五十九話 カクと嘘
ダンジョンを出ると、雨は止んでいた。
木々が滴らせるのはまた別だが、少なくとも降ってはいない。
雨上がりは土に住む生物が活発になる。するとそれを狙う生物が、それを狙う小型の魔物が、それを狙う大型の魔物が……。
いや、雨上がりに魔物が活発になるのは事実だが、こんな理由ではないかもしれない。さっきのはただの私の中での仮説だ。誰に聞いても「そういうもんだ」としか答えてくれないから困ってる。
森の騒がしさは私にもよく分かる。
普段はカクに任せっきりだけど、私にも魔力を感知する能力はある。
多分だけど、魔力とは水に似てる。
ほとんど全ての生物は魔力を少なからず保有している。いや、生物に限らず、空気や土、水なんかの自然界に存在するほとんど全てに含まれてる。そして生物は常に魔力を吸収し、同時に発散もしてる。
すると生物の多いところは自然と魔力が濃くなっていく。濃い魔力は成長を促進させる。魔力は生物を呼び、生物は魔力を呼ぶ。どちらが先かはともかく、いずれ膨れ上がった魔力に耐え利用するような生物、つまりは魔物が住み着く。
魔物とは一般的には体内に魔石を有する物とされているが、厳密には死の瞬間に心臓での魔素の結晶化を引き起こす生物の総称だ。生物が生きている間、体内に魔石が生まれるような事は通常起こらない。
故に植物のほとんどは魔物ではないし、魔石を作り上げられないほど小さな魔力しか持たない生物は魔物ではない。
保有魔力の多い生物、つまりは魔物ともなれば、当然魔力の発散量も増える。すると空気中に魔力の偏りが生まれ、それを平衡化しようと流れが生まれる。
1つ目の感知はこれだ。私はこの流れを直接見る事ができる。実際に吹いている風と別向きに魔力が流れている場合、魔力の風上に何かが居る可能性があるし、魔力の風下では何らかの理由で大量に消費している可能性がある。
ただこの流れは細かすぎて、安定した環境か、よっぽど強大なものでもなければ気付くのが難しい。そもそも魔力視をかなりの感度で使わないと見れないため、魔力の極端に濃いところではほとんど見ることができない。
来客に早めに気付いたり、人混みの方向が分かったり……使える場面はちょくちょくあるが、そこまで便利なものでもないし、間違いも多い。例えば来客の場合では、それが魔人であればほぼ確実に気付けるが、逆に呪人が1人だけとかだと気付くことができない。
私の魔力が多いというのもこの感知を難しくしている。というのも、私の周囲では基本的には流れが出来てしまっている。自らの魔力を直接見れるわけじゃないが、周囲の魔力の流れを見ればどのくらい発散されてるのかの予測はできる。魔術をほぼ使ってない状態でこれなのだから、使い始めたら感知なんてもう無理だ。
とても繊細な感覚であり、ちょっとした体調不良程度でも見れなくなったりしてしまう。例えば生理中は見れないし、起き抜けも見れないし、頭痛に襲われてる間も見れなくなる。というか、感度の調整が難しいせいだ。
要するに、日常生活の中でしか使えない感覚。
これは仮説になるけど、カクの魔力嗅はこの流れを感じ取っている。だから風のないダンジョン内でも敵を見つけることができるし、魔術の使用中は感度が落ちる。
風向きによって感知能力が上下するとも言っていたから、その限りでない可能性も十二分にあるが、もしこれが正しいのであれば魔力聴も同じように感度は落ちるはず。魔力視も魔術使用中は流れを感じ取ることはほぼできないんだし、そりゃそうかって感じでもあるけど。
2つ目の感知も魔力を直視しているという意味では変わらないが、例えば視界内の相手の魔力量を目算したり、魔術を発現させる前の魔力の変化に気付けたり、不可視と呼ばれる風術も見ることができたり。
1つ目ほど感度を上げる必要もないので、魔力の濃い森の中や戦闘中でも使うことができる。使うというよりも、意識しなければ勝手に映し出される。ゲームでいうなら「パッシブスキル:魔力直視」とかだろうか。うわ弱そう。
こっちは小さい頃からずーっと使い続けてるせいで、少々頼りすぎてしまっているのが弱点とも言える。つまり見えない状況に恐怖する。言い砕けば私はダンジョンがちょっと怖い。
3つ目も結局は1つ目の延長だが、個人の魔力の識別だ。
大体3日もいれば魔力の癖のようなものが見えてくる。顔を覚えるに近い感覚だ。
要するに、うちの奴らが変装したところで私は見破ることができる。……今の所、1回しか活躍してないけど。カクとティナが変装してた時だけだ。
いや、フードを被ってるフアをフアだと分かるのはこれのおかげか。元気にしてるだろうか。
話を戻そう。
今この森は魔力の流れが乱れている。
なんていうと大事に聞こえるが、別に異常事態ってわけじゃない。雨上がりはいつもこう見える。
ただ昇りゆく魔力の揺れがいつもより大きい。つまり魔物が活発に動き始めてるってことになる。残念ながらそのくらいしか分からないし、距離だったり種類だったりを掴めるほどでもないので口には出さないけども。
結局、魔物が姿を表すよりも、私が魔物を見つけるよりも、カクが見つける方が遥かに速い。そしてほとんどの場合、それは正確だ。たまに数え間違うこともあるが、私に比べたら可愛いもんだ。
少しだけ、いつもよりもゾエロを濃くしておくだけで良い。もしカクが見つけられなかったとしても、即座にリズ・ダンくらいは撃てるようにしておこう。
「あっちです」
村は森のほとりにあるらしく、現在はイールが道案内中。
森があるからダンジョンが作られるのか、ダンジョンがあるから森が作られるのか。鶏と卵とは違い、これはどちらも正解だ。
六花の洞窟は新しいものだったというし、ハルマ森の場合は多分前者だ。森が出来る以前に別のダンジョンがあって、どっかの誰かがそのコアを持ち帰ったとかでもなければだけど。
ダンジョンからは高濃度の魔力が吐き出され、それによって生物はよりよく成長する。だからこの手の森の近くにはだいたい村があり、農業や林業をしてることが多い。少なくともダニヴェスでは、だけど。
不変の魔法陣が刻まれてるとはいえ、六花の洞窟はダンジョンとしての機能は残している。当然その魔力の恩恵はこの森全域、そしてその周辺にも及んでいる。
ただ新しい故か、魔法陣故か、ハルマ森の魔力はかなり薄い。薄いっていってもそこらの森とか比べ物にならないくらいの高濃度だけど、それでもサークィンの東の大森林に比べてしまうと天と地ほどの差がある。
とはいえサークィン東の大森林ですらダール東の大森林に比べるとかなり薄かったから、そこらへんはもうドラゴンスフィアみたいにインフレでもしてんのかもしれない。
大蜘蛛のダンジョンは140年くらい前に生まれたらしいけど、大蟻のダンジョンに関してはいつからあるのかすら分かってない始末。まあ数や場所が分かってるだけマシな部類なんだけどさ。クラト・フロウドとかひどいらしいし。
「お、見えてきたな」
道中魔物との遭遇は4回。うち戦闘は2回だけであり、ティナが小さな火傷をした程度。何の問題もなく森を抜けることが出来た。
気付けばもう夕方だ。残念ながらこの村では恐らく泊まれない。そう話し合ったからだ。
森を抜けると木の柵が並べ立てられ、一応の門らしき箇所も見える。
柵の先には広大な畑が広がっている。畑によって育てているものが違うらしいが、私にはどうにもよく分からない。輪作っていうんだっけ? 休耕地? うーん、農業に興味持っておけば良かった。
いや、こういう時に便利な人が隣に居たな。
「あの畑、何育ててるの?」
「……分からん」
レニーは目を細め、しばらくしてから分からないと答える。まだよく見えてないらしい。1kmはありそうだし、仕方ないか。
「今の時期はもうハルノニアくらいしか残ってないよ。
普段は2種類のベゲリット、ハルノニア、シルトカ、タージェンを育ててるんだ」
「シルトカって?」
「餌だよ。ヒルミナーッテを飼ってるんだ」
畑のいくつかは牧草地になっているようで、牛がもそもそと草を食んでいる。ダニヴェスではあまり見ない種類の魔物だけど、アストリアではそこそこに見かける奴だ。
あの牛は正確にはヒルミナーッテという名前のれっきとした魔物。大きな体からは大きな皮が安定して採れる。つまり革製品のほとんどはこういった家畜からのものになる。冒険者の採ってくる皮はどうしても品質が悪いし、狩人の皮は安定供給とは言いづらい。
この牛もちゃんと魔物なので、当然魔石も採れる。確か6級とかだったかな……体の割には小さめ。前世で食べてたようなレベルではないが、お肉は量質味全部牛肉みたいな感じ。そしてヒルミナーッテの乳は生のまま飲める。だから大体牛で良いだろう。
ダニヴェスではヴレント・ヒルミナアトという亜種みたいな方を家畜にしていることが多いが、これもだいたい一緒。どっちも牛。若干ヒルミナアトの方が魔石が大きく、代わりに乳がまずいらしい。
いやダニヴェスじゃ牛乳って調理用としてしか売られてなかったし、飲んだことないもん。アストリアで飲めるって聞いたときは驚いたし、数時間後にお腹下した。別の日に飲んだときも下したし、乳糖不耐症なのかもしれない。あゝ身長よ。……前世じゃ普通に飲めたのに。
まあともかく牛だ。牛さんがもっそもっそ食べてる。結構可愛い。こうして見てるだけなら可愛いんだけど、あいつらが実は結構凶暴なことを私は知っている。以前こっそり撫でたら感電させられた上、飼い主に怒られた。泣きっ面に蜂である。
「シルトカは油の原料になる、小さな黄色い花を咲かせる植物だ。ダニヴェスでも何度か見ただろう」
「あーあの可愛いやつか」
つまりシルトカは油菜だったり菜の花だったり、そこらへんってことか。
何度か見たことはあるけど、あいつらから油なんて採れたのか。言われてみれば確かに見た目は似てるような、似てないような……菜の花ってどんな花だったかいまいち思い出せない。黄色くて小さい奴って印象はあるけども。
でもダニヴェスってよりアストリアのシュテスビンの方が多かったような……まいっか。
「あれ、餌? じゃあ油を絞ったりはしてないの?」
「してるところもあるらしいけど……うちじゃ牛の飼料としてだけだね」
「へー」
菜の花って食べれたの? 初耳だ。……え、花だよね? 花食うの? マジで? いや、さすがに咲く前だろうけど、というか牛の食べるものか。なら私の想像の及ばないところにあるのかもしれない。
案外天ぷらとかにしたら人間でも食べれたりすんのかな? 前世で山菜だったりをなんでも天ぷらにして食べるおっさんが出てくるテレビを見たことある。あの人なら食べてそうだ。
牛だの野菜だの色々な話を聞いてるうちに、村の門が見えてきた。……おや、門の前に人だかりが。
武装した人間が数人、それから斧なんかを翳す農民のような人間もかなり見える。少なくとも穏やかな光景とは言えない。何かあったんだろうか。
「イール、あの門はいつもあんな風なの?」
「あんな? ……あれ、魔物でも出たのかな。たまに森から入ってくる奴が居るんだ」
「柵の意味無くない?」
「弱いのは滅多に入ってこないけど、そうじゃないのも多いからね……」
なんでも柵には簡単な魔法陣が書き込まれており、触れるとバチッとするんだとか。農業用の電気柵みたいな感じなのかな? 触れないように気を付けとこう。
そういえば、ダーマの壁の外に並べられてたトゲトゲにも少し濃い目の魔力が通っていた。あっちは触るなとしか言われてなかったけど、同じような魔法陣が組まれてるのかも。
……魔法陣か。確か魔石粉と脂肪さえあれば使い捨ての物が描けるんだっけ。そういえばテルーが蓄電型や魔石型はともかく、人力型の魔道具なら作れるとか言ってたな。
実際何度か見せてもらったおかげで構造自体は覚えてるけど、肝心の魔法陣の方をほとんど覚えてないのが残念だ。
「いや、おかしいよ。魔物が出てもあんなに人は集まらない。
……おい、俺だ、イールだ! おーい!」
不安気な表情で大声を出し、イールは突然走り出す。
よく分からないが、追いかけよう。さすがに一般人よりは私の方が速い……あれ?
「ちょっと、待って、みんな、速いんだけど」
ただの農民がそんな速度で走るなよ……。
◆◇◆◇◆◇◆
門前に居た武装した集団。
なんのことはない。全員がこの村の住人であり、3人が村から姿を消したため、付近に捜索隊を出そうとしていたところだったという。
もっと言ってしまえば、イールやカサディンではなく、ラオナを探そうとしたんだろう。彼女は村長の一人娘であり、次期村長候補だったらしい。
村までの移動中、イールはポツポツと2人の話をした。
首無し死体はカサディン。父親は元冒険者であり、普段は畑を耕しつつ魔物が出た時には村を守るビフネッタという職業だったという。前世での適切な言葉はなんだろう。兼業猟師か?
ともかく、カサディンの父親は村を守りつつ農業を営んでいたわけだが、数年前に魔物との戦闘で死亡。あの折れた剣は父親の形見の1つだったという。
カサディンは7人兄弟のちょうど真ん中。畑は長兄が継ぎ、次兄は村を出て、長姉は結婚。次はいよいよ彼の番だという時に、ダンジョンに潜って死んだ。よくある村人の1人ってわけだ、普通は死なないんだろうけど。
腕無し死体はラオナ・エーインド・メルネン。村長の一人娘、厳密にいえば管理できる唯一の子。1人の兄と2人の姉は領主に持っていかれたらしい。怖い話だ。
というのもエーインド家とかいうなんか格式高い貴族の血筋に当たるらしい。名乗れるくらいだから実はそんなに離れてないのかもしれない。クッターラにエーインド……この分だとライグン家とかフィラル家なんかもありそうだ。
どうにもカサディンとイールはラオナに惚れ込んでいたらしく、ダンジョンコアに先に触れたほうが告白する、なんて決めていたらしい。青春だな。無謀だが。
唯一の生き残りであるイール。こっちは両親共に健在で、炭焼きと農業の両方をしているらしい。イールの兄は以前にダンジョンを攻略すると宣言し、そのまま帰ってきていないんだとか。
まるでユタだな。あいつとの違いは死んでいる可能性が極めて高いってところくらいか。兄を持つという共通点のおかげか打ち解けるのは楽だった。共通の話題というのは便利なものだ。
村では数少ない魔術師として便利屋的な感じで色々やっていたらしい。この村にはまともに魔術を使える者は2人しかおらず、そのもう1人も結構な高齢であるためか重宝されてたんだとか。
ただ何故か私に対しての距離が若干近いのは気の所為だろうか。まあ別に良いけどさ。もしかして年下とか思われてたりしない? 年齢も魔術も絶対私の方が上だからな。
私が知っているのはこのくらいか。興味の無い人間の情報なんてどうでもいい、もしエーインドの名前が出てこなければ全力でスルーしていた。ただクッターラとの関係がありそうなので、一応手帳に記すことにする。
問題はラオナが村長の子だったということだ。イールはどうにも嘘を付き、村を出ることに決めたらしい。
"カサディンとラオナが駆け落ちした。追いかけたが途中で魔物に襲われ見失った。魔物を退治してくれた冒険者を雇い、探してくる。"
彼の中での設定はそんな感じらしい。素直に喋れば良いのにと思ったけど、それはそれで村八分的な何かが発生するのかもしれない。私は村社会には疎い。何故なら町娘……町娘? まあ町育ちだからだ。
ティナは逆に村育ち。聞いてみれば、ありえない話ではないという。もちろん国も違えば種族も違う、であれば文化も変わるはずだが、社会形態を考えるに似通うところは似通うかもしれない。収斂進化的な感じで。知らんけど。
ともかく、私にとっては金になるという点が重要だ。イールは私達に町までの護衛を頼み、私達はそれを受けた。冒険者ギルドを通してではないが、金が発生する護衛ともなれば、それはもはや仕事だ。
相場が分からないというので、2日分の6級護衛として計算してみようと思ったが、よくよく考えたらこちらの護衛クエストの相場を誰も知らなかった。珍しくカクですら知らなかった。
なので魔人大陸の相場を使い、受けるのに小銀4、2日なので小銀2、合わせて小銀貨6枚、154ベルと少しくらいになったが、今度はイールがそんな金はないという。
いくらか相談した上、最終的にはキリの良い96ベルで受ける事にした。魔石と護衛、合わせれば本来のクエスト分である128ベルは超える事になる。そもそもヘクレットには実技試験のために一度戻る事になっていたし、私達にとっても悪い話ではない。
「それは話し合わなきゃダメだろう」
「急がなきゃ足跡が消えちゃうよ」
私達は現在、イールに話を合わせるためだけにこの村の前に来ている。
いや、厳密に言うなら話を合わせているのはカクだけだ。ティナとレニーは無言。私はたまーに振られるくらいで、だいたいはイールが、そしてカクが進めている。
レニーは平常運転、ティナは喋るとややこしくなるから仕方ない。エンデュ語自体は普段から私達が使ってるおかげでかなり覚えたけど、それでもたまに知らない言葉が出てくるらしく、後で聞かれたりする。私も読んだことはあっても音を知らない言葉がちょくちょくある。
「カクさんは足跡を追えるんだ。今ならまだ間に合うかも」
「3日くらいなら問題無いが、それ以上となるとちょっと厳しいな。雨も降ったし」
「……どちらにしろ、相談する必要がある。早くても出発は明日だ」
「そんな!」
残念ながら会話は思ったようには進んでおらず、イールが劣勢だ。カクは何を考えているのか分からないが、中立のような立場で受け答えをしている。
さっきから代表のような顔で話を進めているのはそこそこな革鎧を着たおっさん。腕が丸太みたいに太いし、手斧が握られている。鎧があるってことは……いや、魔物との戦闘も起こる村なら特別なことでもないか。父ちゃんと呼んでいたので恐らくはイールの父親だ。私の知らない文化があるでもなければ、だけど。
「カクさん、3日ってことは明日でも大丈夫なんだよな」
「まあ、そうなるな」
「なら今日は泊まっていってくれ。礼もしたい」
「急がないと逃げられちゃうかもしれないだろ!」
「……イール、よく聞け。森は危険で、もう夜だ。お前まで失うわけにもいかん」
イールはハッとしたような表情を見せ、呆然としている。
死んだとは言ってないはずなのに、悟られたのか? と思ったがそうでもないらしい。森に入って帰ってこないとは、そのまま死んだのと同義で扱われるのかも。……そうか、イールの兄は恐らく死んでるんだった。もう1人の息子まで失いたくはないか。
実際ヤバい奴とかもたまに居るし、うん。ハルマ森は単体で危ないのは居ないっぽいけど、群れると危ないようなのは結構居る。呪人大陸でゴブリンがほぼ絶滅しているのはネヌク・ケノーのせいだと言われるくらいだ。
「付いてきてくれ」
「おい待てよ、どこに行くっていうんだ。俺らはただ魔物を殺しただけ――」
「話をしたい。それだけだ」
(とりあえず行ってみっか。いざとなったらイールは捨てよう)
ここでの話は終わりだとでも言わんばかりに、おっさんは1人で歩いていってしまう。
さてどうしようと目配せしてみれば、私達全員にカクからの静言が届いた。……なんか面倒な事になったなぁ。"いざ"ってなんだろう。何かあるんだろうか? 私には普通の村にしか見えない。
◆◇◆◇◆◇◆
呪人大陸の村はここが初めてだが、どうにも魔人大陸のものとは様子が違う。魔人大陸の村はもう少し、なんというか、貧乏くさい。
多分1番の違いは光だ。この村では街灯が置かれているせいか妙に明るい。魔人大陸じゃ町でしか街灯なんて置かれてないのに……。さすがに魔柱が並んでるわけではないが、それでも凄い。
そういえば魔法陣の刻まれている柵なんてのも向こうじゃ聞いたことがない。もしかすると向こうの柵とは本当にただの柵だったのかもしれない。……ダーマの柵は明らかに魔力が濃かったけど、そもそもあそこは東の大森林の近く。大森林の木を使ってればあんな魔力になってもおかしくはないのかも。
建物もあちらに比べてかなり大きいし、村って割には綺麗だ。
この違和感はなんだろう。文化が違うってよりも、そもそも時代がズレているような……呪人大陸は進んでいるとは聞いてたけど、もやもやする。もしかするとダニヴェスは後進国だったのだろうか。
アストリアに来て、ヘッケレンに来て……進んでるなと思うことはあっても遅れてるなと思ったことはほとんどない。なるほど、ダニヴェスを田舎の後進国とすれば飲み込める。
村を観察しつつ歩き続けると、周りの建物とは少し趣の違う、悪く言えば浮いてる建物の前に連れて行かれた。
見た限り、この村の中では1番大きな建物だ。それに他と違って石造りで、綺麗な窓が嵌められていて……あ、分かった、窓だ。どの建物も皆ガラス窓が嵌められてるんだ。だからこんなに明るく感じて、妙に違和感があったのか。
って、あれ? どこ行くの?
どうやらあの大きな建物はお預け、すぐ隣の平たい建物で話を進めるらしい。なんだよあの大きいの。思わせぶりが過ぎるぞ。
建物の前でうだうだ考えていると、中に入るよう促された。流れにおかしいところはないけど、入って大丈夫なんだろうか? なんかの罠だったりしない?
「ま、なるようになるだろ」
私達を促すように、カクがおちゃらけた口調で言葉を投げる。
口癖のように何度も聞いた言葉は、少しだけ不安になっていた私を安心させてくれた。
カクに付いて建物に入り、案内される通りに部屋に入る。外観からも分かってはいたが、とにかくだだっ広い建物だ。部屋に入ってすぐに分かった。だってこの建物、ほとんどがこの部屋だ。
ほとんどホールしかない建物……一体何に使うのかとは思わない。なぜならだだっ広い机に椅子が並べられている。名実共に会議室、いや、会議小屋なんだろう。
イールは小さな村だと言っていたが、ヘクレットの村ではこれが一般的なんだろうか。うーん、本人も村から出たことはないって言ってたし、普通かどうかはまだ分からないか。
この"会議室"の席には既に3人が座っており、空席は13個あった。
向こう側の7席の中央には、ぽっちゃりとデブの狭間とでもいうべきか、なんとも絶妙な体型の呪人のお兄さんが座っている。綺羅びやかな服を着ているし、髪も綺麗に整えてある。
容姿は間違いなく良いはずなんだけど……もうちょっと体を引き締めた方がいいと思う。そうすればいい感じになりそうなのに、微妙に膨らんだその顔と体のせいで、残念なイケメンという言葉がぴったりだ。
一言で言うなら商人のドラ息子だろうか。凛々しい眼差しが妙に印象的。一瞬下卑た視線を向けられた気もしたが、多分気の所為だろう。名乗られるまではふとっちょと呼ぼう。
右手側の背後には、軽装ではあるが金属鎧を纏った人が1人付いている。恐らく護衛かなんかだろう。あれ? ここホントに村?
ふとっちょの右手側には空席を1つ挟み、かなりご高齢なお爺さん。年齢にしては立派な髪と髭だが真っ白だ。それに、今まで見たどの呪人よりも魔力が多い。一瞬魔人かと思ったが、魔力の質自体は呪人のもの。こんな見た目だがきっとロニーよりは年下なんだろうなぁ。
ふとっちょのおかげで妙に貧乏臭く見えるが、それでも私達の服よりはよっぽど上質だ。大きな杖を机に立て掛けてるし、年齢も年齢だし、名乗られるまでは長老と呼ぼう。
ふとっちょの左手側にも空席が1つあり、その隣には若さを捨てきったような、脂の乗ったとでもいうべき年齢のおじさんが座っている。こちらは長老と違い髪は黒いが逆にやや薄い。おでこに指が5本とも入っちゃいそうだ。
気になるのは傍から見ても分かるほどに大きな体だろうか。座っててなおふとっちょよりも頭1つ大きいし、筋肉もレニーよりあるように見えるし、拳が大きい。私達を連れてきた鎧のおっさんよりも多分強い。
ただ魔力がほとんど見えないのが妙だ。魔力は闘気の元のはずだけど……。もしかすると見た目通り凄い武術の使い手で、今も魔力を闘気に変えてるとか? こっちは筋肉でいいか。
おっさんは筋肉の左隣の席に立ち、私達は彼らの正面、つまりは向かい合う形の席に案内された。
……村長がどうのとか言ってたし、この3人のうちのどれかが村長ってこと? 長老だろうか? にしては歳を食いすぎてる気もするけど。ラオナはイールと同い年と言ってたし、なら筋肉が村長? 肉体派な村だなぁ。
ふとっちょはなんとなく村人っぽくない……ていうかエーインドのお偉方とかな気がする。なんでここに居るのかは知らないけど。
うだうだと考えつつ、案内された席に立っている。ちなみにイールは私の右の席に居る。……これ、座っていいんだろうか? 挨拶とか必要? めんどくさー。
「んで、何の話?」
とか思ってたらカクは既に座ってた。私としたことがいつ座ったかを見逃していた。……うん、座り心地はよくないが、特に異常があるようには感じない。ブーブークッションも置かれてない。
結局何をするのか詳しい説明は受けてない。あるいは聞き逃している可能性もあるけど、今日はちゃんと聞いてた方だ。
「その前に……ハルミストの村長を努めてるゼフスキン・エーインド・メルネンだ」
「ナルヒャーク」
「カルナスだ」
「紫陽花のリーダー、カクカ・カフカだ。あのデカいのはレニィン、この細いのがセルティナ、こっちの小さいのはアンジェリアだ」
ち、小さ……なんかしらんけど自己紹介が始まった。筋肉が村長でエーインドのゼフスキンで、長老がナルヒャークで、おっさんがカルナスで、……ぽっちゃりは誰? まあどうせ名前なんてすぐには覚えらんないけどさ。
「今回の一件、まずは正式に礼を言いたい」
ここまで案内してたおっさん、つまりカルナスが机に頭を打ち付ける勢いで頭を下げた。音はしなかったので実際に打ち付けたわけではないんだろうけど、一瞬ヒヤリとした。
「イールは俺の息子だ。礼をしてもしきれんくらい――」
「頭上げなよカルナスさん。たまたまその場に居合わせただけなんだからさ」
カクのこの言葉、嘘はほとんど含まれていない。居合わせたわけではないが、別に狙ったわけじゃないし、単に戦闘してそうだからと見に行っただけだ。
そしたらたまたま死にかけイールと死体2個の場面に出会しただけ。咄嗟にレニーが飛び込んだらしいが、私が先頭であったとしても即座に何かしらの魔術を放ってたはず。
もちろん下心はある。私達は慈善事業をしてるわけじゃないし、当然善意だけで助けるほどのお人好しではない。ただの村人を助けたところで、名前が大きく売れるわけではないだろう。
それでも噂というのは強力だ。名前が売れれば売れるほど仕事が舞い込んだり、昇級が早くなったりするかもしれない。いつか紫陽花の名を知ってる人間に助けられるかもしれない。
結局のところ、最後に笑うのは地道に積み上げ続けた奴だ。もちろん才能だったり運なんかも関係はすると思うけどね。
「し、しかしだな……」
「なら美味い飯と温かい寝床をくれ」
「もちろんだ! ぜひ今日は――」
「カルナス」
カルナスが提示するいくつかの礼を蹴り、無欲にも寝食だけを要求するカク。貰えるものは貰っておいた方が良いと思うんだけどなぁ。
なんとも納得いかないような勿体ないような、微妙な気持ちで話を聞いていると、筋肉……ええと、村長、じゃなくて、ゼフスキンか、ゼフスキンが言葉を遮った。
「さて、失踪したラオナの件だが……ナル」
「臭いますな、嘘の臭いじゃ」
ナルヒャークの鼻に魔力が集まる。この爺さん、魔力嗅の持ち主だったのか。いや、嘘の臭い? そんなのも感じ取れるの?
いや、うだうだと考えている場合ではないかも知れない。ナルヒャークの魔力が高まっている。
「……とのことだが、さて、どれが嘘だ?」
ナルヒャークだけでなく、ゼフスキンや護衛兵からも魔力が放たれている。
一体どこで間違えたんだ、いつ気付いたんだ。いつでも魔術を放てるように、私も両手に魔力を――。
「落ち着け」
ぽっちゃりのいやに落ち着いた声が響く。
声に魔力が籠もっているのが見えた。もしかすると、何かの術なのかもしれない。
ナルヒャークとゼフスキン、護衛の魔力は鎮まったが、私はまだだ。一触即発の空気に油断なんて出来るわけがない。
「魔人、お前もだ」
「……断ったら?」
「――あまり自分を過信しないことだな」
いつの間にか、私の魔力が霧散している。
魔術じゃない。あの目だ。あいつの目に睨まれると魔力が操れなくなる。
体に力が入らない。
なんだこれ。
「平和的に話そうじゃないか。なあ、アンジェリア」
「……そうね」
意味が分からない。魔力があいつに吸い込まれてる。
自分の魔力を過信しすぎていたかもしれない。何をされてるのか分からないが、今は魔術は扱えない可能性が高い。
であれば私は無力、ただの小娘に過ぎない。クソ、なんだあの術は。
「自己紹介がまだだったな。エルネム・エーインド・カルソト・フェッシだ。気軽にエルネムと呼ぶと良い」
「で、そのエーインド様が何の用件だよ」
「単純だ。ラオナを返してもらおう」
「返すだ? 俺らを誘拐犯かなんかと勘違いしてんのか?」
変に嘘をついたせいで面倒な事になった。
正直に「ラオナとカサディンは死んでいた、イールだけ助けられた」と言った方が良かったんじゃないか。
まだ体に力が入らない。あの目だ、あの目さえ潰せれば……。
「どうやら、それは本当らしいな」
「……何?」
「ただ正直に話せば良い。結果は私が決める。フス、続けろ」
「は。……最初から話せ。包み隠さず、全てだ」
こいつら、読心術でも……いや、違う。嘘発見器的な魔道具か、似たような特殊能力でもあるのか。
恐らくだが、ナルヒャークは大雑把に、エルネムは細かくそれを検知できている。
個人差があるってことは、恐らく道具ではなく何らかの技術だ。……ナルヒャークはまだ分かるが、エルネムの方は一体どうやってんだ。
「嘘を吐いたらどうなる?」
「何にもならんよ。あんたらの為には、じゃが」
(お前ら――)
「ならんな」
カクの静言をかき消すように、エルネムの声が響く。
「静言は無しで行こう。その方がフェアだ、だろう?」
こいつ一体何なんだ。
カクの魔力は私達にだけ向いていたのに、それを感知した?
ということは、もしかすると見えている? 私と同じ、魔力視持ち?
クソ、意味が分からない。何がどうなってるんだ。そもそもなんでこんな事になってんだ。
間違えたか。
「……お手上げだな。正直に話すとするよ。あー、どこから言うべきか――」
※乳糖は加熱しても分解されません。下した理由はただの飲みすぎです。気を付けてください。
※菜の花はちょっと苦いけど美味しいよ?