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三つの世界 彼女が魔女に堕ちるまで。  作者: 春日部 光(元H.A.L.)
本章 中節 広がりと狭まり
122/269

七十四話① 躁と鬱

 生きたまま腹を割かれる日が来るとは思わなかった。溜まってしまった血液の排出のためだそうだが――』


 あれから5日が経って、今日は久々に日記を書き込んでいる。

 さすがに2週間も放置しちゃってると全てを思い出せるということもなく、色々と抜けちゃってるところもあると思う。思い出した時にでも追記すればいっか。


 ともかく、今も私は生きている。

 あの時のことを思い出すと、未だにお腹が痛むような気がしてしまう。でもこれは生きてる証拠だ。あの時死んでたら、少なくともこの体じゃこの感覚は味わえなかった。

 生きているからこそ考えられる。ま、私の場合は考えてしまうと言った方がいいかもだけどさ。


 療術は概ね成功してくれた。だからこうして生きてるし、考えられてるし、筆を持てるし、お腹も空いてくる。……空腹だって生きてる証拠だ。ご飯まだかな。

 けど残念ながら完璧な発現とはならなかった。3箇所共に氷解石らしきものが浮いてしまい、残念ながら付近への療術やらの使用が禁止されてしまった。

 背中の方は小さなかさぶたがポツポツと付いてるような見た目らしく、場所も場所だしあんまり気になる感じじゃないし、ていうか特に見せる予定も無い。内臓の方に至ってはそもそも確かめてすらいない。

 問題は目の方だ。オッドアイだ! かっけー! なーんて無理やり考えてみたけど……目の色よりも回りの石の方が目立つ。鏡を見るのが少しだけ嫌になった。今は髪で隠してる。

 見た目が気になるってのもそうだけど、どうにも左目は光が苦手になってしまったらしく、その対策でもある。普通に外を見てるだけでも眩しく感じてしまうし、無理に見続けてるとそのうち頭痛と目眩が二人三脚でやってくる。途中で転べ。てか帰れ。


「――お前さん、間違いなく死ぬぞ」


 ま、さすがの私も爆発は怖い。というかまず字面が怖い。位置的にも療術を使う前に死んでしまいそうだから怖い。最後にあの時のレヴィのガチトーンが怖い。

 レヴィは結構いい人だった。ホントはもうちょっと話していたかったけど、結構忙しい人らしい。残念だ。

 っと、ヘイラーのことはもう少し後に書くつもりだから、今はこっち。


『――左目は完全に元通りにはなっていない。視力そのものも落ちてるらしく、遠くの物にはピントを合わせられない。加えて色の判別も苦手になっており……』


 ああ、ちょっと疲れた。

 近くのものを見続けるのもどうやらダメらしく、なーんか肩コリと頭痛が肩組んで遊びにやってくる。……言葉でふざけてみても、現実が変わるわけでもなく。

 元々は両目共に普通のライトブラウンだったんだけどなぁ。なんで療術で作った左目は緑と灰を足して2で割ったような微妙な色なんだろ。ていうかなんて呼ぶのこれ。ヘーゼルとはちょっと違うし……グレイリーライトグリーン? ……ま、どうでもいっか。

 アニメとかだと普通にオッドアイのキャラが居たりするけど、現実だとこんな感じになっちゃうのかな。なーんか微妙に距離感も掴みづらいし……慣れるまで大変だなぁ。


 ま、目は慣れれば良いわけだし、右目はまだまだ現役だしでそんなに大きい問題ってわけでもない。せいぜい予備パーツを失くしちゃった程度のダメージだ。あれ、それって結構重大?

 片目でも十分見えてる以上、私的にはこの氷解石の方が問題だ。……ホントにどうしよっか、これ。化粧で隠せるレベルじゃないし……赤く染めて短くしてついでにメイド服でも着てやろうか、なんつって。

 なっちゃったものは仕方ないし、療術も使えないならどうしようもないし……うーむ。別に女の子の顔に傷がーとか言う派ではないけど、さすがにこんだけデカいのはちょっと恥ずかしい。

 眼帯とかで隠せるサイズでもないし、そのうち仮面でも探してみよっかな。ダブルミーニング的な意味で。……自作したら、外れない奴ができあがったりして? ほら、私氷の魔女様だし。

 まいいや。それより続き書かなきゃ。


『――は神経の再生が上手くいかなかったらしい。皮膚感覚やらがほとんど失われてしまっているのに加え、なぜかたまにめちゃくちゃ痒い。

 昨日なんかは寝てる間に掻きすぎてしまったらしく、起きた時には悲鳴を上げてしまった。布団が殺人現場みたいに血まみれだったら、多分ほとんどの人は叫ぶと……』


 1番の問題は多分これだ。

 書いた通りで、下半身の感覚がほとんどない。圧迫だけはなんとなく分かるんだけど、それ以外は全く分からない。

 冒険者の職業病とでもいうべきか、足はかなり傷つきやすい。ちょっと安い靴を履けばすぐ靴擦れになっちゃうし、葉っぱか何かに知らぬ間に切り傷をつけられてることもあるし、魔物にもよく狙われる。

 頭や胴は致命傷になりやすい分防御の意識が向きやすいけど、足は案外盲点だ。そのくせ怪我をすると機動力が落ちるし、最悪動けなくなったりもする。腕とは違い、2本揃ってないとダメなのだ。

 魔物は実は結構賢いのか、あるいは本能的に理解してるのか。何にしろ、頭や首や胴といった重要な箇所の次に狙うのは足だ。ティナはふくらはぎを噛みちぎられたことがあるし、あのカクですら何度かひどい熱傷を負っている。


 私の場合、戦闘する時のポジション的にそこまで被害を受けたことはない。だからといって今後もそうであるとは限らないし、なら感覚が無いってのはかなりの問題だ。

 試しに骨折させてみたけど、その痛みですら分からなかった。もし戦闘中に折れたとしても、きっと私は気付かずに走り続けてしまうだろう。

 もしそんなことになれば、次に待ってるのは開放骨折だ。

 魔術の水は確かに消毒効果があるけど、だからって完璧ってわけではない。そして残念ながら療術は感染症なんかには対応してない。

 だから自分の怪我はしっかり把握できなきゃダメなんだけど……これじゃあ難しいよなあって。


 単に動かすだけなら問題にはならないけど、実際に外で歩けるかと聞かれれば不安が残ると答えるしかない。

 地面を踏む感覚はうっすらと分かるけど、地面の凹凸や傾斜なんかは全然分からない。人間ってのはこういう感覚から足首の角度なんかを調整してるわけで、それがあんまり機能してないってことは、捻挫なんかにもなりやすいかもしれない。

 もちろん、他にも問題は山積みだ。例えば便意も尿意も分からないし、そこら辺の筋肉すらも麻痺している。筋肉に関しては魔力で操作できるけど、どれほど溜まってるかなんてのは分からない。……けどまあ、とりあえず冒険者として致命的なのはここらへんだ。


 さて、どうしようか。

 どうしようか? なんて……バカみたい。何を考えているのやら。

 どうもこうも、冒険者が云々とか言ってる場合じゃない。今後どうやって生活するかの方から考えるべきだ。

 目の方は治らないと言われたけど、そこまで大きい問題ってわけでもない。右目は普通に見えてるし、左目だって全く見えないわけじゃないし、ていうか明るいところで見続けなければいいわけだし。

 氷解石に関しては、見た目が悪いくらいで生きてる分にはあまり問題にはならない。私の精神平穏度の上限と鏡を見る回数が減っただけだ。


 やはり問題は下半身。

 前世なら車椅子生活になるレベルの怪我だ。魔人だからまだ筋肉を魔力で動かすことはできてるけど、魔力によるフィードバックは神経とは比べ物にならないほどに弱く、領域を兼用してもまだ足りない。

 回復の使える魔法使いにでも会えなきゃ一生このままだ。

 逆に言えば、回復の使える魔法使いにさえ会えれば治せるかもしれない。そして私の母であるサンは回復の使える魔法使いだ。サンなら治せる可能性は高い。


 で、どうやって?

 私は現状外に出歩くことすら難しく、魔人大陸に行くことなんて不可能だ。その路銀ですら稼げない。

 じゃあ手紙か何かでサンを呼びつける? 出産を控えた、あるいは育児を始めたばかりの魔人の女性を呪人大陸へ?

 サンのことは大好きなのに、そんな危険背負わせたくない。心配だってさせたくない。……タイミングが、悪すぎる。


 なら、このまましばらく待機する?

 それだって無理。今はレニーとティナがお世話してくれてるけど、あの2人にだって都合があるはずで、いつまでも頼りっぱなしってわけにはいかない。

 2人は夜には必ず帰ってくる。どちらも5級だとはいえ、日帰りのクエスト限定となればその稼ぎが少ないことは分かってしまう。今は冬で、ここは平和なキネスティット。ハルマ森までも距離があるのだから。


 じゃ、私にできることは?

 この世界には障害者手当なんてものはなく、動けない人間が就ける仕事なんてほとんどない。ましてや私は魔人の女であり、この町の人間の中では最下層のカーストだ。

 はっきり言って、生きることすら難しい。この現状すらも奇跡のようなもので、維持を望むことすら不釣り合い。こんな体では身売りですら難しいだろう。なにせ何も感じないのだから。


 惨めで哀れなアンジェリア。儚い儚いアンジェリア。

 考えれば考えるほどに、答えは悪い方向へと傾いていく。気付けばたらればを求めてる。

 療術が成功していれば、防御が間に合っていれば、あんな大規模な魔術を使わなければ、1人でさっさと逃げていれば、あの男についていかなければ。

 考えたって仕方ない、そんなことは分かってる。だのに頭は現実逃避を選んでしまう。こんなに無意味な思考は久々で、なんだか少し笑えてきた。

 異世界転生の末路が下半身不随だなんて……ああ、こんなに笑えることはない。こんな結末、滑稽だという言葉ですら滑稽だ。


「アン? なんだ、起きてたのか」

「……寝疲れちゃって」

「そうか」


 嘘を付くなよアンジェリア。

 疲れたのは寝ることじゃないくせに。



◆◇◆◇◆◇◆



 ――ん?

 なんか微妙に高そうな布団。小綺麗に片付けられてるのに、妙に小物の多い部屋。

 ん、ここはどこ? なーんか微妙に生活感がある。誰かの家?


 いや、ていうか、えーっと……ダメだな、ここに移動した経緯が思い出せない。記憶が飛んじゃってるっぽい。療術を使ったとこまでは覚えてるんだけど……。

 一度に魔力を使いすぎて、バカみたいな量の血液を流して、枯渇した魔力を急速に回復させて、今まで使ったことのないレベルでの療術を使って――。

 思い出してみてもなかなか結構な負担を掛けてしまった。ならこのくらいは仕方ない、のかなぁ?


 両手を前に、グーとパー。

 ふむ、普通だ。てことは療術は成功したのかな、左目もちゃんと見えて……あれ? 目の周りになんか硬いのがついてる。

 鏡、鏡っと……お、私のポシェット発見。誰か分からんけど回収してくれたのね、グッジョブ。

 内側の右側にぶら下げたポーチにっと……あったあった。小物は大体ここに詰め込んでるのだ。

 ていうか自分の物はあんまり整理しないから変なとこに入れると見つからなくなっちゃうんだよね。レニーには何度か怒られたし。あいつは私のお父さんかっての。


 ……なに、これ。

 傷、じゃあなさそうだけど……なんか火傷の痕みたいなのが左目の回りに放射状に広がってる。なんだろこれ、かさぶた……かなぁ。

 ていうか目の色もなんか変。私は元々両目共同じ色だったはずで、サンに同じだとロニーがよく言っていたのを覚えてる。なのに左目だけ変な色。

 どうしたんだろ。痛みとかは特に無いけど……あれ、左目だけだとちょっと見づらい? 療術、あんまり上手くいかなかったのかな。


 ま、そのうち治るでしょ。

 ところでホントにここはどこだ? ちょっと外の様子でも……あれ? なんか変だ。何が変だ? ああ、足が痺れてるのか。

 変な格好で寝てたのかな。まだほとんど動かせないし……これはあれだな。後でめちゃくちゃくすぐったくなる奴。ティナにバレたらヤバいことになる奴だ。

 歩いてる時にあのくすぐったさに襲われるのも嫌だし、感覚戻るまでもうちょっと待とうか。


 さて、まだ歩けないとなると……この布団、埃っぽい匂いと人の匂いが混じってる。そりゃ私だって人だけど、えーっと……なんだろ、たまに使われはするけど頻繁には使われてない、みたいな。客室とかのあの匂い。

 つまり、ここはあんまり儲かってない宿屋……とはならなさそうだなぁ。普通、こんなに色々物置かないし、ていうかなんか高そうだし。となるとやっぱり誰かの部屋なんだろうか。いや誰かって誰だよ。ちょっと不安になってきたぞ。


 お、ガラスのピッチャーはっけーん! 寝起きで喉もカラカラ出し……勝手に飲んでも大丈夫だろうか。いや、脇にはカップも置いてあるし、これはもう飲めって奴でしょう。据え水飲まぬは女の恥だ、なんつって。

 水よ、溢れよーっと……なんかこの部屋微妙に埃っぽいし、一応ね? 魔力の供給を切れば消えちゃうし、魔術の水ってのはちょっと洗い流したいなって時にはよっぽど便利な代物だ。


 ……ふぅ。ま、そうだよね。部屋に置きっぱなしの水とかさ、そりゃちょっとぬるいよね。別に気にはならないけども。

 ぬるいってことは、これが置かれてからそこそこに時間が経ってるってこと。今は冬のはずだけど、この部屋はなんか妙に暖かい。ただの水にまで暖房を掛けて保管してるとは思えないから、元々冷たかった水が室温程度に温められる程度には放置されていたということになる。

 さすがにどのくらい前に置かれたかなんてのを計算できるほどではないけど、それでも1時間以上は放置されてるんだろうなぁ。気泡浮いてたし。


 ん、気泡? いや、こっちに来てからあんまりこういうのを見た覚えがないぞ?

 水に気泡ができるってことは、元々冷たかったものが温められたってことになる。これ自体は別に矛盾してないはずだけど、それにしてはやけに気泡の量が多い。

 温度以外の要因としては圧力が出てくるわけだけど……となると、これは水道から出した水?

 水道、水道……ってことは、少なくともイールのとこの村ではなさそう。あそこ井戸だったし。

 あんまり呪人大陸の町を多く知ってるわけじゃないけど、ヘクレットには水道があったし、キネスティットにもあるって聞いた。キネスティットの方は寄っただけだから確かめたわけじゃないけど……ま、ここがヘッケレンならこの2つが候補って感じ。


 うむ、起き抜けだけど頭はしっかり目覚めてる。準備運動ならぬ準備思考はこのくらいで十分でしょ。

 さて……やることがなくなってしまった。

 足はまだ痺れっぱなしだし、ていうかお腹……あ、思い出した。療術使った後、お腹切ったんだった。ああ、なんか色々思い出してきたぞ。

 療術自体は成功したけど、すっごいフラフラになったんだ。無理やり魔力を回復させた反動だって言ってたっけ。

 でよく分からんうちに感覚遮断の療術……前世でいう部分麻酔みたいな奴を掛けられて、そのまま腹を割かれた。

 その場でってわけじゃなくて、あの建物の中でだったけど……あんまり衛生的ではなかったと思う。この世界、抗生物質とかあったりするの? だんだん不安になってきたぞ。


 ま、その時の傷は残ってないみたい。あのイヴって人、何者なんじゃ? スペシャリストじゃないとか言ってたけど……ちょっと鼻を折られた気分だ。そりゃ私だって別に得意ってわけじゃないけどさ。

 でも呪人があんなに簡単に、あんなに綺麗に発現させてるのを見るだなんて思いもしなかった。療術が閉塞型にも対応してるだなんてことすら知らなかったし、私はまだまだ初心者だなぁ。

 ……ん、ノックの音だ。この高さはレニーか――


「お、起きてんじゃん!」

「待って、ウェイト、ストッ――」


 あ、ああ。

 まだ痺れが取れてないというのに、ティナが走り込んできている。

 詰んだ。

 そう思って目を瞑ってみたけど、ティナの重量は感じない

 恐る恐る目を開けてみると、ティナが空中で手足をジタバタとさせている。


「なんだよー!」

「怪我人相手だぞ」


 首元を咥えられた猫のようにぷらんぷらんしてるティナと、暴れるティナを捕まえつつなんとか鎮めようとしてるレニー。

 いつも通りだ。何も変わってない。


「ふふ」

「……おーい、笑われてんぞ。もう離せよ」


 安心からだろうか、気付けば笑みがこぼれていた。

 こんな風に笑える日がまた来るだなんて思ってなかった。

 あの数日間、結局私はほとんど何もできなかった。日に日に悪くなる状況を、ただただぼーっと眺めていた。

 正直、半分くらいは諦めていた。どうしようもないなって、もう死ぬのかなって、死ねるだけマシなのかなって。

 だからこそあんな大胆に動けたわけで。……いや、私1人だったら何の行動も起こさなかったかもしれな――!


「アンは!?」

「地下に居たのは全員無事。"このアン"が最後だってさ」

「……そっか、……良かった」

「それよりも今は自分の心配を――」


 結局、私は私の命第一には動けていない。今回だってアンが熱を出さなければ行動を起こさなかったかもしれない。

 転生なんてものを経験したせいか、ときおり自分の命を軽く考えてしまっていることがある。それがあまり褒められたものじゃないことは分かってるはずなんだけど、私にはまた次があるんだし、なんて思考は常に頭のどこかに潜んでる。

 多分、私は命を捨てられるタイプの人間なんだろうな。でもそれは覚悟が強いとかそういう意味じゃなくて、単に命を軽視してるだけ。十分に天秤が傾くのなら……私の命は重しの1つでしかない。

 もちろん、死にたくないって感情は普通にある。でも多分、周りの人よりもかなり薄い。結局、私は前世から変わってなどはない。せいぜいが当時見つかっていなかった"生きる理由"を見つけただけで、"生きない理由"がそれを上回ったのならば。

 ……今深く考えることじゃないな。せっかく拾った命なんだし、儲けた程度で留めておこう。


 ぐぅ。


「……いや、これはですね」

「……少し待ってろ」


 なんだかんだで体は元気にやってるらしく、突然空腹を訴えてきた。

 別に恥ずかしいとかはもう思わないけど……いやでもさ、もうちょっとタイミング考えろよ胃袋め。


「あそうだ。ファール……あの、クエストの人は?」

「ファールナーマか? アイツなら検問所で足止め食らってるはずだけど」

「えっ!? 私捕まってから1週間以上経ってるよ!?」


 すっかり忘れそうになっていたが、そもそもはクエストを受けてあそこに出向いたのだ。

 依頼人を放っておいて私の方に来ちゃったのか。……まあ、ちょっと嬉しくはあるけどさ。


「ヘイラーの誰かが上手いことやってんじゃね」

「ヘイラー……イヴさんとかのことだっけ」

「そうそう。アイツら、結構、強かった」

「なんでそこだけ片言」


 あの時ティナやレニーと一緒に来たのはヘイルとイヴ、オウトウ、オウターヴの4人組。詳しいことはまだ分からないけど、冒険者って感じではないみたい。

 なんていうのかな、対人戦慣れしてるっていうか……あの時の短縮詠唱を連呼する戦い方とか、躊躇もせずにあの男を殺しちゃったところとか……。


「何者?」

「んー……なんかの兵士だっつってたけど、よく分かんね」

「もっと情報プリーズ」

「イヴは魔術師で、他3人は剣士だ。でもヘイル以外の剣士はあんまり強くない」

「強い弱い以外は?」

「知らん」


 問いかける 対象自体を 間違えた

 これはレニー待ちだな。ティナからまともに情報を引き出せると思った私が間違いだっ――あ!


「ねえティナ! あの時の詠唱何!?」

「あん時? あーなんかあの長い奴?」

「そうそう! あれは?」

「なんか、誰でも魔言が使えるようになるんだってさ」


 なん! です! と!

 じゃあ私の魔言が聞き取れるって能力が陳腐化……はしないにしろ、組み合わせて遊ぶこと自体は誰でもできるってことじゃないか!

 ああ、これをもっと早く知ってれば……フアに教えてあげられたのに……。

 ていうか、ユタが魔言を聞き取れないってのは本当だったのか。それなのにあんなに細かく……うわぁ、世の中上には上が居るなぁ。


「じゃ、真名も自分で?」

「真名? 魔術の意味だっけ? そっちは知らん」

「でもちゃんと付与できてたよ? 多分だけど発現も綺麗にできてたように思うし」

「アタシは言えって言われたから言っただけだ。なんか言われた気はするが忘れた!」

「そこをなんとか思い出して!!」

「だってよ、あの後1人でもやってみたけど出なかったぜ?

 ありゃイヴの魔術かなんかじゃねーの?」


 ……む。ただ言うだけじゃダメなのか?

 ユタは1人で使ってたわけだし、イヴの魔術ではないと思うけど……。いや、さすがに情報が少なすぎるな。これだけじゃ答えを出せるわけないか。


「……待たせたか?」

「待ってました!」


 ふっ、と食欲の唆る匂いが漂った。

 匂いにつられて目を向ければ、そこには盆を持ったレニー。そして……。


「よぉ、元気そうだな」


 イヴとオウトウが顔を見せていた。

 めちゃくちゃ長くなっちゃったので分割します。

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