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三つの世界 彼女が魔女に堕ちるまで。  作者: 春日部 光(元H.A.L.)
本章 中節 広がりと狭まり
109/269

六十一話 風の竜と私の思い

 転生してから間もない頃、自らの将来のことを考えた。

 精神と肉体の性別が違う、なんてのは前世では割と一般的に知られていたし、私も自分を強く男性だと考えながら生きていたわけでもない。前世の私は男性と言われることに抵抗があったわけではないが、深くは考えず、なんとなく曖昧なまま生き、そして死んだ。

 なぜ陰茎や陰嚢、睾丸がついているのだろうと疑問に思ったことはある。邪魔だなと切りつけたこともある。

 しかし実際に除去するほどでもなかった。空色の空を見て何故空色なのかと考えることがあっても、別の色で塗ってみることがあったとしても、なぜ緑色じゃないのかと憤慨しないのと同じように。

 そして今世、体が変わったことによって気づいた。前世の時と違い体に違和感を覚えた。転生直後の、あの頃の私は男性だった。


 そうなると人生を考える上で配偶者、もっと言ってしまえば生殖をどうするかという問題が生まれた。

 行なわなければいい話ではあるが、もし私が他人を求めた場合それはどちらの性別になるのか、なんて今となっては下らないとさえ思える些細な問題だ。

 自分をヘテロであると強く考えたことはなかったが、とはいえホモだとも考えてはいなかった。やはりここも曖昧だったが、転生したことによって自らの性別が明確化した結果どうやらヘテロであるということに気づいた。異性愛者だ。

 であれば今度はどちらの性別かだ。肉体の性別を、つまりは生殖を優先するならば男性を求めるべきだが、では精神の性別では、と考えれば女性を求めた方が良いのかもしれない、なんて面倒な事を考え初めた。

 最終的には1人で生きていこうという結論に至ったが、当時の私はまだ性欲を正しく理解していなかった。


 今はどうか。

 成長するに従い、私の性別は曖昧になっていった。いや、"また"曖昧になっていった。前世の私は曖昧だったと、どちらでもなかったと気づいた。

 転生直後の違和感は、性別の乖離によるものではなかった。単に入れ物が変わったことに対する反応であり、自身の肉体への拒絶反応が出ているわけではないと気づいた。

 結局、私の精神的な性別は未だにどちらか分かっていない。そして性的指向もどちらか分かっていない。単に分かったと勘違いしていただけだった。

 カクが好きな理由を考えるうち、私は相手の性別をそこまで考えていないことに気づいた。もしかすると両性愛者なのかもしれないが、また思い込んでいるだけかもしれない。

 ただ1つだけ、以前の私もどちらかを好いているわけではなかったことに気づいた。恋愛感情だと思っていたあれは、実はそうではないことを知った。

 今の所他の人を好きになる気配はないし、予定もない。だからまあ、深く考える必要もないのかもしれない。


 ……少し自分を考えすぎた。

 今考えるべきはそこじゃなく、カクだ。カクを考える上で私を考えるのは構わないが、その逆では意味がない。


 今のカクは今にも消え入りそうで、明日また会えるという確証が得られない、確信を抱けない。

 自分本位に、自らの気持ちをぶつけてしまうべきではないのか。そんな欲望が頭をもたげ今にも飲み込まれてしまいそうだ。

 それが決して悪い選択のようには思えない。しかし今日と変わらない明日を送るためと考えてみれば、今度は良い選択にも思えなくなってくる。

 私は、私は私が分からない。

 いや、少しくらい……少しくらいなら自分勝手になってもいいだろうか。

 もう会えないなら後悔はしたくない。この気持ちを抱えたまま生き続けるなんて苦しすぎる。

 そうだ、もう間違えないと決めた。でも……でもこれが、本当に正しいのかが分からない。間違いではなくとも失敗かもしれない。

 私達は冒険者。イールとラオナのように、いつ死に別れるとも分からない。ならいっそ、伝えられるうちに伝えるべきではないのだろうか。

 ああ、もう、自棄だ。どうにでもなってしまえ!


「カク」


 俯き表情の伺えないカク。

 震えそうになる声を押さえつけ、いつもの調子で声をかける。

 ……5秒。いつものカクなら明るい返事が返ってくるはずなのに、何の返答もない。

 今のカクは、別人だ。


「カク、話があるんだ」


 答えてほしい。

 せめて私を見て欲しい。


「少し歩かない?」


 笑ってほしい。

 朗らかな君が好きなのに。


「ほら、行こ?」


 そばにいてほしい。

 力無く座り込む重い体、無理矢理にでも起こしてやる。


「ねえ、聞いてよ」


 聞いてほしいのに、見てほしいのに。

 どうして無視するんだろう?


「ねえ」


 別に良いじゃん、カクはカクなんだから。


「ねえってば!」


 私、間違ってる?


「――なんで無視するの?」


 なんで無視するの?


「……気分じゃねえよ」


 答えてくれた!


「カクは隠し事が多いね」


 違う。


「そんなに知られたくない?」


 そんなんじゃない。


「そんなに信用できない?」


 言いたいのは、これじゃない。

 なのに言葉が溢れてる。


「なんで何も話してくれないの? なんで、1人で背負い込んじゃうの?」


 今日の私は、自分が少し抑えられない。これは本当に、私?


「自分だけだと思わないでよ」


 私が勝手に喋ってる。

 私はそれを見ているだけ。

 私の感情が、私を勝手に動かしてる。


「私だって、同じなのに……」


 嘘じゃない私が、嘘の私を塗りつぶしてる。


「なんで、どうして……」


 もう制御ができない。

 感情が溢れて止まらない。


「……待て」


 また、答えてくれた。


「私も、なんで……」


 みんなになら、知られてもいいか。



◆◇◆◇◆◇◆



 夜の村は思ってたよりも暗い。

 どうやら街灯はずっと点いてるわけじゃなく、深夜ともなれば消えてしまうらしい。


「なんか、ごめん」


 そしてかなり冷える。

 風は緑、もう冬の匂い。

 頬を撫ぜる風の冷たさが、泣いてしまった事を思い出される。


「落ち着いたか?」

「うん」


 ちょっと予想外の問題が発生した。

 突然息が苦しくなった。

 吸おうとしても吸えないし、吐こうとしても吐けないし、意味が分からなかった。

 過呼吸って奴だと思う。前世で見たことはあったけど、まさか自分がなるとは思わなかった。

 本気で死ぬかと思った。そのせいで更にひどくなって……気付けば逆に慰められていた。めっちゃダサい。

 その上カクに誘われてお散歩中。なんというか……私って、肝心なところでダメな奴だ。


「驚いたぜ。お前も泣くことあるんだな」

「たまにはね」


 原因は恐らく涙だ。

 気付けば私は泣いていた。泣くのなんていつ以来、10年ぶりくらいだろうか? 多分、ユタがいなくなった日に寂しくて泣いたのが最後だ。

 ポーカーフェイスという訳じゃないが、私は極力感情が揺らがないようにしている。

 理由はこれだ。感情に任せると、自分でもよく分からなくなることがある。今世ではほとんど起こしていないが、一種の癇癪だろう。前世でも小さい頃は苦労してたらしい。

 黙っておけば、考えておけば、少なくとも外向きには冷静なままであり続けられる。だから普段は大人しくしてたんだけど。


「話ってのは――」

「私も前世持ち。……あんまり覚えてないんだけどね」


 もはや霞がかった記憶の中にしかない私。いや、俺だったっけ。断片的な小さな記憶はたくさん残ってるけど、整合性の取れた記憶とは呼べない状況。

 手帳を読んで、読み方の分からない字も増えた。名前を忘れたこともあった。初期の私はルビを振ってくれていなかった。

 阿野優人ってのはなんて読むんだろうか。名前だというのは分かるのに、その正しい音は失われてしまった。もう()(ひと)しか分からない。

 忘れないように、前世のものに当てはめて考える時間が増えた。そのおかげかいくつか思い出すことも増えたが、それももはや雑多な記憶の1つでしかない。

 もう私は、ほとんどただのアンジェリア・レーシアだ。私の中には確かに"阿野優人"が存在しているのかもしれないが、今ある前世の記憶のほとんどは、一度失われたものを覚えなおしたものでしかない。阿野優人の人生は、それを私が追ったとは思えない。


「知ってたさ」


 ……え?


「だから声を掛けたんだ」


 初耳だ。


「……風竜には会ってないか?」

「風竜?」


 ふと"風籟翼竜、嵐と共に降り立った"という一文が思い出された。

 こちらの世界ではあまり読書をしていないし、音として記憶してる辺りは録石からだとは思うんだけど……うーん、何の話に出てきた言葉かなぁ。今は思い出せないや。

 いや、"風籟翼竜"ってのが風竜とは限らないか。ていうかそもそも竜なんてエリアズっていう亜竜くらいしか見たことがない。普通竜って言えば飛竜と海竜、そして岩竜のことを指す。空と海と大地、竜はそれぞれに住んでいる。


「そんなのもちろん無いよ。なんで?」

「……そうか。いや、古い知り合いでな」

「知り合い? ウィルンって、竜なの?」


 ウィルンを探しに呪人大陸に来たとは言っていたが、竜だったのか。……竜? え、竜って知り合うものなの? 知り合いって、顔を知ってるよりももっと近くて、友達よりはちょっと遠いみたいな、そういう意味だよね?

 え、どういうこと?


「ああ。俺は風竜ウィルンを探しにこっちに来た」

「……ちょ、ちょっと待って」


 まずは深呼吸だ。また過呼吸引き起こしたりはしませんように。……ふぅ。

 古いと呼ぶってことは、つまり前世だったり、そういう話? え、そもそも生きてんの? ていうか何年前の話?

 いや、だめだ。話が全然頭に入ってこない。


「……もうちょっと噛み砕けますか?」

「ああ、どこが分からない」

「えっと、全部」


 大袈裟に転ぶようなリアクションを取るカク。

 普段の調子が戻ってきた気がする。少しほっとしたが、今はそこじゃない。


「前世での知り合いとか、そういう感じ?」

「ああ」

「それは何年前?」

「最後に会ったのは……224年前くらいだな」


 予想していた期間と被っているし、多分本当だろう。やっぱりカクはその時代の人間だったんだ。

 しかし、224年。竜の寿命なんて聞いたこともないが、最も長命な人種である魔人の寿命が約200年……厳密には192年と言われている。ここらへんは数字の数え方の違いだけど、200か192かなんて誤差だ。

 前世の知識によるが、概ね体重の重さと知能の高さによって寿命は伸びたはずだ。魔人よりもやや重い傾向にある呪人の寿命が半分程度な辺り、こっちの生物には綺麗に当てはまらないかもしれないが、小さな生物が短命であることに変わりはない。

 竜に関する知識はあまりないが、高い知能に巨大な体、そして四肢ではなく八肢であるというくらいは知っている。前世の傾向を用いるなら魔人よりもかなり長生きだろうし、であれば生きていてもおかしくないか。


「なんで探してるの?」

「アンも会ってないんだろ? だからだよ」

「話が読めない」

「……ああ、そうか、そうだな……古代竜って知ってるか? 今だと旧竜種って言った方が――」


 長い話が始まった。

 ウィルンというのは現存する竜とはまた別の、絶滅したと言われている旧竜種のうちの1頭であるらしい。

 旧竜種は竜の祖先だとも言われているが、詳細はよく分かっていない。幻人(ヘネトル)という今は絶滅したもう1つの人類の、その遺物からの情報がほとんどだ。

 人類に魔術を授けた神の使いだなんて話もあるが、神話の世界の存在だと思っていた。いや、祖先とか出てくる辺りは恐竜だったりそっちの認識のほうが近いか。どちらにせよ現代に居るとは思っていなかった。


 旧竜種、というかウィルンはそもそも死なないらしい。文字通りの不老不死だ。ただ全てを記憶できるわけではないらしく、そのため自らの古い記憶を保管するための記憶タンクを傍らに置いていた。

 記憶タンク。それは人間であり、カクが最後に見た時は赤髪の魔人だったらしい。失われる記憶を他者他物を用いて保存する。何のことはない、私の呪いの対処法と同じだ。

 その記憶タンクはヴェンと呼ばれ、時期によっては姿を変えていたそうだ。……どうやら複数回会っているらしい。細かくは追求していないが、やはり繰り返すんだろうか。


 さてこのウィルンだが、どうも未来を見る力があるらしく、各地で発生するはずの災害を予見し、それを様々な生物に説いて回る、ある意味ではお人好しな生活をしていた。

 この事から"予見者"や"報せ神"、そしてその容姿から"風竜"や"緑竜"とも呼ばれていたらしい。報せ神というワードには聞き覚えがある。確か――

『……報せ神が現れ、我に1つの宣託を。"ここより北の大雪原から出でし者、すなわち穴蔵の主。この国の存続を望めば待遇し、退位せよ"と。まことふざけた話ではあるが、かの神の言葉、熟考の上……』

 ……そうだ、ゲッカンディアの手記ってシリーズの録石だ。小国の王様による手記という形で進む、一種のファンタジー小説のようなもの。結構面白かったが途中までしか見つからずに悔しかったやつだ。なるほど、報せ神ってのは実在してたのか。


 それだけではなく、魔人大陸で生まれる転生者の元に現れいくつかの言葉を伝えたり、場合によっては助言もしていたらしい。転生者は災害の1つ、という認識なのだろうか。

 当然前世のカクが生まれた際にも現れたが、最後に会ったのはケストに報せを運んだ時。ゲッカンディアは当時のケストの王様の名前であり、あの手記は脚色こそされているものの本物だと言う。

 当時は国中が騒ぎとなったらしいが、私としてはどうでもいい。カクが前世でどこに居たのかを知れた方が重要だ。

 しかし今のカクへと転生した際にはウィルンが現れなかった。何か変だぞと考えるうちにダールのあの災害を知り、やはりウィルンが現れていない事に疑問を抱き、呪人大陸にいると言われている別の旧竜種に会いに行く……という話だったらしい。


 引っかかる。とても引っかかる。

 転生者の前に現れる、会話のできる緑の竜……緑ではなく真っ黒だったが、初めて見た時は竜と思ったあの化け物。

 話ができすぎている気がしないでもないが、ここまでの情報を整理するとあれがウィルンである可能性は非常に高い。


「――ウィルンっていうのは、緑色なんだよね」

「ああ、透き通るような緑の鱗が綺麗な女の竜。ま、頭でっかちなところが玉に瑕だけどな」

「黒くなることって、絶対にありえない? 例えば、魔法で姿を変えてるとか」

「そりゃねえよ。旧竜種には独特のプライドってやつがある。

 つか、アンが見たのは3つ目の化け物だろ? なら旧竜種じゃあねえよ。そんな魔物、俺も知らねえ」


 先程も出してみたのだが、絶対に違うと断言されてしまっている。

 確かに目が3つの魔物は私も知らない。前世の生物には結構いるが、ある程度体の大きな生物となるとそのほとんどは対となる松果体を残すのみで、実際に機能する頭頂眼を持つのは一部のトカゲくらいだと記憶している。

 目は1つでは立体を捉えることができず、また3つではコストパフォーマンスが悪い。だからこそある程度大きな生物の目は2つになるはずだが、あの化け物には3つあるように見えた。……実はあれは目ではないのかもしれないけども。


 目は置いておこう。

 あの化け物には腕が2本生えていて、肘辺りで分岐し、分岐した細い方からは胴の途中まで飛膜が伸びていた。腕と呼ぶよりは翼と呼んだほうが正しいかもしれないが、飛ぶためと考えるにはかなり小さかったと思う。

 飛膜というにはかなり硬いらしく、多くの人間がこれによって切り殺された。180度以上動かせるらしく、会話中は畳んでいた。

 この腕とは別に半透明の腕が別に4本、こっち関節がないかのような、ぐねぐねとした動きをしていた。会話の最中には見えなくなっていた辺り、もしかすると本当の腕ではなく……そうだ、ギナだ。ギナの使っていた魔術のようなものかもしれない。

 そして巨大な翼が4枚。生えている位置を細かく調べたわけでないからなんとも言えないが、確か肩甲骨の辺りに1対、腰の辺りにはやや小さなものが1対、腕に生えてるものを含めると6枚になるが、単独のものは4枚に見えた。

 脚は4本で、前脚の指は最低でも6本。見た目は鳥に近いが4本の指先だけを地面に着けていた。残りの2本は後ろと外側に伸びていたと思うが、細かくは覚えていない。後脚は遠かったのでよく見ていないが、前脚よりは太かったと思う。

 翼を肢と数えるならば最低でも10、半透明のものを含めると14本も生えている。もはやタコやイカどころの騒ぎではない。


 ……やはり竜としては異形すぎるか? この世界の竜は八肢だ。海竜だけは六肢の種類もいるらしいが、十四肢では絶対にない。

 例えばエリアズはワイバーンのような1対の翼と1対の脚、エリアズと同じくらい有名なカーミナーであれば2対の脚……どちらも亜竜だ。対する旧竜種は六肢、2対の脚と1対の翼であるらしい。

 しかし、うーん……どうにも引っかかる。なんだろうな、この感覚は。勘ってやつだろうか? あんまりそういうのは信じないんだけど……。


「ま、こっから先は俺の都合さ。付き合わせて悪かったな」


 視線が外れ、遠くを見つめながら言う。

 あれ、話の流れが悪い方に向かってる気がする。


「抜ける気?」

「そりゃ、魂子だからな」

「たったそれだけで? どうして?」


 魂子だから抜ける。

 分からない。


「アン、お前は何回目だ?」

「何回って……1回目だと思うけど」

「そうか」


 なんとなくそんな気はしてた。してたけど、しかし言われてしまうと多少はショックを受けるな。

 転生という現象が、たった1回しか起こらないわけがなかったんだ。


「ま、俺みたいに回数重ねても元気な奴は少ないらしいからな。

 おっと、聞くなよ。考えてもみろ、何回も死を経験させられんだぜ? ありゃ俺らにしか分からねえよ。

 俺も聞かねえけど、アンも1回死んでんだろ? 怖かったり、痛かったり、苦しかったり……ま、色々感じるわな」


 死んだ時の記憶。前世の最後ということもあり、ほとんど失わずに残っている。体験として残っている記憶の1つだ。

 仕事帰りに車に轢かれ、空を飛び、もう一度車に轢かれた。たったのそれだけで、私は死んだ。

 痛みはあまり覚えてない。無痛だったのかもしれないし、あまりの酷さに忘れてしまったのかもしれない。

 恐怖も覚えてない。妙に冷静で、せめて最後くらいはと必死に笑ってみようとしたが、残念ながら強張った笑顔が限界だった。

 あの瞬間、私はかえって楽観的だった。いやに遅く流れる時間の中で、これから死ぬのか、死んだら楽になれるかな、なんて考えていた。

 私にとって死とは恐ろしいものでもなんでもなく、ただの出来事にすぎなかった。そもそも当時の私は生きてはいない、ただ死んでいないだけの存在だったのだから。

 ……いや、何か悔いを残していたな。なんだっけ……ああそうだ、なんかのゲームだ。タイトルまでは思い出せないけど、結構楽しみにしてた覚えがある。なんだったかなぁ。


「悪いな、思い出させちまったか? ま、普通はそんなのを何度も繰り返せないだろ。

 だからいつか、本当の意味で死ぬんだ。心がな」


 私はそこまで恐ろしいものだとは思わなかったが、一瞬すぎたせいもあるかもしれない。

 ある意味で私は幸運だった。あ、これ、死ぬのか。そう考えるだけの時間しかなかったのだから。絶望的すぎて、助かろうとすら考えなかった。

 数時間、数日、数週間、数ヶ月……考える時間が十分にあれば、また結果も変わっていたのかもしれない。

 例えば癌とかだとどうだろう。余命2ヶ月だと宣告され、徐々に朽ちていく自らを感じつつ、悔いのないように行動する……きっと無理だ。迫る死が恐ろしくて、堪らなくて、発狂してしまったかもしれない。

 生死なんてどうでもいいと考えていた私だが、今ある生に縋りつこうと、踠き、足掻き、無様な最期を晒していた可能性は十分にある。


 それを、何度も何度も繰り返す。……なるほど、心が死ぬっていうのはそういうことだろう。毎回異世界転生トラックなら怖くもないが、残念ながらそうとも限らない。

 死の恐怖だけでなく、痛みや苦しみも繰り返すんだ。きっとそれは、今の私では到底想像もできない辛さだろう。……カクはそれを繰り返してる。言葉が、見つからない。


「湿っぽい話は止めにすっか、元の話に戻そう。

 ウィルンは未来を見ることができた。でも最後に会った時、あいつはある地点から先が無いだなんて言いやがった。

 体調でも悪いんじゃねえか? なんて誂ってやったが、それっきりだ」


 この手の話は、ゲーマーなら多少は聞いたことがある。未来を見れないのは、単にそこで死ぬからだ。

 あるいは世界が崩壊したりだとか、そういう事もあるが、どちらにせよウィルン自体が存在しなくなった。だから見れない、と。


「見てた景色は未来のウィルンを通しての物。そう仮定すれば、見えないってのはそこから先が無い、つまり死ぬってことじゃない?」

「あいつが死ぬとは思えないんだけどな。ま、仮にあいつが死んじまったとして、んじゃ次の管理者は誰だって話になる」

「管理者?」


 突然また新しいワードが出てきた。


「あー……旧竜種ってのは神様の家来みたいなもんでな、あいつはこの世界の守り神だったってわけだ」

「……うん、なるほど」


 正直、頭が疲れてきた。

 ここ最近、大きい話ばかりだ。ユタの話で疲れてたのに、自分の内面と戦って疲れて、カクの色々を知って疲れて、そして今度は旧竜種が実は生きてて、そして管理者で……もうパンクしそうだ。一度整理する時間が欲しい。

 ……きっとカクはくれないんだろうな。なんかもう、今にもどこかに行ってしまいそうだもん。


「お前も聞いてたろ。俺はジニルフに居る魂子に会うために来た。

 レアだったか? まさかあいつらから名前を聞くとは思ってなかったが……。

 レアを探し、呪人大陸の管理者を探し、ウィルンを探す」


 レアという名前は以前にも聞いたことがある。確かダンやシュなんかの魔言を見出したとされている魔人だ。……しかし、ここらへんの魔言は200年前ほどに伝わったとされている。てことは同名なだけの別人か。

 ジニルフは北部の国だって言ってたか。つまり私の向かう先と方向が被ってる。……ああ、良くない考えが浮かびだす。ユタが北部に向かったのも、もしかして……いや、考えるのは後だ。今は一旦聞いておこう。


「えっと、なんでその人限定? 他の魂子じゃだめなの? ていうかなんで知ってるの?」


 あの場では聞けなかった、いくつかの疑問を投げつける。他の魂子……私ではだめなんだろうか。


「レアの前世は魔人らしくてな、ウィルンが予見してたんだよ。

 つーことは管理者の目には留まってる。んで管理者同士は連絡を取り合ってるからな、その伝手で会えるかもしれねえ」

「そもそもなんでウィルンを探してるの?」


 考えてみればこの理由も説明されていない。

 海を渡り大陸を縦断するだなんて、近所で火事であったから見に行く程度の話ではない。何か強い……信念あっての行動だろう。

 だから聞いてみる。


「そりゃ……ま、大人の事情って奴だ」


 そして流される。

 なんだ大人の事情って。見た目はともかく中身は十分大人だし、なんなら魔人としてももう立派な成人だ。

 表情から察しようにも、辺りが暗いせいかいまいち読み込めない。どこか懐かしい顔をしている気はするが……ただの古い知り合いに会いに行く、たったそれだけでここまで行動するだろうか。


「それで、どうして抜けるの?」

「魂子だからだよ」

「だから、なんで魂子だと抜けなきゃいけないの!?」


 ちょっと語気が荒ぶってしまった。落ち着け私、冷静になろう。

 話題が逸れたせいで聞きたかったことを逃すところだった。そもそもどうして魂子だからと抜けるんだ。


「落ち着けよ。……アンはともかく、他の2人は気味悪がるだろ?

 俺も俺であんまりいい思い出がないからな。だからお別れだ。

 ……自分が魂子だってこと、あんまり公言しない方が良いぞ」


 言わんとすることはなんとなく分かる。

 気味悪がられるってのは本当だし、他言した人を私はほとんど知らない。

 そもそもが信じてくれない可能性もある。私だって前世で「俺は織田信長の生まれ変わりだ!」とか言ってるやつを見かけたら距離を置く。

 ……誰の生まれ変わりかはともかく、前世の事を覚えてるなんて言われても、はいそうですかと流したろう。こんな経験をするまでは。


 でも私達は……少なくとも私は気味悪がらない。私自身が魂子なんだから当然だ。

 レニーだってきっとそうだ。カクとは兄弟のように育ったレニーが今更カクを嫌うとは思えない。居なくなられる方が嫌に決まっている。

 ティナは……多分、大丈夫だろう。


「大丈夫、私達は大丈夫だよ」

「……さて、な。アン、お前は信じてる。レニー、あいつも信じてる。ティナも当然さ」

「じゃあどうして?」

「お前らを信用してる。だから、別れるんだ」


 信じているのに、それなのに離れてしまう。

 分からない。その結論に至る道筋は?


「いつか嫌な事が起こる」

「なんで分かるの? 絶対とは言い切れ――」

「――言い切れるさ。経験則って奴だ」

「信じてくれるんじゃないの!?」


 口からは自然と言葉が溢れ出た。


「ああ、信じてる。お前らの事は心底好きだ。

 だからこそ、嫌な記憶で終わりたくない。

 俺を殺した、なんて最後は嫌だろ?」

「は?」


 思わず変な声が出た。

 カクを殺す? 私達が?

 意味が分からない。なんで、どうしてそんな話になる?


「……今からするのはある魂子の昔話だ。

 そいつには仲の良い、兄弟のように育った幼馴染が2人居た。男と女……イール達みたいな関係だな。

 そいつは魂子だった。誰かに言うことはなかったが、その2人だけは特別だった。

 結局そいつらは3人でパーティを組んだ。ダンジョンメインの冒険者……今でいう探索者って奴になったんだ。

 貧困に喘いだりしたこともあったが、順調だった。今でいうなら5級くらいの実力を身につけた」


 きっと、この話はカクの前世だろう。

 いつの人生なのかは分からないが、今と似たような生活をしていたらしい。

 ……以前、ダンジョンのトラップを解除できないことを忘れていたことがあった。もしかすると、直近だろうか。


「何一つ不自由せず……とまではいかないが、結構いい生活を送れるようになった。

 当時のクラト・フロウドでは新しいダンジョンが続々と発見されてた。おかげで結構儲かってたんだ」


 クラト・フロウド……確かケスト北部に広がる氷原だっけ。

 魔人大陸には2つの氷原があり、そのうち東部に広がる方の氷原はクラト・フロウドと呼ばれる。氷樹と呼ばれる樹木が生えているイズヘン・イルドと違い、動植物がほとんど存在せず、ほとんど1年中雪が降り続いているらしい。

 降り続くというのは比喩でもなんでもなく、半年以上降り止まないのもざら。夏の間は降り止むらしいが、それは雪でなくなるというだけで、代わりに雨が降る。仮に住んだとしたら、太陽の存在を知らずに一生を終える可能性すらある。

 一応、年に十数時間くらいは止んでいるらしいが……何にしろ、生物の住む地としては明らかに不向きな地域。

 ダンジョンが群生してるらしいし、大森林ではないがあそこもあそこで異常気象が起きているんだろう。……もしかすると、ダールに雨が多いのはクラト・フロウドのせいなんだろうか。あっちの雲が流れてきてるとか?

 年中降り続くって、降水量が多すぎはしないだろうか。どこかでそれを補うだけの蒸発も必要になるはずだけど……とこれは今考えることじゃない。


「ある日、ちょっとしたミスを犯した。

 クラト・フロウドのダンジョンの中じゃ攻略が難航してた……まだあんのかな、雪原の大洞穴っつーとこに行ったんだ。

 だが当時のそいつらにゃ分不相応、結局そいつはそこで死ぬことになる」


 やっぱりこれはカクの過去だ。記憶を失うのはあくまで私に掛かった呪い、普通は覚えてるもんなんだ。

 ごくり、気付けば唾を飲んでいた。この音が聞かれてないと良いんだけど。


「そいつは罠師、仲間の2人は剣士と魔術師だったが、残念ながら戦闘の才能はあんまりなかった。

 だからそいつのマッピングによって生計を立ててた。他2人は護衛ってわけだ。

 ダンジョンってのは定期的に構造が変わる。若いダンジョンなら尚更、だから食いっぱぐれることはなかった。

 そいつはいつものように地図を買い、再確認しつつ自らの情報で埋めていった。より正確な地図の方が売れるからな」


 カクは罠師……トラップ解除やマッピングといった、ダンジョン探索には必須の技術を持つ人間だったのか。

 以前解除できないと言っていたのは、あれはどういうことだ。もしかして罠師は罠師で何かしら生まれつきの特殊能力的なのが必要だったりするんだろうか。

 トラップを見破る……最初に思い浮かんだのは私も持つ魔力視。だがこれはダンジョンではほとんど使えないポンコツ能力。

 いや、カクは魔力嗅をダンジョン内でも使えてる。私も大森林内で使うことはできるようになってきたし、ダンジョン内でも一応見えないこともない。訓練次第でもっと使いやすくなると考えたほうがいいか。

 トラップはダンジョン内でも特に高濃度の魔力を纏っていると聞くし、であるならば魔力視でもおかしくはないのか。……魔力嗅でも頑張れば探知できそうだけど、やっぱり目の方が使いやすいとかなのかな。

 あ、違う、解除だ。今のは探知の話であって、解除はまた別か。……いいや、それは後で考えよう。


「この頃の雪原の大洞穴は2層のダンジョンって思われてた。1層目は名前通りの洞穴で、出てくる魔物のほとんどは不死生物(アンデッド)

 だが2層目は様相を大きく変える。知らない人間は外に出たと勘違いしてしまうような一面の銀世界。だだっ広い雪原だけが広がってるんだ」


 ダンジョンが周囲の姿を取り込む。これ自体は珍しい現象でもなく、むしろ極端にズレた姿のダンジョンの方が珍しい。

 例えば大蟻のダンジョン。あそこは洞窟(ケーヴ)型のダンジョンだが、5層目と12層目は一帯(フィールド)型のような構造になっていて、特に5層目は木々が立ち並ぶとも聞く。

 多分、雪原の大洞穴も同じパターンだろう。ダンジョンはある種の魔物だと言われることもあるし、なんとなく周りに擬態してみた、みたいなノリだったりするんだろうか。いや知らんけど。


「そいつが買った地図には2層目のこともある程度は書かれてた。だが不十分だった。

 原因はその景色と各種のトラップだ。2層目にはかなりのトラップが敷かれていたが、雪のせいでほとんど視認できなかった。

 1番の問題は転移罠の存在だ。2層目は至るところに転移罠が設置されてる上、惑景も多かった。要するに迷うんだ」


 惑景……偽の景色を見せる境界線のことだ。中には同時に転移させるものもある。一帯型のダンジョンがあまり攻略されない原因の1つとも言われている。

 大蟻のダンジョンにあった片側からしか視認できない壁、そして棘罠を隠していた地面。これらも惑景の一種ともいえるが、まだマシな部類だ。


「2層目の守護者……言い換えればボスだな。ボス部屋は見つかってなかった。

 だがそいつらは偶然それを見つけちまった。

 自分たちは強いと、その時のそいつらはなぜか勘違いしちまった。

 守護者を倒しコアルームに入り魔石を奪い取る。その時はそれしか考えられなくなってた。

 バカだよな」


 ダンジョンは階層毎に守護者と呼ばれる存在がいる。ゲームチックだと考えたこともあるが、残念ながら現実らしい。

 守護者の先には次の階層への移動手段があり、最後の守護者の先にはダンジョンコアと呼ばれる巨大な魔石がある。

 また一部のダンジョンでは、コアルームと呼ばれる魔石が設置されてる部屋の奥に、更にもう1つ部屋があったりするらしい。

 何らかの生物による生活痕が残されている場合がほとんどであり、このことからダンジョンマスターなる存在が実しやかに囁かれている。

 もし実在するならば、一度くらいは話してみたいものだ。


「残念ながらそいつらはそこまで強くはなかった。

 雪原の大洞穴の2層守護者は炎上霊(フレアレイス)、3級に分類される魔力生物の1種だ。

 罠師であるそいつは当然のこと、剣士である女も、魔術師である男も歯が立たなかった。

 当然だ。魔力生物には専用の対処法があるのに、そいつらはそれを知らなかったんだからな」


 魔力生物についてはある程度知っている。物理攻撃を寄せ付けないような、実態を持たない魔物の総称だ。

 彼らは泥人形に近いとも言われている。泥人形が泥で体を作るように、魔力生物は単一の魔石からの魔力によって体を作る。

 だが泥人形と魔力生物には大きな違いがある。それは核の有無。泥人形は核となっている魔石を潰せばいいのに対し、魔力生物は核となる魔石が蒸発している……つまり核がない。


 奴らにはドイとゼロの魔術が有効だという。ゼロ系が有効なのはまだ分かるとして、ドイ系は……魔力制御を難しくさせるのは、やはりドイ系特有の効果なんだろうか。

 武器を扱う人間も同様であり、プート・ドイ・トウの術式が刻まれた腕輪はたまに見かける。魔流具、つまり人力式の魔道具だが、使い捨てのスクロールと違いある程度の耐久性がある。

 耐電ブレスレットも似たような魔道具だが、あれは流れ込むドイの魔力に反応して発現させるから別物っちゃ別物。他の魔道具に比べて安いのは、ドイが危険性の割に研究の進んでいる魔言だからかもしれない。

 今のカクはプート・ドイ・トウは使えてるみたいだけど、当時は使えなかったってことなのかな。


「実はな、そいつ以外の2人は生き残ったんだ。どうやったと思う」


 罠師、剣士、魔術師。そのうち2人は生き残り、罠師だけが死んだ。


「少しだけ質問しても?」

「少しならな」

「それは、全員で協力した結果? それとも各々の判断で?」

「どっちでもねえな」


 1人でも、そして3人でもない。

 なら2人ってことか。3人のうち2人が協力して、1人はそれに巻き込まれた。

 生き残ったのは2人で、死んだのは1人。

 なるほど。


「魔術師と剣士が結託して罠師をハメた。

 何らかの方法で罠師の移動手段を奪い、彼を犠牲に2人で逃げた」

「お、正解だ。よく分かったな」


 嬉しそうな声と表情。

 でもそこに、少しだけ暗い部分が見え隠れしている。

 ああ、そういうことか。


「カク。その時に言われたの? "お前は次があるだろ"みたいなことを」

「……俺じゃねえよ。でもまぁ、当たりだ。ひでえ話じゃねえか?

 そいつは2人を信頼してた。だから自分が魂子だって明かしてたのによ。

 そりゃ信じたくもなるさ。だってそうだろ? ガキの頃からずっと一緒に育ってんだぜ」


 1回しか死ねない命と何度でも死ねる命。片方しか救えないのなら、前者を選ぶのは確かに正解だ。

 ただそれは客観的に見た場合の話。当事者にとってはたまったもんじゃない。死の苦しみは、きっと誰だって同じなんだから。


「それが悪い選択だって言いたいわけじゃねえ。逆の立場だったら……多分俺もそうしてる。

 だがせめて一言、最初に言っておいてほしかった。それだけさ。

 お前らが似たような選択をしないとは言い切れない。

 ……俺は良い記憶のまま別れてえんだ。分かってくれ」


 言わんとすることは分かる。

 信頼する人間に裏切られるだなんて、そんなに経験したいことではない。

 私はまだいい。過去にそういう経験があったようだが、実体験としての記憶ではなく、記録としての記憶だから。

 でもカクは、その頃の記憶を引きずってる。忘れられないってのも、こういう時には困りものだ。


 2人に裏切られた1人にできること、なんてどれくらいのものなんだろう。

 例えばの話、カクの居ない場面でレニーとティナに裏切られたら。きっと私は無力にも殺されてしまうだろう。

 でもそれが、2人に裏切られた2人ならどうだろう。

 カクの居る場面でレニーとティナが裏切った。でも私の横にはカクが居て、カクの横には私が居るならば。

 きっと1人の時よりはできることが多い。それに、カクと別れたいわけでもない。なら。


「やっぱり一緒に行こう」

「……は? 話聞いてたか? どうしてそうなるんだよ」

「私も魂子、だから裏切ったりはしない。あの2人が居なくても、1人にはならないよ」


 決まった、と思ったのにカクの表情は揺らがない。

 この結論に、どこかおかしいところがあっただろうか。


「アン、分かってくれ。

 俺はレニーとティナのそういう姿が見たくないって言ってんだよ」


 ……ああ、なるほど。ちょっと考えが短絡的すぎた。私らしくもないな。

 その場面自体が嫌なのか。だからあの2人とは居られないのか。でも、それなら――


「じゃあ抜けていいよ。でも私は連れてって」


 こっちなら成立するはず。

 だって私は裏切らない。魂子同士だからとか、そういう意味じゃない。

 それに、私の中ではあの2人よりもカクの方が比重が大きい。

 私はカクが好きなんだ。


 我ながらアホっぽい結論だが、自分に正直になった結果だ。

 誰にも文句は言わせない。これは私の選択だ。


「……なあ、どうしてそこまで俺に構う」

「それは……」


 言おう。そう思っていた言葉は、喉の奥に引っかかってしまっている。

 どうしてだろうか。会話の中で自分の意見を伝える。そんなこと、いつもしていたことなのに。

 面と向かって言おうとすると、どうしても引っかかってしまう。


「誰の指示だ?」

「……え?」

「俺に固執する理由が分かんねえ。お前はそういう奴じゃない。

 なら、誰かに言われた結果だろ。誰だ?」

「違う!」


 誰かに言われたわけじゃない。


「じゃあ、なんでだ」

「……」

「言えないのか?」


 こんな問答を繰り返したいわけじゃない。


「……あいつらにも挨拶してかないとな」

「待って」


 私は結構臆病らしい。

 別に気負う必要もない。

 ただ気持ちを伝えるだけ。ダメならダメ、別にそれでいい。

 分かってるはずなのに。


「まだ何かあんのか?」

「……」


 ちゃんと気持ちを整理したはずなのに。

 ここで言えなきゃ、ここで言わなきゃ。それなのに私の舌は岩のように重たくなる。

 頑張れ私、頑張れアンジェリア。大丈夫、これは間違いじゃない。もう間違わない。


「あのさ」


 言葉が出た。

 ならもう少し、後少しだけだ。


「カク」


 心臓の音だけが鳴り響く。

 こんな緊張、もしかしたら初めてかもしれない。


「私は君が好きらしい」

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