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三つの世界 彼女が魔女に堕ちるまで。  作者: 春日部 光(元H.A.L.)
本章 中節 広がりと狭まり
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六十話 壁と感情

 カクは洗いざらい全てを話した。

 私達が魔人大陸のダニヴェス・アストリア出身であること。魔人3呪人1の紫陽花というパーティであること。カクの提案で呪人大陸へ渡航したこと。私が家族関係でゴタゴタしていること。冒険者証……つまり拓証は仮のものであり、暫定6級であること。

 クエストを受けてネヌク・ケノーを探していたこと。雨に降られ、ダンジョンへ雨宿りしたこと。流れでそのまま魔石狩りを行なったこと。途中で戦闘の気配を感じたこと。カクと私は魔力の感知に優れていること。

 既にラオナとカサディンは死んでいたこと。イールは私が治したこと。ラオナの魔石は作られなかったこと。死体は燃やしたこと。イールの提案を飲み、ヘクレットまでの護衛をする予定だったこと。

 中には知らない話もあった。カクは魔人ではなく、二重の者であること。呪人大陸には単に食事目当てで来たわけではないこと。――私と同類であること。


 ほとんど全てだ。呪人だと言った時点で嘘を見抜かれ、魔人だと言っても通用せず、カクの種族を、その魂をも知ることになってしまった。

 確かに違和感はあった。あまりにも知りすぎていると感じることもあった。しかし、どこかでは自分だけが特別なんだと考えていた。

 そうじゃない。仲間は身近に居た。


 会議……いや、あれは尋問だ。尋問から解放された私達はイールの家にいる。

 カクは何も喋ってくれない。



◆◇◆◇◆◇◆



 イールの家は温かく、明るい。小さな村だという割には家中が明るく照らされ、暖炉ではなく薪ストーブにより温められている

 なのに私達の空気は冷え切っている。


「レニー、魂子ってなんだ?」


 ティナはいまいち理解が追いついていないらしいが、レニーは考え込み、私は自分に重ねていた。

 魂子とはつまり転生者。大量に発生しているわけではないが、とはいえ魂子なんて専用の言葉があるくらいだ。私1人であるはずがなかった。

 おそらくになるが、ほとんどの魂子は魂子であることを隠す。なぜそうなるのかは当人である私もよく知っている。

 幼子が知る由もないことを語り、まるで大人であるように立ち回る。はっきり言うと、気持ち悪い、気味が悪い。得体の知れない不気味な存在だ。

 そんな事、少しでも考える頭があれば分かる。それでも咄嗟の時だったり、何気ない会話の中だったりでボロが出てしまうことはある。人は完璧ではない。

 実際、私にもそのようなことはあった。だから年相応の言動を心掛け、できる限り多数とは関わらず、早めに家を出る事にした。


 加えてカクは直訳すると二重の者、つまりはハーフだ。魔人と呪人のハーフ……生まれないわけではないが、実際にはほとんど存在していない。

 まあ、こっちは今さらだろう。別に私は私を人種差別をするような人間だと思っていないし、カクが呪人だろうが獣人だろうがハーフだろうがどうだっていい。


 ただその生まれから苦労する事も多かったとは思う。

 雑種強勢なんて言葉があるが、どうにも呪人と魔人の間には当てはまらないらしい。

 そもそもが男性しか生まれない上におそらく生殖能力を持っていない。あくまで推測に過ぎないが、ハーフまでの話はちょくちょく見かけるのに対し、クォーター以上は全く見かけたことがないからだ。同様に女性のハーフも聞いたことがない。

 私1人の入手できる知識量には限りはあるものの、それでもそこらへんの人よりはと自負している。そもそも魔人のダニヴェス人としては珍しい識字者であるし、録石だって暇を見つけては読んでいる。

 自惚れているわけではない、と思う。その情報が正しいかどうかなんてのは判別の付けづらいものも多い。だからこそそれらを盲信しているわけではないし、試せるものは実際に試し確認したりもする。

 だから結論付けているわけではない。おそらくだのらしいだの不鮮明な言葉が増えるのもここらへんのせいだ。中には悪魔の証明のようなものもあるため、なかなか確定させられないものも多いが、とはいえ参考にはなる。


 例えば以前読んだ本には"二重の者は魔玉と産まれないために魔力を欠き、身体能力は魔人基準である"と書かれていた。

 カクが魔玉を握れたかは分からないが、確かに魔人としては魔力は少ない。しかし魔玉を握らなかった魔人はほとんど魔力を持たず操れない"魔抜け"と呼ばれる存在になるが、それともまた違う。

 では呪人と比べた場合どうかと言われれば、レニーとの比較になってしまうが、大して差はないように見える。つまりはイールなんかの呪人よりは僅かに多い程度、多くの呪人から逸脱しているようには見えない。

 身体能力は……魔人の身体能力は呪人に劣ると言われるが、それはあくまでも魔術や闘気抜きでの話だ。そして私達は冒険者という仕事の都合上、ほとんど常時それらを身に纏っている。だから少しだけ分かりづらい。

 ただ1つだけ。カクは技巧派とでも呼ぶべきか、細かい体の操作だったり、力の入れ方だったり、魔力の扱いだったり、そういうのは上手く見えるが、身体能力に関しては特段私達と差はないように思える。これはあくまで模擬戦の中での観察によるものだ。


 こちらの冒険者ギルドに再登録する際、呪人として登録しようと言い出したのもここらへんが原因だったのかもしれない。どちらでもあるし、どちらでもない。それが二重の者だ。

 まあ、生まれなんてどうでもいい。カクの魔力が妙に少ない理由が発覚した程度だ。一旦置いておこう。

 要するに、カクは凄く複雑な奴だったというだけだ。ティナっぽい結論になるけど、上手い事まとめられる自信がない。

 博識だなと思ったことが何度もあるが、その知識には前世のものも多分に含まれていたんだろう。おそらくは私と違い、前世もこの世界。それも死んでからそう年月は経っていないはずだ。鮮度のいい、それでいて知る由もないことを知っていたことが何度かある。


 最初に違和感を覚えたのはいつだろう。……奇数は縁起が悪いという話か。あの後ロニーに聞いてみたけど、どうにも昔――イリュシュレットがダニヴェスに編入され、ダレ・イーリルになった頃にまで遡る。

 どうにも当代の王の子、つまりは王子か王女かを巡りいざこざがあったらしく、強力な魔物が町に放たれたらしい。

 それを撃退したのが竜殺しで有名なノジミだが、彼には奇数を嫌い偶数を好む奇癖があったそうで、それに肖ってか奇数は縁起が悪い……というのが一時的に流行していたらしい。

 そう長い流行ではなかったが、当時東部に住んでいたロニーの父、つまり私のおじいちゃんですら耳にする広がりようだったらしい。250年くらい前……つまり、ロニーの生まれる前の話だ。

 ロニーは滅多に家族の話をしなかったが、奇数偶数の話の際にはおじいちゃんの話をしてくれた。残念ながらもう死んでしまっているようだが、彼もこれに肖っていたらしい。

 現在では全く廃れているものだけど、それを実生活で気にするってことは250年前から200年前の辺りに生きていて、尚且つ魔人大陸の人間である可能性が高い。……まぁそれ以前にもあった習慣とかかもしれないが。


 次に覚えたのはどこだろう。……数字かな、妙に数字に明るい。冒険者として各地をうろつくのであれば金銭計算くらいはある程度身に着けていて当然だと思っていたが、今考えてみれば確かにできすぎていることもあった。

 IQが高い、とかそういう系なのかもしれないが、日常生活を送る上では十分な以上の計算能力を持っていた。孤児院出身としては少し優れすぎている。あの考え方は、ある程度教育を受けた人間のものだ。

 学校という制度ができたのは魔人大陸ではダニヴェスが1番古いが、とはいえそこまで歴史の長いものでもなく、ここ128年の間の話だ。もし学校に通っていた魔人なら奇数偶数での予想からだいぶズレるが、ではその学校で勤められるほどの教師であったならば、とかも考えられる。

 アストリアには現在も学校制度は存在していないし、ケストは学校や魔導ギルドの原型こそあるものの、それは一方的に教えるものではなく、各員の知識を共有し高め合うような、そういったコミュニティだったと聞いている。

 いや、学校だけで決められはしないか。他にもいくつも可能性はある。例えば……いや、一旦置いておこう。これは考慮したくない。これは残酷すぎる話だし、私も絶望してしまう。


 やはり反芻は大切だ。一人称視点だけでなく、俯瞰できるまで、他人に説明できるまで、言語化できるまで考え続けなければ理解したとはいえない。

 他人に説明できるというのは、もちろん自分にも説明できるということだ。自分に理解させるために自分の脳を使うだなんて、理想的なリソースの使い方じゃないか。

 よし、大分落ち着いてきた、整理できてきた。

 何も深く考える必要はないんじゃないか? カクはカクなんだし、私だって魂子なんだし。ていうかあんなに弱ってるカクは気持ち悪いし。

 カクはヘラヘラ笑ってる方が好きだ。あんなカクを見ていると、私まで苦しくなってくる。

 ……あんまり考えないようにしていたが、どうにも私はカクを特別な目で見ている。この際だしこっちも考えてしまおう。


 恋愛的な意味での"好き"というのは残念ながら覚えがないが、どういうものかとの理解はしているつもりだ。実際に付き合った人間も少なくはないし、セックスの経験も人並みに……もしかすると人並み以上にあるかもしれない。どちらかといえばモテる側の人間だったと記憶している。

 しかし関係性の維持という目的以外では自ら誘った記憶も記録もない。もしかすると"告白"というものすら私は経験したことがないのかもしれない。……経験しておこうと考えないはずがないから、初体験は私からだったのかもしれないが、残念ながら覚えてない。

 ともかく、前世の私はあまり性欲を覚えていなかった。いや、今なら分かるがあれは性欲ではなく、ただの排泄欲だ。ある意味では私は童貞のまま死んだ。


 今世は少し違う。どうにも満たされないものがあり、未だに上手く言語化できないが、"足りない"に近い感覚を覚えている。

 あまり抽象的な言葉を使うのは好きじゃないが、心に穴が空いているような、無機質な部屋に閉じ込められているような、そんな感覚だ。

 どうすれば満たされるのか、それは本能的に理解している。私を満たす方法は、人を求め、人に求められる事。きっとそれだけ。

 理由は分からない。魂だの精神だのという眉唾だと思っていたものが、現実に存在してなければ説明の付かない転生という現象が起こり、その中で少しだけ考え方を変えたからかもしれない。

 あるいは消し去りたいとまで書かれていた私の過去――それらが経験による記憶から、読書による物語に変わりつつあるからなのかもしれない。残念ながら私に文才はないらしいが、とはいえどんな人生を過ごしたかを理解するには十分だった。


 私は私に正直になったのかもしれない。

 以前の私が嘘をついていたと言いたいわけではなく、今の私が嘘をついていないと言いたいわけでもない。

 ただ少しだけ、生命体として、人間として、正直になったような……そんな感覚を覚えているだけだ。

 その副作用か、視野狭窄に陥っている。今まで俯瞰できていた物事が、もう少しリアルになった。こうなるまでは分からなかったが、今までの私は全身をコンドームに包まれていたようなもんだ。

 それが良いことか悪いことか。一概には言えないが、今なら"冷たいんだね"なんて言った前世の元カノの言葉が少しだけ理解できる。私は他の人よりも、全ての物事から少しだけ距離を取っていたようだ。

 逆に彼らは距離を作れないんだろう。だからこそ、この差は理解できないし、そもそも考えようともしない。空色の空に疑問を浮かべない子供がいるように、当たり前の事を考えるというのは難しいことだ。

 そういう意味では私は幸運だ。その両方を経験しているし、完璧ではないがある程度距離を自由に動かせる。だからこそ、私は私が視野狭窄に陥っている事に気付ける。

 だがそれ以上ではない。仮想の視点を動かしたところで、私自身は一人称でそれを見ているわけで、実際に私は私を眺めているわけではなく、私は私を通してでしか物を見れていない。だからこそ、選択肢は以前ほど多く浮かばない。


 どうにも私は恋愛というものに脳を支配されてしまったらしい。

 以前は透明な――私には不明瞭な感情としか思えていなかったが、今は醜いとすら思える色を望んでいる。

 醜くも美しい、なんてありきたりな言葉の使い方は好きではなかったが、きっと先人は知識を振り絞り、感情的に考え、ようやく選び出された言葉だったんだろう。

 いや、自らの思考の中で言葉を選ぶ必要なんてないか。であれば率直に。私は彼が欲しい。


 誰でもいいのかと思い、色々な人で考えてみたがそうでもないらしい。

 例えばレニー。誘導を少し間違ったのかもしれないが、どうにも私を好いている。まるでポチだ。

 だけど残念ながら対象外。そもそもがそういう目で見ていなかったのもあるし、見た目が全てというわけではないが、私にも好みくらいはある。

 あまり自分を出さないのも好きではない。腹の探り合いというのは面倒臭く、快活な人間の方が私にとっては接しやすい。極端な話、私は日本人があまり好きではない。淑やかさなど犬に喰わせておけばいい。


 次にティナ。結論からいえばこれも対象外だ。私が偏っていないというわけではないが、ティナの知識の偏り方は私とはまた別方向。その方向が違いすぎて、どうにも話が噛み合わないことが多い。つまりは互いの興味が違いすぎる。

 これならまだレニーの方がマシだ。レニーは私の知らない、それでいて興味ある物事を語ってくれたりするし、そもそも共通の話題がある方が一緒にいて楽しい。私は消極的な自覚はあるが、人と全く関わらずに生きていけるほど独立してはいない。

 前世の価値観が半分以上残っているせいか、容姿は悪くない、と私は思う。惹かれないわけではないが、これは恋慕というよりは羨望に近いものだ。私の持っていないものを色々もっているだけなのだ。例えば……いや、虚しくなるからやめておこう。


 最後はカク。残念ながらレニーと違い私のことはあまり見てくれてはいないが、とはいえ嫌われているようには思わない。つまり可能性として0ではないと思う。

 些細な変化にも気付けるし、豊富な知識から多くの選択肢を見せてくれる。最終的にどれになるかは誘導されている気がするが、悪感情は抱かない。むしろ頼りすぎている自覚すらある。

 普段はおちゃらけているくせ、頼りにならないわけでもない。ギャップに惹かれているのかもしれないが、カク抜きの紫陽花は考えられない程度には信頼している。

 見た目に惹かれたわけではないが、どちらかといえば容姿も良い方だろう。ナンパされている場面も2回ほど見かけたことがある。前世の価値観のせいか、言葉は悪いがかまっぽく見えたこともあった。しかしこれはただの文化の違いだろう。インド人男性が手を繋ぐようなもんだ。……なんでこれは覚えてるんだ。

 たらしだとか聞いたことはあったが、そうには見えない。いや確かに女性に声を掛ける場面も多いが、同じくらい男性にも掛けている。多分情報収集の一環とかなんだろう。


 ああ、もう、支離滅裂だ。単に列挙してるだけだ。こんなの意味ないや。

 色々上げてみたがイマイチ自分を納得させられるだけの説明が思い浮かばない。どうにも言語化できない何かによって惹かれているらしい。もやもやは収まらないが、これ以上は堂々巡りを起こしてしまうことを知っている。


 私は肉体的には確実に女性だが、では精神的にはどうか。絶対的に男性とも、絶対的に女性とも言い切れない、なんとも言えない宙ぶらりん。

 どちらにも属していないとも言えるし、どちらにも属しているとも言える。そういう意味では私も"二重の者"かな、なんてカクとの共通点を見つけ、喜んでいる自分がいる。


 最初は自分を気持ち悪いと思った。

 得体の知れない何かに思考を支配されているような、独特の感覚。

 どこかで男性とあるべきと考えてる自身が、同性と考えていた者に対し抱く感情への失望。

 理由なんて枚挙に遑がない。自分自身の像が崩れていくような……そんな奇妙な感覚。


 それからしばらく、様々な人を観察した。

 レニーを観察し、男性だから惹かれているわけではないと確認した。ティナを観察し、女性であればいいというわけではないと確認した。

 街を歩くカップルを観察した。性欲に正直な魔人と仲良くなった。子連れの呪人と話した。夫を亡くした老婆と話した。妻に逃げられた冒険者と話した。それから、それから――


 自らの感情を確認するためだけに、十分すぎるほどの観察を繰り返し、接触を繰り返し、考察し、確認した。

 きっとそうではないという情報がほしかった。でも知れば知るほど知っただけ、逆の結論へと向かっていった。

 だからもう、否定はしない。肯定し受け入れた。たったそれだけで、曇1つない空が私の前に広がった。


 ……変わったな。そうだ、私はかなり変わった。

 誰かと共に居たい、そう考えることは以前もあった。私は元来寂しがり屋でもあるのだ。でも今の感情とは少しだけ違う。

 誰かと共に感じたい、そう考えることは今までなかった。


 私の世界は私が中心で、私の感情こそが真実であり、私の記憶だけが真なる歴史であり、私の居ない世界に価値はないと考えていた。

 私の生まれる世界とは私の為だけに存在していて、私の死んだ後の世界など、考える時間すら無駄と考えていた。

 1人1人の世界は泡沫のように薄い膜で区切られ、隣り合う世界と干渉しあい、自らの形を変える。たった1人では自分の形すら定かではなく、干渉されなければ自らを知ることすらできない。

 世界は知る事によって大きく広がり、他者の死はその世界の崩壊、即ち知識の喪失を意味する。

 死とは隣り合う世界の人には影響を及ぼし、空席を生み出す。人は死ぬことによって新たな人間がその地位に就けるようになる。まるで王位の継承のように。

 だが遠く離れた世界の人には何の影響も及ぼさない。昨日と変わらぬ今日が流れ、今日と変わらぬ明日へと向かう。他人事とはよく言ったもの。

 世界は生まれ、崩れ、それを繰り返す。人の世界とは、私の世界観とはこんな感じだった。


 ふと寂しさを覚えた。いつからなのかは分からない。だが1人で満足していた世界に、何かが足りないと感じてしまった。

 私の壁は他の壁より厚いわけでもなく、だからといって薄いわけでもない。ただ、私の世界も誰も受け入れてはいなかった。

 ふと悲しさを覚えた。それは隣の泡沫が、1人ではなく2人居たから。それまでは見て見ぬ振りをし、決めつけていた。泡沫は1人用であり、誰かと共に居ることなどできないのだと。

 なぜ悲しいのかと考えた。考えた後、私の泡沫には誰かが居たことを思い出した。その人が居なくなったから、私の泡沫には私しか居なくなってしまった。

 振り返ってみた。私が生まれる前、死ぬ前、卒業前、働く前……私の隣には常に1人の男の子が居たことを思い出した。

 最初から私は1人ではなかった。空いた穴を埋めるように誰かを求め、しかし別人であることを受け入れられずに拒否し、自らの世界に閉じこもった。私の世界観は、私自身の作り上げた虚像に過ぎないと気づいてしまった。


 泡沫同士の壁は崩れ、世界は互いに繋がりあった。

 だが私の泡沫だけは、歪な形のままで固まっている。


 ある日、また自らを確認した。

 その時にはもう、壁なんてほとんど見えなかった。

 でもうっすらとは残ってる。その壁の向こうにはユタが居て、サンが居て、ロニーが居て、カクが居て、ティナが居て……いろいろな人が居た。

 私は壁を叩く。拳でドンドンと殴りつける。皮が裂け肉が裂け、それでも殴り続ける。でもその壁は、他の泡沫のようには崩れない。

 骨の見えた拳で壁を殴りつける。いや、もう殴ることすらできてない。その痛みの強烈さに、私自身がブレーキを掛けていた。

 この壁は泡沫ではなかった。私が長い時間を掛けて作り上げた、他者を拒絶するための……いや、私自身を守るための壁が、今度は私の敵になった。

 私の築き上げた私を守るための壁は、もはや私1人では壊せない強度となっていた。


 壁の向こうでユタが悲しい顔をした。少しして、ユタの姿が見えなくなった。

 今度はカクが悲しい顔をしている。このままではカクが居なくなってしまうと、直感がした。


 痛みは妄想、世界は想像。なのに私は臆病で、この壁を壊すと自分が死んでしまうような気がしていた。

 でももう死んだっていい。私はもう失いたくない。私はもう間違わない。


 こんな世界、寂しすぎる。


 私1人では耐えられない。なぜかは分からないが、そう感じた。

 だから叩き続けた。

 同じ景色を見て、同じ道を歩いて、同じ物を食べて。時に励まして、励まされて。一緒に笑って、一緒に泣いて、君と触れ合いたい。

 下心と笑われるかもしれない。無駄な足掻きと蔑まれるかもしれない。でもそんなの、関係ある?

 私がいなくなった後も世界は続いてく。世界の中心が私ではなくなる。

 例えそれが私の為にならなくとも、例えそれが意味のないことだとしても。今の私はそれを求めてる。1人でなければ耐えられる。


 壁にヒビが入った。後一歩、ほんの少しの勇気が私にあれば。

 こんなこと書くのもどうかと思うんですが、満足できてない話です。

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