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三つの世界 彼女が魔女に堕ちるまで。  作者: 春日部 光(元H.A.L.)
本章 中節 広がりと狭まり
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六十六話 博打と覚悟

あそこに住んでんだよ(聞こえてる?)


 審査官2が指差すのは小さな建物……小屋と呼んだほうが正しいような、そんな宿舎。

 検問所の裏側には簡単な宿泊施設があり、何人かは住み込みで働いているらしい。洗濯物や布団が干されてるし、井戸っぽいのも設置されてる。

 近くで商店を開いたら稼げそうな気がするし、町というのはこんな感じで始まることもあるのかもしれない。いや、お土産屋さん的な方が良いか、なんつって。


「分かりますよ。見えもしてます」

「ああ、助かる。あんまり得意じゃないんだ」


 魔力の流れはやっぱり詠唱のように見える。ただ魔術の詠唱とは使ってる音が違う……こんな技術もあるのか。静言より便利な場面もあるかもしれない。


「それで、話って」

「――の前に。1歳の時のプレゼントは?」

「ロ……アノールのぬいぐるみ?」


 懐かしい。アノール達の声と言葉を知る前の小さな夢。

 まさかあんな声と言葉とは思ってもみなかった……まぁ、私からすれば彼らも人間の1種。中にはそういう人も居る、程度なのかもしれないけど……うーん。

 あのぬいぐるみにはロンと名付けてた。確か前世のゲームから取ってたと思うんだけど……ああそうだ、騎士とデブが出てくるステージから取ったんだった。懐かしい。

 ロンとは10年以上一緒に寝ていた。抱き枕として使いすぎたのか、残念ながらくったくたになってしまってたし、実はあんまりいい出来のものでもなかったけど、数ヶ月前に帰った時はしっかり挨拶もしてきた。

 前世なら付喪神になったりするんだろうか。うーん、ああいうの、処分に困るよな……愛着湧いちゃってるし。


「本人だな、着いてこい」

「今度はどこに?」

「俺の部屋だよ、連絡器が置いてある」


 連絡器……遠報とはまた別の何かなのかな。言い方的には設置式の機械っぽいけど、機械ねぇ……。そういえばヘクレットには規格が統一されたかのような道具が結構並んでたりしてた。

 何、もしかして産業革命しちゃったの? 工場とかまだ見たことないけど。ていうか魔力のある世界での産業革命ってどんな感じになるの? スチームパンクな感じになってたりする? しない?


 っと、ちょっと変なテンションになりかけた。落ち着け私。ええと……とりあえず私は彼の宿舎に連れられて、そこで何かと連絡を取る、なのかな。

 宿舎に連れ込まれるってすると字面がヤバいな……ダメだ。まだ変なテンションだ。どうにも構造とかは気になって仕方ない。ああ、また橋が作りたくなってきた。

 ダメだな、ダメだ。一旦考えるのをよそう。


「連絡器って何です?」

「んー……遠くの人と話せる機械ってとこかな」


 もしかして、電話機か? 電話機なのか!? やべえよマジやべえ! 落ち着くために話しかけたのに逆効果だ、こんなこと考えてる場合じゃないのに!


「ど、どうした? 瞳孔開いてるぞ」

「いや、なんでも」


 ヤバいヤバい。こんなにテンション上がるだなんて久々だ。このテンションは後の為に取っておこう。

 ……電話機か。設置されている魔道具に少しの言葉を伝える遠報という魔術が存在してるわけだから、それを発展させたようなものが出てきてもおかしくはないのか。

 しかし魔人大陸では全く聞いたことがない。そもそも遠報自体あんまり一般的な魔術でもないし、遠くの人間との連絡手段なんてほとんど手紙や録石くらいしかなかったわけだし……すごいな。

 そういえば、遠報って座標系の魔術なんだろうか……いや、今考えることじゃないか、っと宿舎に着いたらしい。



◆◇◆◇◆◇◆



 宿舎なんて、聞いたことはあっても入ったことはなかったが、実際に入ってみると装飾の少ない宿屋みたいな構造になっている。

 他も一緒なのかはともかく、こういう構造だと知っておくと何かに役立つかもしれな……立つか? いや、役というよりかは欲だな。私の知識欲を埋めてくれはした。

 入ってすぐは広間が広がっており、奥には扉が。審査官2によると炊事場なんかがあるらしいし、寮が1番近いかもしれない。寮に行った記憶は無いけど、どういうものかは知っている。興味のある分野だったとは思えない辺り、行ったことがあったんだろうな。

 記憶の整理は後にしよう。広間から2階に続く階段があり、上がると似たような扉がずらっと並ぶ廊下に。少なくとも8部屋以上はあるみたいだし、結構な人数がここで寝泊まりしているらしい。


 いつまでも審査官2ではこちらから呼べないので名前を聞いてみたら、カーラハーンだと教えてくれた。なんとなくアジアっぽい響きが……そういえば顔つきもそれっぽい。

 ま、偶然の一致だろう。うちのパーティにはゴリラみたいなのも居るし、かと思えばファールナーマやカーラハーンみたいなモンゴロイドっぽい薄い顔の人も居るわけで……魔人と違って呪人は結構個性が激しいらしい。

 顔を見分けるのにやや苦手意識を持っているけど、これは魔人に限った話だ。ケストの方は知らないけど、少なくともダニヴェス人とアストリア人から見た目の違いを感じ取ることは、私にはできない。魔人は呪人と違って顔の種類が少ないのかも。

 もしこの世界を物語にするなら、呪人(セクセル)は人間で、魔人(マジケル)はエルフで、……ドワーフ枠は布人(アノーレル)かな? いや、魔人は確かに長生きではあるけど堅物とは限らない。アノール達も手先は器用らしいけど総じて鍛冶が得意ってわけでもないか。

 布人は基本的にお酒を飲めないらしいし、アルコールへの耐性という意味だとむしろ私達魔人の方がドワーフっぽい。ま、あくまで前世での空想の話か。私が生きているのは空想ではなく現実だ。

 ……落ち着いたと思ったけどまだちょっと変だな。いや、どっか行くのは平常運転ではあるけども。この扉の向こうに電話機があると思うとテンションが上がってしまう。だから1回振り返ってみてたのに。


 カーラハーンのノック。相部屋なんだろうか? とか考えてるうちに扉が開けられた。


「悪いが散らかってるんだ。男2人だからな」


 男だから部屋が汚くなる道理はないと思うんだけど、と腕の下から覗いてみれば散らかってるなんてことは全然無い。なぜか机の上に積まれている畳んでいない服が目につくくらい。

 奥の方に見える二段ベッドの布団も畳まれていないけど、そのくらい別に気にするでもないし……ていうかそもそもこの部屋、物がほとんどないぞ。汚れるとは一体。


「汚れるほどの物が無いじゃないですか」

「定型文だよ」

「そんなによく連れ込むんですか」


 顔の良し悪しは残念ながら分からないが、奥手な人よりはこういう人の方が遊び相手には事欠かないと思うし、なら常習犯でもおかしくはないか。

 しかし定型文ね。早くなくてもおはようと言っていたし、お酒の前には誰に対するでもなく感謝と言うし、似た文化かな。今まで聞いたことがないけど……いや、そもそも人を部屋に上げることがほぼなかったか。

 考えてみれば家族以外だとケシスくらいしか入れたことがないし、そのケシスやテルーからは聞いたことがない。セメニアはそもそも部屋に入れたことがないしな、私も入ったことないけど。


 飲み物を取ってくるとカーラハーンが部屋を出ていってしまったので、触らない程度に部屋を探索。

 探索だなんて言ってもあんまり広い部屋ではないし、壁際と部屋の真ん中に机が1つずつ、奥の窓際に二段ベッドが1つ、反対側にはクローゼットのような扉があるだけの簡素な作り。

 電話機らしき機械は見当たらない。クローゼットの中に入ってるんだろうか?


「おまたせ」


 彼の手元にはガラスのコップとクッキーのようなものが見える。注がれてゆく赤っぽい液体よりも、ガラス製のコップに目が行ってしまう。こんな端っこでガラスって、マジすか。

 なんかもう、いよいよ時代の違いを感じられるようになってきた。シュテスビンに入ったときも、ヘクレットに入ったときにも確かに感じてはいたけど、やっぱりダニヴェスって田舎だったんだなぁ……。

 お、これ甘い。なんだろ、アルコールは入ってないみたいだけど、プルムに似たような、ちょっと違うような……あ、ブドウか。この味に覚えはある。これで炭酸でも入ってればファンタスじゃないか。……なんて果物だろ。


「よく飲むね」

「す、すみません」

「いや。ほら」


 一気に半分以上を飲んでしまい、追加で注がれてしまっている。嬉しいような恥ずかしいようななんとも言えない気分。

 いや、だってこれ美味しいんだもん。ついでにさっきの審査で喉がカラカラだったんだもん。つまりこれは不可抗力であって、別に私が浅ましいとかそういうわけでは……。

 さて、連絡器とやらを早く見たい。そろそろ本題に移らないと。


「それで、話とは」

「ああ。君はユーストの妹、で合ってるよね?」


 また確認? 随分手の込んだことで……あっちもあっちで話す相手をしっかり選ぶ必要があるってことなんだろうか。ヘッケレンではお尋ね者らしいし。

 でもなんかしつこいよなぁ。大体、もし違ったら付いてきてないんじゃないか? 敵なら敵でこんな回りくどいことは……するかもしれないのか? ああ、なるほど。この男は強いのか。密室で襲われたとしても、相手を組み伏せられるだけの自信があるのか。


「ユーストの現状に関してだけど、どこまで聞いてる?」

「ヘルスレンさんから色々と。ただあんまり詳しくはないです」

「ヘルスレン……? まあいいや。こっちも食べなよ」


 実は食べたくてウズウズしてたんだ。でもジュースを一気に飲んだせいでなんとなく食べづらかったんだ。ありがたく頂戴して……うーん? こっちはあんまり美味しくないなぁ。

 味が薄いというか、しょっぱいというか……まあジュースが甘いし、これはこれで好きな人も居るのかな? チョコポテチみたいな感じで。私は好きではないけど。


「まずは情報のすり合わせからしようか」



◆◇◆◇◆◇◆



 すり合わせとの通り、まずは互いの情報を補完し合うところから始めた。

 と言っても私の持ってる情報はあまり多くなく、せいぜいがリアトレットから手紙が来たこととその内容程度。

 一方カーラハーンは事の顛末を1から説明してくれた。こっちもこっちでヘルスレンから聞いた内容とほとんど変わらないけど、ヘルスレンとは視点が違ったおかげで助かることもあった。

 彼はアルムーア独立戦争時に実際に戦場に出ていた。

 殲滅とは言うが、やっぱり多少の生き残りは居たらしい。彼の場合は脱走兵だが、人手が足りなくなったせいか除隊ではなくヘクレット兵の死体の回収と埋葬に回され、その後は出国審査官として過ごしているとかなんとか。

 ちなみに出国審査員と国境警備隊は別の組織らしく、審査官3と呼んでいたあのコートマンは国境警備隊の人間であるらしい。ここらへんの話は興味がないせいか、ちょっと眠くなってきている。

 それに、外がなんか騒がしい。なんだろうな、話に集中できない。どうしたんだろう?


「何の音でしょう」

「人が集まってきてるんじゃないかな」

「どうして?」

「そりゃあ……君はユーストとは全然違うんだねぇ」


 そんな、あえて言葉にするくらい私とユタは似てないんだろうか?

 確かに私はユタほど色々は知らないし、比べ物にならないほど不器用だし、コミュ力もそんなに高くはないけど……なんか微妙な気分だ。

 いや、見た目の話なのか? うーん……ユタの見た目ねぇ。別れ際の時は可愛いショタっ子って感じだったけど、今はどんな感じなんだろう。

 私が童顔のチビであることを考えると、結構大人っぽくなってるのかもしれない。ふむ、気になってきた。どんなイケメンになったんじゃろか。


「そろそろ気付かない?」

「え?」


 気付く? そんなこと言われてもな……なんか変なところあったかな。眠気のせいか頭が上手く回らな――眠気?

 あれ、私なんでこんな眠いんだ?


「ユーストの妹だからって遠回りしてみたけど……これじゃつまらないな」

「――毒?」

「魔人にはよく効くだろ?」


 失敗した。

 油断していた。

 もっと早く気付くべきだった。

 私は賭けに出ていたのに、それをすっかり忘れていた。

 気付けば焦点すら合わない。力が抜けるような……ああ、なるほど、この毒は体内の魔力を乱すのか。確かに魔人である私には効果的だな。


「遅かったじゃないか」

「3人も居たからな、時間は稼がせるように言ってある。で、今度はどうだ、本人か?」

「ほぼ、かな。言い切れはしな――」



◆◇◆◇◆◇◆



 ちゃんと覚えてるのはここまで。

 今私は暗闇の中にいる。


 状況を整理してみよう。

 両手足は共に縛られ、口は何かを詰められた上で塞がれ、頭には麻袋のようなものを被せられている。衣服も剥がされてしまっているらしく、かなり寒い。

 左腕は上から、右腕は下から後ろに回され、そこで縛られている。ここまで自分の体が柔らかい事に驚きだが、とはいえ肩甲骨がめちゃくちゃ痛い事に変わりはない。

 腕を結んでいるロープは足のものとも連動しているらしく、膝を伸ばすことが全くできない。

 裸なおかげというべきか、小さめの木箱のようなものに詰められているということも分かる。どうやら私はかなりコンパクトに折りたたまれているらしい。


 とても窮屈な体勢だ。再確認してみたが、これだけでは抜け出す方法が思い浮かばない。

 それに魔力を感じる事も、操ることも全くできない。仮に口の詰め物がなかったとしても、安定して無詠唱が使えたとしても、そもそも魔術自体使えないように思える。

 この魔術対策が周囲にある物によるものか、体内に入ってしまったものによるものか。前者ならまだなんとかなるかもしれないが……後者なら絶望的だな。出された後も何もできない可能性が高い。

 飲み物か食べ物か、あるいは両方か。とにかく魔力を乱され、眠気を誘発され、思考を鈍らせ……そんな薬を私は飲んでしまっている。

 しかし現在は思考も意識もはっきりしている。もし単一の薬によるものなら、魔力が扱えないというのは前者である可能性も十分あるか。


 魔力視が全く使えないというのは問題だ。先程から揺れ動いてる辺り、何かに載せられて運ばれてるのは分かるけど、外の状況が全く分からない。

 もし魔力視が使えれば、この箱の魔力的に弱っているところを突くなんてことも考えられるんだけど……いや、そもそもほとんどの行動を制限されてる状況だ。自力での脱出は難しいか。

 時折聞こえる会話を盗み聞くくらいはこんな状況でも行なえる。どうやらヘクレットに向かっているらしく、私には結構な値段が付いてるらしい。自分の商品価値なんて知りたくもなかった。


 彼らの喋りっぷりから察するに、私"達"は荷馬車で運ばれており、現在は夜。天候は曇りだが雨が降るほどでもなく、雲によって明るさがかなり変動しているらしい。

 カーラハーンは当然として、クラーと呼ばれてる人間も主犯格であるらしい。声的におそらくは審査官1だろう。つまりこいつも詠唱みたいなあれが聞こえてるにも関わらず聞こえないふりをしていたと。

 他の人間の名前は不明。この状況では足音から人数を数えるのも難しいが、喋り声的に他に4人以上居るのは確定だ。合わせて最低6人、多めに見積もって12人は居ると考えておいたほうが良いか。

 私以外には子供が男女1人ずつ、そして大人の女1人が運ばれているようだ。私を含め全員が奴隷行きだそうだが、私だけは販売ルートが違うだとかなんとか。


 ……拾える情報は全部拾ったつもりだけど、これ意味あるか? この状況から抜け出す策は残念ながら全く浮かばない。多少戦闘力があるからと天狗になっていたらしい。こんな手を使われては、私1人ではどうすることもできない。

 じゃあ誰かに助けを……私を助ける人間がどれくらい居る? 私はカクほどコミュニケーションが得意なわけじゃないし、と考えてみればレニーとティナくらいしか居ないわけだけど……あっちはどういう状況なんだろうか。

 クラーが少しだけ触れていたけど、時間稼ぎ……どういう状況になってるのかさっぱりだ。一緒に積まれてるらしき女性がティナである可能性も捨てきれない。じゃあファールナーマやレニーは……最悪殺されててもおかしくないか。


 どこで間違った……いや、分かりきっているな。賭けに出たつもりが、すっかり油断しきってしまったところだ。もしこの状況を抜け出せたなら、こんな油断は二度としないようにしよう。

 もし本当に抜け出せたら、その時はこの2人を――まあ、それはいいか。

 今私にできることは考えることだけ。この状況を抜け出す糸口は未だ見つからないが、だからと全てを諦めるには早すぎる。

 全ての間違いを否定しなくてもいい。間違いを受け入れ反省し、次に間違わなければいい。人生は長い。少なくとも魔人は人間よりもずっと長生きだ。それなのに全て成功させようなんて驕りが過ぎる。

 次に活かすため、私はこの状況を抜け出さなければならない。さもなくば私の道はここで終わってしまう。


 とかっこよく考えてみたはいいものの、状況が最悪なことに変わりはない。

 裸で箱詰めされ、当然身動きも取れず、魔力にも全く頼れない。

 外からの情報もほとんど手に入らず、思考は悪い方へと傾いていく。

 カクならこんな時……いや、こんな状況に陥るタイプではないか。結局の所、これは私の抜けが招いた事態なわけで。


 あーあ、どうしようかな、これ。

 いくら考えられるっつったって情報が少なすぎるぞ。

 多分この麻袋みたいなのは剥がされるとして、服は……返ってこないだろうなぁ。返してとは言わないからさ、せめてなんかくれ。寒いし、つーか恥ずかしいし。

 拘束はずっとこのままってわけでもなさそう? だってめっちゃ痛いし。こんな姿勢ずっとは耐えられないし、さすがになんかしてくれるでしょ……いや、療術で逐一治すか? 拷問にも使えそうだな、療術って。

 何考えてんだ私。んなことよりも先を考えよう。


 えーっと、話によれば私は他に運ばれてる人とは違い、なんか人員管理局というところに売り渡されるらしい。ユタの情報源として売れますよー的な感じかな? 知らんけど。

 その後は彼らの憶測になるが、多分奴隷行きか、最悪処刑か、まあそこらへんだとか。どっちにしろ自由な未来は待ってないですよ、と。


 プロセスを考えてみよう。さすがに箱詰めされたまま渡されるとは思わないから、その途中で何かしらの確認は入るだろう。

 で本人確認的なのをして、人員管理局ってところの人がカーラハーンとかにお金払って私を受け取って、その後情報吐けーって色々されて、最終的には奴隷か処刑かなんからしい。

 穴はどこだろうな。受け取るタイミング? いや、その瞬間にはこの拘束は解かれないか。せいぜい顔を確認するために箱を開けて袋を取って……みたいな、そのくらいだろう。

 なら尋問だかのために牢屋的なとこに移されるタイミング? ここは確かに穴に思えるけど、場所自体に魔術対策が施されてる可能性がかなり高い。あの船みたいなのならまだしも、図書館にあったようなタイプだと詰みだ。

 あれ。ならそこに運ばれるまでがリミットか? つまり今が1番の穴? ……冗談キツくない? 声も筋力も魔力もダメな私に何ができるんだ? これが例えばレニーとかなら、なんかこう、気合でぶっ壊せたりするのかもしれないけど、私は"か弱い"のだ。ホントだぞ。


 うーむ……魔力潰しがどこにあるのかが分かれば良いな。私を縛るロープなのか、口に入れられた布っぽい何かなのか、口を縛ってる布っぽい何かなのか、頭に被せられた袋なのか、この木箱自体なのか、馬車なのか、薬なのか。

 ロープやらなら話は早い。骨を折ってしまえば外すこと自体はそこまで難しくはないはずだ。あんまり行ないたいとは思わないが、最悪な手段でもない。

 口や頭のものも同様。片腕でも自由になれば自力でなんとか外せるだろう。これが魔道具じゃなければ、だけど。残念ながら魔力が全く見えないからどっちなのかの判別が付かない。

 箱や馬車なら少し難しい。仮に拘束具を外せたとしても、療術が使えなければ痛みに耐え続ける必要がある。ただここから逃げ切れさえしてしまえばどうとでもなるかもしれない。服は……どうしようか、本当に。

 最後が薬による効果が未だに続いてたり、意識の無い間に別の薬を入れられてるパターン。これはもうどうしようもない。さっさと薬が切れるのを辛抱強く願う他無い。

 意識を失う前も魔力自体は感じ取れていたから、ありえるとしたら後者だろう。多分だけど、あの時に飲まされた薬はほとんど効果を失ってる。猿轡のようになっているこの布からして、おそらく意識を取り戻すのは織り込み済みのはずだ。

 そもそも意識を取り戻されない予定なら口を塞ぐ理由も特にない。単に窒息死の可能性を高めるだけだし。いくつか考えていくと、もし薬によって魔力を使えない状態に陥ってると仮定するならば、それは後者である可能性のほうが高い。


 魔力は相変わらず見えないし、詠唱も行なえない。試しに「魔力よ、纏われ」と強く念じてみたが全く反応なし。

 こうなった魔術師は本当に無能だ。雨に濡れた錬金術師の方がまだマシなんじゃないかってくらい無能だ。だって私達はゾエロによって体を動かしてる。ゾエロも魔術なわけで、つまるところ身体能力もかなり低下することになる。

 彼らから逃げるためにはゾエロが必須だろうし、魔術が使えない状況で逃げおおせるとは考えないほうが良いだろう。

 だからまあ、外に出た時点で魔力が使えないパターンは考えないことにする。もし使えないならばどうせ逃げられない、考えるだけ無駄だ。


 さて、骨を折るとなると私は今まで魔術を使ってきた。ウィーニ・ウズド・レズドによる小規模の爆発によってポキっとしてたわけだけど……それができないとなると困るな。

 人間とは自らの力だけで自らの骨を折ることが可能なのだろうか。筋力によってのみで、その後の痛みを覚悟した上で、だ。

 魔術なら可能だ。魔素とは非常に安定した物質だが、それを魔力として用いようとすれば大変な危険性を伴う。幼子に教える最初の魔言がエルかエレスなのもこの辺が原因だったりもする。

 しかし魔力ではなく筋力で、だ。果たして私にそれだけの覚悟があるだろうか。

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