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三つの世界 彼女が魔女に堕ちるまで。  作者: 春日部 光(元H.A.L.)
本章 中節 広がりと狭まり
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七十七話 最初で最後と異世界の 3

 ――全てが継承されたわけじゃない。

 自分の意識が作り上げたはずの虚像の、その言葉の意味が分からない。

 "俺"は"私"であって、それ以上でもそれ以下でもないはずなのに、"俺"の全ては私じゃない……?


 もっと分かりやすく言えばいいのに。

 そうやって影を作る感じ、やっぱり何も変わってないんだね。

 ……当たり前か。"俺"はもう死んでるんだから。生きてるのは私だけ、変われるのも私だけ。

 私は君のこと、別に嫌いじゃないんだけどな。


 私は2人を眺めるばかり。



◆◇◆◇◆◇◆



 クリスマス、葬式、ハロウィン、結婚式、初詣……ほとんどの日本人にとってはどれも独立したイベントだ。

 例えばクリスマスが「キリストの降誕祭」という知識はあっても、どちらかといえば「ケーキ食べてプレゼントを交換する日」という印象の方が強いはず。かくいう私もその1人だし。


 八神教の教会だが、ぶっちゃけ前世の教会なんてゲームの中くらいでしか入ったことがなく、あれが本当に正しいものなのかすらもよく分かっていない。

 牧師が出てきていた以上、多分プロテスタントのものだとは思うんだけど……ま、それはいい。


 カーナッソ教会の特徴は、草木が青々と生い茂る庭と、同じくらい躍動感のある数々の石像。正直なところ綺麗なものとは言えないが、これはこれで野性味溢れていて美しい。やはり美しさは正義だ。

 レジナイザー教会のエクステリアにも花壇は含まれてたけど、せいぜいが入口前を多少飾る程度で、こことは比べるまでもない。綺麗ではあったけどただそれだけ。

 石像はほとんどが小ぶりのものだけど、多種多様な生物のものが並べられている。命にまつわる獣の神……確かに生物と関連付けるのは悪くない。悪くない? 私は一体何様なんだ……。


 入り口ではやはりあの質問をされたけど、今回は2人揃ってレジナイザーってことにしておいた。酔ったレニーはたまに八神教を語ることがあり、多少の質問ならお互い答えられるはず。

 3つの簡単な小さな質問に答え、多少のお金を握らせて……結局のところ私達はカーナッソの信者ではないし、こういう時にはお金が真価を発揮する。

 帰りにも寄付を求められると考えると少々出費しすぎな感はあるけど、ちょっとした旅行料と考えればそこまで高いってほどでもない。知らんけど。


 八神教の教会とはそれぞれが何かしらの奉仕活動を行なっていて、その見返りとしてか寄付を要求してくる。払えって強要してくるわけではないけど、なんとなく圧を感じてしまう。だから要求だ。それは寄付ではなく料金なのでは?

 レジナイザーのとこは孤児院だったし、ダーロやヘクレットにあるイミニジアの教会では"海の魔物に襲われませんように"的な感じのお祈りをしてくれる。信者によれば実際に効果があるらしいけど、私には効果が無さそうだ。

 カーナッソの名を持つ教会は全てが治療院となっており、ダールにも小さなものがある。もちろんここでも無償での治療を前提としてるけど……実際にはかなりの寄付"圧"を出してくるとかなんとか。

 ……もし療術でこれを治すだとかいうのなら、絶対に阻止しなければならない。まだ死にたくはないからね。


 なんて考えていたら、結構な大きさの半透明な一枚布を渡された。渡してきた男性は……八神教の聖職者には序列があるはずだし、ならカトリックの方の名前を借りようか。

 さっきの告白だったりの事務的な手続きは助祭の更に下の人がやることになっていて、今はその助々祭とでも呼ぶべき人と会話中。……ちょっと呼びづらいな。1番下だけはオーソドックスから借りて輔祭と呼ぶことにしよう。

 輔祭が半透明のベールで頭全体を覆っていることから、これは頭に被るものだということは分かる。けど、一応聞いておこう。


「こちらは?」

「カーナッソ様は人目を好みませんから――」

「頭に巻いて顔隠すんだよ。輔祭さんもしてんじゃん」


 説明を奪われ微妙な表情を見せている輔祭はともかく、大体予想通りの回答だ。

 さて、この布を……?


「どうやって?」

「やってやろっか?」

「あざーす」


 こういう時は先輩に頼ってしまおう。何せ私はここに来るのは初めてだ。



◆◇◆◇◆◇◆



「前回はできたんだけどなー……レニーに手伝ってもらったけど」


 ティナに器用という印象は全くなく、むしろ不器用という印象の方が強い。

 残念ながらこの印象とは実績によるものであり、つまりティナが不器用だというのは現実だ。……結局、私達は2人揃ってあの輔祭に結んでもらった。


「……まあ、何事も経験っていうしね」

「だよな。もっとポジティブに生きねーと」

「調子に乗るな」


 八神教の教会とは、それらが本当に1つの宗教のものなのかと疑問が浮かぶくらいには違いがある。

 カーナッソの教会では、ベールを被り靴を脱ぐのが決まりとなっているようだ。靴下に穴が開いてなくて良かった。

 レジナイザーの教会では長髪と白い衣服が禁止されていた。私達のような訪問者であれば首が見えるようにアップにするだけで良いけど、聖職者や子供達は全員が坊主にしていたのが印象的。

 ふむ、そう考えたらレニーの髪は確かにレジナイザー信者っぽく見える。逆にカクは不信心者に違いない。……多分関係無いだろうけど。


 足を踏み入れて早々に、独特の騒がしさに教会自体が覆われていることに気付いてしまう。

 子供達の声が響いていたレジナイザーの教会だって確かに騒がしかったけど、ここの騒がしさは言葉の意味自体からして違う。

 死の匂い、とでも表現しようか。目が覚めるような緋色の空気。


「……なんか、独特の空気ですね」

「嬉しそうに漂っていますね」

「……?」

「あなた方を歓迎しているのです」


 ……え、何? ここホラー施設か何かなの?

 ちょっと怖くなってきた。ティナは……ベールのせいか上手く表情が読み取れないけど、特に何も考えて無さそう。


「今際の時に自らを知らぬと魂はこうなります。

 ですが彼らは少し違う。今はただ待っているだけなのです」


 やべえ、宗教やべえ。意味分かんねえ。

 レジナイザーの時も思ったけどやっぱ宗教って理解できない。何これ、一種の洗脳なの?

 呼び出すって何事よ。あんたらイタコか何かなの?


 ……と混乱してみるのも楽しいけど、カーナッソがそういう神だということは知っている。

 "今際の時に自らを知らぬ"……つまりは自分が死んだと理解できていない魂のことであり、カーナッソはこいつらに死を自覚させ、次の世とやらに正しく送り届けてあげている。日本風に言うと成仏させるだけの簡単なお仕事です。

 ところがすぐに次の世に行ける魂が居る一方で、中々新たな器の見つからない魂も数多く居る。そんな魂達の休息所となっているのがカーナッソの教会だ。

 一部のせっかちさんとかには身に合わない体を与えてしまうだなんて嫌な一面もあったりもするけど。カーナッソマジ怖い。ていうか私の体も合ってないような。前世男だぞ?


 実際に来てみると、確かに外とは違う空気があるような。前世じゃお化けなんて信じてなかったけど、あんなことがあった以上、今の私は半信半疑くらいまでは進んでいる。

 もし本当に居るなら……誰か喋れたりしないかな? あの白い世界を見た? どこ出身? なーんて……聞きたいことがいっぱいあるぞ。


「彼らと話せたりしません?」

「彼らは憩いているだけなのです。

 その安らぎを妨ぐことはなりませんよ」

「……失礼しました」


 ここは素直に謝っておこう。呪われでもしたらシャレにならない。いや、呪いの上書きがされたりして? ……こんなこと考えてる時点でアウトかも。


「さて、本日はどの用で」

「えーっと、ここに来てくれと言われたんですが……」

「名前を伺っても?」


 名前……名前? そういえば聞いてない。私の中であの人の名前はイケメン(仮称)となってるけど、さすがにこれは……。

 名前が分からないなら特徴で勝負するしかないか。


「名前は聞けませんでした。

 30代程度の男性で、黒髪です。背は輔祭さんより頭1つくらい高く、多分力持ち。

 切れ長の目で、剃り残したような顎髭を生やしてました……どうですか?」

「……なるほど。しかしそれだけでは」


 ダメか。

 特徴、特徴……うーん、なんかめっちゃ整ってたって印象はあるけど、一瞬すぎたし色々考えすぎちゃったしでそろそろ顔の記憶が薄れてきてる。

 私、あんまり人の顔覚えるの得意じゃないんだけど。……あ。


「私の目の回りの石、見たことあります?」

「いえ。……そちらは?」

「氷解石と言うものです」

「なるほど、"氷解石"を知っている方ですか。

 ……少しお待ちいただいても」


 まさか氷解石のおかげで探すことができるようになるとは……これが怪我の功名ってやつなんだろうか。

 しかし最初の特徴だけでダメってことは、ここの教会には結構な人数が居るということだろうか。建物自体はそんなに大きくないけど、庭は確かに広いもんね。庭師的な感じの輔祭が多いのかもしれない。

 出張してる人も多いのかもしれない。たまに歩いてるのを窓から見かけたことがあるし。てことはあのイケメン(仮称)もその手の1人だったり? いや私服だったけど。


 しかし……待つとなるとやっぱり暇だ。


「ティナ、魂って信じる?」

「カクは魂子ってやつなんだろ? ならあるんじゃね」


 適当に話題を振ってみたが、それっきり。

 まあ確かにカクが居た以上、信じないって答える方がおかしいか。私だって信じるどころか魂だけになった瞬間を未だに記憶しているわけで。

 魂、ねえ。なんで前世の世界の魂が今世の世界にまで届いてしまうのだろうか。ならその逆だってありそうなもんだけど、前世の世界では転生者なんてワードはフィクションでばかり使われるものだ。


 あの化け物は「どの世界から来たか」という質問を私にした。そんな質問をしてきたってことは、他の世界というものを彼らは認識しているということになる。

 前世では他の世界なんてただの理論の上での存在でしかなく、実際に観測されただなんて話は聞いた覚えがない。

 こっちの世界でも「他の世界」だなんてワードは……いや、何度となく聞いたことがある。

 ダンジョンだ。

 異空間であり別の世界だという認識が一般的で、実際に内部と外部とでは見かけ上の連続性しかない。ダンジョンはこの世界に空いてしまった穴だ、なんて言われることもある。


 ダニヴェスにはいくつもの滅んだ町の話がある。そのほとんどは略奪に遭っただの戦場になっただのといったありふれた話だが、そのうちの1つに興味を惹かれたものがある。

 強大なダンジョンであれば周囲に濃厚な魔力を吐き出し、特異な環境を作り上げる。植物の育成に適した環境が作られることもあり、そこでの植物は速く育つ。

 これは当時も既に知られていたが、その効力が人にも及んでいるとは知られていなかった頃の話。ダールがダニヴェスに征服される以前の、まだレ・インハー・トエズと呼ばれていた頃の話。


 大森林を切り開き、その内側に町を作り上げた一団がいた。どちらも名前は残されていないが、この"大森林の町"は凄まじいほどの賑わいを見せていたらしい。

 当時は今と違い大森林には無数のダンジョンが存在していて、さながら"ダンジョンラッシュ"のような状況であり、一攫千金を目指す探索家達によく利用されていたらしい。

 恵まれた土壌と天候から、小さな農地ですら非常に多くの農作物を生み出すこともできた。だが唯一、町民達は子供に恵まれなかった。まるで呪いだと町を出る人間も居たが、それ以上に移住する人間の方が多かった。

 隆盛を極めた大森林の町は、ある日突然滅んでしまう。その原因を調査する途中で、城壁に特異な穴が発見された。この町は城壁にダンジョンの入り口が作られてしまったということになる。


 面白いのはここからで、このダンジョン自体は生まれたばかりの小さなもの。強力な魔物なんて全く存在せず、部屋もたったの3部屋で構成されていた。まさに"ダンジョンの赤ちゃん"だった。

 にも関わらず町全体は文字通り何かしらに踏み潰されたかのようにぺちゃんこ。結局原因はスタンピードだということで落ち着いたみたいだけど、当時の人々も納得はしていなかったらしい、けどそれは本題じゃないので省略。

 このダンジョンはかなり単純な構造だったのだが、城壁の厚さよりも明らかに内部の空間の方が広い。物理的にありえない構造となっていて、このダンジョンに調査によって「ダンジョンは異世界だ」が通説になったのだとか。

 十分な調査を終えた後、今度はダンジョンの入り口となっている城壁自体も崩された。にも関わらず、ダンジョンの入り口は崩壊することもなく、ただ空間にぽっかりと入り口を残していた――。

 つまり、穴が空いたのは城壁ではなく空間そのもの。そして後ろ側からはこの穴は存在せず、後ろから前に向かって通過した場合、まるでダンジョンから出てきたように見えてしまうとか。


 このダンジョン騒動はダニヴェスによる侵攻の引き金となり、調査が途中で終わってしまったらしく、ダンジョン自体も戦争の中で崩壊させられてしまったらしいが……それは本題じゃない。

 ダンジョンの入り口というのは、惑景の一種ではなかろうか。

 どのダンジョンでも惑景はほとんど確実に発見されるものであり、これを見分けられないなら探索をしてはいけないとすら言われている。

 実際、私達は見破れずに痛い目を見た。だからこの話は痛いほど分かるんだけど……惑景とダンジョンの"入り口"とを関連付けて考えてみると――


「――ン、おーい、アーン」


 っと、いつの間にか輔祭と例のイケメン(仮称)が目の前に。

 ちょっと考えに耽りすぎたかな。でも面白い仮説も浮かんだし、この続きは手帳の前でやることにしよう。

 ていうか、あれ、残り2人は誰? イケメンと輔祭は分かるけど、他の男女1人ずつは知らないぞ。……女の方は魔人か。今のところ魔力は見えてなさそうだけど、妙にこっちの顔を見てる。なんだろこの視線。


「来てくれたか」

「ええ。ところで名前を伺っても?」

「エルミナ・ユークル・ハルアだ。名はハルアになる」


 ん、姓名が逆なのか。こっちに来てからこのパターンに会うのは初めてかも。

 この場合、どこで呼ぶのが正しいんだろう。エルミナさんでいいのかな?


「北の出身でな。そっちはアンジェリアさんでいいか?」


 なんで名前を知って――


「ティナ、待って。ここは教会」


 名前を出した瞬間、ティナの魔力が膨れ上がった。

 あんなことがあったばかりだし、気が立つのは仕方ない。……あんまり人の事言えないな。私だって咄嗟に魔術を考えてしまっていた。


「敵ではありません。……できればアンジェリア様とだけお話したいのですが」

「あなたは?」

「ただのレア。アンジェリア様の同類です」


 レア……レア? 同類って、じゃああのレア!?

 転生者、魔言の発見者、カクの目的の1人……紐付けられた情報が様々に浮かび上がってくる。


「同類?」

「はい。私達はお互いに呪われた身なのです。……ところで、あなたは?」

「ただのセルティナ。呪いってどういうことだよ」


 私の呪いのことは誰かに話したことがない。理由は明確、呪いを話すということは魂子だということにも繋がってしまうからだ。

 でももう、ティナとレニーになら知られてしまってもいいかもしれない。全てを打ち明かせてしまえればどんなに楽か、なんて考えないわけがない。

 カクは隠せと言っていたけど、その言葉に強制力はない。結局のところ私はバカで、身を持って知るまでは"かも"で済ませてしまう性分なのだから。

 2人に秘密事を抱えている、なんて事実にいつまでも私が耐えられるとも思えない。2人は私にとってはもはや家族の1人なのだから。


「分かりました。ですがティナが同席できなければお断りします」



◆◇◆◇◆◇◆



 別室に案内された後、輔祭が居なくなるのを待ってから、私はティナに打ち明けた。

 私もまた前世を持ち、その記憶をある程度保持していることを。私にとってアンジェリアとは二度目の人生であることを。以前の記憶は徐々に失われていってることを。

 喋り始めてから、心が楽になっていくのを感じられた。

 それと同時、曇りゆくのも感じられた。

 ティナは私のことをどう思うだろう。


「――以上が私。本当のアンジェリア」


 私が話している間、レアとハルア、それからスドゥプロと名乗ったもう1人は黙って聞いていた。

 3人のどれもから驚きの表情が見られない辺り、彼らはレアから私のことを聞いていたのかもしれない。


「難しくてよく分かんねーわ。けどアンはアンなんだろ?

 それだけ分かれば十分。カクの時も思ったけどお前ら深刻に考えすぎ。

 アタシにとってカクはカクだしアンはアン。ならそれでいいじゃん」


 予想通りの答え。

 なのにこんなに嬉しいのはなんでだろう。

 視界がぼやける。

 ……涙だ。そっか、悲しい時以外にも涙って出るんだっけ。


 人生で初めて、嬉しさで涙を流した。

 この涙なら、何回だって流したい。目だって腫れても構わない。こんな涙があることを、今まで忘れていただなんて。


「なーに泣いてんだよ。笑え! なるようにしかならんだろう!」

「うぅ……に、似てない……えへへ」

「つかなんでアンタまで泣いてんの! レアさんだっけ!?」

「感動してしまって……」


 貰い泣きなのかな、なんて。

 これまで何度も言おうとして、結局言えなかった私の秘密。それを打ち明けて、そして受け入れてくれるだなんて。

 こんなに楽になるとは思ってなかった。……あ、やばい。また泣けてきた。


「もー……アタシこういうの苦手なのに……」



◆◇◆◇◆◇◆



 落ち着くまで少しだけ待ってもらった。

 まだお互いにちょっと鼻声だけど、これ以上待たせるのも失礼だし、それに本題の方も気になる。


「私のことは既に知っておられるようで」


 レアといえば「レアの魔言」。魔術師であれば絶対に知っておく人物のうちの1人だ。

 ダン、シュ、トウ、ガイ……特にダンとシュの発見は魔術の歴史を変えたとすら言われている。トウとガイだって近接魔術師にとっては必修魔言と言ってもいいし、遠距離近距離問わず魔術師全体に強い影響を与えた人物。

 もはや歴史上の偉人レベルの人なのに。


「その方がこんなに若いだなんて」


 レアの魔言と呼ばれるものは、大体200年くらい前に発見されたと言われている。確かに魔人なら生きていてもおかしくはない。

 けど……目の前のレアは、明らかに若い。幼さすら微妙に残り、ティナよりも確実に年下だ。そんなの、話が違いすぎる。


「以前のレアは優秀だったと聞いています」

「"聞いています"? ……"以前のレア"と目の前に居るあなたは別人?」

「はい。ですがどちらも同一の魂を持つ"レア"です」


 ……ん、んん? なんか微妙に話が噛み合わない。

 カクや私と同じ魂子であるはずなら、以前の記憶は持ってるはず。なのに"聞いています"。……レアってのが襲名制なのかと思いきや、実際に同一人物であるようだし……どういうこっちゃ?


「アンジェリア様、呪いとは何かと聞いたことはありますか?」

「……いえ、何かとは聞いていません。ただ私の呪いの内容だけを」

「私の呪いの1つは"記憶の不継承"です」


 ……それはつまり、前世の記憶を持っていないってこと?

 え、それでどうして魂子って分かるんだ? そんなの自覚する手段がないじゃないか。もし八神教が正しいとすれば、この世界のほとんどの住人が魂子ということになってしまう。


「ええ。魂子としての自覚はありませんでした」

「なら、どうして」

「この世界には管理者というものが存在しています。

 管理者は伝えるのです。私こそがレアの魂を持つ者だと。

 以前のレアも予言しているのです。次のレアは私だと」


 管理者。

 以前にもカクから聞いたことがある。竜の家来とか、世界の守り神だとか……そうだ! カクはレアを探していると言っていた!


「カクカって名前に聞き覚えは?」

「ええ、既にお伝えしましたよ」

「な、何を」

「それは私達だけの話です。……気を落とさないでください。そういう約束なのです」


 ……そっか、教えてはくれないのか。

 じゃあ今はレアに集中するとしよう。なんだかとっても難しい話になりそうだから。


「まず管理者ってなんですか? カクも言ってたんですけど、いまいち分からなくって」

「アンジェリア様は、管理者とは会えていないのですよね」

「ええ。多分、ですけど。それっぽいのには会いましたけど、カクに違うと言われ――」


 管理者とは、文字通りこの世界を統治・管理している者の総称だという。

 世界を分割し、要素毎にそれぞれ1体の管理者が置かれている。ウィルンとは管理者のうち魔人大陸を任されている個体の名であり、カクの言った通り旧竜種の1体であるという。

 管理者の仕事の中には原住民である私達人間などの観察も含まれるが、その生物の"保護"は仕事に含まれず、その生物らが繁栄しようが絶滅しようが管理者にとっては関係のない話であるはずだとも。

 彼らがいつから居るかは定かではないものの、その目的は常に一貫しているとも。


「世界の守護、ですか」

「私達魂子は、極端な魔力の扱いを可能としている方が多いのです」


 私の魔力は魂子であるからこそ。そう言われた気分になったが、保有魔力とはまた別の話らしい。

 魂子とは重複する魂を持つ者のことで、重複した世界を内に持つことにより、一重の者よりも三重の世界との構造が近くなる。魂の重複によって内世界の次元が1つ拡張され、結果的に4倍程度までの魔力を扱えるようになる、と。

 しかし中には反発する魔力を持って生まれてしまう魂子もいて、その魂子は生涯に渡ってほとんど魔力を扱うことができないとか。……おそらくカクはこれなんだろう。

 色々と新しいワードが飛びすぎている。内世界? 三重の世界?


「私達の世界は三つの世界で構成されています。

 1つ目が誰もが目にできるこの物質世界。私達のほとんどが元はこの世界の住人です。

 2つ目が一部の方だけが感知できる魔力世界。魔力生物や精霊と呼ばれるものは元はこの世界の住人です。

 3つ目が重複するか選ばれた者のみが感知できる複層世界。管理者のほとんどがこの世界由来です」


 頭がパンクしそう。

 1つ目は理解できる、2つ目もギリ理解できる。しかし3つ目は、そもそも複層世界というワードからして理解が難しい。

 ていうか、世界? 私の使う世界とレアの使う世界という言葉の意味が異なってるのか?

 だって、結局は全て合わせて1つの世界じゃないか。


「いいえ。私達の世界は2つ目と3つ目が合わさった世界に、1つ目の世界を合わせた世界です。

 故に重なった日を堺に、それ以降を融歴と呼んでいます」

「融歴……」


 ワード自体は昔から知っていたが、そんな意味が込められているだなんて知らなかった。

 ロニーだってサンだって融歴という言葉は知っていた。しかし何をもって0年としたのかという問いに答えは帰ってこなかった。

 ただ漠然と、字面から何かが融けた日なのだろうと思っていた。例えば北極の氷が全部融けた、みたいな。

 融けたのが世界だなんて、誰が想像できるんだ。


「本来物質世界と魔力世界は相容れぬ裏と表の関係。しかし幻人(ヘネトル)達は複層世界を利用することで、本来重ならないはずの2つの世界を重ねる方法を見つけました。

 ですが複層世界は魔力世界と違い、物質世界とは表裏の関係ですらありません。本来は存在を知ることすら不可能な、より高位の世界です。

 彼らがいつ複層世界を知りどうアクセスしたのかは未だに不明ですが、最初に魔力世界と複層世界を重ねたのは確かです。

 魔力世界はこれによって一度滅び、複層世界は固定されました」

「……続けてください」

「次に固定された複層世界へアクセスし、滅びた魔力世界を構築し直しました。世界の再創造です。

 創造されたばかりの魔力世界は非常に小さく、希薄な存在となりましたが、しかし確実に存在を取り戻しました。

 彼らは再度複層世界へアクセスし、遂に魔力世界と物質世界とを繋げることに成功したのです」


 ……なるほど。本来は手の届かないはずの複層世界とやらを、魔力世界を通すことによってかで捕獲して、魔力世界に植え付けて。

 魔力世界は1回滅びるけど、複層世界とやらの不思議なパワーで1から作り直し、その複層世界の力によって今度は生まれたばかりの魔力世界を物質世界とくっつけたと。

 ……全然分からん。いや、ある程度飲み込め始めてはいる辺り、さすがゲーム脳というべきか。その手の設定だと考えればそこまで難しい話ってほどでもない。

 しかし、それが現実のことだと言われると……頭がちょっと拒否してる。


「難しいでしょうが、もう少しです。

 遂に重なったこの世界は、しかし物質世界と魔力世界との力の差によって大きく崩れ始めました。

 物質世界と魔力世界とは本来相容れぬもの。それを物質世界側に引きずり降ろしてしまったのですから当然でしょう。

 さて、この魔力世界とは現在はどこにあると思いますか?」

「……ダン、ジョン?」

「あら、半分正解です。予言よりもずっとご聡明ですね。

 彼らは魔力世界の隔離を決めましたが、しかし完全に隔離してしまってはせっかく降ろした意味がありません。

 しかし近づきすぎれば簡単に魔力世界は蒸発してしまいます。ですから彼らは、ダンジョンという形で魔力世界との接続を保ちつつ、魔力世界の成長を待つことにしたのです。

 もう半分は、既に世界中に拡散してしまっています。魔素とは魔力世界が物質化した存在であり、彼らが隔離に失敗した魔力世界です」

「魔素が、世界?」

「魔素が魔力へ、そして物質へと変化していくのは、極小の魔力世界の成長方向が物質世界によって変化しているに過ぎません。

 魔力世界では物質世界と違い、単位の最小構成は物質ではなく情報です。その情報の成長方向を指示する言葉を、私達は魔言と呼びます」


 オーケー。

 とりあえず話を聞いて、話を引き出して……とにかく記憶と整理を優先にしよう。理解できる分はここでしておくけど、おそらく半分以上は持ち帰ることになる。

 これが本当の話だとも限らないのだし、ゆっくりと考える時間が必要だ。


「幻人は純粋な物質世界の住人であり、いずれ滅びる運命にありました。

 彼らは最後に、二重の世界へと適応した生命体を作ったのです」

「それが、私達?」

「いいえ、呪人です。私達魔人は呪人から分化した枝葉に過ぎません。

 呪人とは、幻人によって作られた魔力世界への適応を目指した生物です。

 魔人とは、呪人の中から生まれたより魔力世界への適応度を上げた生物です。

 獣人とは、幻人を始めとした様々な物質世界の生物を象り適応した――



◆◇◆◇◆◇◆



 顔や足が治るかもしれないし、ついでにあのイケメンをもう1回見れる。

 なんて軽い気持ちで教会に行ったのに「ザ・世界の真実!」みたいな話をされてしまった。

 あれは宗教の勧誘か何かなんだろうか、とふざけてみても答えは帰ってこない。


 あの話のどこまでが本当で、どこまでが嘘かだなんて私には分からない。

 分からないならこそ、レアの話が全て事実だという仮定の上で私の薄い知識を合わせてみれば。


 ……確かめようのない要素が多すぎるが、大まかには辻褄が合ってしまう。


 なら、私は阿野優人ではないのか。

 アンデンティティってなんだろう。

 ちょっと早回しにしすぎた感。

 会話の最中、ティナはスドゥプロとストローで遊んでました。

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