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三つの世界 彼女が魔女に堕ちるまで。  作者: 春日部 光(元H.A.L.)
本章 中節 広がりと狭まり
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六十八話 凶行と共謀

 多分8日目。あれからピスを説得してみようと繰り返したが、残念ながら私の話術では難しいらしい。

 今日のピスはケラケラと笑い続けている。頭がおかしくなりそうだ。

 こんな状況で唯一喜べるのはアンの意識が戻ってきたこと。まだ熱は高いが多少の会話もできるようになった。


「――なのかね?」

「ハッ、俺の知ったことか」


 今日は雲行きが非常に怪しい。会話を盗み聞くに、私はどうやら彼らのお眼鏡に適ったらしい。


「次はあんたの番。これで仲間ね」


 ここから出された後どうなるかはピスからある程度聞いている。

 この建物の1階は娼館のようになっていて、そこで客のような人間に宛てがわれた事が1回だけあるが、それ以外はここの人間っぽいのに回されるらしい。

 どちらにせよ1階に連れて行かれるらしいが、その際にはあの魔力潰しのロープで後ろ手に縛られるらしい。

 魔力潰しの魔法陣はこの部屋だけでなく地下室全体に広がっているようだが、1階にはそのような仕掛けはなく、移動中は1回も窓を見つけられなかったそうだ。

 行為の前には体を洗われ、後には療術を掛けられることがあるとも。


 ……結局、穴らしい穴は見つかっていない。魔力が使えない以上私は無力……いや、本当に無力なんだろうか。魔力がないからって何も無いわけじゃない。手だって足だって、歯だってあるんだ。

 死ぬ気があれば何でもできるだなんて言ったことがあるが、なら私も実際に試さないとな。

 勝算はほとんど0に近い。だがやらなきゃ確実な0だなんてセリフを聞いたことがある。相手は別に私を一瞬で切り裂けるような化け物だとは限らないんだ。私と同じただの人間だ。

 これは賭けだ。前回は負けてしまったが、なら今回は勝てるかもしれない。いや、しれないじゃない。勝つんだ。

 どちらにせよ、ここで足踏みをしているわけにはいかない。私はもう少しこの世界を知りたい。ユタと話す必要もある。それにまだ、カクからの返事を聞いていない。

 考えてるうち、彼らの声が聞こえなくなり、代わりに足音が近づいていることに気付く。


「ピス、アンのことよろしく」

「……ふぅん、頑張って」


 1、2、3……やはり3人だ。2人は私を運び、1人は食事を運ぶ。ここで彼らを倒せてしまえれば楽なんだろうが、3対1では勝ち目は薄い。

 ならまだだ。体を洗われた後、男と2人きりになるタイミングがあると言っていた。狙うならそこだ。

 覚悟は決めた。作戦も決まった。


「ちび、今日はお前」


 怯える振りくらいはした方が良かったかもしれないが、それだけの余裕は残念ながら持ち合わせていなかった。



◆◇◆◇◆◇◆



「どういうことだ」


 アンが消えた。

 検問所を抜けた後、しばらく待ったがアンの姿は一向に見えない。

 おかしいと思い聞いてみたら「そんな人間はそもそもここに来ていない、お前らは元から3人で来た」という。

 他にも聞いてみたが、全員が口を揃えて同じことを言う。そんなふざけた話があるか。こいつらは嘘をついている。

 4人目。遂に胸倉を掴みあげ、問いかける。知っていることを全て話せ、と。


「お、おい! 落ち着けよレニー!」

「お、俺に手ぇ上げて分かってんだろうな!」

「聞いてるのは俺だ。答えろ」


 ダガーを腿に当て、軽く引く。

 人の体なぞ脆い。魔物とは比べ物にならないほど脆い。

 何が兵士か。たかが冒険者に勝てない兵士が一体何を守れるのか。

 俺は守りきってみせる。俺のこの手で守ってみせる。例えこの手が血に汚れようとも。

 もう失いたくはない。


「レニー! ヤバいってマジで!」

「た、助けて! 誰か!!」


 この男が伝えに来たというわけではないし、この男が全てを知っているとも限らない。

 だがこいつらが何か知っているのは確かだ。とにかく口を割らせなくては。


「ど、どうすんだこれ……」

「さあ、話せ」

「知らねえよ……言えって言われただけなんだ!」

「誰にだ」

「クラーナーマだ! クラーナーマが全部知ってる!!」

「おいレニー! 逃げるぞ!」

「逃げる?」


 誰から、いや何から逃げろと言うんだ。俺は逃げない。逃げたきゃ勝手に好きにしろ。

 俺は続ける。もう誰も失わない。もう空っぽはごめんだ。

 逃げられないよう、男の右腕を俺の右腕と絡め固め上げる。


「案内しろ」

「む、無理だ……周り見ろ」


 ……少し興奮していたらしい。周囲には何事かと覗きに来た人で溢れ、武器を構えてる者もいる。

 いや、むしろ丁度いい。こいつら全員から聞けばいいだけだ。探す手間が省けた。


「ティナ、戦闘準備」

「おう! ……え、は? マジで?」

「お前は何を選ぶ」

「何言ってんだお前! 頭おかしくなったのかよ!?」

「俺はこいつらよりもアンジェリアを選んだ。お前はどうだ」


 人生は取捨選択の連続であるとカクが言っていた。

 俺は選ぶのが怖かった。だからこれまでは選ばなかった。ずっと誰かの言いなりで、その通りにだけ動いてきた。

 だが選ばないのはもっと怖いことだと、最近改めて知ってしまった。

 だから俺は自分で選ぶ。これが俺の選択だ。


「……難しくてよく分かんねーけど、アンは仲間で、こいつらは他人だ」

「なら」

「ああ。で、この後どうすんだ。この数相手はさすがに厳しいぜ?」


 この男の仲間は少なく見ても24以上は周囲に居る。数では圧倒的な不利、正面からの戦闘は得策ではない。

 早まったな。こういう時、あの2人ならどう行動するだろうか。

 ……カクなら真っ先に謝罪だろうが、そもそもこんな状況を引き起こさない奴だ。もっと落ち着いて、もっと計画的に行動する、あいつはそういう奴だ。

 アンならどうだ。あいつはたまにやらかすことがある。もしこうなったら……迷いなく、全員殺すんだろうな。俺はたまにアンが怖い。あいつは何を考えているか分からないことがある。カク以上の底知れん物を感じる。

 ハッ、俺らしくもない。こんな事を考えるだなんて……あの2人の影響だな。


「何の騒――おい、大丈夫か!」

「……クラーナーマというのは、あのコートの連中の総称か?」

「ち、違う。俺の仲間の……個人名だ」


 審査室にはこの男と同じ姿がもう1人、それからコートを着た男が1人居た。

 あいつらの事をクラーナーマと呼んでいるかと思ったが、どうやらそうではないらしい。


「あのコートの連中は何だ」

「国境警備の兵だ! 仲間じゃない!」


 話が複雑になってきた。国境警備兵と検問審査官は1つの組織ではないのか。

 いや、なら、こいつらは一枚岩ではないのか?


「コートの男、クラーナーマに聞き覚えは?」

「話が見えん! まずはそいつを解放しろ!」


 先程から様々な方向から強い敵意を向けられている。当然といえば当然だが、これはそういう敵意ではなく、攻撃の意思だ。俺がこの男を解放してしまえば、すぐにでも魔術が飛んでくるだろう。

 この男は俺達の盾で、保険だ。


「それはできない」

「何が目的だ!」

「仲間を返せ! 要求はそれだけだ」

「仲間? ……どういうことだ、説明しろ!」


 コートの連中とそうでない連中の表情が違う。

 やはりそうだ。だとすれば、コートを上手く使えれば――。


「俺達はヘッケレンを出るために、2人の仲間と1人の依頼人とここに来た。

 俺達は同時に審査を受けた。しかし1人が姿を消した。

 だがこいつらは、そんな人間は来ていないと言った。以上だ」


 コートの連中は互いに話し始め、鎧の連中は顔を青くしている。

 コートは仲間ではないのか。そして鎧は、こいつらは全員がそれを知っているのか。

 ……腐ってる。こいつらだけじゃない。この国自体、腐ってる。


「……我々には協力する意思がある」

「ならば周囲の兵士を引かせろ!」

「……連絡の為、魔術を使いたい」

「良いだろう」


 多少なら俺にも魔力の探知はできる。しかしそれはアンやカクほどではなく、術式の断定なぞ到底不可能だ。

 だがこの男は予め伝えてきた。言わずに使うこともできたであろうに、だ。多少信用してもいいだろう。

 少しして周囲で魔力が飛び交うかのような感覚を覚えた。嘘は言っていないのだろう。魔力の先には敵意があり、敵意は少しずつ散り始める。


「そいつの解放はしなくていい。だが私が近づくのを許可してくれ」


 コートとの距離は48歩といったところ。確かにこの距離ではやや聞き取りづらいが、それだけでは近づく理由にはならない。

 あの男は"協力"と言っていた。……どういうことだ? コートと鎧とは敵対している? 鎧が人を隠すことを、コートは知っている?

 ……クソ、考えがまとまらん。


「……なあ、答えねーの?」

「協力とはなんだ」

「今は言えない。だが必ず答えると約束する」


 もし考えが正しいのなら、このコートは味方だ。鎧の耳に入れてはいけない、だからこの距離では話せない。

 ……筋は通る。しかし本当に信用していいのか? こいつらと一緒に居た男を?


「先に周囲の兵を引かせろ。全員だ。128歩外へ出せ」

「分かった。……また魔術を使うぞ」

「構わん」

 


◆◇◆◇◆◇◆



 あの後コートは自らをヘイルと名乗り、小ホールと呼ぶ建物に案内した。

 魔法陣により防音が施され、ここでの会話は外に漏れないのだという。

 俺は捕らえていた男を解放したが、今度は別のコートにより拘束され、どこかへと連れて行かれた。


 予想の半分くらいは当たっていた。

 コートの連中のうち一部は鎧の集団拉致を知っていて、それを調べるために潜り込んでいた人間だという。

 しかし鎧と迎合してしまっているコートも多く、遅々として進んでいないようだ。


「話は分かった。だがあんたの言う方のクラーナーマは今はおそらく居ない」

「方の? 今は? どういう意味だ」


 含みのある言葉選びに疑問を浮かべると、ヘイルが机の下から本のようなものを取り出した。

 本には細かく文字が書かれているが、俺には読むことができない。


「これを見ろ。ここには同じ名前の人間が2人居ることがある。クラーナーマならこいつとこいつだ。

 だが実際の登録は1人分、右の男だけだ。……意味、分かるか?」

「いや……」


 登録こそ1名分だが実際には2名、なぜかそんな連中がわんさと居るらしい。

 彼らは「兄弟」だと言い張り、交互に顔を表す。仮に1と2としよう。1が働いてる間は2は姿を消し、その逆もある。彼らは姿を消している間は町に出ていたと主張するが、実際に目撃はされていない。

 国としては長い間これを黙認していたらしい。というのも給金は1名分しか出していないのに、労働力は2名分。ならば放っておくほうが得だと判断したらしい。……腐っている。


 長らく放置されていたのだが、最近になって幾人もの行方不明者を出していることが判明。ここでも国は何も動かない。

 腰を上げたのはクッターラ……東部地域の貴族だったか。以前にアンが呟いていたが、俺はあまり詳しくはない。ともかく、クッターラは私兵団のうちの1つ、彼ら「ヘイラー」をここに差し向けた。

 しかし鎧達検問審査官の労働力は既に十分あるし、国の助けも得られない。そこでヘイラーは国境警備兵に混ざることを決め、刺激しないよう少しずつ情報を集めていたところ、俺達が騒ぎを起こした。

 鎧達はかなり巨大な組織の末端であるらしく、クッターラはその組織自体と敵対しているらしい。それより先は伝えられなかったが、俺もこれ以上は覚えられそうにない。助かった。


「……何がなんだかさっぱりだ。正直、な」

「あんたは仲間を助けたい。我々は奴らの尻尾を掴みたい。

 どうだ。協力しないか」

「協力と言ってもな。俺に何ができる」

「ヘイラーはあまり強くない。残念だがな」

「その魔力でか?」


 この男、底が知れん。コートを脱いだ途端に魔力が何倍にも膨れ上がった。強さなど比べるまでもなく、アンジェリアにすら匹敵するものを感じる。本当に同じ呪人なのかと疑問に思うほどだ。

 それでいて「あまり強くない」だと? 冗談はあまり好きじゃない。


「本当だ。少なくとも私以外は皆弱い。

 ……どうやらあんたは魔力を知れるらしい。先に伝えておくが、私は例外中の例外だ。

 それに実戦経験もほとんどない。私が居なければ、烏合の衆だ」

「……続けてくれ」


 特殊な訓練を受けたエリート部隊のような想像を勝手にしていたが、そうではなかった。

 ヘイラーは主に潜入や情報収集を任されているような、いわば斥候役。"実戦部隊"はまた別にあるようだ。

 その実戦部隊は現在ダ・ビウン方面に出ていて到着するまでに10日は掛かる。アンの事を考えるならば急ぐべきだが、実戦部隊抜きでは戦力に不安が残る。

 彼らを呼ばないわけではないが、自体は一刻を争う。ならば目の前に居る5級の冒険者を利用してやろう、というのが今回の話であるらしい。


 利用、か。あまり好きな言葉ではない。共闘なんかと言い換えてはいけないのだろうか。

 だが急いだほうが良いのは確かだ。あまりにも遠くに運ばれてしまっては難しいし、手遅れということもある。

 "鉄は熱いうちに打て"だったか? カクがたまに言っていたが、きっとこういう時にこそ使う言葉だろう。


「分かった。それで俺は何をすればいい」

「ここで待っていてくれ。少し面倒な奴だが、ララを呼んでくる。

 ……そんなに警戒しないでくれ。私も彼も敵意はない」


 ララ(6)? いや、誰かの名前か……まあいい。人を呼ぶためには一度この部屋を出る必要がある。俺達だけが残されるのはやや不安だが仕方ない。

 確かに敵意は感じない。しかし敵意は隠そうと思えば簡単に隠すことができる。だが……危害を加える気があるならば、もっと早くにできたはずだ。


「……あーマジビビった。おいレニー、ああいう事するなら先に言っとけよな」

「咄嗟の事でな、すまん」


 何も言わずに巻き込んでしまった。明らかに俺が悪い。


「しかしよ、かっこよかったぜ!」

「かっこ……?」

「ああ、囚われた姫を守る王子様みてーじゃんか!

 アタシが捕まっても助けに来てくれよな?」


 ……どうなんだろうな。仲間だからというのは当然あるが、それがアンジェリアだからというのも理由としては大きいように思う。

 これがセルティナなら……いや、野暮だな。ティナが姿を消して、横には代わりにアンが居て、……俺の選択は変わらない。俺はもう離さない。


「当然だ」

「やっべー惚れちまう――なんでえええええ」

「待たせ……何してるんだ?」


 戯れに夢中になっていたのか、部屋に戻ってきたヘイルともう1人に気付かなかった。あれが"ララ"か?


「それで」

「紹介しよう、ララ……書記官だ」


 やや含みのある言い方だが、あの男からは異様なオーラが漂っている。なんだ、この感覚は。


「潰すな、ヘイル隊長。私は真に正しく拷問官、気軽にララと呼んでくれよ」

「普通は隠したがるんだが……まあいい、説明してやってくれ」

「1本だ。正直者だったよ。……冗談だ、その顔はやめてくれまいか。

 それよりヘイル隊長。客人はきっと情報よりも先に飲み物が欲しいはずだ。

 そうだな、赤くて鉄臭いのが合うのではないか……もちろん、これも冗談だ。

 だが時間を使うのは確かだろう。私は話が長いと繰り返し言われているのでな。

 そうだろう? なぁ、ヘイル隊長」


 ……なんだ、この感情は。



◆◇◆◇◆◇◆



「――時にヘイル隊長、ラーハ(4)はどうか。彼の担当こそクラーナーマという男だったのではないかね」

「連絡がつかん。招集にも応えない。何かトラブルに巻き込まれた可能性がある」

「ならばウェイヴ(15)はどうか。彼はトラッキング能力に長けるであろう」

「ララ、人選は私の役だ。お前は口を出さずとにかく考えろ」

「ふむ。それでは考えるだけ、考えついたものも飲み込むこととしよう。挟まずではなく出さずなのだからな」

「……私は疲れてるんだ。分かるな? 言葉遊びは後にしよう」

「私は何時如何なる時も真面目だが。遊びたいのであればワウ(13)を呼ぶといい。では、続きをしてくるよ」


 席を立とうとするララと、それを引き止めるヘイル。

 ……俺は一体何を見せられてるんだ。3度目だぞ。


「なあレニー、あいつ何なんだ?」

「……俺に聞かれてもな」


 俺はもちろんのこと、ティナも理解が追いついていないようだ。

 こいつらは一体何なんだ。すっかり毒気を抜かれてしまった。

 

「時にヘイル隊長。客人の存在を忘れてはいまいかね。

 私を無下に扱うのは構わないが、彼らに対するその対応はクッターラに泥を塗りかねんぞ。

 もちろん、これを私が伝えるかどうか、彼らが伝えるかどうかはまた別の話だが」

「ああ、分かった、俺が悪かった! ほら、謝ったぞ。もう勘弁してくれ」

「結構。さて主題……と行きたいが、私ばかり名乗るのは不公平だとは思わんか?」

「レニーと呼んでくれ」


 ギロリ。

 眼球だけを動かしこちらを覗くその様は、異様の一言では足りないほど。

 ヘイルと戯れていた先ほどまでとは空気が変わった。本当に同じ人間なのかと疑うほどに。


「……俺も、あんたの本名は知らないからな」

「ふむ、それは実に正しいな。結構。それで、そちらのお嬢さんは」

「セ、……ティナだ」

「セ、……ティナ君か。実に長い呼び名だが、この空白に意味はあるのかね」

「いや、ちげーよ。ティナだよティナ。ちょっと舌噛んだだけだ」

「そうかね。では素直にティナ君と呼ばせてもらうとしよう」


 ……なんだこの男、面倒臭い。

 俺が起こしてしまった手前、ここは俺が話す必要があるんだろうが……カク、今だけで良い、俺と変わってくれ。


「ヘイル隊長、地図を広げてくれまいか」

「ヘイラーで使ってるものしかないぞ」

「彼らに見せたところで何ら問題にはなるまい。

 ……結構。さて、結論から言おう。奴らの潜伏先は西ハルマ森だ。

 君たち、ハルマ森林のことは知っているかね」

「ああ、この前クエストで行った。でも東の方だ。ダンジョン潜った」


 広げられた地図を眺めているうち、ティナに会話を進められてしまった。……都合が良いな。話すのが面倒臭い。ここはティナに任せるか。

 しかし、この地図はやけに細かいな。俺とアンで買ったものとは比べ物にならない。ところどころにマークがついている。これは……なんだろうな。俺の頭じゃ答えに辿り着ける気がしない。


「東と言うならば、ハルマ森林が東西に分けられることも知っているような。

 であれば話を進めよう。まず我々の現在地点だが、ここだ。

 そして奴らの言う中継所とやらは、ここ」


 どこからか取り出した駒のような青い石を地図に乗せていく。

 位置は……確かにハルマ森林ではあるが、ほとんど山脈の麓じゃないか。それに、どちらかと言えば森を抜けた先だ。はずれと言った方が正しいように思う。


「森は森でも山じゃねーか?」

「そうだ。さて、魔人であるティナ君はともかく、呪人であるレニー君ならその危険性が分かるね」

「いや、俺は魔人大陸の出だ」


 ……待て。俺が呪人だなんて、ティナが魔人だなんて一言も言ってないぞ。いつ知った。


「これは失礼。私は人をよく知っているのだ。必然、君の考えていることも分かってしまう。

 回答としてはこれで十分か。では話を続けよう。

 冒険者である君達に分かりやすく伝えるならば、ピューエル山脈に出没する魔物の平均階級は、2級だ」

「平均だと!?」

「ヘイキンってなんだ!?」


 1つの集団を見る場合には中央値と最頻値と平均を使い分けろとカクに何度も言われたが、俺は平均しか覚えられなかった。

 だが平均だけは報酬の計算にと無理やり覚えさせられた。だからその異常性は分かる。平均っていうのはつまり、全部合わせて割った時の数だ。

 4匹の魔物に出くわせば、2級が2匹に1級と3級が1匹ずつ……そんな環境ということだ。


「レニー君は数を分かっていそうな。結構。ではその苛烈さも分かるのではあるまいか。

 冒険者としての階級で言うならば、ヘイル隊長は2級相当の強さはある。

 もちろん呪人としてはかなりの猛者に間違いはないのだが、しかしピューエル山脈では埋もれてしまう強さなのだよ。

 さて君達は……ほう、5級かね。であればピューエル山脈に入る事は警告しておこう。私の知らないところで恨まれても困ってしまうからね」


 頭が真っ白になった気分だ。

 結局のところ、俺は何も守れないのか。俺がもっと強ければ、どうにかなったかもしれないのに。

 力さえあれば、力さえあれば――。


「ララ。早く先を話せ」

「そう急かすものでもない。早い男は嫌われるぞ。もちろん遅ければいいという意味でも――この手は何かね?」

「いいから、話せ」

「ふむ。やはりヘイル隊長は頭が固い。少しくらい嗜虐心を満たしても良いではないか。

 ――レニー君、そう悩むほどではない。先程の数字はあくまで山脈全体の話だ。

 つまるところ麓にはそこまで強力な魔物は現れないだろうよ。

 もちろん油断していいというわけではないが、5級であれば十分足るのではあるまいか」

「本当か!」


 良かった。今の俺でもなんとかなるのか。

 そうだ。平均なんだ。弱いところは弱いんだ。


「ここは以前に村があったところだよ。そんな危険なところに人が住み着くわけがあるまいよ。

 残念ながら5級の魔物に潰されてしまったようだがね。

 ここでは3級まで確認されているが、実際に現れるのはほとんどが5級までの魔物だよ。

 であれば、ヘイル隊長が居なくとも十分だろうて」

「なあ、そろそろヘイキンって何か教えてくれよ」

「総和を要素数で割ったものだよ。数学に興味があるのかい?」

「いや、アタシが悪かった。聞かなかったことにする」

「結構結構。人は興味のないものを取り入れるのは難しいからね」

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