六十四話 護衛と魔力視
2022/12/18 "らしい"の数をちょい削り。
ピカピカ新品の5級拓証を持ち、私達は冒険者ギルドに来ている。
時間毎に貼り直されるとはいえ、やはり朝はめちゃくちゃ混んでいる。
クエストはレニーに選ばせ、私とティナは端っこでお話中。
「なあ、なんで森に名前なんて付けんだ?」
「そっちの方が分かりやすいでしょ」
「いちいち覚えんのめんどくせー」
あっちで生活してると、固有名詞を持った地名はあまり多くはないことに気づく。
ハルマ森は向こうなら「海沿いの森」あるいは「西の森」などと呼ばれるはず。
でもそれじゃ、やっぱり使いづらいと思うんだ。ダニヴェスの東の大森林の西にあるなんちゃら村……とかマジで面倒臭い。このせいで一文が長くなったりするんだぞ。
あんまり文字に触れない人なら関係無いのかもしれないけどさ?
「つーかこの後どうすんの?」
「どうすんのって?」
「アタシは別に目的とかないけどさ、アンは北の方向かうんだろ?
どういう感じで行くんだ?」
「ティナ……!」
予定を考えるという発想が君にあっただなんて……!
こほん。あまりに失礼すぎるからこれは口に出さないとして、ルートか。
「ヘクレットは呪人大陸では東の端、半島のような地形の先端に位置してるのね。北西には竜壁海、南東にはマルナ海が広がってる。東には陸壁海ってのが広がってて、私達が乗ってきた船はこっちを通ったの。
大体どの方角も海なんだけど、南西にだけは陸路で進むことができて、まっすぐ行くとそのうちアルムーアに当たるのね。
もしアルムーアに入らないように進もうとすれば、その手前でピューエル山脈に沿って北西に進むルートもある。その先はもうヘッケレンじゃなくてダ・ビウンとインセン・ビウンって国があって、その先はゲーン山脈ってのが広がってて、通り抜けられない。
一応夏には海路で迂回することもできたらしいんだけど、今は冬だし、港も潰れちゃってるんだって。なんかゲーン山脈の北の方にある、パルクッシュ山ってのが大噴火――」
「アン、アン」
「ん? どっか分からないとこあった?」
「全部わかんない。ていうか名前多すぎ覚えらんない。頭痛い」
元々顔や名前を覚えるのは得意な方ではないし、向こうで生活してたせいで固有名詞を持った地名というのもあまり扱ってこなかった。
それなのに突然途轍もない量の固有名詞が出てきてしまっては。
「私も結構辛い」
2人して頭を抱える結果になってもおかしくはないと思う。
ティナ、別に君は悪くない。きっと私も悪くない。悪いのはこの世界と私達の頭なんだよ。
「……どうした?」
傷を舐め合っていたらいつの間にかレニーが戻ってきてた。
助けてレニー。私の頭はこんなにいっぺんに処理できないの。
と哀れな視線を浴びせてみるが、全力でスルーされた挙げ句依頼書を渡してきやがった。
スルースキル高いなおい。
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階級:6級
報酬:8ベル/1日
分類:護衛(片道)
対象:サラバ・ダ・ダ・ビウン
期限:10日以内
名前:メルニア・ラナン
詳細:個別報酬、6人以上8人以下。
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「またビウンかよっ!」
白目を向いたティナはともかく私はサラバ・ダ・ダ・ビウンという名前を知っている。
まあ名前と位置を大まかに知っている程度で詳しくはないけど、とりあえずは知っている。ダ・ビウンの首都というか唯一の都市というか……まあそんなところで、エルムニトの北西にあるとか。
エルムニトはヘッケレンの大きめな町の1つで、ハルマ森を抜けて北西に進むと広がってて、更に先に広がるなんとか川がヘッケレンの北側国境で――。
「ねえティナ」
「なんだよ。どうせ分かんねーぞ」
「いや、なんか限界だなと思って」
ダメだ、頭がパンクしそうだ。
なんでこんなに色々名前が出てくるんだ。もしかして魔人自体名前を覚えるのが下手だったりするのか? ティナも苦手だし、私もこんなだし、もう絶対無理だ。
なんだよビウンって。ゲシュタルト崩壊してきたぞ。つかサラバ・ダ・ダ・ビウンってなんで似た音を続けるんだよ。ダは1種類じゃダメなのか? あーもう禿げそう。
「アン、諦めよう。こりゃアタシら魔人にゃ無理だ。レニーに任せよう」
「賛成。レニー、説明して」
「……お前ら」
ああああ縮む縮む潰すなああああ!
「んなろ!」
「キャー助けてー」
演技掛かった声を上げつつ、真面目に内容を考えてみる。
サラバ・ダ・ダ・ビウンはヘクレットからは冒険者なら5日もあれば着きそうな距離だけど、その途中でハルマ森を通ることになる。
馬の方の馬車ならともかく、蜥蜴の方の馬車はあんまり速度が出ない。こっちでも何度か見かけてる辺り、多分あっちの知識はそのまま使えるだろう。
そして護衛クエストは大体の場合は荷馬車がセットなわけで、そうなると舗装されてるかにもよるけど、冒険者だけで移動するよりも時間が掛かるはず。だからの10日以内か。
報酬は1日8ベル。私達の場合は3人だから24ベルで、10日掛かったら240ベルか。
ダニヴェスで受けたカザルの護衛は6日で小銀6だったから、1日あたりは小銀1で、これを4人で割ると1人あたりは大銅4になって、中銅10が1ベルつまり128ガランだから820ガランくらいで……表記を合わせると6.4ベル/1日くらいになるのかな。
つまり、ダニヴェスで受けた6級護衛よりは1.6ベルだけおいしくなるのか。
あのクエストを受けたのは食事代が浮くからって理由も大きかったわけだけど、私の食費は1日1ベル程度。糧食を自分達で用意したとしても問題なくって感じか。
「脳出る! はみ出るってマジで!!」
「あ、計算終わったよ。受けていいと思う」
「喋りながら!? お前も分かんねーわ!」
このくらいの暗算ならカクにだってできたし、なら当然私にだってできる。というかお金の計算だし、多分サンだってできる。むしろできないティナのおつむが……その……。
痛いの痛いのとんでけをティナに掛けつつ地図を広げ、一応ルートの再確認。
「あーむあにーと? の手前で曲がる感じか」
「アルマニエット。こっちだとちゃんとアルムーアになってるから、ちょっと古いね」
サラバ・ダ・ダ・ビウンまで載っている方の地図にはアルマニエットと書かれている。一緒に出したもう1枚はしっかりアルムーアになってる辺り、これはちょっと古いんだろう。
この地図はダ・ビウンの方で発行されてるものらしいから、そこらへんは仕方ないか。あっちは別に当事者ってわけでもないんだし。
実際にルートを決めるのは依頼者だから、どんな地形だったりかを頭になんとなく入れておく程度。ヘクレットからサラバ・ダ・ダ・ビウンまでのルートは1つしか無いように見えるから、陸路に限定すればこれだとは思うけど。
「この森ってあの……ハルマ森?」
「正解。私らが行ったのは東ハルマ森って方だね」
ハルマ森は東西に細く伸びており、ダ・ビウン方面に進むためには突っ切る必要がある。
突っ切るというとめちゃくちゃ大変そうだけど、実際はある程度舗装された道が引かれてるらしい。ハルマ森は細長いだけであり、薄いところをぶち抜いたとか聞いた。
「行くか」
「おう」
◆◇◆◇◆◇◆
受付では依頼書や依頼石に載ってない詳細な情報を教えてくれたりする。例えば護衛対象の人数であったりとか、他の冒険者が関与するかとか、ダブルブッキングになっちゃってないかとか。
討伐の場合だと1つの対象に対して複数人が受けてしまったりすることもあるし、じゃあ護衛なら大丈夫かといえば、先に受けようとしたクエストの場合だと足りない3人以上をどっかから見つけなきゃいけなかったりもする。
このクエストは既に2人のパーティが受けてたから、後1人をどっかで見つけるなりする必要があったわけだけど……それとは別の問題に出くわした。
魔人お断り。
なんだよお断りって。そういうの先に書いとけよマジで。と文句を言いたくなったが、言ったところで何かが変わるわけではないので我慢した。
人種差別というのはどの世界にもあるわけで、なんなら今までもこの手のはちょこちょこ見かけてたわけで。獣人がパーティに居なくて良かった、なんて考えてた私が文句を言える立場じゃないのは明らかだ。
だから結局別のクエストを受けた。こっちも護衛だったけど、またちょっと条件が違った。
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階級:5級
報酬:32ベル以上
分類:護衛(片道)
対象:キネスティット行き
期限:1日以上
名前:ファールナーマ・ニン
詳細:3人以上の1パーティ。直接相談。
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「なんで魔人ってだけでよー」
「気にするな」
キネスティットはアルムーアとヘクレットのちょうど間くらいにある町。
そこまで離れてる町でもないし、途中で危険なところを通るというわけでもない。
なぜこんな護衛クエストが、と思ったがどうやら目的地はキネスティットではなかったらしい。
「まだ昨日の出来事だからさ」
依頼人はファールナーマ。私達に比べたら薄い顔をしているが、こういう顔はヘクレットでもよく見かけていたし、そういう意味では特に特徴らしき特徴もない。
この男の真の目的地はファー・ユーヴィンピアというヘクレットからはかなり遠い町。ユーヴィンフィのことかと聞いてみたら、それは昔の呼び方だったのだと。情報更新が必要かも。
陸路での移動の場合、キネスティットからアルムーア、リアトレット、ファー・ジリット、そしてテレ・キレットを経由してようやく着くと結構な距離があるようだ。
単身でアルムーアに入るのは怖く、しかし傭兵団は国外への移動はかなり難しめ。だから冒険者を雇おうとしたが、冒険者ギルドは冒険者ギルドでアルムーア以西の地域を対象としたクエストは承認されないという状態だったらしい。
どうするかと酒場で飲んだくれていたところ、大柄のおっさんが「この形式なら行けるはず」と助言してくれたとか。
そのおっさん、もしかしなくてもクッターラの、ヘ……ヘルスレン? みたいな名前の人だったりしないだろうか。ま、今から考えても無駄か。
「上手くなったな」
「ホントか?」
「ああ。訛りは凄いが」
「向こうの言葉、なんか教えてくれよ」
さて道中で寄ることになる町だが、アルムーアは当然としてリアトレットでもユタの情報を掴むことはできるだろう。
何せあそこから手紙を出してきてるんだ。潮風が臭くて、魔人差別がひどくて、治安が悪くて、仕事の多い町、とか書いてあったかな。
アルムーアの情報は残念ながら手紙には無かったと思う。ただ話を聞く限りでは、魔人差別がほとんどない国らしい。実際のところどうなってるのかなんてのは行ってみなきゃ分からないけどさ。
「こんなにも早く見つかるなんてなぁ」
「ホントは別のクエスト受ける予定だったんだけどよ、魔人だから――」
「しつこい」
「いっでえ!」
聞いた情報によると、アルムーアとリアトレットはかなり大きい町らしい。アルムーアの場合、国と言った方が適切だろうか。
荷馬車の積荷はかなり多いが、特に種類が統一されていたりはせず、せいぜい生鮮食品がほとんど見られないと言った程度。
いわゆる行商人であり今まではヘッケレンの北側、いわゆる北東地域で働いていたが里帰りしたくなったんだと。すんごい遠くまで来てたんですねあなた。
「危ないぞ」
「大丈夫だって、アンもやってんだから」
「お前は見えないだろう」
アルムーアに着くまではぶっちゃけ安全だと言い切れるレベルで、どちらかといえば国境を超えられるかどうかの方が問題だったりする。
アルムーアまでは距離的に1日で移動するのは不可能なはずだし、ともなれば2日か3日くらいは私達はただのニートである。
さて私の場合だが……魔力を使わなさすぎると、こう、うずうずしてくる。アウトドア派の人を家に閉じ込めておいたら似たようなことになるのかもしれない。
安全だと言い切ってしまえるなら、この移動中に魔力を使ってしまってもある程度なら問題無いはず。
「あれ? 血ぃ出てる?」
「言わんこっちゃない。……アン」
「こんくらい唾付けとけば治るって」
4時間くらい続けて魔力を展開し、これと魔力視にだけ頼って歩いてみている。
魔力は使わないとうずうずしてくるけど、領域は結構な量の魔力を消費するからちょうどいい。基点はともかく広さの調整はあんまり得意じゃなかったりするし。
魔力は変化した際、術者にある程度伝えてくれる。例えば氷弾が当たったかどうかなんてのは直接見なくても感じとれる。もっとも、それが柔らかいものに当たったのかあるいは硬いものに当たったのかまでは分からないけども。
療術には魔力を用いて触診する技術がある。この感覚――魔覚とでも呼ぼうか?――の応用だと思うんだけど、残念ながら私は鈍い方らしくあんまり得意ではない。だからこそせっかく広げた魔力があるんだからこっちも練習してしまおうという算段。
触診なんて呼ばれるほどなんだから、極めれば魔力で触れるだけで地質なんかも詳細に分かるのかもしれない。この訓練が効果あるのかは知らんけど。
両方ともかなり神経がいる作業なのに加え、魔力視の調整まで一緒に試してるもんだからもうお喋りするだけのリソースなんて残ってない。
結局のところ、私が魔力を感知するために1番使うのは魔力視なわけで。領域は単品で見ればかなりコスパが悪い。まあ魔物の中にも魔力を感じ取れる奴は多いらしく、これのおかげで魔物が近寄ってこないなんて副産物もあるんだけどさ。
自分の魔力は直接は見れなくて、周囲の流れの変化を見るというやや遠回りな方法で感知している。
領域のような自らの魔力だけで満たされた空間の場合だと魔力視では完全な真っ暗闇になってしまうんだけど、領域内は領域内で魔力の変化が触覚みたいな感じで伝わるから手探りっぽくはなるけどなんとなく分かる。
領域外は魔力視のおかげである程度見えているし、こっちは視覚へ直接伝わってくる。目を開けているとどうしても普通の視覚に気が向いてしまうから、魔力視に集中する場合は目を閉じてしまったほうがよく見えたりする。
当然、普通の目の方に集中したい場合は逆に魔力視をオフにする必要があったりする。こっちはこっちでまた説明が難しいんだけど……両目を開けつつ片目だけでものを見る、みたいな? 誰かに伝える予定はないし、ここは別にいいか。
ティナが私の真似をしてたみたいなんだけど、特に魔力視とか持ってないらしいし、闘気も纏えない。そりゃ転んで当然という話になってくる。
レニーは闘気が使えるとはいうけど、闘気による魔力の感じ方は触覚に近いと言っていた。残念ながら私には分からない感覚だけど、この領域と似たような感じになるんだろうか。
「見えてきたか」
「ああ。あそこがキネスティットさ」
「お……お? 思ってたより広いか?」
久々の光に眩みつつ、なんとか正面の景色を睨み見る。
なるほど、地図の縮図はだいぶズレていた。あれによれば小さな町か村かといった程度に思えたが、実際に見れば今まで見た大きな町……シュテスビンとも大差無いかもしれない。
まあ実はこっちから見ると大きく見えるだけで、中に入るとハリボテでしたーとか言う可能性も……ないか。多分、普通に大きい町なんだろな。
◆◇◆◇◆◇◆
「あー疲れた」
町に入るには地味に時間が掛かった。アルムーアへ亡命する人間は人種問わず結構居るらしく、その手前の町ということもあってか結構な警備。
魔人じゃなければもうちょっと楽だったのかもしれないけど、残念ながらティナと私は魔人。ああもう、面倒臭すぎる。ついでに私達の"飼い主"としてレニーも連れて行かれてた。はぁ、なんだかなぁ。
加えて、ここまでずっと魔力視に頼って歩いていた。
魔力視自体は別に魔力を使ったりはしないんだけど、ずっと顕微鏡を覗いてたかのような妙な疲れがある。なんていうんだっけ。眼精疲労? 首こり? まあ、そんな感じのやつ。
ハルミストからの帰り道もかなり使ってたけど、あの時は頭がいっぱいいっぱいすぎて疲れを感じる余裕もなかった。
だから厳密には初めてというわけでもないけど、1日中見続けた場合の疲労感を具体的に覚えられたのは今日だ。
今までソロの冒険者として活動したことはない。
言い換えてしまえば魔物の探知は全て他人に頼ってきたわけで、彼らの精神力というか野太さというか……そういうものに驚きを隠せない。
確かに私は見れるが、とはいえ見続けるのは向いてないらしい。もうぐったりだ。死ぬほど疲れた。
「朝になったらすぐ出発かぁ」
「明日にはアルムーアか!」
「元気だねぇ」
宿は2部屋を取った。ファールナーマとは当然別部屋……の予定だったのだが、なぜかレニーが連行されていってしまい、この部屋にはティナと私しかいない。
こんな時、ティナの元気さには呆れ返る。羨ましいとかではなくいっそ呪ってしまいたいくらいの悪感情を抱く自分に嫌気が差してくる。
取り繕うための言葉は自分への嘘。嫌いなものは増えるばかり。
「アンにはどう見えんの?」
「どう、とは」
「魔力視? とかいう奴。目閉じてても見えるんだろ?」
「うーん……」
見えない人間に対する説明か。
正しく説明するのは凄く難しい。これが現代人相手なら紫色の濃度だけで表されるサーモグラフィーのような……とでも言えば大体は掴んでくれるだろうけど、この世界でそんなものは見たことがないし、これも正解ってわけでもない。
魔力を直接見る事ができる魔道具を見たことはあるが、あれはめちゃくちゃ高く使ったことなんて当然無い。多分ティナも未経験だろう。
はて、どうしようか。
「真後ろとかも見えんのか?」
「見えるよ。全部の方向見えてる」
魔力視の視野は綺麗に360度あり、真後ろだろうがなんだろうが見ようと思えば見れてしまう。
視点がどこにあるのかと何度か試した結果、どうにも目よりは微かに高く、かなり奥にあるということが分かった。
細かく言うと、脳の内側に該当するように思われる。部位の名前までは細かく覚えてないけど、多分間脳とかそこらへん。機能的に考えると、前世でいう松果体が瞳としての機能を発現させてる……とかなんだろうか。
こっちの世界の"人間"が前世の"人間"と全く同じ構造ではないことを知ってるから、脳に関しても多少の違いはあるとは思うけどさ。
「壁の向こう側は?」
「紙くらいの薄さなら見えるけど、木の壁は無理。金属の壁なら大体見えるよ」
魔力の光とでも呼ぶべきあの紫色は、金属を貫通する際にはほぼ失われず、また金属自体が魔力を放つこともほとんどない。魔力視だけに頼った場合、金属のほとんどは透明な物質へと変化する。普通の目で見た時のガラスが1番近いか。
一方で木やら布やらは魔力を吸収しちゃうし、それそのものからも魔力が放たれてる。つまり普通の目と同じように向こう側を見ることはできないが、そのものの形状を感知することはできる。
極端な話、全身を金属の服だけで包んだ人が居たとして、その人を魔力だけで見ようとすれば全裸に見える。いや見たことないから多分だけどさ。
「お前……エッチだな」
「な!」
振ってきたのはティナであって私ではないんだが?
「逆にさ、普通だと見えるのに魔力視だと見えないのってある?」
「魔石とか全然透明じゃなくなるよ。後空気とかも色付いてる」
魔石は普通の目で見ると緑っぽい半透明の物質だけど、魔力の結晶ということもあってか魔力視では不透明な物体に……金属とは逆の現象が起こる。
さっきの例えを繰り返すなら、全身を魔石の服で包んだ人が居たとして、その人を魔力だけで見ようとすれば眩しすぎてヤバいことになる一方、普通の目で見ればただの変態に見える。こっちも多分だけど。
「どんくらいまで見えんの?」
「んー……普通の目より狭いよ。領域広げるともっと狭くなる」
魔力視の視程はそこまで遠くもなく……あんまり考えたことはないけど1kmかそこらが限界だと思う。
しかも魔力の濃いところ――空気中の魔素が多いところだと更に狭まる。感度の上げ下げで対応できるもんでもなく、現状ではどうしようもない問題だ。魔力の濃い森なんかか魔力視には一面輝く霧に包まれてるかのように映る。
そして、今日みたいに領域を広げてしまうと更に見づらくなってしまう。
領域を展開するということは、外側からの魔力をシャットアウトすることとほとんど同じだから、遠い光や弱い光は届く前に私の魔力によってかき消されてしまう。
だから領域と魔力視は喧嘩し合う仲と呼んでもいいだろう。全く見えなくなるわけでもないんだけどさ。
「便利そうだなー」
「集中すると疲れるけどね」
普通に生活してる分には気にならないけど、こっちばっかり見ていると凄く疲れる、疲れた。
この疲労は差はどこから来るんだろうか。
目を開けてる時は後ろ側はほとんど見ていない、というか見れていないし、ということは普段は視覚によって視野を制限しているってことになる。
意識の差からなのか、目を閉じるとその制限が外れ、後ろ側にまでしっかり見えるようになってくる。すると普段以上の視覚情報を処理するハメになり、脳が追いつかなくなる……とかなのかな?
学者様とかでもあるまいし、細かいことは分からないけど、なんとなくそんな気がする。うん、きっとそうだ。残念ながら私の頭もポンコツだったらしい。
「仲間だね」
「いや何が」
なーんて口に出したらチョップされちゃうから、言わないけどさ。