七十三話 呪人と魔人
どこが痛いのか、何が起きているのか。
イマイチ処理が追いつかない。
でもレニーとティナが来たことは分かる。
これが幻じゃないと良いんだけど。
「ん」
幻ってのは、基本的には質量を持たないものだよね。
てことは、私を抱き抱えてるレニーは多分本物だ。
ティナが私の頭に触れている……うん。こっちも多分、本物だ。
ああそっか。
こんなに痛いのは殴られたからだった。
やっぱり頭も上手く回ってないな。
残念ながら目も開かない。
「3」
「魔封の装備」
さっきからずっと気になっていた。
レニーとティナの他に、知らない魔力が4つある。
3つは呪人で1つは魔人。なのに1番濃いのは呪人。
彼らは一体誰だろう。
全員の魔力が繋がってる。
一体何の魔術だろう。
「28、右。17、左」
「了解」
「3、後」
「了解」
「声」
彼らの会話が上手く理解できない。
耳がダメになってるとか、頭がダメになってるとか、そういう感じじゃない。
暗号、なのかな。
最後の「声」を聞いて以来、今度は魔力が活発になっている。
この見た目は、静言の時の魔力の動きだ。全員が使える人達なのか。
「水弾」
「風弾」
「土砲」
「雷刃」
「雷槍」
面白いのは全員が全員魔術を短縮詠唱しながら戦っているところ。
いや、詠唱しているふりというべきか。真名も魔力も込められてない、ただの言葉を言い続けてる。
そしてたまに魔力が込められている。これは……相手が魔力を感知できなければ、どれが本当の詠唱なのかが分からない。ロニーやシパリアも似たようなのやってたなぁ。
ていうか敵の男も強いな。さっきから3対1をずっと続けてる。……あれ、3対1? 確か4人居たはず――
「――大丈夫か!? なあ、アン!?」
「……ヒナ、ほっとううさい」
もっと観察していたいのだけど、ずっとティナが騒がしい。
心配してくれるのはありがたいけど、さすがに耳元では勘弁して欲しい。
魔力切れと大声の相性の悪さは何度も説明したはずなのに。
「なっ! こっちは心配して――」
「うん、わはったはあ」
ダメだ。ほんっとに音が綺麗に出せない。ていうかこれ、顎が……。
これじゃあ療術なんて使えない。あれはまだ無詠唱できないんだ。
ところで――
「ほの人はえ?」
呪人のうちの1人がこっちに戻ってきている。
この魔力……最初に感じた魔力はこの人のかな、なんかちょっと変な……カラフルとでもいうべき複雑な魔力。なんだろう、呪人だとは思うんだけど。
「説明は後。ちょっと失礼すんぜ」
言うが早いか触るが早いか、頭と腹に手が伸びる。
その両手からは魔力が伸びてきて……これ、触診だ。
え、この人呪人だよね? 一瞬で同調を終わらせたの?
「……なるほど」
「どうだ」
「よぉアンタ。意識ははっきりしてるよな?」
これは頷く。
まだ少しぼやぼやしているが、虚ろってほどでもなくなってきている。
またこの2人に会えたおかげかな。
「んで、魔術師だよな。療術も使えるって聞いてる」
「えも」
無詠唱じゃ使えない。そして魔力も絶対的に足りてない。
イエスかノーかじゃ答えられない。でも上手く喋れない。
「俺は療術のスペシャリストってわけじゃねえ。
今できるのは応急処置だ。ゼロ・タイナ」
彼の魔力がまた流れ込む。
今度はさっきとは違う。内側を探るように動かすのではなく、ひたすらに溶け込ませるような動き。
その魔力は少しざらついていて、フアやサンとは少し違う。でも温かさは変わらない。
……そして、やっぱり痒い。
「喋れるか?」
「……え? あ、あー。おお、ありがとうございます」
修復速度が私とはくさべものにならない速い。こんな一瞬で治せるなんて、サンにだって引けを取らないんじゃ。
スペシャリストじゃない、とは? ……あれ、左腕はまだ治ってない。足もまだ動かないし、視界もなんか微妙に……ああ、なるほど。これからはもっと転びやすそうだ。
「療術に対応してる臓器とそうでない臓器の差は分かるか?」
現状を理解しようと体を動かしてる最中、彼から質問が飛んできた。
これの答えは知っている。肺や食道、胃、腸、子宮……ここらへんが修復可能な臓器であり、脳や心臓、肝臓、腎臓、脊髄、それから眼球……ここらへんは修復不可能な臓器だ。
雑に言えば、療術は首から下にあり、且つ外からアクセスしやすい臓器にまでしか対応していない。そしてこの2つを呼び分ける言葉がある。
「開放型か、閉塞型か」
「そ。んでそれ半分嘘」
「え」
はい?
いや、……え? ん、ちょっと待て。えっと……つまり、心臓とかも治せるってこと? この左目も?
いや、でも半分か。てことは治せる奴と治せない奴が……そもそも半分とは?
「自身に対しての療術は全てに対応する」
そっちか。
「つまり、私なら私を治せる」
「そ。んでもう1個質問なんだが、その魔力で使えるか?」
「……それは、ちょっと厳しい」
正直、意識が飛ぶラインギリギリって感じしか残ってない。
殴り掛かられた瞬間から、私はゾエロの維持で精一杯だった。
消費魔力だとかそういうのを考慮する余裕なんて当然無く、必死に必死に耐えていた。
一帯凍結の解除すらレニーを見るまで忘れていた。
どのくらいの時間ああしていたのかは分からないが、現状私の魔力は空っぽだ。
療術なんてどう考えても不可能なほどに。
「でも頑張れ。じゃなきゃアンタ死ぬぞ」
「やっぱり、お腹?」
「ああ、肝臓も破裂してる。それから18番から22番の椎骨も」
破、裂――……なるほど、なるほど。
まあ、なんとなく……想定はしてたけど……そっか。そんなにひどいのか。
いや、今は感情的に考えてる余裕はないか。多分、私に残ってる時間は――
「――あまり無い」
「そこで活躍するのがこの……」
「アタシだ」
「……うん?」
どうしてそこでティナなのですか。
◆◇◆◇◆◇◆
その後は要点だけを手短に伝えられた。
ティナの魔力で私が療術を使う、が1番単純なまとめ方だろうか。
最初は無理だと伝えた。だって私はアルアなんて使えないし、デルアですら未だにやや不安に思っている。
でもそれは大丈夫だと言われた。この3……いや、イヴと呼ぶか。イヴと名乗った彼は、ティナの魔力を私の魔力へと変換できるらしい。ちょっと理解が追いつかないけど、考えるのは後にする。
だって、失敗したら今度こそまた終わってしまうのだ。だから成功させなきゃいけないし、きっと私は成功する。今までだってなんだかんだ致命傷は……そういえば昇級試験で1回死んでるんだっけ。……まあ、多分成功する。
「ティナ、始めてくれ」
「おう。えーっと……
"我が魔言にて、我が魔力を源とし、我が理を世界に映し出せ"。
ゼロ・リニズ・レンズ・クニード」
……え? ティナが魔言と真名を――いや、そっちじゃない。この前に置かれた詠唱って、ユタが昔使ってた――考えるのは後だ。そんなの後でいつでもできるんだから。
肝臓は胃の少し右上辺り。左葉がほとんどばっさりなくなっているかのような形状だが、それ以外は前世の人間と対した差はない。魔臓との接続部分を持つ方形葉まで潰れていたら問題だったが、左葉だけで済んでいる。
18番から22番の頚椎は胸椎2つと腰椎3つ。どれも前世の人間よりもやや太く、そして複雑な形状。でも接続自体はほとんど変わらないし、なら難しく考える必要はない。ただ元の形に戻すだけだ。
「デルア・ゼロ・マ・リーヴェン・キュビオ、
シト・リニズ・レズド・クニード」
流れ込むのは先程のものとは明らかに質の異なる魔力。触れるまで不確かな、私ですら見えない――私の魔力。一体どうや……いや、ダメだ。一旦考えるな。
肌から浸透させるような療術や触診とは違い、この魔力は口から流し込まれてきた。その後食道を通り胃の中へ、そこから少しだけ上がった位置へと流れ込んでくる。魔臓と呼ばれる、この世界の生物が持つ独自の臓器へと。
……よし、これだけあればもう十分だ。イメージはした、魔力は貰った、覚悟もした。なら後は集中して詠唱するだけだ。
ここまでしてもらっておいて失敗しましたなんてのは笑えない。笑うための時間も、考えるための時間だって残らないんだから。
だから、この術は成功する。
おもむろに自らの内へと意識を移す。次第に辺りは暗くなり、ただ鼓動と血流の音だけが耳に届くよう。
波打つ鼓動に意識を委ね、血の海へと足を向ける。真っ赤で真っ暗な海の中、底を目指して潜っていく。
少しして、本当に外の世界が感じられなくなってくる。ただのイメージだった海に、気付けば温かさと寒さを感じるようになる。
音も、光も、匂いも、痛みも、ここにはもう何も無い。だからここには全部ある。これが私の内の世界。
ほんの数秒しか潜っていないはずなのに、もう底が見えてきた。
私と私以外を区別する1つ目の扉。まだ陽の臨める、今は開ける必要の無い扉。
「珍しい。何の用?」
「知ってるでしょ」
「まあね。せいぜい頑張って」
底一面に広がる扉を蹴り、水面を目指して急浮上。
私の言う通り、今はここに用はない。単に集中度を測っただけ。
目を開けて、鮮やかな世界に目を向ける。体の痛みを思い出す。
今度は体の内側へと向けていく。
自分の体の怪我とはいえ、肉体は何もせずとも全てを理解できるほど高い解析能力は持っていない。
肉体が持っているのは、せいぜい簡単な修復機能と危険信号を発する機能だけ。それ以上は脳と意識が行なうべきことだ。
「ゼロ・ゲシュ・ゾエロ」
あんまり得意ではないけれど、だからこそ必死に練習してた。
他人に対して使える術ではないけど、自分に対してなら問題無い。
これは私なりの"触診"。
怪我の度合いを詳細に確認しつつ、魔力の流れを正常化。
本来通っていた箇所に、今は潰れている箇所に、とゾエロで魔力を流し込んでいく。
そうして内部の地図を作り上げる。滞りのある箇所は膨大で、数え切れるほどではない。
だからといって諦めない。全ての箇所に魔力を張り巡らせて。
「シト・タイナ」
単なる領域展開では不可能なほど、ゾエロは繊細に魔力を展開する。
だからゾエロを詠唱した。そして魔力が体中に広がりきったのなら、もうゾエロに用は無い。ゾエロを解除し、その位置へとタイナを誘導する。
こうして発現させたのはゼロ・タイナ。
療術の基本術であり、もう十分に使える術。
発現後はただひらすらにイメージングを続けるだけ。
今までと違う点は、修復不可だと考えていた臓器の回復もイメージすること。
魔術はイメージが重要であり、小さな疑問を浮かべただけで発現しなくなることがある。少し別のことを考えただけで、発現具合が悪くなることもある。
今までは無理だと思い込んでいた、あのイメージをかけらも残してはいけない。
少しでも残っていれば、修復に失敗する可能性がある。
だから、考えない。これは治るのだと自身に言い聞かせ、自分を騙し込んでいく。
自分を騙すのは得意だ。今までだってやり続けてたんだし、ならこれだって成功する。
成功するさ。
◆◇◆◇◆◇◆
1つ目の"中継所"を潰した翌日、ヘイラーの"実戦部隊"のうち一部と合流した。
実戦部隊だと言っていたが、実際に送られてきたのは7人のあまり戦闘には長けていない者達。
あの建物にはアンは居なかった。
だが大部分の魔術師が西ハルマ森の東にある"中継所"に送られているという情報を得た。おそらく、アンはそこに居る。
もう1箇所は既に潰したのだから。
後処理は"実戦部隊"の彼らに任せ、俺たちはもう1つの"中継所"へと急ぐこととなった。
大きな問題がある。時間だ。
アンが姿を消してもう7日。それだけの時間があって、アンが何もせずにただ待っているだけだろうか。
いや、それはない。
「アンなら逃げ出すんじゃね?」
「……最悪、殺してでも」
ああ見えてアンは結構凶暴だ。
俺とは違う。たまに、人を殺すことすら躊躇わないような一面を見せる。実際、模擬戦でも何度かシパリアに注意されていた。
"それは人を殺す魔術だ"と。それを聞いたアンは"このくらいなら怪我で済むかと思った"と返すことが多かったが……少なくとも、誰かを傷つける事に躊躇はない。
正直、少し怖い。
どうやってその考えに至るのかが俺には理解できない。療術が扱えるからなのかとも考えたが、イヴが見せる殺気とはまた別だ。
たまに、本当に俺と同じ人間なのかと疑問に思うことすらある。
……いや、これ以上は考えないほうがいい。ティナですら同じような怖さを持っているのだから。
俺は呪人と魔人で差別するつもりは無いのだから。
「魔力の識別はできないだろう」
「……ああ」
「アタシも」
「なら後だ」
日が落ち始めた頃、オウトウとオウターヴを斥候に出し、俺達は野営の準備を進めていた。
予想では明日の昼頃に着くはずで、今日は最後の休憩だ。野営の準備が終わり、うたた寝しかけた頃にあの2人は戻ってきた。
今からでも走ればすぐに着くような距離にあると言い、またその周辺の情報も詳細に伝えてきた。
逸る気持ちを抑えつつ、ヘイルの立案した作戦を聞いている。
だがここで問題が生じた。
アンジェリアのあの魔力だ。
もし魔力を正しく感じられる人間がいれば、危険なものに見えるに違いない。最悪の場合、既に――いや、それは止そう。
もし既に脱出してしまっていたら……その話題に入ると、互いの目的の違いが現れてきた。
「ここまで協力させておいて、最後で裏切るのか」
「裏切る? 今までは目的が重なっていただけだ。
だが剥がれることが分かっていたなら、先に騙したのはそっちになるな」
意見が、合わない。
◆◇◆◇◆◇◆
レニーとヘイルが口論してる。……もしかして、アタシが悪いのか?
ヘイラーの奴らは口を挟む気はないみたいだけど、レニーはこういうのはあんまり得意じゃない。
バカだのなんだのとよく言われてるアタシですら、さすがにこの状況がよくないことくらいは分かる。
これは仲間割れってやつで、こういう状況に陥ったキャラは大体死ぬ。死なないにしろ、何かしらよくないことが起こる。
だから仲良くしてもらいてーんだけど……どうしたもんか。
「なあ、何が問題なんだ?」
「俺はアンを優先した。だからここに居る」
「そりゃアタシも」
ていうか他の奴なんてどうだっていいじゃん。アタシらは紫陽花だからアンを助けに行ってるだけだってのに。
「あの中継所にアンが居なかったら?」
「そりゃ探しに行くだろ」
「そこだ」
……ふーん。
アンが既に居なかった時に、中継所を先に抑えるべきか、アンを探しに行くべきかで揉めてるらしい。
じゃあもう無理に一緒に動かなくても良いんじゃねーの。シパリア達とだって別れたんだしさ。
「居なかったらさよならじゃダメなのか?」
「……俺達だけでは、探せない」
「あそっか」
カクが抜けちゃったから、誰かを追いかけたりするのは難しいんだった。忘れてた。
アタシは魔力を感じるなんてほとんどできないし、レニーだって探せるほどは上手くない。カクみたいに足跡を辿ったりもできないし、アンみたいに遠くまで見たりもできない。
カクが居た時の癖がまだ抜けてないんだな。アタシらはカク抜きだと人1人探すだけでも時間が掛かる。……あの時、ちゃんと声掛けてればなぁ。気付けたのはアタシだけなんだし。
「じゃあさ、イヴに見つけてもらえばいいじゃん」
「中継所を抑えた後に、か?
前回の中継所でどれだけ時間を食った」
最初の日は森まで走って、次の日は森の中を走って、次の日は集落とか見つけて、その日の夜に襲撃して……。
次の日の夕方にようやく別のヘイラーが来て、出発したのは次の日の朝で、んでその後は1回森の中で休んだから――。
「……どんくらい?」
「7日だ。そのうちあの中継所だけで2日掛かってる」
「結構掛かってんだなー」
でもそんなに急ぐことなのか?
アタシとしちゃ別にこの中継所を掃除した後でも大丈夫だと思うんだけど。
「中継所は3箇所ある。そしてここは2箇所目だ」
「あー、んー? そんなこと言ってたっけ」
セツィナだっけ? ヘイルと一緒に刻んだ女がそんなこと言ってたよーな、言ってなかったよーな。正直あんま覚えてない。
でもさ、それってちょっとズレてね?
「なあレニー、多分ダメだよそれ」
「……なぜ!」
「だってアタシらはイヴの目に頼ることになるんだろ?
ならヘイルの言う通りにした方が良いと思う。
アタシらに目がないのが悪いんだし、それに約束は守るべきだ」
「いや、そうじゃなく……なぜ、なぜ分からない」
なぜ分からないってのはこっちのセリフだと思うんだよな。
ダメだな、アタシはこういう説得とかは向いてない。なんかレニーの顔が険しくなってる。アタシも嫌われたか?
ま、別に良いけどさ。同じパーティな以上信頼してさえくれればいいだけだし。
「よぉティナ、ちょっと来い」
「ん、どした?」
レニーの説得に失敗したと後悔してたら、なんかイヴから声を掛けられた。
つかお前も説得しろよ。さっきまで無言だったじゃねーか。
……どこまで行くんだ? もうアイツらの姿見えなくなったぞ。
「お前さん、やっぱり魔人だなぁ」
「なんだよ、見りゃ分かるんだろ」
「いや、なんつーか……物分かりが良いって言うか、悪いって言うか。
いいか、今レニーは感情で話してる。んでお前さんは理性で話しちまった。
そりゃダメだ。魔人の悪い癖だ」
理論? 魔人の悪い癖? そんなことを言われたってよく分からん。
アタシは思ったことを言ってるだけで、別に難しいことは考えてねーけど。
「そうだな……あんたらは欲が無さすぎるんだ」
「欲?」
「ああ。良くも悪くも無欲なんだよ、俺らと違ってな。
レニーは今、アンジェリアって嬢ちゃんを助けたいって感情が強すぎて、その欲に振り回されてんだ」
「アタシにだって欲くらいあるよ。腹だって減るし眠くもなる」
「そりゃ、あるにはあるけどよ、そういう欲じゃなくてだな……。
どんな状況でも正しい判断をしがちなんだ。
だからティナ、お前さんの選択は本来間違ってない。
ただ呪人に対する接し方としては間違ってる。そんだけだ」
……?
イマイチ言ってることがよく分からない。間違ってないのに間違ってる? なんだそりゃ。
もうちょっと分かりやすく言ってくれないと……呪人語はまだちょっと苦手なんだ。
「アストリア語だとあんまり地名がないだろ。なんでだと思う?」
「そりゃ覚えんのが面倒臭いからじゃねーか?」
話題、いきなりすげえ飛んだな。
でもこれは呪人大陸に来て最初の方に思った。アンと一緒にいじけたこともある。
あっちと違って、こっちじゃ1つ1つに名前を付ける。ただの細道にすら名前を付ける。アホ臭いと思うんだが……。
「それで十分だと感じたら、それ以上を目指さない。それが魔人だと俺は思ってる。
呪人は少し違う。十分になったら次は十二分にしようとする。
十二分に慣れるとそれを十分だと感じちまう。根本的にアホなんだ。
だからここは、御大層に領主の名前を付けたハルマ森。
チンケな一領主で十分だった男が、次は自らの名前を広めようとした。
こっちの名前なんてのは大体はこんなんだ。分かるか?」
「……いや。つかそれ、今関係あんの?」
「俺達は姿形は似てても、結局は別の生き物ってことだ。
呪人は魔人の考え方を理解できないし、魔人は呪人の考え方を理解できない。ここは一緒だ。
ほとんどの魔人は、それで十分だと考え終わる。呪人ってのは気難しい隣人だで終わっちまう。不干渉なんだ。
ほとんどの呪人は、より深く知ろうと近づくか、相容れないものとして拒絶する。呪人同士でも意見が割れて喧嘩することもある。
……ま、何事にも例外ってのはあるけどな。ましてや俺らは生き物だ。個体差バンザイ、ってな」
おちゃらけて両手をひらつかせつつ、立派な演説を始めたイヴ。
残念だったな。こんなんアタシの頭じゃ処理しきれないぞ。もうちょっと短くまとめてくれよ。頭痛くなるわ。
……結局何が言いたいんだ? アタシとレニーの考え方がどーのこーの? そりゃ当たり前だろ。アタシとレニーは別人なんだから、同じこと考えてるほうが気持ち悪い。
別に全部を理解する必要なんてねーだろ。同じ方を向いて、同じ歩幅で歩けるなら仲間だ。レニーはこれまで仲間だったし、アンだって仲間だった。
これから先もずっと続くかは分からねーけど、今は仲間だってことが大切だ。だから助けに来てんだよ。
「なあ、結局何が言いたい――」
「ちょ、ちょっと待てよおい……」
「イヴ?」
あれ? なんかイヴの様子が変だ。アタシの後ろの方を見て、なんかちょっと怯えてる?
つか、なんか肌がゾワゾワすんな。なんだっけこれ……ああ、ダンジョン入った時とか近くで魔術発現してる時になる奴か。
なんか魔力多いとくすぐったいんだよな。この森じゃ今までそんな感じはしてなかったけど……なら魔物か!
「どっちだ!?」
「……敵、じゃあないようだが……」
「なんだ、魔物じゃねーのか。脅かすなよ」
せっかく纏身を発現させたのに、これじゃ無駄じゃねーか。
「いや、いや……お前さん、何も感じないのか……?」
「ん? なんか魔力来てんなーとは思うけど」
「そりゃ……はあ、魔人大陸じゃこれくらい普通なのか?」
「これくらい?」
イヴにつられて遠くを見てみるけど、残念ながらアタシには何も見えない。
せいぜいなんかでっかい魔力がある気がするなーくらいで……ん、この魔力、なんか知ってる気が――
「ティナ!」
◆◇◆◇◆◇◆
「もう十分働いただろう!?」
「最初に言った通りだ。私は言葉を曲げるつもりはない」
話は平行線を辿っている。
衝動的にというわけではなく、互いに元からそのつもりだったはずだ。アンを助けるというから手伝っていた。
今回の発端は、ヘイルと俺の意見が合っていただけだ。だがここに来て互いに意見が合わなくなった。
優先度を下げるのなら、もう手を取る理由が見つからない。本来ならそうするべきなのだが、今回は話が違う。
俺達だけでは見つけられる可能性は低い。
だからこうして頼み込んでいるというのに、気付けば語気が荒ぶっている。
自分でも筋の通らない話だとは思う。
しかし自分を律することができるほど、俺は大人になりきれていない。
駄々をこねているだけな自覚はある。
しかし頭と心の意見は一致しない。
だから、話したくないんだ。
もっと考えさせてほしい。もっと整理させてほしい。
自分の感情が処理しきれなくなってしまう。
だから――!?
「なんだ、この魔力は……」
中継所があるという方向から突然魔力が吹き出した。
闘気を纏っていない今ですら感じられる……この魔力は間違いなく――
「――そこに居たのか、アン」
「何? あの魔力はアンジェリアのものなのか?」
「ああ、間違いない。俺はこの魔力を知っている」
何度も間近で感じてきた。何度も流し込まれてきた。
俺が間違うはずもない。これは間違いなく……燃え盛る炎のようで、しかし凍えるような、アンの魔力。
だがどうしてこれほどに? ……考える必要はない。何かがあったに違いない!
「ティナ! どこだ!」
グズグズしている余裕はない。急いでティナを呼ばなくては。
ダンジョンで使った時よりも明らかに放出量が多い。ダンジョンの時ですらあの結果だったのだから、これほどの魔力では何が起こるのか予想が付かない。
だが何か事件が起きているということだけは分かる。なら動かない理由はない。
急いで魔力を探ってみるが、俺の探知は感情が昂ぶっている人間にしか及ばない。
ティナらしい反応は見つからないが、何かに恐れている反応は1つあった。魔力が見えると言っていたし、であればイヴである可能性は高い。
ずっと一緒に居るとはいえ、俺ですら未だに少し怖いのだから。
「あっちだ」
「ああ」
駆け出そうとした瞬間、ヘイルが反応のあった方向を指した。
気付けば共に駆け出していた。
また意見が一致した。ならば仲違いはもう要らない。
本当は休日や何気ない一日の方を書きたいのに……早く終わらないかなぁ……。