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三つの世界 彼女が魔女に堕ちるまで。  作者: 春日部 光(元H.A.L.)
本章 中節 広がりと狭まり
124/268

七十五話 最初で最後と異世界の 1

 俺は比較的何でもできる人間だと自負している。極端に苦手が少ないと言い換えても良い。

 何を始めても必ず90点台後半のスコアになり、周囲の人間よりはまず間違いなく先を行く、他者よりも遥かに優秀な人間。

 だが1つ上の世界に足を踏み入れた瞬間、今までの自分が井の中の蛙だったことに気付く。

 確かに相対的には優秀だったが、絶対的には優秀ではなかった。何をやらせても文句は出ないが、何の専門家にもなれない、何1つ完璧には為せない中途半端野郎。

 俺が人生で作り上げられたのは、ちっぽけなプライドと努力の放棄の2つだけ。


 あれは前世の私の姿。

 今世では前世の時よりも苦手を感じることが増えた。

 魔術? 闘気? それももちろんあるけど、前世では気付けていなかった苦手を発見できたって意味。

 全てが優秀だなんてありえない。単に苦手なものに興味を示していなかっただけ。1番苦手なのは自分を見ることだってのに、苦手すぎて気付くことすらできていない。

 でも君の経験は役に立ってる。無駄なんかじゃ絶対になかったよ。



◆◇◆◇◆◇◆



 体を動かすことにはだいぶ慣れてきた。もちろん完璧とはいえない。ジャンプだってできないし、走るのだって試してない。やっぱり転ぶこともある。

 けど家の中を歩き回るくらいならもう平気。いくらドイが苦手だといっても、一日中いじくり回すのが何日も続けばさすがの私だって十分使えるようになる。


 人間とは不思議なもので、最初はあれほど四苦八苦していたにも関わらず、今では慣れが出始めた。

 具体的にいうと、今みたいに他のことを考えながら歩くことができていんあっ。


「だいじょぶかー?」

「……見てた?」

「バッチリ」


 ……やっぱり、考えながら歩くのは危ないと思う。ぶつけたのが左目の辺りじゃなくて本当に良かった。いや痛いことには変わりないけど。

 こほん。

 以前と同じようにとまでは言わないけど、そこそこ程度には歩けるようになってきた。

 正直、外に出たい。ずっとの引きこもりはさすがの私でもストレスがヤバい。ハゲそう。後手帳の残りも心許ない。

 それに、今日からは14月に入るはずだ。


「ねえティナ、こっそり2人で外行かない?」

「レニーに、言ったほうが、良いと思うぞ」

「なんで片言なの? てか絶対ダメって言われるでしょ。だから内緒で――」



◆◇◆◇◆◇◆



 ――という我々の計画は簡単に潰えてしまった。

 居たのだ! レニーが! 後ろに! いつから!? 最初から!!


「どうしてもか?」


 というか私の計画だけど。


「どうしてもです。このままだと死にます」

「……死ぬとかいうな」


 今はレニーに説教……じゃないな、説得されている。

 もうちょっと後でも良いんじゃないかとか、せめて暖かい晴れた日にしないかだとか、まあ色々と言われてる。

 1つ1つの理由に反論していくことは簡単だけど、喧嘩したいわけでもないしそれはなし。

 それに私の立場は非常に弱い。もしレニーにさようならと言われたら私は本当に終わってしまう。……レニーがそういうタイプだとは思わないけどさ。なんか過保護だし。


「今日じゃなきゃダメな理由でもあるのか?」

「だって今日、暗月じゃん」


 月が隠れる日は女だけで出歩いても良い、なんて法がヘッケレンにはあるらしい。

 この前ティナがニッコニコで報告してきたのだ。由来はきっと()()物語だろう。

 だから2人で行こうとしたのに……まさか見つかってしまうとは。

 ちなみに満月の日は呪人以外だけで出歩いても良いってのもある。ま、私ら魔人は呪人とあんまり見た目変わらないしで体格のいい魔人の男が1人で歩いてるのはたまに見かける。魔力さえバレなきゃへーきへーき。


「ティナ、よく見ておけよ」

「おう! ……あん? 良いの?」

「そういう日も必要だろう」


 ……あれ? なんかすんなりオーケー出た。

 もうちょっと苦戦するかなーと思ってたからちょっと拍子抜け。まあそっちのが楽だけどさ。


「何か買ってきてほしいのある?」

「特に……ああ、なら食材を頼む」

「食材て。何作るの?」


 それじゃ全然分からんて。もうちょっと具体的な情報をだな。


「いや、任せる。レパートリーも増えてきたからな」

「ほー。なら出る前に冷蔵庫見てくね」

「ああ」


 今はレヴィの家を借りている。

 あんまり使わないって言ってた割に、家具は一式揃ってた。さすがに消耗品の類はほとんど置いてなかったけど、それはこっちで買えばいいだけだ。

 私達として都合が良いのが、この家の家具はほとんどが魔石を消費するタイプの魔道具だったってこと。

 毎日使うことを考えると魔力契約の方が安上がりらしいけど、使う頻度が少なすぎて魔力契約はしてなかったんだそうな。


 あの日、私は20人近くを殺した。

 別に後悔してるとかそういう話ではなく、そのうち7個の人魔石は回収したという話だ。8個目からはポケットに入らなくなったのでやめた。

 人の魔石は残念ながら売れないが、その質自体はかなりのもの。だからまあ……この家の家具、今も人の魔石で動いてるんだよね。

 ティナは「キモくね? でもちょうどいっか」と言っていた。ティナはああ見えて結構なリアリストなのだ。単に何も考えてないだけかもしれないが。

 レニーの方には泣かれてしまった。この一件で堰が切られてしまったらしく、色々と吐露されてしまった。ほんとごめんて。直前におばけの話とかするんじゃなかった。


 さて、冷蔵庫の中身だが……レニーらしいというべきか、かなり細かく整理されている。

 手先が器用で綺麗好きと、見た目からは想像も付かない特徴をレニーが持っているのは私達の共通認識。レニーは女子力高めな男子なのだ。嫁にしたい。一家に一台レニー……はちょっと大げさかもしれないが。

 えーっと、謎の赤っぽい魔物肉と半分になったちょんまげキャベツ、細めの大根、この前スープに入ってた謎の豆、後は……なんだろう、見覚えのない野菜が2種類。それからいくつかの液体調味料。

 真ん中の段にはいくつか容器が並んでて、その中には調理済みの料理が入ってる。あ、これ昨日出てきた奴だ。魚醤との相性が良いんだよね、ティナは嫌いだけど。

 奥の方には調理中っぽいのもいくつか。これはなんだろう……塩漬けのお肉の塊? パンチェッタ的なのでも作ってるのかな? それともいつも食べてるあの干し肉の原型?


「アン」


 と冷蔵庫を漁っていたらレニーに声を掛けられた。

 手元には小さな袋。これは?


「小遣い」


 確かに手持ちはあんまりなかったけど、まさか貰えるだなんて思ってもなかった。

 ……突き返すのが正しいとは思うけど、でもせっかくだし貰っていこう。ある程度はちゃんと()()予定だしね。


「パパ……!」

「……そんなに老けて見えるのか?」

「いや冗談冗談。ありがとう」


 真剣に受け止められるとは思わなかったが、老けて見えるかどうかに関してはノーコメントだ。だって呪人よく分からないもん。カクやティナよりは年上に見えるけどさ。

 そういやレヴィは29歳だって言ってたっけ。んでレニーが……や、やめようか。レニーはレニーで素敵だよ。多分。



◆◇◆◇◆◇◆



 久々の外はそこそこに気分が良い。やっぱり家の中から眺めるのと実際に出るのとでは大違いだ。

 ……そして、やはり視線は気になってしまう。両手に杖で注目を集め、顔を見てからギョッとされる。

 一生こうなのかと考えると少し悲しいけど、少しだけで済んでいる。これが今の私なのだから、くよくよしてても仕方ない。


「そこ段差になってんぞ」

「ありがと」


 意外だったのが、ティナが結構良くしてくれていることだ。

 家の中でも気遣ってくれてるし、今も細かく色々と注意を向けてくれている。

 なんだろうな、こう……イメージが崩れるというべきか。もっとガサツで適当で乱暴な、は言い過ぎだとしても、甲斐甲斐しいなんて言葉が似合うタイプだとは思っていなかった。


「ごめん、ちょっと疲れてきた」

「んじゃ休憩しよ。なんか飲む?」

「おまかせ」


 ティナが指をさしたのはちょっとした石垣。ベンチとかではないけど……他にも座ってる人が居るし、ならいっか。

 魔力が足りないとか筋肉が疲れたとかじゃなくて、集中力の……あー……疲れた……。

 ほとんどを平坦な床の上だけを歩く家の中に比べて、細かい傾斜や段差が無数にある外はかなり疲れる。

 まだ10分も経ってないはずなのに、もうヘトヘト。こんなに神経を使うとは予想外だ。

 この座るって体勢ですら、魔力がなければ難しいんだけどさ。それでも立ってるよりかは遥かに楽だ。


 私ばかりが見られるのは気に食わない、というわけで今度は私が見てやろう。

 まだ午前中ということもあり人通りはそこまで多くないが、いつもに比べれば確かに女性の比率が多い。

 適度に息抜きをさせる、みたいな感じなんだろうか。為政者の考えることはよく分からんけど……とりあえずはラッキーとしておこう。これがなければレニーが横に居たわけで、それでは計画が破綻してしまう。


 魔人大陸の町に比べ、こっちの町の人々はあまり化粧をしないらしい。細かく言うと「男性は化粧をしない」というべきか。ある意味前世っぽくもあるけど、ずーっとあっちに居たからちょっと違和感がある。

 服装も男女でかなり違う。つまりこの町では男女の見た目差がかなりあり、男は全体的に野暮ったい。

 以前の私なら意外に思ったかもしれないけど、今の私は呪人はいつでも性別を変えられるわけではないということを知っている。だからそこまでは驚かないけどさ。

 いや、単に気合の入ってる女の人が多いってだけなのかもしれない。今日くらいはおしゃれしてお出かけしてーって感じで……そう考えて見ると普段よりも若干華やいでるような気がしてきた。イメージって怖い。


 ヘッケレンは八神教の国であり、権力層には宗教者が含まれている。僧侶、神主、スルタン、教皇、呪い師……呼ばれ方や規模は様々にしろ、前世でも宗教者が権力を握っていた例は枚挙に遑がない。

 その八神教によれば、夜にまつわる星の神レジナイザーは男神であり、月そのものなのだという。対となるのは昼にまつわる太陽の神、女神アステリア。おそらくは精霊信仰から発展した太陽信仰の一種、北欧神話や神道辺りの仲間だろう。

 妻のアステリア、つまり太陽が姿を隠してる間に地上が暗くならないよう、数々の星を作り上げたレジナイザーだったが、ついぞアステリアほど輝くものは作れず、結局自分自身で照らしまわってる……みたいな物語があったりするがどうでもいい。

 でも男神である月(レジナイザー)が隠れる日にこそ綺羅びやかになる星々()……というのはちょっと面白い。暗月の日にこそ星々は輝きを増し、その日にだけ私達は自由に動き回ることができる。

 誰がいつこの手の話を作りまとめあげたにしろ、私は皮肉っぽくて少し好きだ。おしゃれというのはあくまで自分自身のためであって、相手を考――


「買ってきたぞー」

「ん、あんがと」


 と、ティナの帰りが想像よりも早かった。最近は体を動かすことにリソースを割いてしまってるせいで、こういう普通の思考速度は遅くなってるのかもしれない。


「んで、どこから行く? 結構覚えたぜ」

「んー……まずは仮面が欲しいかな、なんて」


 気にしていないつもりだったが、やはり他人の視線というのはどうしても気になってしまうものらしい。好意的ではない視線は特に目立ち、私の神経を逆撫でする。

 ……被ったところであんまり変わらないかもしれないけど、それでもあの目に直接晒されるよりはマシだ。


「なんかさっきから見られてんもんなー。全員ぶん殴ってってやろうか?」

「6人目で捕まるに2ベル」

「ならアタシの勝ち。256人だってイケるね」

「もはや災害じゃん」


 とんでもなく物騒な会話をしてみたり。


「ああいうの、どこで売ってんだろ」

「装身具屋さんとか? ちょっと違うかな」

「あったかなー……武器屋にゃ無いよな」

「何、ダガーでも顔にぶら下げろって?」

「盾なら丁度いいかもよ」

「首折れる」


 頭空っぽに進めてみたり。


「まーじで思いつかん」

「今は先にレニーの方かなぁ。仮面は見かけたら買うくらいの気持ちで」

「そういやどうすんの? あいつの趣味とか知らねーけど」

「私も分からん。謎の草ばっか買ってるイメージ」

「それは分かる」


 少しだけ本題に入ってみたり。

 ティナとの会話はあんまり深く考えず、その場のノリで返すくらいがちょうどいい。

 カクのようにゴールが決められてるような感じはなく、レニーのように互いの距離を侵さないようにとの緊張感もない。これはこれで結構気持ちのいいものだ。


「よっし、休憩終わり!」

「んじゃ行くか。足元気をつけろよー」

「あいさー」



◆◇◆◇◆◇◆



 本題とは、レニーになんかを押し付けようという話だ。

 ……というのはちょっと意地悪な言い方で、アストリアには毎年誕生月を祝う習慣があったらしい。レニーの誕生月は14月で、今日は14月の1日目。つまりはまぁそういうことである。

 もちろん外に出てみたかったってのは本当だし、左目を隠せる何かが欲しいというのも本当。でも本題はレニーの方で……どうだろ、案外口実なのかもしれない。

 ま、どっちが先であったにしろ今日の本題がレニーへのプレゼント探しだというのは本当だ。


「あんまり大きくないのがいいよね。どうせ動くし」

「つってもなー……あんまり服とかも興味無さそうだし」


 これがティナなら話は単純。こう見えて実はキラキラしたアクセサリーが大好物なことを私は知っている。ティナはやっぱりチョロいのだ。

 ティナでなくカクであったとしても、やっぱり難易度は変わらない。あいつはあいつでちょっと高いご飯屋さんに連れていけばイチコロだ。……もしかしてレニー以外全員チョロいのでは?

 しかし今日のターゲットは唯一チョロくなさそうなあのレニーなのだ。……うーむ。やっぱり草とか買ってるイメージが強い。レニーにとって調薬は趣味でもあるらしいけど、残念ながらさっぱりだ。


「装備……とかも合う合わないがあるんでしょ?」

「なら(シース)とかどうよ」

「鞘? どうして?」

「アイツの結構ボロけてんだよ。最近よく使ってっからさ」


 鞘か。

 確かにレニーはダガーを持ってるし、ティナと2人で動いてる現状は攻撃に参加しなきゃいけない機会も増えているはず。

 なるほど確かに悪くない。ていうか私1人だと多分思いつきもしなかった。3人じゃないけどバカでも寄れば文殊の知恵ってね。

 けどサイズの問題はどうしよう? 今から一旦帰って持ち出すってのも怪しすぎるし、さすがにティナだって正確に覚えてるとは思えない。

 と聞いてみれば空中に大きさを表し始めた。こんくらいで、こんくらいでと何度も繰り返してるけど……。


「それって正確?」

「アタシの目に狂いはない!」


 めっちゃドヤ顔だけど、本当だろうか。確かにティナは武器見て飯食えるタイプの生物だけど……。

 最悪、後でサイズを調整し直せるやつにしよう。それならちょっとくらいのズレは大丈夫だろう。知らんけど。


「よっし、さっそく見に行こうぜ」

「あ、良いお店知ってるんだ?」

「まーな!」


 私はまだこの町をよく知らないし、鞘の良し悪しなんてのも分からない。

 今日はティナに色々任せちゃおうか。



◆◇◆◇◆◇◆



「ねえ、さっきもここ通らなかった?」

「おっかしーな……"アーラ三丁"って看板のとこ右に行ってすぐのはずなんだけど……」


 重要なことを1つ忘れていた。

 ティナはそこそこに方向音痴なのだ。どうやら東西南北というのが苦手らしく、ダニヴェスの時はまだなんとかなってたけど、あそこを出てからは方角ではなく前後左右で表すことが多い。 

 そんなティナに舵を任せ、町をうろついてしまっては。


「正直に言いなさい」

「多分迷った」

「知ってた」


 こうなるのは自明の理だ。

 私だってどっちかっていうと方向音痴な類だし……せめて太陽が見えてればある程度判断も付くんだけど、残念ながらずーっと隠れてる。

 私はキネスティットを歩くのはほとんど初めてみたいなもので、町並みなんてのも全然知らない。……どうすんのこれ。


「道聞いてくる」


 と思ったけどこいつコミュ力お化けなんだった。

 分からなくなったらとりあえず聞く! がティナの方針らしい。確かにそれは正しいんだけど……うーん、私じゃできそうもない。なんとなく、人に聞くのは考えきった後の最終手段だと思ってるフシがある。

 やっぱり1人よりも2人、2人よりも3人……人それぞれ行動方針というものは違うもので、よく知った人間ですら新たな発見を齎してくれる。もしこれが逆だったのなら、2人ともお腹ペコペコになった辺りでようやく聞いていたはずだ。

 いや、別に私だって人に道を聞くくらいはできる。けどなんとなく気が引けるっていうか、必要に駆られてようやく選ぶっていうか……。後はそもそも歩いてるだけで結構楽しいっていうか。


「4本向こうの通りだってよ」

「4本て。だいぶズレたね」

「ま、なんとかなんだろ」


 なんだか懐かしい口癖が聞こえた気がする。……レニーはこの言葉にいつも同じ返しをしてたな。


「なるようにしかならんだろう」

「うわ、全然似てねえ」


 に、似てな……別に似せるつもりはなかったし? 似てなくても結構ですし?

 カクかー……今何してんだろ。もし冒険者として同じ名前で活動してるならそのうち届くはずだし、今度手紙送ってみようかな。さすがにしてないかな。

 あ、そういえば紙も継ぎ足さなきゃいけないんだった。……手帳も大分厚くなっちゃったし、そろそろダールに送りたいなぁ。

 でも呪人大陸から魔人大陸への荷物って結構紛失するって話だったしなぁ。うーむ……ま、なんとかなんだろ!


 カクといえば、私に1番最初に無詠唱の方法を教えてくれたのもカクだった。

 魔術師ってのは自分の術を隠したがるもので、そういう技術を教えてくれる人ってのはそう多くはない。ティナは多分例外。

 でもそれは魔術師に限らず戦士も一緒。だからシパリアは紫陽花に剣術を教える代わりに私には魔術を教えろと言ってきたわけで、あれは一種の等価交換とも言える。


 ある程度仲の良いパーティなら教え合うなんてのは普通なのかもしれないけど、私がカクに聞いたのは会ってそこまで時間が経ってない頃だった。

 頭の中で詠唱するとか言ってたっけ。あの時私は魔言をそのまま唱えて失敗してたけど、今は真名を直接唱えることで発現させることができている。

 もちろんあの頃とは練度が全然違うし、イメージングの精度も違うけど、でも多分カクは本当のことを言っていたんだと思う。


 ……もしあの時点で私が無詠唱を使えていたのなら、カクが真名を読み取れていることには気付けてたのか。

 いや、逆か。カクが真名を読み取れていることに気付いていれば無詠唱ができていたのか。……どっちだろ、どっちもかな?

 ま、当時はそもそも魔言を聞き取れないなんてレベルの人が居ることすら知らなかったってのもあるけども。フアと話してびっくりしたもんマジで。

 それですら学校に通っていたら話は違っていたのかもしれない。

 これもたられば。歴史にifは無いだなんて言うけれど、どうしても考えてしまいたがるのは、やっぱり私が弱いからなのかもしれない。


 学校かぁ。ユタの方は今どこで何をしてるんだろう。

 私がこっちに来た最初の理由はカクに触れられて。1番の理由は単なる興味で、表向きの理由はユタ探し。むしろ両親にはそれこそが本題だと伝えてある。

 その途中でこんなことになってしまうとは思ってなかったけど。……後悔してないって言ったら嘘になるけど、現実と向き合うだけの時間は十分に取れた。

 私の歴史にもifはないのだから、ただ今を生きていくしかない。それに、こんなに良くし――うわっ!


「大丈夫か!?」

「大丈――」

「おいてめー、目ェ付いてんのか!」


 多分、誰かがぶつかった……のだと思う。手のひらを少し擦りむいちゃったけど、2日もあれば治る程度。石に当たったわけでもない。

 私からなのか、相手からなのか。もし相手からだとして、それは故意だったのか、不意だったのか。今の私に分かるのは方向だけで、他は全然分からない。

 本当に、何も分からない。


「悪い、立てるか?」


 故意ではないんだろうな、この反応は。

 でもその手を取るだけの余裕はない。まだ杖が無いと歩くことに不安が残る。


「……足、悪いのか」

「ええ……うっわ」


 うっわ、ガチモンのイケメンだ!

 やばい、声に出しそうになってしまった。いやちょっと出た。

 うわ、うわあ、イケメンだあ。いくら呪人だからってここまで極端だとさすがに私でも分かる。ガチのマジのイケメンだ。フィナーレスファンタジーに出てくるキャラに大人の色気を混ぜ込んだらこんな感じになるに違いない。

 ……あー、これは眼福じゃ……。


「……知り合いにでも似てたか?」

「いや、かっこいいなーと……あ」


 結局全部声に出た。

 さっきまでチンピラっぽくキレてたティナが、今は視界の隅っこでニヨニヨとしてるのが少しイラつくが……あんなの豆粒どうでもいい。

 今まで、私のイケメンランキング1位はずっとロニーだった。

 あの瑞々しくもサラッサラな髪の毛とか、笑った時にうっすらと浮かぶエクボとか、年齢からは想像も付かないくらいすべっすべの肌とか……1つ1つの素材が良いのはもちろんのこと、あの完璧に整ったバランスよ。

 ロニーはどっちかっていうと可愛さで得点を稼いでたイケメンだけど、それでもロニーを超すイケメンには未だ会うことはできていなかった。あれが父親なのだからユタも相当なものだとは思うけど、私の知ってるユタは子供のままで止まってるのでポイで。

 2位は船で会った名前すら分からない人。何度かすれ違った程度で声を掛けることはしなかったけど、あれもあれで相当なイケメンだった。ロニーに比べたらだいぶ下がるけど、それでもなかなか見ないイケメン力だ。

 しかしこのイケメン(仮称)は次元が違う。え、何? ロニーって実はうんこだった?


「ナンパのつもりか?」

「あ、いや、そうではなくて、えーっと……あっ」


 恥ずかしさにしどろもどろとなってるうち、顔の石のことを思い出した。

 こんなものをイケメン(仮称)の前に晒している自分が恥ずかしくなって、咄嗟に顔を隠してしまった。

 なんだこの反応は。これじゃ傍から見たら乙女じゃないか。いや、確かに乙女ではあるけども。そういう意味でも恥ずかしくなってきたぞ。

 え、なになに。なんか頬触られてるんですけど。顔あっついからまって――


「――動悸、変色、淀み、氷解石、魔人……魔石病の一種か。

 後でミルナム・カーナッソ教会に来れないか? 力になれるかもしれない」

「え、どうしてそれを? 何か知ってるんですか?」

「職業柄な。だが今は急いでる。できればまた会えることを」


 そう言い残すと近くにあった大きな木箱を4つも抱えて去っていってしまった。

 あれ、魔人って? 私そんなこと言ってないぞ。魔力が見えるって感じでもなかったし……なんなんだ、あのイケメン(仮称)。


「アンってああいうのがタイプ?」


 最初の心配そうな顔はどこに行ったのやら。未だにニヨニヨとした気持ちの悪い笑みを浮かべているティナがなんか喋ってる。

 ……直接聞けば分かることか。ていうかタイプとかそういう話じゃなくてだな。


「美人見かけたらとりあえず見るでしょ」


 美しいものは目と心の保養になる。これは絶対なる真理であり、世界の全てを癒やすことができる唯一無二の概念だ。

 それが理解できないティナは可哀想。ま、私だって金属の光沢にヨダレが出るなんてのは一生掛かっても理解できないししたくもないし、()()()なのかもしれないけどさ。


「美人? あのおっさんが?」

「うわ、趣味合わねー」

「おっさん趣味ねーしー」


 私にはとんでもなくイケメンに映っていたけど、残念ながらティナにはそうは映らなかったみたい。

 ま、ここらへんは個人の好みであって、他人がどうこう口出ししていい領域ではない。これはある種の宗教なのだから。

 しかし、ミルナム・カーナッソ教会ねぇ。カーナッソが命にまつわる獣の神なのは分かるけど、ミルナー……ミルナー? うーん、私の宗教知識の中には残念ながら該当する固有名詞が存在していない。となると地名とか個人名の方なのかな。


「知ってる?」

「レニーに何回か付いてった」

「あ、ホント。買い物終わったら案内してよ」

「そりゃいいけど。……あんな奴居たかな……」


 とりあえずはレニーへのプレゼントを買いに行くとして、さっさと終えて教会とやらに行ってみよう。

 いや、一応今回の本題はレニーではあるんだけど……あのイケメン(仮称)のせいでなんか狂ったな。せめて名前くらいは聞いておけばよかった。

 暗い話が4話くらい続くはずだったのですが、気分が悪くなったので全カットしました。

 その都合で地下牢メンバーとヘイラー、それからファールナーマの出番が消えてしまい、また時間もちょっと飛びました。

 男性の方の3位にはお情けでカクを入れていましたが、無事圏外へ。

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