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三つの世界 彼女が魔女に堕ちるまで。  作者: 春日部 光(元H.A.L.)
本章 中節 広がりと狭まり
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六十九話 選択と会話

 話が終わった後、逸る気持ちをヘイルに咎められ、まずは彼らの手伝いをした。

 情報が外に漏れないよう、なるべく迅速に出国審査官と国境警備兵を捕まえる……というものだったが、特に手伝えたことはあまりない。

 俺は捕まえた奴らの見張りを担当した。見張りだなんて言うものの、奴らは封縄という魔道具に捕らえられているわけで、脱走を企てようとする人間は極わずか。逃げようとした人間の足をへし折るだけの作業だった。

 中には俺よりも強いやつが数人居たようだが、ヘイルは結局傷一つ負っていない。あれくらいの力が俺にもあればな。

 それから、国境が完全に封鎖されて国外へ出ることができなくなった。あまり他人に迷惑は掛けたくないものだ。早く終わらせなければ。


 明朝夜明け。ララはずっと起きていたらしく、組織規模や運搬ルート、構成員情報など事細かに聞き出していた。

 なるほど確かに優秀だ。面倒臭い男だとは思うが、ヘイルから信頼されている理由が分かる。

 中には理解できない話も多かったが、必要なことさえ分かっていれば十分。ウェイヴという男を先頭に、8人が"中継所"を目指し行動を開始した。



◆◇◆◇◆◇◆



 割り当てられた人数はそう多くはない。ヘイル、イヴ(3)ウェイヴ(15)オウトウ(17)オウターヴ(28)ヴァーハ(144)、俺とティナ。そして馬が5頭。

 ウェイヴ以外のヘイラーは馬に乗り、ティナはヘイルと、俺はオウトウと乗っている。……残念ながら乗馬技術は持ち合わせていないからな。

 現在のヘイラーは23人しかおらず、検問所側にもある程度人間を残す必要があるとのことで、俺達と動くのはたったの6人だ。

 ヘイルの言う通りあまり強い人間には見えない者ばかりだが、オウターヴは俺と同じ程度には闘気を操れているし、イヴは自らを魔術師だと言っていた。正確に魔力を測れるわけではないが、どちらもティナ程度はあるように思う。

 またやはりというべきか、ヘイル以外の名前は全て数字だ。だがこの数字は加入順や力量、得意分野に応じて割り当てているわけではなく、23を大きく超える数字も居る。数字にあまり意味はないらしいが、ヴァーハは借り物だと言っていた。


「なあヘイル、結局アタシは何すんだ? 人間と戦うのか?」

「そうなる。……5級だったか、人間相手は苦手か?」

「さあ。まともにやったことねーし、分かんね」

「嫌なら見てるだけでもいい。人殺しなんてそう慣れるもんでも――」


 ヘイラーは互いにあまり言葉を交わさず、魔力でのやり取りが基本のようだ。本来は静かな行軍だったのだろうが、ティナに掛かってしまえばそれも台無し。先程からずっと喋っている。

 やはり女は口が回る。普段はあまり喋らないアンだって喋り始めると止まらなくなるし、ティナに至っては四六時中だ。そういう意味だとカクは少し女っぽかったようにも思う。

 紫陽花での口論は、基本的にはカクが勝っていた。次にアンが勝ち、その次はティナで、俺は誰にも勝てない。……もう少し、上手く言語化ができればいいんだがな。その言葉で本当に正しいのか、口から出す前にはどうしても悩んでしまう。

 ……いや、違うな。悩んでるのは俺だけじゃない。あの2人も俺と同じ様にきっと悩んでる。俺よりも頭が回るから、その分すぐに出てくるだけだ。ティナは……何も考えてないかもしれないが。


「日が高くなってきましたね」

「あ、ああ……」


 今だってそうだ。ティナは反射的に答える事が多いが、それが良い方に働くことも多い。カクは簡単に会話を広げていく。アンはカクと違い失敗することも多いが、だからと毎回失敗するわけでもない。

 ティナを見ろ。深く考えて話しているようには全く思えず、考えない分人とぶつかることも多いが、逆にそれが魅力に映ることも多いらしく、好かれるか嫌われるかがはっきりしている。

 自らの内面に踏み入られる事を恐れず、また他人の内面に勝手に踏み込んでくる。人に嫌われることも恐れていないように思える。なぜああも気丈になれるのか、俺にはさっぱり理解できん。

 カクの場合、ゴールを決めてから話す癖がある。その目標に辿り着くよう枝葉を切り落とし幹だけを上手く成長させていく。小さな違和感こそあるものの、気付けない人間も多いだろう。幼い頃からずっとだ。

 こちらは内面に踏み入ることができないのに、あいつは一方的に入ってくる。だが錠に鍵を差し込み、扉を開けているのはこちら側。そうさせられているのではなく、そうしてしまっている。わけが分からん。

 アンはカクのように結果が見えてるわけでもなく、ティナのように感情的に話すわけでもない。「知る」という1つの目的を達成するためだけのツールとして使用しているかのようなその様は少し男っぽくも見えるが、あんなに質問してくる奴を俺は知らない。

 内面的には俺に近い。無断で踏み入ることはせず、また誰かを招くことも滅多にない。幾重もの扉を用意し、人によって開ける扉の枚数を変えているような、そんなイメージ。まるでデケーリェン(たまねぎ)のようだが、であれば内側には何も無いのだろうか。


 対して俺はどうだ。……すぐに黙りこくってしまう。その返事が正しいのかと時間を掛けて考えてしまい、時間を食う割には正しいとも限らない。悪い癖だ

 内面はアンに近い気もするが、アンほど器用に人を選べるわけでもなく、誰かを招くのは苦手。そして誰かに呼ばれたとしても、他人に踏み入る事を恐れている。

 自らの内面を最後まで潜ったことはない。幾重にも続く扉を最後まで開けることができない。俺の中心に何があるかなんて、俺ですら……いや、本当は分かっている。俺の中心は、きっとあの日の俺だ。今もまだ泣いて、そして引き篭もっているんだろう。

 結局、俺はあの日から何も変わってない。図体ばかりデカくはなったが、本当のところはずっと弱虫で、そしてちっぽけなままだ。


 俺はあまり誰かと近づく事をよしとしていないのかもしれない。

 カクには扉を開けさせられた。結局のところ、俺はカクに逃げていた。あいつを愚痴の吐口とし、だからカクの居ない今が不安だ。だがカクの内面を俺はあまり知らない。一方的に知られている。

 ティナは無断で入ってくるし、俺を内面へと引きずり込んでくる。最初は不快だったが、気付けば慣れた。あれがティナの距離であり、俺がどうこうする問題ではないのかもしれない。

 アンはよく分からん。一度深くまで入っては来たが、それ以来は付かず離れずの距離を保っている。互いに踏み込もうとしないのだから、何もなければずっとこうなのかもしれない。……それは少し、寂しいな。


 何かを為すのであれば、自ら行動を起こすことが大切だ。今回の一件で痛いほど分かった。いつものようにうだうだとしていれば、きっとヘイル達と知り合うこともなく、アンをただ失うだけになっていただろう。

 だが今回は違う。俺は選択し、行動した。誰にも屈せず、俺にも屈せず、自らの力で切り開いた。それが今だ。ヘイル達の助力を得て、アンを探しに出ることができている。

 もっと早く気付くべきだった。もっと我を出すべきだった。そうしていれば、今も横にカクが居たのかもしれない。選ばないという逃げのせいで、俺は親友を失った。

 もう逃げん。俺は選び続ける。俺の未来は俺だけのもの。その道筋はカクにすら描かせてはいけない。選ぶのは、描くのは、俺自身だ。


「オウトウさん、でいいか?」

「呼び方ですか? "さん"は要らないですよ」

「そうか。……いつ、乗馬を習ったんだ?」

「3年くらい前からヘイルに。レニーさんは初めてなんでしたっけ?」

「ああ。……俺も"さん"は不要だ。それと、もっと砕けて欲しい」

「あら、顔に似合わず結構喋るのね」

「顔は関係――」


 例え小さなことだとしても、1つ1つ選んでいこう。



◆◇◆◇◆◇◆



 人を乗せる馬というのは今まで詳しくなかったが、荷馬車の馬とは品種が違うらしい。

 馬はあまり長時間走り続けられるわけではなく、1日中走り続けるような場合では人が単独で走った方が距離を稼げるとまでいう。持久力という点においては人の方が遥かに優秀らしいのだ。

 長距離の移動は歩かせるのが基本であり、長距離を急ぐ場合では途中で乗り換える必要があるのだと。小さな集落ですら馬を繋いでいる事があったのは、ここらへんが理由なのかもしれない。

 馬を用いる場合の最大の利点は短距離における移動速度であり、それに並ぶのが疲労度だという。……今日はほぼ1日中馬に揺られていたわけだが、尻や背中を始め全身がかなり疲れた。慣れてる人間限定なのかもしれないな。

 人と話すと様々な事が知れると分かった。今回の馬の話をアンジェリアに教えたら喜ぶかもしれない、なんて考えつつ野営の準備を続ける。


「発熱」


 未だに発火の術式は扱えないが、こっちは大分慣れてきた。

 ここら辺の木はずっしりと重く、燃え始めてさえしまえば火持ちの良いだろうものが多数を占める。だがこれらは火付きが悪く、半端な乾燥では煤が大量に発生してしまう。

 着火するにはよく乾燥させる必要があるのだが、ここでまともに魔術を扱えるのは5人であり、そのうちウェイヴは周囲の警戒中で、ヘイルは設営中。乾燥役は俺とティナ、それからイヴだ。


「Eukle leqzdot quwydot――」

「おいおいおい! なんで水ぶっ掛けてんだ!」

「あ? お前さん魔人だろ? 魔術に詳し――」

「今それ関係あんのか!? うわ、ビッチャビチャ……これどうすんだよ」


 聞こえてくる喧騒に目を向けてみれば、イヴが集めた薪を水浸しにしているところだった。

 ……分からん。なぜそんな事をするんだ。ティナの言い分はもっともだろう。だが短気なティナのこと、そろそろ手が出てもおかしくない。ここは一旦鎮めなければ。


「ティナ、落ち着け。……それで、どうしてなんだ?」

「おい離せよ! どう見てもこいつが悪いだろ!」

「……ああ、俺も分からん。だが理由があるんだろう。教えてくれ」


 今も水を流し続けるイヴだが、その意図がさっぱり分からない。

 騒ぎに釣られてか他のヘイラーも集まってきた。


「どうした、何の騒ぎだ?」

「またティナが……」

「またですか?」


 また、というのは1度目の休憩の際にもこんな事があったからだ。何故走らせ続けないんだと文句を言い、馬は長時間走らせられないんだとヘイルに説き伏せられていた。

 ちなみに2度目の休憩の際には体の痛さを愚痴っていた。こちらは騒ぎとまではなっていなかったが、ティナをイヴに押し付けた後のヘイルの顔が忘れられない。

 3度目の休憩ではイヴよりヘイルの方がマシだったと言い、結局元の鞘へと戻っていったが……あの時のヘイルは何故か嬉しそうだった。間接的にだが乗馬技術を褒められたからだろうか。


「イヴ、説明しろ」

「薪を乾燥させようとした、そんだけだ」

「どう見ても濡らしてるだろこれ!」

「――とのことだ。魔術に詳しくないらしい」


 ……なんだ? 魔術には俺達の知らない何かがあるのか?

 薪を乾燥させる際、カクもアンも発熱を使っていたように思うが、そうではない方法があるということか? だがこれはどう見ても乾燥とは程遠い。魔術で水を掛けることのどこが乾燥なんだ。

 しかしヘイラー達は納得したように下がっていってしまっている。やはり何かあるんだろう。


「お前さん、魔術はどこまで知ってる?」

「んなことより理由だろ、理由! ……離せよ」

「待て待て、今それを説明するとこだ。んで、どこまで知ってる?」

「どこまでって……イメージして、詠唱して、すると出てくるのが魔術だろ」

「正解だ。魔術ってのは自身のイメージを魔言と――」


 何やら魔術講座が始まった。

 実のところ、魔術に関してはあまり詳しくない。小さい頃から周りの魔人が当然のように使っているのを見てきたが、あの頃の俺は魔術なんて全く使えなかった。

 初めての魔術はカクに教わった。発水という初歩中の初歩の魔術だが、あの時の感動は忘れられない。俺にも魔術が使えるのかと驚愕したものだ。

 それから様々なものを教わり続けたが、身についたものはそれほど多くない。アンを見ているうちに興味が再燃したのは確かだが、結局深くまで知ろうとしたわけでもない。

 実戦的なものを使えるようになったのは、シパリアに会ってからだ。あの特訓は効いた。魔術の維持というのはコツを掴むのに苦労したが、おかげで発水によって生んだ水を長時間……あ。


「……水分を入れ替えてる、のか?」

「おお、大体正解だ。お前さん……レニーだったか? 呪人だよな。

 よぉティナ、魔人が呪人に魔術で負けちゃいかんと思うぜ」

「っせーな。分かるように話せよ!」

「実演してやるよ。レニー、そこのコップに水注いでくれ」


 これか。どのくらい入れればいいんだ? あんまり入れすぎないほうが良いか? もったいないし……半分くらいで十分だろうか。


「見ろ、水が半分くらい入ってるな? ここに……Eukle leqzdot quwydot」


 イヴの術式は発水よりもやや長く聞こえる。確かさっきもこれを使っていた。普通の発水とは何か違うんだろうか。

 コップの中に直接渦を巻くように発現した水は、遂にコップから溢れ出し、辺りを濡らし始める。


「んで、魔術を終了すっと……ほら、コップは空だ」

「当たり前だろ。魔術ってのは終わったら消えるもんなんだから。で、それがどう関係してんだ?」

「このコップを薪だと考えてみろよ。中に入ってた水が消えただろ?」

「そりゃ溢れたからだろ? 薪の中に水は入ってねーじゃん」

「……よぉレニー、この娘はアホなのか?」

「ティナ、発熱で飛ばしてる水分ってのは、水だ。薪の中には水が入ってるんだ。

 だから雨の後は時間が掛かるんだ」

「え、マジ? こん中ホントに水入ってんの? ……悪い、早とちりした」

「アッハッハッハ、お前さん面白いな!」


 ティナは短気だが、だからといって引きずるタイプでもない。納得さえできれば後腐れ無く人と付き合うことができるというのも、大きな特徴の1つだろう。あれほど怒っていたティナが、今は目を輝かせてイヴの魔術に見惚れている。

 ……俺には無理だな。俺は結構引きずってしまう。1回嫌いになってしまったら、そいつはずっと嫌いなままだ。これもまた、見習ったほうがいいのかもしれないな。



◆◇◆◇◆◇◆



 焚き火からはパチパチと弾ける音がほとんど聞こえてこない。

 なるほどイヴの乾燥術は確かに正しかった。どういうわけか火付きもよくなっているし、普通に乾燥させた時以上に軽くもなっている。

 正直なところ、俺には半分も理解できなかった。魔術の水と普通の水は性質が少し違うとはアンも言っていたが……ダメだな。やはり魔術は俺に合わん。人には向き不向きがあるものだ。


 いつもより少し軽い薪を手に取り、焚き火の形を整えていく。この天候はビューンを思い出す。ビューンといえば俺とカクが育った町だ。必然、カクの事が頭に浮かぶ。

 やはり俺はカクに頼りっきりだった、依存していた。それに最初に気付かされたのは昇格戦の後。アンが初めて近づいてきた、あの時だ。

 弱りきった俺を慰めるアンを見て、少しの疑問が浮かんだ。それは徐々に広がり、カクが今までなぜ俺と距離を詰めていたのかという点に達した。

 いや、違う。距離を詰めていたのは俺だ。俺は手綱を明け渡し、言われるがままに動いていた。

 その距離にカク以外が入り込んだことでようやく気付いた。俺の行動を決めているのが俺ではないという、今まで当たり前だったそれが疑問として浮かんでしまった。


 それからしばらく、カクとは距離があったように思う。

 あいつから離れたわけじゃない。俺自身が離れようとしていた。親離れする雛が如く逃げ出そうとして、結局カクに助けられる。それをひたすらに繰り返した。

 月に一度、カクと話し合うようになった。離れようとしていたにも関わらず、自身を最も打ち明けられるのはカクだった。物事の大小に関わらず全てを話していた俺だが、あの頃から話題を選ぶようになった。


「よぉレニー、起きてっか」

「……ああ、イヴか」

「なんだそりゃ、湿気た返事だな」


 気付けばオウターヴの姿がなく、代わりにイヴが立っている。

 少し考えすぎたな。これではまるでアンだ。……アンは考えていることが多い。一体何をそこまで考え続けているのやら。


「横、良いか。話そうぜ」

「構わん」

「っと、うーさびさび……お前さん、魔人大陸の出なんだって? オウトウから聞いたぜ」


 両手を火にかざしつつ、イヴが白い息を吐き始める。

 オウトウとはそれなりに話した。馬に揺られていたせいか途中で舌を噛んでしまったが、俺としては珍しいほどの饒舌さだったかもしれない。


「ああ。物心付いたときには、周りには魔人しかいなかった」

「孤児院って言ってたっけ。親はどこ行っちまったんだろうな」

「……イヴは結構、失礼な物言いをするんだな」


 こういう話はもっと距離感を大切にするべきではないのかと俺は思う。

 出身地、信仰、両親、出生……人の基礎となる部分。開いてる扉を通るのは構わないが、閉じた扉に手をかけるのは、するにしろされるにしろ、好きではない。


「俺も親は居ねえのよ、仲間さ」

「悪いことを聞いた、なんて言わないぞ」

「ああ、俺から言い出したことだからな」


 カクは親の顔を知らないと言っていたが、俺は確かに覚えている。

 どちらが幸せなのかは分からない。夢の中でだけでも両親と話せる俺なのか、夢で会えない親を夢むカクか。

 いや、カクは魂子か。親といっても俺達とは感覚が違うのかもしれない。


「お前さん、結構な魔力だな。魔人大陸出身だからか? それとも鍛えてる?

 どっちにしろ、魔術師かと思いそうになったぜ」

「こっちはどうだか知らないが、あっちでの生活は日常から魔力を使う。

 周りは魔人ばかりだからな。鍛えもしてるが、出身も関係あるだろう」

「へえ。食物なんかにも魔力が多いって聞いたが、本当なのか?」

「……分からん。多少は感じ取れるが、アンほど魔力を細かく見極められるわけではない」


 植物の生育には適度な魔力が必要だ。イヴの話しぶりでは魔人大陸そのものの魔力が多いように聞こえてしまうが、その辺りはあまり詳しくない。

 ……どうなんだろうな。こっちとはかなり植生が異なる。もちろん地域にもよるのだろうが、魔人が多いんだ、魔力自体が多くても不思議ではないか。


「魔人のあの能力は不思議だよな。俺達の見え方感じ方とは少し違うらしい」

「……というと?」

「俺達が感じるのは質で、魔人が感じるのは量だ。ま、個人差はあるらしいが……

 アンジェリアだったか? その娘はどんくらい見えてんだろうな」

「……どうだろうな。魔力で人を見分けられる、とは言っていたが」

「へえ、なら俺達っぽくもあるのかもな」


 質を感じる呪人、量を感じる魔人。初めて聞いた話だが、その差はどこから来るのだろうか。

 質を感じるというのは理解できる。闘気を出している時に感じている敵意や好意といったものは、俺が呪人だからなんだろう。

 だが量を感じるというのは……魔力の濃さなら俺にも感じられるが、それとはまた別の話なんだろうか。……俺は呪人だ、これ以上考えるのは無駄かもしれないな。


「お前さん、いつ男になった? 呪人としてって意味だ、シモネタじゃねえよ」

「8を過ぎる頃……一緒に育った奴が居てな。そいつと一緒に歩き続けたかった」

「その話っぷりじゃ、女か。フラれたのか?」

「いや。……フラれたのは本当だがな」


 あまり身の丈話などしたこともなかったが、話してみるとこれはこれで気分がいい。

 ティナの距離感というのはこういう感じか。ティナの場合はもっと近いが……俺の場合、今はこれでも十分だろう。

 他人と話してみるというのも、相手を選べば楽しいものだな。


「ちっと小便。おっと、俺の好みは女だからな。覗くなよ?」

「言ってろ」


 新たに薪を焚べつつアンの事を考える。

 ぼーっとしていることも多く、頭は回るくせに結構ドジだ。大きな失敗は記憶にないが、小さな失敗はよく見かける。ティナと違い軽率というわけでもないが……詰めが甘い、というのが正しいだろうか。

 その甘さが悪い方面に出ていなければいいが、あまり楽観視もできない。時間が経てば経つほど、取り返しのつかない事態になっている可能性が高まってしまう。


 ララとヘイルが言っていたが、"中継所"とやらまでは最短距離で移動したとしても3日掛かる。街道を通るわけではなく、直接森に侵入するルートだ。明日からは危険度がぐっと増す。

 明日は森の中での野営を挟む。今日は気を緩めているが、明日はこうもいかないだろう。

 ――中継所の候補地はこの辺りだが、それぞれの証言が微妙に食い違っている。彼ら自身誤った情報を正しいと信じ込まされているのかもしれないし、中継所が複数ある可能性も未だ拭えない。

 私はここで情報集めを続ける。ヘイル隊長、定時連絡を忘れるな。君は私を蔑ろにする悪癖が――

 ……中継所というのが何箇所もあったとして、俺達が向かっているのは本当に正しいものなのだろうか。もし誤っていた場合、もし間に合わなかった場合――


「よぉレニー、そんな深刻そうな顔すんな。

 俺達に任せとけ。お前さんよりも弱いかもしんねえが、殺しの技術なら負けねえよ。

 ……俺の手は汚れてるからな。もう戻れねえ」


 いつの間にかイヴが戻ってきていた。ダメだな。やはり考え事は俺には向いてない。


「トイレの後は洗うべきだ。発水、とな」

「アッハッハ、そりゃ冗談か? 面白いな。

 ……ちゃんと洗ったさ。でもよ、血の臭いは強烈だ、洗った程度じゃ落ちねえ。

 今でも夢に見るんだ。俺は未だに後悔してる。殺した俺も、殺さなかった俺も、等しく後悔しちまってる。

 ま、結局のところは俺の力と覚悟が足りてなかったってだけの話。あの時に力があれば殺さなかった、殺されなかった。

 っと、悪いな。身の丈話になっちまった。寒すぎて頭回ってねえんだわ」

「……嫌じゃないなら続けてくれ。俺も知りたいことが増えた」


 人殺しになるだけの覚悟が、俺には本当に足りてるんだろうか。

 一時の勢いで始めてしまっただけじゃないのか。

 時間が経って、興奮が落ち着いて、俺は少し後悔している。もっと慎重に行動するべきだったのではないかと考えてしまっている。それと同じくらい、行動した結果今に繋がっているという確信を抱いている。

 正しい道は、何だったんだろうな。



◆◇◆◇◆◇◆



「レニー」

「助かる」


 差し出された手を借りて、なんとか馬に跨ることに成功する。

 手綱を握るのはオウトウだが、前に跨るのは俺だ。あまり背の高くない彼女に配慮し、やや身を屈めるような姿勢を取ろうとしたところ。


「今日は後ろ。昨日より揺れるけど、そこは我慢してね」


 とのこと。やはり俺が前では乗りづらかったのかと聞いてみれば。


「今日は駈けるし森にも入るからね。視界は大切。

 あんまりお尻は付けず、立って乗るイメージね。じゃないとひどいよ、マジで」


 尻の皮が剥けるらしい。……怖いな、言う通りにしておこう。

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