六十五話 検問所と博打
短め。
キネスティットはかなり大きな町だった。
地図で見る分には村程度かなといった程度だったが、実際にはしっかりとした壁に囲われているし、広さとしても申し分無い。ダーマよりかはダールと並べた方が正しいかもしれない。
違いとしては領主の地位……だろうか。ダールはリル家という結構古い貴族様に収められてるわけだけど、王族と混じってたりはしてない、完全に独立した血族の1つらしい。
ダーマも同様で、王族とは血の繋がりのないマクト家が収めてる。ダーレだけはダーマやダールと違って1つの領主ってわけじゃないらしいけど、あんまり詳しい話は聞いたことがない。
一方のヘッケレンでは、キネスティットのような大きめの町を収める人間には王家の血が流れてる必要があるらしい。分家とはまた違うが、領主には確かに王家の血が流れている。
例えば現キネスティット領主は王位継承56位で、ヘクレット領主の場合は王位継承31位になるらしい。
31位とか遠そうに思えるけど、王の甥とかそのくらいの距離であってもおかしくないし、それなら数字のイメージよりは全然近い。王子に更に子供が居るような場合だと、それこそ王の次子側の孫、とかそういう場合も……。
まあ順位がどこによって決まるかにもよるか。今の王からの距離なのか、先代の王からの距離なのか、長子と兄弟のどちらが上なのか、次子と孫のどちらが上なのか……ここらへんは全然詳しくない。
ともかく、ダニヴェス……というかリル家とは全く違うシステムらしい。それにリル家は女系だし、マクト家もそうらしい。なら多分アマツもそうだろう。ダーマに立ってた像全部おっぱい付いてたし。
男の場合は子供の数を用意しやすく、女の場合は子供との繋がりを確かにしやすい。魔人は人間に比べても長命だろうから、数よりも繋がりを優先したのかもしれない。いや知らんけど。ていうか魔人って子供できにくいらしいけど。
「なーアン」
「なぁに」
「暇なんだけど」
「そだね」
うーむ、王様だのなんだのとかいうのは遠すぎていまいち分からん。アマツとか全然表に出てこなかったし、リル家ですら見たことないし。あいつら一体どこで何してんだろ。
前世じゃ日本とイギリスなんかが有名だけど、その他にも結構血を保ち続けてる王族はあった。でもそれは血を保ってるだけで、実権を握ってたのっていうと……うーん、分からないな。ここらへんは抜けづらい記憶のはずなんだけどなぁ。
とにかく、普通に生きてると雲の上すぎて実感することがないのだ。それなのにユタはアルムーアの第3王子と仲良くなってたとかなんとか……意味分からん。どんなツテだ。いやコネか?
どうせユタのことは少ししたら嫌でも考えなきゃならなくなるはずだから、今は休憩しておこう。
国境検問所、というのは前世でも今世でも初めて見るし、通るなんてのも当然初めて。
いや、一応ダールからシュテスビンに向かう際に通ってはいたか……けど、あっちは拓証見せればすぐ終わるようなちょろい代物なわけで……あんなザルでいいんだろうかとは思うけど、楽ってのはいいことだ。
一方のヘッケレン・アルムーア間の検問所は列が進むのがいやに遅い。もう2時間くらい突っ立ってるんじゃないだろうか。
「なーアン」
「なぁに」
「暇なんだけど」
「分かる」
この検問所の建造物は結構新しく見える。別に見ただけで綺麗に年代をピタリと当てられるってわけじゃないけど、だからって新造と128年前の建物の違いが分からないというわけでもない。……1024年と1152年なら分からないかも。割合の問題だ。
ともかく、まだ128年は経ってないだろう。というかここ16年とか、そんな感じじゃないか? さすがに木の匂いを感じられるほど新しくは見えないけど、だからってずっと使い続けられてるって感じでもない。
古い建物は継ぎ接ぎや直した跡が増えてくるのにほとんど見えないし、例えばあの櫓に掛かってるハシゴなんて、すり減った跡がそこまで大きくない。多分アルムーアがゴタゴタした後に出来たもんなんだろう。
つまり、アルマニエットの頃にはここにはなかったってことになる。ということは領土に変更があったのか、あるいはアルマニエットとヘクレットの仲は悪くなかったとか……考えられることは多いけど、あんまり興味が沸かないな。
「なーアン」
「なぁに」
「暇なんだけど」
「私も」
私達の前には30人くらいが並んでいる。そして私達の後ろには……8人かな?
たったこれしか並んでないのに、列の進みがとにかく悪い。並び始めた時はこの倍は居たから、つまり後2時間は並ぶことになる……一体何をちんたらしてるのやら。
しかも結構な人数が検問所を通れずに帰らされている。大荷物を抱えてる人が多い辺り、ヘッケレンを脱出するのが目的、なんだろうか。
別にこの国もそこまで悪いようには思わないんだけどな。被差別者の私でこの感想なんだから、呪人なら結構住みやすいんじゃないだろうか? まああんまり町には居なかったからなんとも言えないけど。
……ヘッケレンに着いた初日、夜中に襲われてたか。治安の悪さは確かっぽいし、力のない人は住みづらいか。私に魔術適性があってよかった。もし無かったらダガーを振り回すことになってた。血腥いのは……そこまで嫌いでもないけど、だからって好むわけではない。
「なーアン」
「なぁに」
「暇なんだけど?」
「知ってるんだけど?」
そろそろ14月か。こっちの方がマシとはいえ、やっぱ寒いな。
寒さには種類がある、と私は思う。同じ-10度だとしても、風の有無によって体感温度はかなり変わる。そういう意味だとダニヴェスは暖かい方だったりするのかな? 風といえば夏のイメージの方が強いし、冬は全然吹かないし。
温度といえば、こっちでの温度の単位はどうだったかな。数の考え方は16だけど、温度といえば……64か。テルーが凝固から蒸発の間を64分割とか言ってた気がする。
つまり摂氏と比べた場合0度は同じものを指すけど、摂氏100度はこっちだと64度になるのか。温度を計ることなんて全然無いからすっかり忘れてた。けど……この単位って呪人大陸でも一緒なんだろうか? そもそもテルーが使ってるだけとかいうパターンもありえる。
「なーアン」
「なぁに」
「聞いてる?」
「聞いてる」
色々調べてくとどうにも魔人大陸では元々4進法が主流だったらしい。いくつかの数え方や文字なんかに微妙に名残がある。例えば1/4や3/4を表す単語とか……日本語にも1/4はあったっけ? 有った気はするけど覚えてないな。
4だったのがいつなぜ16にスイッチしたのかが分からない。4は昔の日本でも部分的には使われてたけど、世界的に見ればメジャーってわけでもなく、16となると私の知識の中ではコンピュータ関連になってしまう。あれは2の冪の1つだからだったと思うけど……。
位取りも紐解こうとすれば結構深いものがある。前世でよく使われてた10ってのは指を用いる手計算から来るものだし、たまに使われる12は因数が多いからだ。10は10と5と2と1でしか割れないけど、12なら12と6と4と3と2と1で割れるようになる。
5や10が例外的なだけで、基本的には数学的に扱いやすい数字を選ぶことが多い。そういう意味では16は扱いづらい数字の1つだと思う。確かに因数自体は多いけど、素因数で考えてみると2しか持ってないわけで、5と2を持つ10や、3と2を持つ12に比べると劣るように感じられる。
しかし主流になるってことは何かしら意味があるんだろう。例えば……うーん、思いつかない。4から8へ、そして16へなら大きい数字を扱うようになるに連れて……とかで理解できるけど、突然16に飛躍するのはよく分からない。
そもそも3を含まない時点で円が扱いにくくなるのに、それを捨ててまで選んだ理由はなんだろう。というかなんで4なんだ? 前世の10をなぞるなら、もしかしてこっちの昔の人は指が4本しか生えてなかったとか――。
「なーアン」
「指は何本?」
「は、指? ……5本じゃねーの?」
「だよね」
バカらし。こんな無駄なことを考え始める程度には暇ってことだ。
さっきからティナがビービー騒いでるし、レニーはなんかずっと無言だし、ファールナーマはレニーとティナが邪魔でよく見えないし。
ていうかなんで一列なんだ。もうちょっと団子みたいに並んじゃダメなのか。ボッチ対策か? ……はぁ、バカらし。
「ティナ」
「どうした!」
「暇なんだけど」
「それ、アタシのセリフなんだけど」
はぁ、後どれくらい掛かるのやら。
◆◇◆◇◆◇◆
国境検問所ではある程度の取り調べというか、そんな感じのものを受けるらしい。入国審査……いや出国審査か。ここはまだヘッケレン内だし。
最初に聞かれたのは職業と名前、人種、出身地、それから出国理由。少ししてから別の審査官に呼ばれ、3人とはバラバラにされてしまった。
現在はかなり狭い部屋に呼ばれ、3人の男性に囲まれている。魔力は……使えそうか。でもちょっと怖いな。
「アンジェリア、16歳、魔人、5級冒険者、ダリルレ・リニアル出身。
間違いはないか?」
「はい」
最初に口を開いたのは……なんて呼ぶべきか。全員似た髪型なせいでいまいち見分けが付かない。審査官1とでもしておこう。
審査官1の体型は鎧のせいで分からないが、多分ここらへんの兵士かなんかなんだろう。つーかなんで兵士がこんなのやってんだ。適材適所って言葉を知らないんだろうか。
なんとなく、喋り方も気に食わない。あんだけ待たされてこれだと、いくら私だって多少はイライラしてしまう。……別に私が怒りにくいってわけではないけどさ。
審査官1と2は革鎧に数箇所プレートを貼り付けたような、兵士というよりかは冒険者といった佇まい。町で見る兵士はみんな金属鎧だったのに、この人達はなんでこんな恰好なんだろう。同じ鎧ってことは支給品かなんかだとは思うんだけど。
国境ってことは人がそんなに住んでるわけでもないし、実用性重視……とかなのかな。レニーも以前に革の方が使いやすいとか言ってたし。いや、外に繋がれてる馬に乗るため、とか? 考えても分からんか。
審査官3だけは金属鎧で、その上からダスターコートを着込んでるように見える。なんとなく偉そうだ。
「ダリルレ・リニアルってどこだ?」
「ダニヴェスの町の1つだよ」
「ああ、ダニヴェスね」
残念ながらダール自体を審査官1は知らなかったらしい。もう1人……審査官2が教えてた辺り、こっちの人は魔人大陸の方に明るかったりするのかな。
まあヘッケレンから見ればとんでもなく遠いところだ。外国人から出身地を聞いたところで、せいぜい国名くらいまでしか分からないようなもんか。遠くのことまで知ってる人はそう多くはないんだ。
私だって前世じゃ都道府県名くらいまでしか覚えてなかったし。○○市とか言われても大体の場合はどこそれ? ってなってたはず。
「で、魔人が何故ヘッケレンに」
さて、なんて答えようか。正直にユタを追ってきただなんて言えないし……もう1個あったか。
「パーティメンバーが行きたがってたので」
「それは誰だ?」
「……もう、居ません」
少し俯きつつ答えてあげれば、彼らは勝手に察したらしい。
チョロいな、こんな人間に任せちゃっていいんだろうか。多分まだ死んでないぞ。
「どうして西に向かうんだ?」
「クエストのため……いえ、本音は美味しいもの目当てで」
カクは実際にそう言ってたし、ならいっそ先に出してしまおう。ただの旅人です、なんて言うよりかは信じてくれそうだ。
「飯……リアツェレンか?」
「ええ、ファー・ユーヴィンピアへ」
ファー・ユーヴィンピアは中部でも特に美味しいとファールナーマが言っていた。出身地らしいから多少の贔屓はあるだろうけど、美味しいというのは本当だろう。カクも言ってたし。
食で争っていたファー・ジリットはリアツェレンとの戦争で荒れてしまい、おかげで一強だとも。嬉しそうに言っていたあたり、人の不幸は蜜の味……とかなんだろうか。分からん。
ま、実際に行くとは限らないんだけども。今の私の目的地はアルムーアなわけで。
「アルマニエットのことは知ってるか?」
「独立したとか」
「その通りだ。お前ら魔人のせいでな」
お前ら魔人、と一括にされても困ってしまう。全く関係ない人の方がほとんどで、私はユタの妹ではあるけど、その独立に関しては全くの無関係だ。
いや、まあ、ユタがグレた一因に私があるみたいだけど……そんなバタフライ・エフェクトみたいな話されても……ねぇ?
「まぁまぁ。
んで、ダニヴェスからヘッケレンまでどう来たの? アストリア通った?」
「通りました」
「陸路で渡ったことはあんのね」
なんか激おこになってた審査官1の代わりに、妙に馴れ馴れしい審査官2が前に出てきた。あの、ちょっと近いんですけど。
「じゃネフリン? それともサークィン?」
「サークィンですけど……関係あります?」
「いや、ただの趣味」
なんやねんこいつ。温度差激しいなおい。
……いやそうじゃない。こいつもか。なんだよこの鼻の魔力は。呪人はみんなこれ持ってんのか?
「……まぁ、嘘を言うつもりはないですよ」
「なら、いいんだけどね」
"嘘の匂い"とかいうのを自分が出してないか不安だ。一応、ここまで嘘と断言されるようなものは1つも言ってないし……大丈夫だよね?
これのせいでカクが居なくなってしまったんだし、私としてはいいイメージは全く無い。しかしまぁ、こいつもこいつで私の魔力視に気づいてるような……視線か。視線外して見る練習でもしようかな。
なんかこっちに来てからよくバレる気がする。もしかして魔人は大体魔力が見れる、みたいなイメージがあったりするんだろうか。私も呪人に関する誤った知識をずっと抱えてたし。
「次何聞くんだっけ?」
「アホ、お前は下がってろ」
審査官1に審査官2が小突かれている。なんだこいつら、仲良いのか? そんなのを私の前で見せられても困るんだけどな。
最初に覚えたちょっとした怖さは一体なんだったんだろうか。なーんか萎んだ風船みたいな空気だ。審査官3はずっと壁に体預けたまんまだし、寝てるんじゃないか?
「へぇへぇ、レディーには優しくしろよ」
「まだ子供だろ」
「アホはお前だ、ダニヴェスじゃもう大人だぞ」
「な、これで大人なのか!?」
……なんかとっても失礼な言葉が聞こえた気がするんだが?
「睨まれてんよ」
「いや、なんというか……この前の魔人はもっとデカかっただろ? こう、色々と」
「ここからまた伸びるのさ」
そうだ、私はまだ成長中なんだ。伸びる人は32歳くらいまで伸び続けるってサンも言ってたし。
単にまだ成長期が……もう終わった気がするなぁ。もう諦めたほうが楽になれるんじゃないか? チビにはチビなりの利点が……あるといいなぁ。
「ヘッケレンに戻る予定はある?」
「今のところは……ダニヴェスに帰る際に通るかも、くらいです」
ここを出てからは南部、中部、西部、北部……と呪人大陸をほぼ一周する予定になっている。
それを終えたらどうするかなんて真面目には考えてなかったけど、きっと帰るだろう。
ただ……北部に行くのにどれくらい掛かるかは分からないけど、かなり掛かりそうなのは確かなわけで、ということは帰り道もやっぱり掛かるわけで……。
私は結構面倒臭がりだ。途中でいい場所を見つけたら、そこに定住してしまうかもしれない。だから「かも」が正しい、と思う。案外自分のことなんて自分でもよく分からないものだ。
「じゃ最後の質問。この後俺とどう?」
「まーた始まった」
質問の意味が……なんでバレたのかはともかく、えっと……ちょっと待て。なんで音と意味が違うんだ。これじゃまるで詠唱じゃないか。いや、詠唱とはちょっと違うが……いや、そうじゃなく、いや、いや――。
落ち着こう。現状を整理しよう。審査官2はどうやら私をユタの妹だと見抜いた、あるいは吹っかけてきている。状況だけ見るならば最悪だけど、この聞き方は……。
審査官1は「まーた始まった」なんて言ってる辺り、他の2人には聞こえないようにあえてこの形式で投げかけてきている……と考えても良さそうだ。
つまり審査官2がこの質問をする事を1と3は知らない……いや、こっちは決めつけられないか。それも含めて演技の可能性……うーん、3は分からないけど1は無さそうだ。
3に関しては情報が全く無いが、2に関しては魔人大陸やそっち方面の知識がそこそこあるように思える。1は逆にほとんどないらしい。
ヘルス……レンが仲間は多いって言ってたし、2がユタやアルムーアの味方側、つまりヘルスレンのいう仲間である可能性……これは十分ありそうな話だ。
いや、あんまり黙り続けるのも良くないか。一旦は話を続けて……。
「えっと、どういう意味で?」
あ、この返しは間違いな気がする。
「文字通り、さ」
「ただのナンパだ。断っとけ。だいたいお前も――」
3はピクリとも動かないし、魔力に変な流れもない。1は多分聞こえてない。
つまり今は4人居るように見えて、実のところ2人だけのやり取りが成立してると考えていいか。
……博打か。あんまり好きじゃないけど、知りたいことも多いしな。乗ってみよう。
「喜んで」
「ほら……え?」
「んじゃ俺早引け、後よろしくな!」
「おい、マジかよ」
賭けの結果がどうなるかよりも、私を抱えるように外に連れ出すこの人のほうが気になってきた。