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三つの世界 彼女が魔女に堕ちるまで。  作者: 春日部 光(元H.A.L.)
本章 中節 広がりと狭まり
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五十八話 俺達と魔石

 カサディンとラオナ、2人が死んじまった。

 一体どこで間違えたんだ。

 カサディンが、ラオナが、あんな簡単に死ぬだなんて。

 簡単なダンジョンだって聞いてたのに。


 俺たちは雨の中、森に潜った。

 それがダメだってことは知ってたけど、ここにダンジョンがあることは知っていた。

 六花っていう凄い冒険者達が来て、あっという間に攻略したらしいけど、魔物は湧き続ける。


 ラオナの一言から始まったんだ。


「ねえ、ダンジョン行ってみない?」


 俺は当然反対した。

 当たり前だ。ダンジョンなんて、魔物がたくさん居て、普通の人が入るような場所じゃない。

 冒険者って呼ばれてる職業についてて、しかも更に強い人だけが行くような場所だ。


 噂は聞いたことがある。

 なんでもお宝が眠ってるだとか、攻略した者には凄まじい力が手に入るだとか。

 でも、所詮噂だ。そんな噂を信じてダンジョンに入って、生きて帰ってきた者はほとんど居ない。


 俺の兄ちゃんもそうだ。

 冒険者になって、ダンジョンを攻略して金持ちになってやる、なんて言って森に入り、死んじまった。

 冒険者になることすら出来ず、死んじまった。

 だから俺は、反対した。

 ただでさえ魔物は強いのに、そんなのがうじゃうじゃ居るダンジョンに自ら入るだなんて、正気の沙汰じゃない。


 俺たちは昔からいつも一緒だ。

 同じ時期に生まれ、同じように育ち、同じように大人になろうとしていた。

 でも少しだけ違ってた。


 カサディンは、強かった。

 村一番の力持ちってわけじゃないけど、喧嘩が強くて、年上の奴らにも食って掛かっていった。

 どんなにボコボコにされても、最後に立ってるのはカサディンだ。

 あいつが負けるところなんて見たことがなかった。あいつはいつも、勝者だった。


 ラオナは、賢かった。

 村一番の博識ってわけじゃないけど、大人や旅人の話をいつも聞いてて、分からない事はいつもラオナに聞いてた。

 何かあるとすぐに俺らに話してきたけど、正直半分以上はよく分からない話だった。

 でも夢中に話すあいつの笑顔がたまらなく可愛くて、いつまでも聞いていたかった。


 俺は、弱かった。

 2人と違って何も無い。魔力が少し多いとは聞いたことがあるが、魔力なんてよく分からなかった。

 筋力、知力、魔力。3人揃って1人前だな、なんて大人によく誂われた。

 ラオナは俺を救ってくれた。あいつのおかげで、俺は魔力の使い方を知ることが出来た。

 カサディンも俺を救ってくれた。あいつのおかげで、俺はいじめられる事が無くなった。

 いつしか俺は、村では魔術師と呼ばれるようになっていた。


 いつまでもずっと一緒に居るもんだと思ってた。

 でも違った。

 いつまでも子供では居られないんだと、いつか気付いてしまった。

 成長するにつれて、ラオナと友達以上の存在になりたくなってしまった。

 それが悪かった。


「じゃあお留守番だな」


 カサディンがあんな挑発的な言葉を選んだのもこれが原因だ。

 俺たちはラオナを巡って、いつしかライバルになっていた。

 腕力では到底敵わなかったが、俺には魔力が、魔術があった。

 いつまでも子供じゃ居られない。

 どちらが強い男か、どちらがラオナに相応しいか。

 俺たちは言外に競い合った。


 でも、今回ばかりは臆病風に吹かれそうになった。

 だって、ダンジョンだ。もうそれは俺達の範疇にない。

 だがラオナの一言が俺を奮い立たせてしまった。


「私を守ってよ、イール」


 ラオナの言いなりと言うわけじゃない。

 ただ"守る"という言葉の意味を考えて、納得した。

 ダンジョンは危険なところだ。そんなところにラオナが向かう。

 俺は1人、村で待つ。

 ラオナは帰らないかもしれない。カサディンと一線を超えてしまうかもしれない。

 それは、許せなかった。


 雨の日に決行することになった。

 大人にバレると止められるかもしれない。

 そう思ったから、俺達は密かに雨を待ち、準備した。

 俺はラオナからダンジョンについてを教わった。

 どんな些細なことでも良いから、と事細かに教わった。

 やはり分からない話も多かったが、それ以上に分かったことが多かった。

 六花の洞窟というダンジョンは、想像しているよりも危険じゃない。

 安全な部屋があったりするのは他のダンジョンと変わらないが、出る魔物が弱いらしい。

 だから腕試しがてら潜る若い冒険者も多いという。

 俺はきっと油断してたんだ。


 夜、村を襲った魔物を魔術で焼き払ったことがある。

 元々俺はその手の仕事は断っていたのだが、カサディンが怪我をした時には代わりを務めることがあった。

 その日、たまたま魔物が現れた。

 魔物に気付いた俺は、恐怖で声が出なかった。

 そのせいで、一緒に居たタリンが殺された。


 無我夢中で魔術を詠唱した。

 気付けば魔物は焼け死んでいた。


 後になって分かるのだが、この魔物は6級だった。

 6級といえば村で育てている牛、それからこの日の魔物。

 だから俺は、6級の魔物は案外弱いんだと思いこんでしまった。

 だから俺は、6級までしか出ないっていうダンジョンを軽く考えてしまったんだ。


 ダンジョンに行く事を決めて数日後、ついに雨が降った。

 雨の中働き続けることは難しい。

 仕事を中断した俺は母ちゃんにラオナとカサディンに会ってくると告げ、家を出た。

 予定通り、俺達は3人でダンジョンに向かった。


 このダンジョンは簡単だった。

 最初の部屋には人間のような形をした泥のような魔物が2体だけ。

 両方とも、俺の魔術で燃やしてやった。

 カサディンは悔しそうな顔で俺を睨んだが、俺は鼻を明かしたような気になっていた。


 2つ目の部屋には大きな蜘蛛が1体だけ居た。

 カサディンがどうしてもというので戦わせたが、一刀両断してしまった。

 あいつが持っている剣、死んだ親父の遺品は結構な品だと昔話してくれた事を思い出した。

 ライバルのはずのカサディンが、少しかっこよく見えた。


 ここまでは簡単だった。だからこれからも、簡単だと思ってしまった。

 2つ目の部屋を抜け、通路を進むと別れ道になっていた。

 左の通路は今まで通り、右の通路は人が手で掘ったような、少し不自然な形。

 ラオナが左のほうが良さそうだというので、俺達はそれに従った。


 3つ目の部屋は、これまでとは大きく違った。

 数えられないくらいの魔物が居た。

 鉄の塊のような魔物や、鎧を来た骸骨が歩いていた。


「……なあ、止めにしないか? あれは無理だろ」

「なんだイール、ビビったのか」


 カサディンのその一言に、俺は下がれなくなってしまった。


「俺は大丈夫だけど、カッサじゃ無理だろ」

「あ? じゃあ倒した数で勝負しようぜ」


 話し終えるが早いか、カサディンは部屋に突っ込んだ。

 俺も負けないように、慌てて走り込んだ。

 ラオナのことなんて見えてなかった。

 甘かった。


 カサディンの剣は鉄の塊のような魔物に弾かれ、折れてしまった。

 俺の魔術も効かない奴が多くて、徐々に追い詰められてしまった。

 ラオナも魔術を使ってはいたが、すぐに魔力が切れてしまった。


 四方から追い詰められ、俺達は部屋の中央へ、互いに背中合わせになった。


「おい! どうすんだよこれ!」

「わ、分かんねえよ! くっそおぉおおお!」


 折れた剣を手に、カサディンが蜘蛛の魔物をまた倒した。

 残り少ない魔力を使って、なんとか俺も泥の魔物を倒した。

 ラオナはもう、何も出来なかった。


 カサディンが飛び込んだせいで、俺1人でラオナを守らなきゃならなくなった。

 でも俺の魔術は、骸骨の魔物には効かないし、鉄の魔物にもほとんど効かない。

 俺は、俺達は、泥の魔物と蜘蛛の魔物しか倒せなかった。


「カッサ!」


 魔物に気圧され、俺にはカサディンが見えてなかった。

 ラオナの声に振り返ると、カサディンが骸骨の魔物に斬られそうになっていた。

 そしてラオナはカサディンを押し退けるように、身を挺して庇った。


 ラオナが斬られた。


 俺は風の魔術で魔物を跳ね除け、ラオナの元に駆け寄った。

 彼女は胸から大量の血を流していた。

 一瞬、理解が追いつかなかった。

 だが血は流れ続ける。

 妙に生暖かいそれは、これが現実だと知らせるには十分だった。

 ラオナが死んだ。


 悲しんでいると、今度は背後に何かが降ってきた。

 振り返ると、カサディンの首と折れた剣が落ちていた。

 一瞬、目が合った気がした。

 カサディンも死んだ。


 そこから先はあまり覚えてない。

 俺は魔力が切れるまで魔術を使った。

 切れた後は折れた剣を振り回した。

 無我夢中になっていると、大きな盾を持った人が飛び込んできた。


「落ち着け、もう大丈夫だ!」


 その人は俺を安心させるかのように声を掛け、近づく魔物を蹴散らした。

 少しして、氷のようなものがいきなり出てきて、閉じ込められた。

 その人は、一緒に閉じ込められた鉄の魔物を小さな剣で切りつけていた。

 大きな体に小さな剣。変な組み合わせに、少し気が緩んだ。


「これを持て。寒くなったら、真ん中にこれを乗せるんだ」


 その人は俺に何かが描かれた紙と魔石を渡してくれた。

 冒険者の話に出てきた、スクロールというものだった。

 少しして、温度が一気に落ちてきた。

 言われた通りにスクロールを使った。

 聞いてみれば、仲間が魔術を使ったと教えてくれた。

 冒険者というものはここまで強いのかと。

 魔術師というのはこういうものなのだと。


 俺は自分を恥じた。

 誰も守れない両腕を恥じた。

 力の無さを恥じた。

 死にたくなった自分を恥じた。

 死にたくない気持ちを恥じた。


 少しして、氷の壁が無くなった。

 部屋も部屋も、全てが凍りついていた。

 昔兄ちゃんが教えてくれた、氷結の魔女の話を思い出した。

 でもその魔女は、醜悪で性格が悪いと言っていた。

 現実の魔女は、俺よりもっと幼いような、女の子だった。

 俺を心配して、いつの間にか出来ていた傷を治してくれた。

 俺は、こんな女の子にすら、守られるような――。



◆◇◆◇◆◇◆



 唯一の生き残りは、前世なら中学生くらいの男の子。

 最初見たときは、これはもうダメかと思った。もう生きるのを諦めたような、死んだような目をしていたし、全身が血塗れでひどい有様。

 でも彼自身の出血によるものではない気がする。あの量の出血なら、本来は死んでいてもおかしくない。


「大丈夫?」

「……あ、うん」


 錯乱はしていないらしい。多分、レニーが上手いことやったんだろう。あの口下手がどうやったのかは気になるが、本人は口下手を結構気にしているらしいので触らないことにしておく。


「魔物の処理、お願いね」


 魔石抜きは任せ、ここは一任させてもらおう。療術が使えるのは現状私だけなのだ。


「怪我は? この血は?」

「腕と、足と……分からない」

「ちょっと我慢して」


 とはいえ落ち着き払ってるわけでもないか。まあ仲間が2人死んだなら、むしろ十分冷静な方だ。

 服をダガーで裂き、怪我の度合いをチェックする。

 にしても、こんな装備でダンジョンに入ったのか……。死体のうち片方は簡素な鎧を付けてたけど、この少年はただの服だけだ。武器もこの折れた剣だけ? ほんとに冒険者? ……今は置いておこう。

 見える範囲で確認出来るのは、複数箇所の小さな裂傷くらい。大した出血量でもないし、このくらいならすぐに治せる。


「体動かしてみて。痛むところはない?」

「う、腕……手首と、右足」


 どれ、とまず両腕を確認する。

 打ち身かなんかで内出血が始まってるけど、これも軽傷。手首は――


「いだだだ!」


 動かすと痛むらしい。捻挫かなんかだろうか。骨が折れてないなら、これも簡単な療術で治せる。

 次は足。右足が痛むというが……あ、脛が折れてるのか。これは一旦伸ばさないと変にくっつく場合がある。

 綺麗な手拭い、手拭い……あった。


「これ、噛んで。後は服も握ってて」

「……え? なんで?」

「良いから。それと口閉じて」


 どうにも骨を伸ばすというのは激痛が走る。人によっては失神するレベルだ。

 だから一応噛ませておく。念の為だ。舌を切って死にましたなんて言われたらせっかく助けた意味がなくなる。

 理由が分かってなさそうだけど、分かってたらそれはそれで恐怖しちゃうのでこれでいい。一応、ゾエロを強めに掛けて、よし。1、2の……3!


 ポキョ。


「ああああああああああ!!!!」


 妙な音が聞こえたと同時に少年が大暴れ。多分、骨がちょっと欠けたのかもしれない。ここらへんは本業医じゃないので許してほしい。おおごめんよ少年。君の骨は今からくっつくから安心したまえ。

 ……ゾエロ濃くしといて良かった。レニーやティナでもたまにビクッとなる程度には痛いんだよねこれ。私も何度か経験してるけど、折る時の何倍も痛い。


「今から治すから、落ち着いて」


 暴れる少年の体に手を当て、魔力の流れを詳細に……あれ? 魔力がほとんどない。いや、呪人は確かに魔力を感じづらいけど、こんなに少ないってことあるんだろうか?

 ぐぬぬ……結構魔力使っちゃってるから、あんまり使いたくなかったんだけど、仕方ない。デルアの比率を少し私寄りにすればいいか。


デルア・ニズニ(魔力よ、広く)・ゼロタイナ(混ぜ進めよ)


 ぐぅと魔力が引かれていく。元から流れている魔力が薄い上に、一度に広範囲を治そうとしたせいだ。ああ、クソ、こんな時に頭痛がしてくる。

 いや、落ち着け。大丈夫だ。少ない魔力に私の魔力を混ぜ合わせ、徐々に同化させていく。緩やかな流れをそのままに、その量だけを増やしていく。

――よし、十分に混ざった。後はこの魔力を下半身全体へとゆっくりと広げ、傷の修復をイメージして……出来た。


「ほら、足は治ったよ」

「……?」


 無理やり押さえつけていたせいか、少年はかなり疲れた顔をしている。

 でもまだ胴体や顔、腕の怪我は残ってるんだよな……いや、ちょっとだけ休憩しよう。すぐには多分無理だ。変に無理して暴走したら腕が失われてしまう。


「他はちょっと待ってね。魔力使いすぎちゃったから」

「あ、ああ……ありがとう」

「私はアン。あなたの名前は?」

「イ、イールっていうんだ。……アンか、ありがとう」


 イールか。どっかの山脈みたいな名前だな。


「どういたしまして。これ、飲んで」


 水袋に残った少ない水を与える。良いんだ別に。無くなったら安全地帯からかっぱらって外に出るし、いざとなればそのまま飲んでもいいし。味や臭いは悪いけど、健康に問題は無いらしいし。

 さて、これからが問題だ。3人は魔石を回収する作業中だし、私はちょっと魔力を使える状況にない。少し待てば治るけど、それまではポンコツだ。魔力切れじゃなくて魔力酔いだから、魔石粉で治すことも出来ないし。うーむ。

 悩みながら周囲を観察すれば、人間2人分の死体が見えた。ああそっか、あれも魔石抜かなきゃな。……一応、許可取っとこうか。


「あの2人の遺体、魔石を抜かなきゃなんだけど」

「……」

「放置すると不死生物として復活しちゃうんだ」

「……」

「魔石を抜いて、遺体も焼いて、そこまでしなきゃダメなんだ」

「……」


 ここはダンジョン。恐らく魔石を抜いただけではほぼ確実に復活してしまうはず。

 外でならその可能性はかなり低いけど、それでも誰かが魔石を埋め込んだりしてしまうこともある。

 だから確実に抜いて、確実に焼き、骨も粉々に砕く。町でなら少し違うが、そうでない場所ではこれがルールだと教わっている。


「……すぐにとは言わないけど、決まったら教えてね」

「……」


 とはいえすぐに納得できる人は少ない。

 死体から魔石を抜くってのは、つまり胸を裂き、心臓からえぐり出すってことになる。ぶっちゃけかなりグロいし、少なくとも親族なんかに見せられるような光景ではない。

 しかもこれは魔人大陸流だ。もしかすると、呪人大陸だと手順が違ったりするかもしれない。もし違うなら、やる前に教えて欲しいな。

 あっそうだ。服破いたまんまだった。……私のマントでいいかな? 臭くないと良いんだけど。くん……大丈夫だ。ちょっと土臭い気がするけど、少し前に洗ったばっかだし。うん。少なくとも汗臭くはないぞ。多分。


「……え?」

「後でちゃんとしたのを渡すと思うけど、それまでちょっと我慢してて」


 ちゃんとしたの(カクの服)はカクのものなので一旦お預けだ。一応あいつに許可取らないと後で文句言われるかもしれないし。レニーのは大きすぎるし、私のじゃ小さすぎるし、ティナじゃちょっと細すぎる。……こう考えてみると私らって結構体型バラバラだな。

 ま、それはともかく。魔石抜きが終わる前に、2つの死体をイールの元にでも運んでおこう。


 片方の死体は、あれ? 首はどこだ? ……いや、これ、持ってくのは酷か? そっとしておいたほうが良いかもしれないな。

 もう片方は……右肩から左脇までの大きな傷。多分1撃だ。背骨1本でなんとか繋がってるって感じ。イールに付いてた大量の血はこっちの死体の奴かな? 傷的に剣骸骨にやられたっぽいな。こっちは左腕がないのか……。まあ腕くらいなら問題無いか。


「よいしょっと……」


 あれ? 今の結構おっさん臭いか? まあいいや。首なしの方に持っていこっと。

 よし、一応死体はまとめたぞ。後はどっかにあるかもしれない頭を探しておくか。頭、頭……いや、部屋広いし死体塗れだしでどこにあるかさっぱり分からん。こっから探すの? マジ? ……でも多分、頭はあったほうが良いよなぁ。面倒くさいなぁ。

 魔物に踏み潰されてたって嘘付いちゃダメかな、バレるかな、……バレたら面倒だな。素直に探すとしよう。

 いや、他の3人に聞いてみるか。あっちの方が先に探してるわけだし。まずは1番近くのレニーから。


「ねえ、頭見なかった?」

「……頭?」

「遺体の1つ、首がないのよ」

「あれか?」


 レニーが指したのはなんとイール。一体何を、と思ったら背中の辺りになんかある。

 なんだ、イール自身で回収してたのか。なんで気付かなかったんだろ。


「後どれくらい?」

「いや、これで最後だ。あいつらに聞いてくれ」


 やることもないので魔石回収に勤しもうとしたら、レニーは既に終わっていた。一体何を言ってるか分からねーと思うがどうのこうの。

 療術は結構時間泥棒だから、その間に終わったのかのかもしれない。ティナとカクを見てみれば、2人もちょうど終えたらしく、魔石を洗ってるところだった。


「ここに居るのは危なくない?」

「とはいえ、遺体を引きずるってのもな」

「じゃあ魔物が出たら、その場で対処?」

「になるか」


 イールをなんとかしないと埒が明かないか。面倒臭いな、こういうのはカクの方が得意だと思うんだけど……いや、最初に買って出たのは私か。最後まで責任持たなきゃな。

 イールの方を見てみれば、自分の足を見てぼーっとしている。あ、こういう時に考えさせちゃダメなんだった。失敗した。


「イール君」

「……うん」

「そろそろ決まった?」

「……」


 まだダメか。じゃあ先に療術を……いや、まだ微妙だな。失敗したら怖いしやめとこう。

 さて、どうしよう。一緒になってぼーっとするわけにも行かないし、かといってここに留まり続けるわけには行かない。

 ダンジョンで魔物が湧く仕組みはいまいち分からないけど、どうやら突然現れることもあるらしいので、出来れば移動しておきたい。

 うーむ。


「……分かった」

「じゃ、最後にお別れしよう」


 おや、思ったよりも早かった。手間取らないのはいいことだ。

 イールは立ち上がり、仲間のものと思われる頭を持って歩き出した。死体の方へゆっくりと、でも確かに歩いている。……燃やすのはカクに任せるか。療術を掛けられなくなっちゃうし。

 イールの足取りはやや不安定。転ばないように支えておこう。せっかく治したのにコケて骨折しましたじゃ笑えないもんね。


「……ラオナ、カサディン……俺だけが……」


 イールは2つの死体に近づくと、跪いて両方を撫でながら泣き始めた。

 どっちがどっちか分からんけど、順番的に首無しがカサディンの方かな。こっちの名前はまだ男女の区別が付けられない。ちなみに首無しの方が男で、腕無しの方が女だ。多分。よっぽどペチャパイとかじゃなければ。

 いつの間にか、他の3人も近づいてきている。レニーは貰い泣きしそうになっている。結構涙脆いんだよね。

 しばらくして、目を腫らしたイールが立ち上がった。


「もう、大丈夫です。……お願いします」

「嫌なら見なくていいんだぜ?」


 カクの言葉に俯くイール。それに寄り添うレニー。

 まあ仕方ない。せめてさっさと終わらせてやろう。

 カクが首無しに刃を立てる。じゃあ私は腕無しを、切る必要はないか。というか……やっぱりだ。魔石がどこか分からない。


「ごめんカク、こっちもお願いしても良い?あるかどうか分かんない」

「ちょっと退いてみ」


 カクは既に首無しの魔石を抜き取った後だった。

 私が手を抜くと、代わりにカクが突っ込んだ。しばらくもぞもぞと動かした後、入れたまま口を開く。


「いや、心臓が潰れてる。魔石はないな」

「そっか」


 魔物や人が死んだ際、魔石が見つかるのは心臓である。

 あまり知られていないが、魔石というのは死んだ際に心臓によって作られる物質であり、生きてるうちから存在しているわけではない。つまり、死んだ際に心臓が失われていると魔石は作られない。

 腕無しの魔石は、残念ながら作られなかったようだ。


「発水っと。ティナ」

「ん」


 水で血を流し、綺麗になった魔石がティナに渡された。

 あの魔石は前世の遺骨だったり遺影に当たる。死者の魔石は親族へと渡され、アミュレットに加工されたりすることが多い。遺石だなんて呼ばれているが結局は魔石。身につけておくことで、いざという時の燃料なんかにもなる。

 首無しの魔石はやや捻れた雫型というべきか、勾玉型というべきか。5cm程度と買い取りこそされていないが、サイズ的に恐らくは5級品。魔人の場合は雫型であり、呪人の物よりも大きい事が多い。

 魔石とはその魔物が持っている魔力、つまり魔素が凝固した物質。人の魔石は体の大きさに対してかなり大きい。もちろん個人差はあるし、死に際に魔力が切れてると小さくなったりすることはある。

 一方でその形状は魔物毎にほとんど固定だ。勾玉型の魔石を見せるだけで、それが呪人のものだと理解される。獣人は辺と面が抉れた正六面体と聞いたことがあるが、実際に見たことはない。

 ……この首無し死体の魔石は少し小さい気がする。それでも5級品に変わりはないはずだから、ゴブリンよりは魔力があるんだろう。ま、普通は買い取ってくれないんだけどね。


「ほら、男の方の魔石だ。女の方は無かったってよ。……悪いな」

「……そう、ですか」


 遺石を眺め、故人を懐かしむ。なんて習慣は私にはないが、体は土に、魔石は手元にってのが一般的。アマツ家みたいな王族だと先祖の遺石が全て保管されてる、なんてこともあるらしい。

 私やカク、ユタなんかも死んだらただの石になる。なりたくはないが、いつかはこうなる運命だ。

 そして残念ながら腕無しのように作られないこともある。こうなると、手元には何も残らない。死とは無だ。あるいはどっかの神様が転生させてくれたりするのかもしれないが、基本的には無のはずだ。


「カク、後お願い」

「周り警戒しとけよ。探知できねえんだから」


 カクの鼻は、魔術の使用中はどうにも性能が落ちるらしい。

 魔力視と魔力嗅、そこに何かの差があるんだろうか。私の目は魔術を使ってるからって見づらくなるようなことはあんまりないんだけど。魔力聴だと逆に性能上がったりするのかな? 身近に居ないから聞けないのがちょっと残念だ。


「発火」


 カクの魔力はかなり少ない。その少ない魔力を使って魔術を使わせるのはやや忍びないが、仕方ない。今の私はちょっと魔力が厳しいことになっている。

 別に切れてるわけじゃないから使えるには使えるんだけど、これ以上使うと意識が飛びそうになる。

 どうにも体内の魔力ってのは、使える魔力と使おうと思えば使える魔力の2種類があるらしく、今の私は前者が枯渇している。

 この状態で更に魔力を使おうとすると、今度は後者を消費し始めるんだけど、こっちは使えば使うほど意識や感覚が鈍くなる。更に使い続けると、最終的には意識を失う。

 今まで前者と後者は同じものだと思ってたけど、子虎の運搬のおかげで微妙に違うってことが分かった。しかもこの手の情報は今まで見たり聞いたりしたことがなかった。単に個人的な感覚だったりするかもだけど、とりあえず自分のことさえ分かってれば良い。

 要するに今の私は使える方の魔力切れだ。で、使おうと思えば使える魔力はまだまだ大量にあるけど、こっちはあんまり使いすぎると支障をきたすので、使える魔力になるまで待機中って感じだ。

 ついでに頭痛ってのは魔力切れのサインだと思っていたが、単に大量の魔力を一度に使うと引き起こされる現象だということも分かった。魔力酔いって呼んでるけど、多分こっちも一般的じゃない。かなり魔力が多くないと分からない感覚だと思う。

 こっちは日々使ってれば勝手に閾値が上がってくる。今の頭痛はフィールを使ったせいであって、別に体に問題があるわけではない。


 と云々考えているのはカクに魔術を使わせることの正当性を自分に説いてるだけだ。

 まあここで私が使っちゃうと、それはそれで魔術師抜きで戦うことになるから大変っちゃ大変だったりする、のかもしれない。

 私は魔術師無しで戦ったことがないから分からない。だって私魔術師だし。



◆◇◆◇◆◇◆



 死体が燃えるのにはかなりの時間が掛かる。カクは元々少ないし、ティナと何度か交代していた。

 ティナはリチ系の魔術はほとんど使えないが、それでも発火みたいな生活魔術くらいはちゃんと使えている。

 この中で発火が使えないのはレニーだけだ。いや、私も発火って言ったところで火は出ないから、そういう意味だと使えないけども。


 焼いてる最中、通路から泥人形が現れたらしい。

 カクは魔力のために休憩中、ティナは死体の焼却中、私は療術の行使中ということで、レニーが1人でなんとかしたとか。

 らしいってのは、療術に集中しすぎて周りが見えてなかったせいだ。療術はかなりの集中力が要る。失敗したら取り返しがつかないことになるし、元々デルアは苦手なのだ。

 自分への療術はデルア無しで使えるから問題無いけど、他人への療術は戦闘中に使えるようなもんじゃない。まあ自分に使ったとしても最低1分は持ってかれるから、戦闘中に使う、なんてのはどちらにせよかなり難しい。

 これが紫陽花の3人なら見知った魔力だからマシだけど、イールみたいな会って間もない相手への療術は骨が折れる。まずその魔力を知るところから始めなきゃいけないし、同調するのにも時間が掛かる。

 サンは魔術の療術ですら一瞬で終わらせられるし、触れる必要すらなかった。いつかあのくらいになりたいもんだけど、残念ながら私には才能が無い。デルアでなんとかギリギリ程度、アルアなんてほとんど使えない。


 魔石は結局40ベルに行くか行かないか程度は集まった。1泊分にはなるが、食事代にはギリギリ届かないような微妙なライン。宿のグレードを少し落とすことも考えるか。


 イールは冒険者ではなかった。

 話を進めるうちに、近所の村に住むただの農民だということが判明した。幼馴染2人と腕試しに遊びに来て、返り討ちに遭ったのだ。

 若気の至りという言葉では取り返しがつかないことになってしまったが、それでも生きてるだけ儲けものではないだろうか。

 ただ、彼らの死の遠因を私達が持っていることも判明した。私達のすぐ後に入ったらしく、他の部屋の魔物が少なすぎて、簡単だと勘違いしてしまったらしい。

 責任を感じるとまでは言わないけど、そんな話を聞くと若干胃が痛くなるし、ダンジョンを出てすぐさようならというのももやもやする。

 なので一応、村まで送り届ける事にした。

 続きは1/10に更新されます。

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