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三つの世界 彼女が魔女に堕ちるまで。  作者: 春日部 光(元H.A.L.)
本章 中節 広がりと狭まり
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七十八話 水と雷

 ちょっと短め。

 あんな話をされた後だからだろうか、妙な夢を見た。

 アンジェリアと阿野優人の口喧嘩を眺める夢。

 悪夢の一種、なんだろうか。2人を眺めていた私はそのどちらでもなく第三者だった。

 そのどちらにも、顔はなかった。



◆◇◆◇◆◇◆



 今日は3人であの革細工屋へと向かっている。

 あの日はレニーへのプレゼント探しが本題だったはずなのだが、キャパオーバーを起こした私達はそのことをすっかり忘れてしまっていたのだ。


「少し、懐かしいな」

「なー。早く足治しちゃえよ」

「頑張ってる最中なんですー」


 治るものだとは言われなかったけど、治らないと断言されているわけでもない。

 人間なら基本的に治らないはずのものだけど、私は人間ではなく魔人。なら少しだけ賭けてみても良いかもしれない。

 ……いや、私はあんまり賭け事には向いてないらしいし、賭けという言葉は"縁起が悪い"。信じてみると言い換えようか。


 久々の3人揃っての外出。こうなってからまだ1ヶ月も経ってないというのに、もう懐かしさを感じてしまう。

 それはレニーも同様だったようで、なんだか少し申し訳ない。


「で、どこに向かってるんだ」

「もうちょっと」

「目隠ししてもいいんだぜ?」

「それはやめてくれ」


 あれから3日が経った。

 レアの語った話を全て理解したとは言い難いが、それでも飲み込むだけの時間はあった。

 難しい話はやっぱり手帳を使うに限る。……つまり、新しい紙を買うというのも今日の目的の1つだったりする。だってあの日買い忘れたんだもん。手帳も使い切っちゃったんだもん。


「到着」

「……革細工屋?」

「ま、とりあえず入れって」


 実は私もティナもあの日以来このお店には来ていない。

 でもお金は先に払っておいたし、後日受け取りだって大丈夫でしょ。もしダメって言われたら金返せーって言ってやれ。


「あれ、ドゥーロ?」

「おや、ティナさんとレーシアさんじゃないですか。そちらは?」


 扉を開けてティナが一声。どうやら先客が居て、しかも知り合いだったようだ。

 ドゥーロ……ドゥーロ? 私の名前を知ってるってことは、この前一緒に居たスドゥプロ? ……記憶の中にはほとんど居ないな。他2人と違って印象が無さすぎる。


「クワルドルワと言う。……何の知り合いだ?」

「カーナッソの教会でさ。暇だったから遊んでた」

「はじめまして、クワルドルワさん。

 エルミナ・ドッチ・スドゥプロです」


 そういえばハルアと名字的なとこが被ってるんだっけ。見た目は丸っこくて可愛いおじさんって感じ。

 ……マジで印象無いな。ていうか私、多分この人と直接話してないぞ。そりゃ印象になくても仕方ないか。


「ドッチ!? ならイナーシャ様の大司教じゃないか!」

「そういうことになりますねぇ」

「え、ドゥーロって偉いの?」

「偉いどころじゃない、イナーシャ教団のトップの1人だぞ!?」

「まあまあ。今日は"オフ"ですよ」


 レニーが珍しく興奮してるんだけど。え、何? この人そんな偉い人なの? また頭に色々叩き込むハメになるの?


「どうですか、足の方は」

「え、ええ。変わりないです」

「なんで……? 俺がおかしいの……?」

「なあドゥーロ、大司教って何だ?」

「ただの信者の1人ですよ」


 なんだろう、凄い温度差を感じる。

 謎に震えてキャラ崩壊まで始まったレニー、やけに親しげなティナ、微妙に置いてけぼりの私。

 ちょっとー……もうしばらくは頭休ませたいんだけど。


「前に頼んだの取りに来たんだよね、そっちは?」

「同じく受け取りに。新しいベルトが必要になってしまいましてねぇ」

「食い過ぎ?」

「ここら辺は甘いものが多いですからねぇ。つい、と手が伸びてしまうのです」


 まんまるなお腹を撫でながら遠くに視線を移すスドゥプロ。きっとあの視線の先には"甘いもの"とやらが浮かんでいるに違いない。

 ……よし、一旦レニーは放置しておこう。多分こいつしばらく喋らない。なんかショック状態に陥ってる。ぐっばいレニー、それを治す療術は思い浮かばないんだ。


「でさ、ここのおっちゃんどこ?」

「ここだここ」

「この前頼んだ奴、今出せる?」

「それなら……ほら」

「おー、結構良い出来じゃん」


 店主はカウンターの下でガサゴソやってたらしく、ティナが声を掛けると例の鞘を取り出してくれた。

 蛇革のような独特の模様のある、セキツという魔物の革でできたブラウンの鞘。新品独特の匂いがする。

 残念ながら良し悪しは私には分からないが、悪い品ではないらしい。


「レニー、おーい、起きろー……ダメだ、自分の世界に行っちまってる。アンかよ」

「え、私ってこんな感じなの?」

「そうだよ。しかもこれで歩き回ってた」

「何それ怖い」


 私って傍から見るとこんな感じなのか。……えー、これ多分財布とかスられても気付かないでしょ。外ではできる限り控えなきゃ。


「ドゥーロさ、暇なら甘いもの食べに行こうぜ」

「それはいいですねぇ! これも何かの機会です!」

「つかイナーシャ様の面白い話なんかある?」

「私の知ってる限りでよろしければ」

「うっし決定。おいレニー! そろそろ起きろ!」


 ティナ は ジャンピングチョップ を くりだした!

 ……うわぁ、レニーの頭が一瞬凹んだように見えた。絶対痛いぞあれ。私には分かる。なんてったって何度かやられてる。



◆◇◆◇◆◇◆



 スドゥプロはかなり偉い人……らしいのだが、そんな気配はまるで感じられない。甘いもの好きの太っちょおっさんとした方が、私の印象的には正しいだろう。

 また難しい話をされるのかと警戒したが、そんなことはほとんどなく、イナーシャ関連をいくつか語っただけ。

 なら宗教勧誘系かと思ったが、それもまた違う。本当にちょっとだけ食事をして、今は適当に雑談をしてるだけ。こう、気が抜けるというか……なんか違くない?


「あそうだ。レニー、ほら」

「これは……鞘?」

「アストリアだと祝うって聞いてさ。今月誕生月だろ、おめでと」

「発案は私ですー。レニー、おめでとう。いつもありがとう」

「ああ、すっかり忘れていた。……そうか、もう23になるのか……ありがとう」


 アストリアが誕生月を祝うのに対し、ダニヴェスでは誕生日を祝う。しかしアストリアのように毎年というわけではなく、1歳と8歳、そして13歳の誕生日を祝うだけ。

 ダニヴェスでは、と言ったがティナの村ダ・ルフンでは1歳の時だけらしいし、祝い事というよりは儀式としての印象のほうが強いらしい。

 1歳の時のあれは確かに私も儀式っぽいと感じるし、ならルフンのような村では誕生日を祝うことはないのかもしれない。

 そう考えてみると、8歳や13歳はダール独自のものだとも言えるけど……ま、それはどうでもいい。今が14月で、レニーが14月生まれで、アストリアでは誕生月を祝う。それだけ分かれば十分だ! ばいティナ!


「おめでとうございます」

「でもさ、この見た目で23ってヤバくね? どう見ても30代だラアアアアア」

「一言余計」

「自業自得ですねぇ」


 いい感じのムードをぶち壊したティナ、そのティナを潰しに掛かるレニー。私の知ってる紫陽花だ。

 ……スドゥプロさんは案外毒舌なのかもしれない。

 ほら、ティナおいで。痛いの痛いのとんでけ(エセ療術)をかけてやろうじゃないか。


「スヅッ、スドゥプロさんは?」

「ドゥーロでいいですよ。呼びづらいですからね」

「じゃあ、ドゥーロさん」

「先月に28になりました。後2回も繰り返せば次の世ですねぇ」


 ……こっちもこっちで見た目より若干老けてるような。太ってるせい……いや、ちょっと髪が薄いせいだな。若ハゲって奴だろうか。

 呪人の見た目は良し悪しはいまいち分からない。年齢くらいならさすがの私だって分かるつもりだったけど、ハゲられると全然分からないな。


「そんな風に考えるのってどうなんです?」

「今を生きるのには大切です。どれだけ時間が残っているかと考えてみれば、どれだけのことを経験できるかが逆算できますからねぇ」


 深いことを言ってるような気がするけど、妙に締まらない。

 理由は単純で、この間にも手を止めずにお菓子を食べ続けているからだ。


「……それも、経験?」

「次の世で逢えるとは限りませんからねぇ」

「暴食への言い訳では?」

「これは手厳しい」


 ハッハッハと大げさに笑いつつも手を止めずに食べ続けるドゥーロ。あなたそれ3皿目では? これはあれか、カレーは飲み物派の人間か。

 しかし、知らない人と言葉を雑えるのなんていつぶりだろうか。……そっか、私は人に恋してたんだ。だから最近、少し寂しかったんだ。


「言いづらかったら結構なのですが、足はどうされたのですか?」


 ま、そりゃ気になるか。

 どこまで説明しようかな。……あんまり人の生き死にと繋げるのも良くなさそうだし、なら適当にぼかそうか。


「ちょっとやんちゃしちゃいまして。療術が失敗しちゃったんです」

「では、氷解石は体内にも?」

「みたいですね。顔以外にも背骨と内臓にちょっとずつ」


 "氷解石"のワードが出て一瞬驚きそうになったけど、この人もレア一行の1人なわけで。となれば知らないってのも変な話になるのかな?

 そもそもなんで知ってるんだって話になるけど……ま、一般人である私が知ってるんだから、レアやその取り巻きとなれば知らないのが不思議なレベルだったりするのかもしれない。


「ハルア君なら何か知ってるかもしれませんねぇ」

「というと?」

「彼もまたユークルの名を持ちますから」

「なん、だと……」


 あーまたレニーに変なスイッチが……そもそもユークルとかドッチとかなんやねん。クッターラみたいな奴か?


「似たようなものですよ。私、こう見えて雷の魔術が凄いんです」


 なん、です、と!? ……いや、まあ、魔言見つけたりするレアの従者ポジっぽいこの人らが魔術を使えることには別に驚かないけどさ。

 でも微妙に及び腰で聖職者でもあるドゥーラが「自分凄いんです」だなんて言うのはイメージとかなりズレる。ってことは、それほどまでに凄い人ってこと?


「どうでしょうねぇ。私、魔人の方とはあまり関わりがないですから」

「そういえば、ハルアさんはどうして私のことを魔人だと?」

「彼に触れられませんでしたか?」


 触れる? 確かに頬を触られていたけど、それって関係あるんだろうか。


「彼、触ることで魔力とかを色々識別できるんですって。

 不思議ですよねぇ。よく食べたものを当てられてます」


 それは口の周りに色々と食べかすがついてるせいなのでは?

 ……こほん。えーっと、ハルアは魔力触とでも呼ぶべき感覚持ち? いや、そう単純には言えないか。闘気だって頑張ればそういうことができるのかもしれないし。

 こっちで見かけたあの妙な感覚の仲間なのかな。嘘のニオイがするぜ! なんつって。百獣の嘘王かっての。


「雷の魔術が凄いって、具体的にどう?」

「恥ずかしいですから、あんまり聞かないでくださいな」


 こっちはダメか。自分で言っておきながらそこで止めるとか……こいつ、人を焦らす天才か。

 うわ、なんかいよいよ気になってきた。なんだ凄いって。魔術1発で町吹き飛ばすとかそういう類の人なのか!?

 ……私はもうちょっと現実を見るべきだな。間違いない。

 こっちの町にも結界みたいな魔法陣が広げられてるらしいし、魔術って実は石とか土とかにはあんまり利かないし、それにここら辺の建物はほとんどが石造りだ。

 私が全力で氷弾を作り上げてようやく建物の壁を1枚抜けるかどうかって感じ。物理系の魔術でこれなのだから、雷の魔術なんかじゃ到底不可能だろう。

 ま、大火事くらいにはなるだろうけどさ。


「じゃあドッチってのは?」

「レーシアさんは、魔言は聞き取れますよね」


 それは当然聞き分けられる。

 だって私は魂子なのだから。


「古き神の名前の1つですよ。イナーシャ様の名の1つにドッチがあり、

 それからドイは作られ――おや、お菓子が無くなっちゃいました。

 本日はここまでにしておきましょうかねぇ」


 えちょっとまって。そこで終わるの!?

 もうちょっと聞きたいんですけど! 中途半端反対!


「私にも仕事がありますからねぇ。では皆様、また会える日を」

「ま、また……」

「またなー」


 仕事を引き合いに出されてはなんとも言い返しがつかない。現状私はニートなわけで……仕事か。何か探してみようかなぁ。

 座ったままでできるやつなら今の私でもできそうだし……と思ったけど下半身不自由な魔人の女がどれくらい採用されるかなんて分かりきったことか。

 世知辛い。


「そうだ、鞘の方どう? サイズ合ってる?」

「……あ、ああ。ぴったりだ。いつ測ったんだ?」

「へっへーん! アタシの目をなめんじゃねえ!」


 うわ、ティナがとんでもなくドヤ顔だ。うざい。ひっぱたきたい。


「いや別になめないけど」

「ほじくり出してみるか」

「冗談でもこえーよ!」


 と思ったけどレニーが怖いことを言ったのでそれで許してやろう。

 ……レニーさん? さすがに本気じゃないですよね?


「そろそろ買い換えるか悩んでいた。……本当にぴったりだな」

「町中で刃物出すのって禁止されてなかったっけ」

「……入れ替えるくらいなら問題無いだろう?」

「ここに刃もナアアアアア」


 ……この2人、あの日以来ぐっと近づいた気がするなぁ。

 全部の話を聞けたわけじゃないけど、なんかそういうイベントでもあったんだろうか。

 ていうかレニーの方が変わったって言う方が正しい? なーんか以前とはちょっと違う。なんだろう、距離が近い? ……感覚の言語化ってのは難しいなぁ。


 ま、変わってないとこはとことん変わってないけどね。



◆◇◆◇◆◇◆



 3日後にまた教会へ行ってみたけど、残念ながらレア達には会えなかった。

 あの日あの時間に居たのは結構な幸運だったようで、普段彼らはそこら中を飛び回っている。いや、厳密にいえば飛び回っているのはハルアとドゥーロの2人だけで、レアは引きこもっているらしい。


 レアは八神教では聖女と呼ばれるこれまたお偉いさんなのだが、結局のところ法には敵わないらしく、要するにお付きの呪人男性が居ないから外に出られないという状況。

 ハルアとドゥーロのどちらかに着いていくこともあるけど、基本は教会の裏で待機しっぱなしなのだとか。


 教会に居るなら会わせてよ、と言ってみたがそれはダメだと言われてしまった。

 聖女と会うには司教の許可が必要で、カーナッソ教会には現職の司教が在籍しておらず、許可を出せる2人の司教はここに居ない、と。


 宗教というのは面倒臭いものだと思う。

 みんな、自分の中にだけ神を持っていればいいのに。どうして共有したがるのやら。……なんて以前の私なら言ったかもしれないけど、今の私は少しだけ分かってしまう。

 誰も1人になんてなりたくはなく、ただ誰かと共感したいだけ。

 同じ神を抱くだなんて、共感の最たるものの1つだと思うしね。ま、私はこれを共有するつもりはないんだけど。

 神なんて、お腹が痛い時に祈るくらいで十分だ。

 明日も更新されます。

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