六十二話 ぽっかりと
翌朝。気がついた時にはカクの姿は見えなくなっていた。
私の告白は失敗に終わったわけではない。だが、成功でもない。
「答えは必ず出す。だから少し時間をくれ。……次会った時に伝える。
アルア・ゼロ・レズ――」
なんともむず痒いが、少なくとも可能性は残ったわけだ。
幸い、向かう先は被ってる。案外乗合馬車なんかでひょっこり顔を合わせる可能性もある。
だからまぁ、諦めるにはまだ早いだろう。
カクは置き手紙と図鑑を残していってくれた。
……遺石を見て想う人の気持ちが少しだけ分かった気がする。別に死んではないけどさ。
それにあいつ、実は全然文字書けるじゃん。嘘ばっかだなぁ、ほんと……。
◆◇◆◇◆◇◆
ハルミスト村から解放された私達は、イールをヘクレットまで届けることになった。
イールは私達と共謀し、彼らを騙そうとした。それが原因で村を追放されることとなった。
カルナスは最後まで反対していたようだが、残念ながら結果は変わらなかった。
カクが姿を消した反動か、道中私達はあまり喋らなかった。
もちろんそれだけが原因ではない。カクの魔力嗅を失った私達は、魔物を先に発見することが難しくなっていた。
私だって頑張った。私には魔力視がある。でも魔力視の問題なのか、練度の問題なのか。ともかくカクほど細かく見分けることはできなかった。
何度も魔物に襲われ、時には怪我を負うこともあった。カクの抜けた穴は、それだけ大きかった。
「あの! もし良ければ、その……」
太陽がほとんど姿を消した頃、ヘクレットが見えてきた。
重い空気に耐えられなかったのか、イールが口を開く。
「……俺をパーティに入れてくれませんか」
イールの言葉は、予想を超えるものではなかった。
ほとんど文無しの村人が、町に来たところで生き続けることはできないだろう。
これがもしダニヴェスであれば、そして魔人であれば話は違う。ティナのように魔力を売り続ければ、最低限の食事代くらいは稼げる。
だがイールは呪人であそこはヘクレット。魔力売りに需要はほとんど無いか全くないし、そもそも呪人はあまり得意としていない。更にいえば、私達よりも食事が必要で、つまり食事代が掛かる。
魔術師と呼ばれる程度には魔力の扱いに長けているらしいが、とはいえそもそも売れないんじゃ話にならない。このままではイールは飢え死ねばマシな方。もっとひどければ人攫いに捕まることもあるだろう。
15歳。労働力としては丁度いい年齢だ。
「俺をパーティに」
「だめだ」
繰り返したイールの言葉はレニーによって遮られる。
私としてはどちらでもいいのだが、レニーは反対のようだ。
ティナは、と見てみれば珍しく表情が暗い。ティナはカクによく懐いていた。今はそっとしておこう。
「どうしてですか」
「実力不足だ」
実力不足。時間や努力が足りないのか、才能や適性が足りないのか。イールの場合は両方だろう。
魔術師だ、なんて言っていたがその魔術は粗末なもので、その実力はティナ以下だった。
さすがにレニーは上回っているが、あくまでその程度の魔術しか扱えない。
では武器は、と聞けば握ったことすらほとんど無いという。
冒険者とは気概だけでなれるものだ。本人がやりたいと思い、ギルドに登録さえしてしまえば誰でもなれる。
だがその全員が生き残れるわけではない。
幸いにも紫陽花からは死者を出してはいないが、周囲の人間の話を聞くに、これは途轍もなく幸運なことだ。
魔人大陸の冒険者の話にはなるが、8級冒険者のうち8割は7級冒険者となる。
理由は簡単。8級の受けられるクエストはかなり安全で、命の危険はほとんどない。
だが絶対に安全ではない。8割は7級になり、1割は引退し、そして1割は死ぬ。
8級冒険者ですらこれが現実で、7級冒険者となると更に厳しくなる。死亡率は3割ほどまで上がり、6級に到達するものは4割にまで減る。
理由は2つある。1つ目は、7級とは単独で強力な魔物が混ざり始める階級だからだ。例えば大毒亀。あれだって十分に動ける状態であれば、今の私でもソロで狩るのはやや厳しいかもしれない。
もう1つは、自らの力量を見誤ること。特に昇級直後の7級冒険者は最も死にやすい。死亡率が3割もあるのは7級だけで、そのほとんどが昇級直後の7級冒険者だという。
冒険者とはかなり死にやすい職業だ。その見返りは大きいが、では自らの命を賭けるだけの報酬が手に入るかと言われれば、残念ながら6級までは手に入らないと言えるだろう。
6級にもなると死亡率は1割まで減少し、それ以降は横ばいらしい。自らの力量を理解しなくても生きていけるのが8級、理解しないと死ぬのが7級、理解した人間だけがなれる6級……とまあ、そんな感じなんだろう。
また6級からは人口がガクッと減る。1つ目の壁と言われてるのが5級だが、5級に挑戦できる6級の人間ですらかなり減る。6級の昇級条件におそらく亜人種の殺害が含まれているのが原因だろう。
生物を殺す。例えば蚊やゴキブリなら、拒否反応を示す人間はほとんど居ないかもしれない。
だがそれが、言葉を話し社会を育む生物ならどうだろうか。
私達が殺した亜人種はゴブリン。こちらの世界ではガイニィと呼ぶが、彼らと交流している国も存在する程度には知能が高く、社会を形成し、言葉を操り、魔術を用い――。
私は割り切った。きっとクエストのためなら人でも殺せるだろう。きっとカクのためならイールを殺せるだろう。
だが全員がそうではない。レニーでギリギリ、それ以下の人間ではなることすら難しいのが6級。
階級とは篩だ。
1つ階級を上げるだけなら実力だけでいい。だが2つ上げようとすれば、6級であれば覚悟が、そして4級であれば技術が、……これは噂にはなるが、4級の昇級条件には魔力生物の討伐が含まれているらしい。
亜人種は6級以上、そして魔力生物は4級以上とされているから、あながち間違いでもないだろう。
であれば、2級も何か特殊な試験が挟まると予想できる。2級以上指定とされる魔物を私はほとんど知らないが、それこそ人間種の殺害であったりとか、そんな内容なのかもしれない。
考えを戻そう。
イールの実力では7級は堅いだろう。では7級で生き残れるか。……あんなダンジョンに足を踏み込んでしまう人間が、とはならない。私達もそうだったし、実際に死にかけたこともあるわけで。
考えれば考えるほど、私は拒否する材料をあまり持っていないことに気づく。
努力や時間が足りないのなら、今から頑張れば良い。才能や適性が足りないのなら、それを補うほど努力すればいい。それでも叶わないなら、別の方向に向ければ良い。
人間、1つくらいは何かしらの才能がある。
ティナなんて、本来は戦士なんて全くできないような人間だ。闘気を纏えないし、そもそも身体能力も低い。
だけどそれを補うくらいのゾエロを使えるおかげで戦士をやれている。イールもきっと、短所を補うくらいの長所がどこかしらにあるはずだ。
ただそれが、冒険者に向いているものだとは限らないけども。でも向いてないなら向いてないでそれでいい。その才能を活かせる道を進めばいいだけだ。
そういう意味では、町の選択肢は村以上だ。村では無意味な才能ですら、町でなら必要とされるかもしれない。
「アン、どっちだ」
「え? ……あ、イールの加入? ティナは?」
またこれだ。考えにふけるあまり周りが見えていなかった。
ここが町の近くだからいいけど、それでもここは魔物の領域。外ではあまり考えすぎないよう気をつける必要があるかもしれない。
で、どんな話?
「アタシは別に、どっちでも」
「レニーはなんで反対?」
「せっかく助かった命だ。無駄にすることもない」
ふむ、一理ある。あるにはあるが、無駄にしている私達の言えたセリフでもない。
「イール。なんで冒険者に?」
「……もっと強ければ、2人は死ななかった」
なるほど、後悔か。
後悔はいい原動力になる。だけど強すぎて、方向転換が難しいときもある。
「それに、あんたら魔人だろ!? 俺が居た方が動きやすい!」
「……」
レニーがイールを睨みつけたが、これも一理ある。
魔人が移動する際には呪人の管理が必要で、1人の男性呪人は2人までの魔人を見ることができる。それがこの町でのルールらしい。
つまりレニーとティナと私、この3人はセットで動かなければならない。
ここにイールが加入すれば、カクが居た頃のように二手に別れて動く事ができる。……カクが居た頃のように、って言っても一昨日までのことだけどさ。
今考えることじゃないな。
「私達は正確にはまだ冒険者じゃない」
「……え?」
「この拓証は仮のものなのよ。ほら、こっちが魔人大陸の頃の奴」
青っぽいプレートに縦線が1本掘られてる、魔人大陸での拓証。
裏面には薄いプレートが貼られており、その上には紫陽花と書かれている。確かこの裏には魔法陣が書かれていたはずで、つまりは魔道具だ。私の情報とかが色々入ってるとは思うんだけど、残念ながらどうやって読むのかを私は知らない。
一方こちらで渡されている拓証は木製のもの。実技試験を終えれば正式なものが発行されるとは聞いてるし、ともすれば仮免許みたいなもの。つまりは仮冒険者になるのかな。
「私は反対はしない。でも加入するには、私達も正式に冒険者となる必要がある。だから少し待ってくれる?」
一口に冒険者ギルドといっても、魔人大陸のものですら違う箇所がある。
アストリア・ダニヴェス間では階級や仕事の引き継ぎも簡単だが、これがケストやアーフォートとなると話も変わるらしい。
例えばアーフォート。階級引き継ぎ制度はなく、完全に1からのスタートだという。またあちらの冒険者ギルドは国営であり、自由の利く兵士……といった方が正しいようだ。
国の力が強く、冒険者ギルド自体を飲み込んでしまったのかもしれない……が、訪れたことはないのでどうなってるのかは分からない。
シパリアによる話だが、ダーレの冒険者ギルドでの活動実績があれば飛び級を認められることもあるらしい。が……まあ、それは置いておこう。
ケストに関してはアーフォート以上に知らない事が多い。ただこちらからの移動であれば階級を引き継ぐことはできるが、逆はできないらしい。一方通行ってことか。
同じ大陸ですらこれだ。呪人大陸とまでなれば話は大きく……は変わらない。
冒険者ギルドとは元々呪人大陸、厳密にはユーヴィンフィという国が発祥。それをアストリアが真似して、アストリアをダニヴェスが真似た……つまりは元が同じなのだ。
システム的には異なることも多いが、とはいえそこまでかけ離れたものでもない。
ただ例えばパーティの種族制限だったり、そこらへんの……文化とでも呼ぶべき差異は存在する。魔人の私としてはあまり嬉しい話でもないが、仕方がない。ここでは私は少数派、弱者なのだから。
考えを戻そう。
こっちの冒険者ギルドはダニヴェスのものと違い、呪人であればいちいち身分証が必要だったりはしない。
身分証があれば初期階級を私達のように上げてくれる制度はあるが、それだけ。金さえ積めばどんな呪人でも試験を受けることができるのがこちらの冒険者。
残念ながら獣人と魔人はその限りではない。呪人の推薦を受けなければならないなんて決まりがあるが、それは置いておこう。
要するに、呪人であるイールは金さえ積めば冒険者になることができる。実力的に落とされることもないだろう。
ギルド自体がイールを蹴らない以上、彼が冒険者になると言うならば私達に止める手立てはないだろう。理由は……レニーにはあるようだが、私に言わせれば止めるほどでもない。死にたいなら死なせてやれと考えている。
私達の実技試験が終わった頃、イールが冒険者となれているならば断る理由がない。……階級的に問題さえなければ、だが。そこら辺の話は残念ながら聞き逃してしまっている。
「ねえレニー、そもそも8級と6級って組めるの?」
「問題はないはずだが……そうか、賛成か」
こういう時、パーティをまとめていたのはカクだ。カクは周りの意見を取り入れつつもしっかり答えを出していた。
レニーにはそれができない。そして私にも。……ティナ? 論外だろう。
……この先どうなるんだろう。
「賛成1に反対1かー……こういう時、カクが居りゃあな」
「おい」
ティナも同意見のよう。はぁ、とため息を付いてみてもカクが戻ってくるわけではない。これからは私達3人で決める必要がある。
多数決みたいな形になったが、意見が割れてしまった。であれば議論を進めるか、あるいは誰かが折れるか。
「いや、反対」
「どうして!」
「そうなるから」
仮にイールが加入したとして。
レニーはたまに頑固なときがある。最近妙にイライラしてるレニーは、もしかしたらカクに続いて抜けると言い出すかもしれない。そうなった場合、きっと私はレニーに付いていく。
きっとティナも一緒だ。レニーと話してる姿はあまり見ないが、とはいえ仲が悪いようには思えない。加えてティナは自分より階級の低い人を見下すような言動がたまにある。レニーが抜けるだなんて言い出した場合、結果的にはイールだけが浮くことになるだろう。
……もちろん、そんな事を言わない可能性もある。だがそれはフラストレーションを溜めさせてしまう事に変わりはない。これ以上ギクシャクしたくはない。
1番最悪なのはレニーがカクのように消えてしまうパターンだ。今の私、そしてティナにとってはレニーが生命線であり、居なくなられたら困る。イールに頼るだなんて想像もできない。
イールには悪いが消えてもらう。これが多分、1番損をしない選択。
「君のせいとは言わないけど、私達は今ごたごたしてる。
誰が悪いわけでもなくて、ただタイミングが良くなかっただけ」
私は賛成寄りだったが、それは私達に悪影響がなければ、の話だ。
最優先は私、そして私達。イールの優先度はレニーやティナほど高くはない。
……正直、3人というのは辛い。だから人を増やすこと自体には反対じゃない。きっとレニーも、イールでなければ頭ごなしに反対することもなかったと思う。
実力不足だなんてのは、多分言葉を選んだだけ。兄弟のように育ってきたと言っていたし、レニーもレニーで思うところがあるんだろう。
カクが抜けた原因は、元はといえばあの日にクエストを受けたこと。
ダンジョンに雨宿りしたこと、ダンジョンで魔石狩りをしようとしたこと、イールを助けてしまったこと、他の2人を助けられなかったこと、嘘を飲んでしまったこと、あの建物に入ったこと、言いくるめられなかったこと――。
――もう少し言葉が上手ければ、さっさと村から逃げていれば、嘘を飲まなければ、2人を助けられれば、イールを助けなければ、すぐに帰っていれば、ダンジョンに入らなければ、クエストを受けなければ。
どこで間違えたのかなんて分からない。場面場面で適切なものを選択したつもりだったが、結果はこれだ。
私の言葉が上手くても、カクはそのうち抜けてしまっていたかもしれない。ならきっと、それが早いか遅いかの違いでしかないのかもしれない。
いや、これは私らしくない。過ぎたことを考えて、たらればの世界を妄想して……惨めだなぁ。
「じゃあティナが決めていいよ」
「え? アタシ? なんで?」
「決断力を上げるため、的な」
少し疲れた。
……道中、ずっと魔力視を使っていたからだろうか。別に今までも使っていなかったわけではないが、ここまで集中して見続けたのは初めてだ。
カク、私では代わりにはなれなさそうだよ。私にもトラッキング能力があれば、今とは少し違う現実になってたのかな。療術を使えると知っていれば、逃さないこともできたのかな。
ダメだな、ほんとに弱ってる。……私は依存していたのか。
「じゃあ……却下!」
「ティナさんまで!」
ティナは最初こそ不安気だったが、今はそんな素振りは全く見せていない。
ティナがただのバカだとは思っていない。これでいて実は結構気を張るタイプなのを私は知っている。カクとは少し違うけど、彼女も彼女でムードメーカーなのだ。
……まあ、半分くらいはただのバカだと思ってるけど。実はそんなに真面目に考えず、ただ騒いでるだけなのかもしれない。
でも今は、そっちの方が気が楽だ。
◆◇◆◇◆◇◆
町に到着し、私達は報酬として72ベルを貰った。本来は96ベルの予定だったが、イールの今後をお祈りという形だ。手切れ金と言い換えてもいいかもしれない。
それぞれの取り分は20ベルずつで、残りの12ベルはパーティ用の財布へ入れることに……そういえば、カクはここのお金を取っていかなかった。確かに元からほとんどなかったけど、とはいえ図鑑を買ったカクよりかはこっちの方があったはずだ。
それに魔石もほとんど持っていかなかった。小さいのがいくつかなくなってるが、全体の1/8程度でしかない。……もっと取っていけばいいのに。そんな優しさ見せなければいいのに。……はぁ。
カクのことは置いておこう。
とりあえずイールを町に届け、報酬を受け取った。その後はイールと共にギルドに足を運び、カクが脱退したことを告げた。イールは本気で冒険者になるらしく、職員から色んな説明をされてた。
明日はいよいよ実技試験。カクの抜けた3人で受けることになる。
……ダメだな、どうしても思考がそっちに寄る。
寝なきゃいけないのに考えてしまう。考えるとカクの顔が浮かんでしまう。……涙か。この体が涙もろいのをすっかり忘れていた。明日、目が腫れてないといいんだけど。