの魂子"とはカクのこと? レアは会ったことがあると言っていたし、なら私とカクが出会い呪人大陸へと向かうことすら予言されていた、と……。故郷を魔人大陸、この地を呪人大陸としてみれば確かに当てはまっている。

 "北より果てへ"の部分からは未来のことかな。確かに私は北の方に向かっていたし、なら私はユタを回収なりした後にどこか遠くへ向かうってこと? 果てが魔人大陸だと解釈してみれば、確かに予定の1つには当てはまるけど、鏡を見るとは?

 2行目からは現在よりも未来の出来事だろう。もし氷解石がこのままなら仮面を買う予定だったし、私はリズやウィニェルをよく使っていた。てことは"仮面を着け氷を操る異世界の魂子"は確かに私のことだ。

 最初の"最後の異なる等しき世界との融合"ってのはもはやさっぱり分からない。私が世界を眠らせてしまった場合に訪れる未来ってことだろうか。何にしろ、もはや私はそこには居なさそうだ。


 ……なるほど、確かに私だと解釈することはできる。でももしそうだとしたら、私やその回りの人々はあくまで決められた未来への道を歩いてるだけになる。

 少しだけ、癪に障る。


「今のところは、確かに私っぽいです」

「以前のレアは、アン、あなたに全てを伝えてしまおうと決めたのです。

 予言とは所詮予言。いわば数ある未来予知のうちの1つでしかありません。

 1つでも要素を変えてしまえば、未来とは簡単に変わってしまうものなのです。

 ですから、このような行動を取らないよう伝えに来たのです」


 レアは「アンジェリアは敵だ! 殺せ!」みたいなタイプではなく、あくまでこの予言が外れるようにと努めているだけなのか。

 ……敵意たっぷりに考えてしまっていた自分が恥ずかしい。


 でも私の目的は北に居るらしいユタを探すことだし、ジニルフという町に向かうと言っていたカクに会うことも含まれている。

 いや、カクはレアに会うためにジニルフに向かうと言っていたか。ならレアに会ってしまった以上、今どこに向かっているかは分からない。

 どちらにしろ、私が十分に動けるようになれば最初の目的地は北だ。つまりはこの"予言"の通りに行動してしまうわけで、その後魔人大陸に帰るとするなら、更に予言通りの行動を重ねてしまうだけになる。

 ……やっぱり癪に障る。そもそも予言ってなんなんだ。


「……私の行動予定は、概ねではありますが確かにその予言の通りです」

「それを変えることは?」

「できません」

「それはなぜ?」

「家族の問題」

「家族、ですか……」


 この人、表情が全然変わらないな。

 いや、今だって困り顔にはなっている。なってはいるけど、やっぱりあの微笑の仮面を剥がせていない。

 レアなりの仕事の顔って奴なんだろうか。


 ……ちょっと疲れてきたかな? 考えがどっかに飛んでった。それは今は必要ない。


「では仮面を着けないというのは?」

「もし着けなかったとして、その仮面とやらがこの氷解石を指しているとしたら?」

「ありえない、とは言えませんが……」


 私の左目の付近には氷解石という爆発物が発現してしまっている。

 中心部が左目ということもあり、表面に出ている部分でも結構な範囲。見様によっては仮面と言えないこともない。

 ちょっと意地悪な解釈だけど、そう外れているというほどでもない。結局のところ、私はこの予言の通りにしか行動できないのかもしれない。


「……よし、私達はあなた達に同行します。

 アン、あなたがもし世界を眠らせてしまおうとしても、私達が全力で止めます。

 とっても合理的でしょう?」

「……はい?」



◆◇◆◇◆◇◆



 話の展開はともかく。

 レア一行は女魔人1人に男呪人2人と私達とは真逆の構成。行動効率という意味では、彼女らと合流できるのであれば確かにかなり動きやすくなるはずだ。

 私が魂子であるということは、絶対に秘密にするほどのことだとは最近は思っていなかったけど、だからといって言いふらしたいようなことでもない。それを彼女ら3人は既に知っているのだし、見ず知らずというわけでもない。

 考えば考えるほど、私は否定材料をほとんど持っていないことに気付く。そもそもが現在の立場的に強く出られないというのもあるが……気付けば彼女らは紫陽花へと加入することになってしまった。


 彼女らは3人ともが拓証を持っていた。

 なんで聖職者様達が拓証なんて持ってるんですか、と皮肉っぽく聞いてみたが、各地を移動するのに結構便利なものなのだという。話しぶりを聞いた感じ、阿野の……いや、前世での運転免許証みたいな感覚なのかもしれない。私もペーパーだけど持ってたし。

 実際にクエストを受けたりなんてことはほとんどしたことがないらしいけど、そこは権力者特有のコネとパワーで色々したらしく、レアが5級、ドゥーロが3級、ハルアに至っては2級の拓証を見せてくれた。


 正直急展開すぎてついていけない。

 まだ私は1人で外出できるほど回復してるわけではないし、それこそが唯一の否定材料だった。


「なら治しちゃいましょう」


 結局ハルアだって治せなかったのに、軽く言ってくれる……と毒を吐きたくなったけど我慢した。

 そのまま喋らせてみれば、どうやらザールの北部には大学なるものがあり、そこでなら分かるはずだろうと言われた。

 名前としては単なる"大学"だったけど、活動内容を聞いた感じではむしろ魔導ギルドを全方位へと膨らませたもの、大規模な力学系の複合科学研究所のように聞こえる。

 魔導といったこの世界独自の学問から、医学や数学、物理学、生物学……聞き覚えしかないような分野にまで広がっているんだとか。はぁ。


 ……まあ、なんかもう、そこまで驚かないですけどね。

 呪人大陸に来てからというもの、私の許容量はここまで小さかったのかと残念に感じることが多すぎる。

 なんというか、こう、規模の大きい話が多い。あんまりにデカい話が続きすぎて脳が麻痺し始めてる。

 大学? ほーん、別に管理者とか出てこないんでしょ? ならおっけ。……みたいな感じになってる。

 一介の冒険者なんてのは案外分相応だったんじゃないだろうか。


 ああ、もう……豆柴もふりたいなぁ。ポメ可。シェルティも可。

 ボルゾイとまったりお散歩なんてのもいいよね。サイトハウンドは全般大好物もう最高。

 それか深海でひたすらエンジン育てたい。もうむりぽ。

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