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三つの世界 彼女が魔女に堕ちるまで。  作者: 春日部 光(元H.A.L.)
本章 中節 広がりと狭まり
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七十話 恐怖と責任

 森中野営が初めてというわけではなかったが、今回は状況が悪かった。

 俺とティナは遠くの魔物を探知する技術がない。一緒に過ごしたヘイラー達ですらも、探知とまで呼べるまでに至る人間は1人しか居ない。

 その唯一の探知役であるウェイヴは怪我を負ってしまった。何せ襲ってきた魔物は4級相当。山から流れてきたものだろうと言っていたが、初めて目にする魔物だった。岩竜と呼ばれるものの一種らしい。

 ヘイルによって引かせることに成功したものの、ウェイヴ(15)の怪我はひどい。左の顔面が大きく抉られ、左腕は根本から千切れ、脇腹が黒く変色していた。

 イヴ(3)は療術も扱えていたが、あの怪我は療術だけで治せるものではない。ヘイルの指示により、ヴァーハ(144)がウェイヴと離脱した。


 斥候役を失ったヘイラーだが、大きな混乱を起こすこともなく、代わりはオウターヴ(28)が務めることになった。ヘイル自身も有しているようだが、戦闘に支障が出るとのことだ。

 オウターヴとヘイルの探知技能は俺と同じタイプであり、闘気を用いるもの。自らの居場所を相手に知らせてしまうし、その精度も高くない。

 だがヘイルはオウターヴを指名した。ヘイラーと出会ってからまだ数日、俺が口出しするようなことでもない。


 やはり闘気に頼る探知では不十分だった。設営中ですら魔物に襲われ、俺も多少の怪我をした。

 オウターヴだけに任せきりにするわけにもいかず、休憩中はヘイルが務めることとなった。俺がもう少し探知に長けていたならば、彼らの負担を和らげることができたのかもしれない。

 夜間にも何度か魔物の襲撃があり、あまり眠れなかった。大きな怪我を負った人間が居ないのは幸いだが、馬を失ってしまった。


 翌日。疲労の抜けない体に鞭を打ちつけ足を進める。

 昼の間は目が使える。何度か魔物の襲撃があったものの、特筆するような被害は出さずに済み、夜を迎え、最後の日を迎えた。


 今日が予定の日だ。昼頃までに"中継所"を見つけ、夜間に強襲する。

 森を進む内、人が生活する痕跡がポツポツと見え始める。それは車輪の跡であったり、壊れた釣具であったり、焚き火の跡であったり。

 中には新しめのものもあり、それを追ったところ、小さな集落を発見した。

 小半時程観察したが、外れの集落にしては身なりが綺麗過ぎる。小さな農場を持ってはいたが、人数に対する広さとしては絶対的に足りていない。

 オウターヴとオウトウ(17)の2人が流れの冒険者を偽り接近することになった。

 少し不安に感じたが、オウターヴはこの中ではヘイルに次ぐ実力者だし、オウトウもそれなりには戦えるらしい。いざとなれば逃げることは容易いだろうということで、この人選になった。


 結果から言えば、ヘイラー達の敵対している組織とやらの隠れ蓑の1つである可能性が極めて高いとのこと。

 結論には至らなかったようだが、この推察は正しかった。俺の与り知るところではないが、オウターヴが村人を装っていた男を拉致し、吐かせていた。"中継所"の正確な位置を聞き出した後、その男は殺された。

 ……人が死ぬ瞬間というのは、何度見ても慣れるものではない。俺が行動しなければ、きっとあの男は今も生きていたんだろう。

 もう何が正しいのかも分からない。だが俺は、俺は選んだ道を進む。途中で止まることなんてできない。それこそ全てが無駄になる。ただの人殺しになるだけだ。



◆◇◆◇◆◇◆



 中継所と目される建物を発見した俺達は、一度距離を取って待機していた。

 日を眺めつつ、作戦の再確認。言われたことを頭に叩き込み、それ以外のことは考えない。

 盲目にならない程度に興奮し、遠ざけすぎない程度に冷静に。自らを律する際の基準だとヘイルから伝えられたがよく分からない。今の俺がどの辺りなのかもさっぱりだ。

 情けない話だが、俺は何度か吐いてしまった。ティナなどあっけらかんとしているのに、これから人を殺すのだと考えると……震えが止まらない。

 イヴとオウトウからはやはり下がれと言われてしまったが、ティナに声を掛けられた。


「ほっときゃアンが死ぬかもしんないんだ。

 アタシはアンよりあいつらを殺す。レニーがそう言ったんだろ」


 言い出しっぺは俺。この闘争を始めたのは俺。ヘイル達はそれに釣られてきただけだ。

 大切なもののために不要なものを切り捨てる。それはつまり、少数のために多数を殺すということ。……カクとは少し違うが、俺の答えが見つかった。

 どちらが正しいかなんて分からないが、分かるはずも関係も無い。俺が俺を信じる限り、それが答えで、それこそが俺の正義だ。


「ヘイル、提案がある」

「良いのか。無理する必要も――」

「これは俺が始めたこと。終わりの鐘を鳴らさないのは無責任だ」

「……耳を塞ぐ自由は誰にでもある。目だってそうだ。自ら汚れる理由なんて――」

「ある。これが俺の戦いだからだ」


 喉の痛み、胃液の臭い……残るものは数多いが、もう震えはない。俺はもう流されない。


「……止めるのは無粋だな。分かった、作戦を変更しよう。

 レニー、お前のできることをもう1回説明しろ」

(集まれ、変更だ)


 ヘイルが魔力を用いて召集する。今まで俺には聞こえていなかったが、今度は聞こえた。



◆◇◆◇◆◇◆



 夜。

 月は陰り、辺りは一層の闇に包まれている。

 だが闘気は溢れさせない。探知されては今までの行動が水の泡となってしまう。


(ヘイルだ。作戦開始、障害を排除しろ)


 見つからないように、だが急いで建物へと近づく。

 この手の行動は初めてだ。

 イヴの魔術により、俺達の姿は晦まされている。だが魔力を察知できる人間であれば意味がないというし、音までは殺せない。

 鎧の擦れる音、枯れ枝を踏み抜いた音、汗の垂れる音、心臓の音……全ての音が気になってしまう。

 周囲を巡回している人間は4人。俺とオウターヴとオウトウの3人がそれぞれを殺し、ヘイルは1人を捕まえる。そこまでが第1段階。


 標的の姿を確認し、近づいていく。音を鳴らさないように慎重に、姿が見られないよう慎重に。

 この魔術は俺の魔力によって発動しているらしく、それはつまり魔術に頼れないことを意味している。

 俺が直接この手で殺すのだ。あの男の命を終わらせるのだ。

 震えはない。

 男との距離は1歩。


「……ん、なんだこりゃ。こんな時間に陽炎か?」


 突然男が振り返り、手を伸ばす。

 左手で口を抑え、男の首に刃を当てる。

 ダガーを伝い、温かなものが俺の手へと流れ出す。


「――!?」


 モガモガと不明瞭な音が聞こえる。

 男はまだ生きている。

 刃を引く。

 また当てる。

 引く。

 当てる。

 引く。


「……」


 男はもう動かない。

 刃を当て、引く。

 もう一度引く。


「もう死んでる」


 何度繰り返したか分からない。

 いつの間にか、俺の後ろにはイヴが居た。

 男はもう死んでいる。

 手はまだ温かい。

 景色が歪んでいる。


(オウターヴ、排除)


 声が頭に直接響く。


「……伝えでくれ。レニー、排除」

「ああ、そうだな、そうしよう」


(レニー、排除)



◆◇◆◇◆◇◆



 作戦は第2段階へと進む。

 ヘイルの捕らえた女は既に息をしていないが、必要な情報は得られた。

 やはりここは奴隷が集められている建物だったが、1つの懸念点が生まれた。


 女は"中継所の1つ"という言い方をしていたようだ。それはつまり、他に中継所があるということ。女は口が軽かったのか、他に2箇所あるとヘイルに伝え、処理された。

 ここにアンが居るとは限らない。だがやることは変わらない。ここまで進んでしまったんだ、足を止める事は許されない。


(――以上だ。位置につき次第報告しろ)


 ヘイルとオウターヴ(28)とティナ、イヴ(3)オウトウ(17)と俺の2つの班に分け、同時に突入する。

 作戦開始と同時、闘気の使用も解禁される。ここから先は暗殺ではなく、襲撃。奇襲とはいえ、正面から奴らを切り伏せることになる。

 1階の制圧を目指すのがこの第2段階。そこから先は第3段階だ。


(よぉオウトウ、混線には気をつけろよ。魔術苦手な魔人だなんて笑えるぜ)

(分かってますー)

(イヴ、到着)


 後どれだけ殺せば辿り着けるんだろうな。その時俺は、アンの前に立っても良いのかな。

 不安が鎌首をもたげる中、2人のやり取りだけが頭に響く。

 どれだけ待ったか分からない。数瞬なのか、数時間なのか。暑くもないのに伝う汗を拭いつつ、その時をじっと待ち続ける。


(ヘイル、開始しろ)

(イヴ、開始)


 声が響くと同時、闘気を全力で活性化させ、正面口から突入する。

 反応はそれほど多くない。正面に居た男をオウトウに任せ、俺は立ち尽くす男の首を刎ねる。

 俺達は左回りで進んでいく。閉じようとする扉を力でねじ伏せ、扉に手を掛ける女の首を刎ねる。

 襲いかかる剣を弾き、刃をこめかみへと突き立てる。

 奴らの口が言葉を紡ぐ。俺の耳は塞がれている。

 奴らの言葉は聞こえない。奴らの血だけが俺に語る。


 俺を狙った魔術がイヴによってふせがれる。

 魔術師が突如爆発する。飛散した肉片が俺達を襲う。

 オウトウが捕まり、男が俺達へと語りかける。

 イヴがその声を無視し、オウトウごと男の心臓を魔術で貫く。

 突如現れた敵意に振り返り、イヴに襲いかかる女を見つける。

 イヴが全身から発土を発現し、女を穴だらけの肉塊へと変える。


(ヘイル、排除)

(イヴ、排除)


 1階は終わった。ここからは第3段階。

 俺達の班はオウトウを1階に残し、2階の制圧へと向かう。

 イヴもここまで数人を殺しているが、やはり魔術師だ。建物の中という戦場であれば、主力は俺になるだろう。


(イヴ、到着)

(ヘイル、開始しろ)

(イヴ、開始)

(オウトウ、待機)

(ヘイル、開始)


 矢継早に交わされる静言を聞きつつ、階段を急いで駆け上がる。

 敵意はそう多くないが、意思が1つ消えた。

 この上には敵ではない人間も居る。急がなければ、もっと死ぬ。


(いくつだ)

(10はない)


 イヴの"相手の魔力を使う魔術"により、イヴに対してだけは俺も伝えることができている。

 登り切る直前。空気を裂くような、聞き慣れた音が聞こえた。

 風弾だ。それもかなりデカい。


「――どけ。

 Delrhan jero qqubiror leqzdot Qgetsh qdoty wfeelng uqwyqdot」


 俺が気付くその前に、イヴの詠唱は始まっていた。

 風弾がかき消え、代わりに辺り一帯へと魔力が拡散する。

 圧迫感のようなものが耳を襲う。……何の魔術だ?


「よぉレニー、任せてもいいな? 俺はこれに掛かりっきりだ」

「……ああ」


 考えるのは後回し。風弾の魔術師に飛び込み、その首を刎ねる。

 驚くような表情をしていたが、俺の目には映らない、映さない。

 扉の影に隠れていた大男のメイスを跳ね上げ、下顎へと刃を突き立てる。

 大男の持っていた盾を拝借、次の扉を叩き開ける。

 裸の男、裸の女。どちらからも敵意はない。


「な、なんだお前は! 誰に雇われた!?」

「……服を着て、下に降りろ」

「……殺しに来たわけじゃないのか?」

「死にたいのか?」

「ああ、いや、待て、分かった、……言う通りにする」


 娼館として使っているとも聞いていたが、実際に目にすると言葉に詰まる。

 アンがこうなっている可能性もあるのか。急がなければ。


 廊下に戻り、次の扉を開け放つ。

 胸から血を流す裸の女から目を背け、扉にダガーを突き立てる。

 刃の長さが足りてない。力を込め、無理やり深くへと刺していく。

 扉が軋み、罅が入り、砕け始める。ダガーからは血が伝う。

 直接見る必要もない。もう意思は感じない。


 次の扉を開け放つ。

 先程まで残っていた意思は感じられない。今はもう、遺体が1つ。

 次の扉の前に立つ。敵意が2つ。扉の左右に隠れている。

 盾を投げ捨て、壁に手を当てる。

 イメージするのは肉を貫く土の刃。


「発土」


 両の手から土の刃が形成され、何かを貫く感触だけが帰ってくる。

 イメージを徐々に書き換える。貫く刃が破裂する様へと書き換える。


「追爆」


 こもった破裂音だけが鳴り響く。

 意思はもう感じない。部屋を確認する理由も無……いや、1つ残ってる。

 扉を押すと、左の死体と目が合った。

 どうしてこっちを見てるんだ。……クソ。

 正面にはやや乱れてこそいるものの小綺麗にされた大きなベッド。首から血を流す女が横たわる。

 微かに息がある。まだ死んでいない。

 シーツに包み、急いでイヴの元へ。

 階段に腰掛けるイヴ。疲労の色が濃いのはこの魔術のせいだろうか。


「よぉレニー、どうした」

「療術で、なんとか――」

「いや。……お前さんも分かってるだろ、もう死んでる」

「この魔術は、蘇生のためのものでは――!?」

「……俺は魔術師だ。魔法なんて代物使えねえ」


 蘇生術がどれほど難しい術式なのかを俺は知らない。だがそれがどれほど大それたものなのかは俺にも分かる。

 使えない、のか。魔法使い、ではないものな。そうか、そうだよな、当たり前だよな……。


「それよりどうだ、終わったのか?」

「……まだ残っている。おそらくは後2つ」

「行けレニー、排除しろ。お前の戦いなんだろ」


 遺体を下ろし、瞼に手を当て閉じさせる。

 ……悪いな。俺がもう少し早く動けていれば、あんたはまだ生きてたかもしれない。

 恨むなら俺を恨め。イヴでもなく、自分でもなく、俺を恨め。次の世では平和に生きられるように、先の分まで恨むといい。

 全て俺が背負ってやる。



◆◇◆◇◆◇◆



(イヴ、制圧)


 呆気ない。口から溢れた言葉は意外なものだった。

 あれだけあった命が、もうほとんど残っていない。

 あれだけあった敵意が、今は全く残っていない。

 あれだけ殺し続けた手が、本当に自分のものなのかと再確認してしまう。


 階下からは数人の意思を感じられる。固まっているせいで人数は曖昧だが、俺達が見つけた以上の数が居るように思う。

 ヘイルからの静言はまだ届かないが、こうして意思が増えている以上、進捗は悪くないはずだ。

 しかしイヴの表情は優れない。何かを考えるかの表情が俺を不安にさせてゆく。


「どうした」

「連絡が帰ってこない。……魔法陣か?」

「なら俺達から行こう」


 階段を降りると、人々を確保していくオウトウの姿が見えた。

 1、2、3……15、16、17。上に居たのはたった3人だ。地下にはこれだけの人が押し込まれていたのか。

 全員が大人だが、男の姿も少しある。そういう指向にも対応していたのかだなんてふざけた考えが頭を過る。


「オウトウ、最後に出てきてからどれくらい経つ」

「7分……いえ、8分。連絡は無し」

「ここは任せる。レニー、行くぞ」


 オウトウを残し、地下に続く階段を進んでいく。

 一歩、また一歩。暗がりに続いていく階段は、まるで自分が堕ちていくのを示唆しているかのよう。

 俺が選択した結果がこれだ。俺が行動した結果は死だ。

 正しいかどうかなんて本当はどうでもいい。俺は本当は臆病なんだ。選ぶことも選ばないことも、その2つすらも選びたくない。

 闇が怖い、光も怖い。人が怖い、独りが怖い。知るのが怖い、知らないのが怖い。触れるのが怖い、離れるのが怖い。


 何もかもが怖い。

 俺を包むこの闇が怖い。隙あらば喰らおうとする剥き出しの感情が怖い。

 俺を導くその光が怖い。暖かな笑顔の裏に隠された本性が怖い。

 俺と関わる人々が怖い。全ての矛先が俺に向けられるその瞬間が怖い。

 仲間が離れるのが怖い。誰にも置いていかれたくない。独りの冷たさが、怖い。


「見ろ、魔封じの複合魔法陣だ。

 オウターヴが魔石の回収をしてたろ、あれで動いてたんだ」


 耳に入る言葉に釣られ、壁に指を這わしてみる。

 この溝が怖い。理解できない全てが怖い。

 こんなものを施せる技術が怖い。こんなところに閉じ込められたアンを考えるのが怖い。


「片方は今も微妙に稼働してる。見ろ、Eukl quwydot」


 詠唱が、魔術が、魔言が、魔力が、その全てが怖い。俺には捉えきれない不思議な力。俺の知らない不思議な法則。知らない事が怖い。知ることも怖い。

 ……魔術が発現してない? これならば怖くない。ただの言葉に過ぎないのだから。


「な、出ないだろ。要はここの空間にゃ魔力ほとんどねえってことだ」

「……魔力が見えるのか?」

「多少な。それより魔法陣だ。この魔法陣は見たところ二重構造のように思う。

 俺もそこまで詳しいってわけじゃないが、ある程度は覚えてる。ここのは多分両方共知ってる奴だ。

 1つ目は魔力を吸い上げ魔石を作り上げるもの、2つ目は魔石の魔力で魔術をかき乱すもの。

 この2つはよく組み合わされる。上手く調整すりゃ永久に稼働するからな。

 だが今は片方しか稼働してない。さて、どうしてだと思う」

「いや……魔石を抜いたんだろう?」

「その通り。呼び水じゃあないが、この魔法陣を稼働させるためには最初にいくつかの魔石が必要なんだ。

 その魔石を抜いちまったとありゃ、2つ目の魔法陣は当然死ぬし、1つ目の魔法陣も満足に――」


 わ、分からん……魔法陣なんて魔術以上に知らない分野だ。カクがいくつか描けるのは知っているが、俺の知ってるのはそこまでだ。それ以上は何1つとして分からない。

 希薄、霧散、吸収……次から次へと言葉が溢れてくる。この感じはアンやカクを思い出す。カクはともかく、魔術師ってのは皆こうなのか? なんというか、こう、濁流に襲われてるかのような気分になる。


「待て、話がさっぱり分からん。……つまり、何が言いたいんだ」

「静言のような魔術は今は使えないってことだ」

「ようなってことは、他は使えるのか?」

「そうだ。例えば……Jero jotleror」


 イヴの魔力が高まるが、溢れ出るほどではない。

 この詠唱にこの感覚……ゼロ・ゾエロか? それなら俺にも多少の心得はある。


「纏身。……確かに使えるな。少し早い気もするが」

「なんだ、お前さん聞き取れてたのか」

「いや。だが繰り返し聞いてるからな、さすがに覚えた」

「慣れって奴か。まあいい。弾や沫、槍、それから一部の発なんかは使えない。

 つまりはこうだ。今は魔力を飛ばせなくて、消費もいつもより増える」


 ……最初からそう言ってくれればいいんだけどな。どうして魔法陣の解説なんて始まったんだ。

 どちらにしろ、俺にはあまり関係の無い話だ。元々俺はそこまで魔術に頼ってはいないし、あまりに使いすぎると闘気の維持にも関わってくる。


「分かった」

「ホントに分かってるか?

 こっから先はお前さん1人だってことだ。俺の援護に期待すんな」

「ああ、そういうことか。2階でもそうだっただろう」

「はぁ……あん時俺は魔封してたの。

 一応援護してたんだぜ? 魔術飛んでこなかっただろ」


 なるほど、言われてみれば確かに他の人間の闘気や魔術は見れなかった。

 あの圧迫感を生む魔術はそれだったのか。……以前アンが使った闘気を解除する魔術の仲間か? よく分からんな。


「もう良いか? お前さん、さっきまでひどい顔してたぜ」


 自分の頬に触れてみて、右手が血まみれなのを思い出した。


「おいおい、せっかくマシになったのにまたひどいぜ。いや、化粧のつもりか?」

「……うるさい」


 イヴなりの励まし方、なんだろう。

 俺はそこまでひどい顔をしてたんだろうか。

 ……鏡があるでもないし、今考えても分からんな。


「俺は結構、……臆病なんだ」

「知ってるさ。それでもお前さんは、最後まで見続けるんだろ?」

「……そのためにここに居るんだ。行こう」


 頬に付いた血液を袖で拭いつつ、また一歩。

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