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三つの世界 彼女が魔女に堕ちるまで。  作者: 春日部 光(元H.A.L.)
本章 中節 広がりと狭まり
102/268

五十五話 図鑑と解体

 昨日は散々だった。

 考えはまとまったが、やっぱりいまいち現実感に欠ける。

 とはいえアルマニエットはアルムーア王国として独立したし、この町は魔人差別があるし、治安が悪いのも確からしい。

 そして魔術師も差別されるらしい、というか怖がられた。自分たちから襲ってきたくせに、私の魔術を見ただけで逃げ出すとはどんだけしょっぱいんだ。ダガーすら抜いてないってのに。


 まあいいや。

 しばらくはレーシアを名乗らないようにして、人に話しかけられてもホイホイ付いていかないようにして、お金は靴なんかにも何枚か入れておくことにしよう。

 ああ、もう、面倒臭い。ユタに会ったら説教してやる。


「さて、行きますか」


 カクはたった1日で復帰した。

 陸酔いってもうちょっと続くもんだと思ってたけど、そうでもないのかもしれない。とりあえずピンピンしていることは確かだ。


「どこに?」

「そら酒場だよ。情報ってのは人の集まるところにあるもんだ」

「じゃ、私は市場。物価を見ておきたいのと、地図なんかも欲しい。レニー、一緒に行こ」


 とりあえず、魔人の女である私が1人で出歩くのはかなり危険だ。夜の散歩のおかげで身を持って知れた。

 レニー、あるいはカクと一緒に行動しないとダメらしい。治安的な意味でも、ルール的な意味でも。

 ま、夜遅くなければ治安は多少マシにはなってるとは思うんだけども、この町のルールとはまた別の話だ。


「そっか。ティナ、一緒に行くか?」

「おう」


 ティナとカク、レニーと私。要するにいつものペアになった。

 なんだかんだこのパーティはこの形で動くことが多い。陽キャペアと陰キャペアだ。……自分で言ってて悲しくなるからやめよう。


「明日こそ初仕事だ。夜までには帰れよ」

「どの口が言うのよ。じゃ、またね」


 私は人と話すのは嫌いではないが得意でもない。そして数字や文字に関してはかなり強い。物忘れ対策に普段から手帳を持ち歩いてるし、前世チートでそこそこな数学力を保持している。だから市場調査なんかは割と得意な方だし、知ること自体もかなり好き。

 カクは私もびっくりするくらい数字に強かったりするが、文字を読むのはそこまで得意じゃない。それと、見知らぬ人と仲良くなるのが早い。ああいうタイプの人間は、物からではなく人から情報を集める方が向いている。

 レニーはやはり話すのが得意じゃないが、カクも知らないような変なことを知ってたりする。それにボディーガードっぽさがある。……町を歩く上では他に思いつかなかったんだ、ごめんよレニー。荷物持ちとしては優秀だよ。

 ティナは値段を覚えたりするのには向いてないし、字もまだほとんど読めない。カクと違って喧嘩になることも多いけど、人と接するのは私よりも得意だと思う。劣化カクって感じの評価だけど、多分これで合ってる。


 適材適所、2人居れば得手不得手に方向性が出る。4人も居れば分けられる。分かってるなら場面に合わせて組み合わせればいい。

 カクが人から情報を、私が物から情報を得る。1人の行動は危ないらしいので2人組を作る。夜にそれぞれの情報をすり合わせる。

 私は結構ドジなところがあるから、自信を持っては言えないけど、今取れる行動の中では最適解のはず。



◆◇◆◇◆◇◆



 市場調査、なんてカッコつけたが今までも町に寄る度にやってた単なる相場のチェックのことである。

 とはいえ今まではそれぞれが適当にぶらついて、宿に集まった時に相場を教え合うといった感じで、今回みたいに一任されるのは初めてだった。

 結果としては、全てを見て回るには1日じゃ短いし、バラバラに動けないから人手も足りないといった具合。とはいえサークィンと似ている部分も多く、2日もあれば終わるだろうといったところ。


 だがその翌日、つまり今日はクエストを受ける手筈になっている。

 相場を知るのは帰ってきてからでもいい。幸いにもヘクレットの夜は長い。仕事終わりにチェックするのでも十分だろう。


 今日は朝から冒険者ギルドに来ている。

 こちらの冒険者ギルドは1時間に1回クエストを更新するらしいのだが、やはり朝イチはクエストの数が多いのか結構な人が居る。

 受付自体は始まっているが、クエストはまだ更新されていない。そして張り紙というツールの関係上、依頼掲示板と呼ばれるクエストを張る板の前に人がごった返している。

 録石棚とは違い遠くからでは読めないためだ。私の視力はかなりいいが、別に透視出来るわけではない。結局前に出る必要があるのだが、これでは押しつぶされてしまうかもしれない。

 こういう時はレニーに任せる。あいつは頑丈だから多分大丈夫だ。と考えていると人々がざわつき始めた。受付から紙束を持った職員が現れたのだ。結構な量がある。


「やっぱ肩車した方が良かったんじゃね?」

「やだよ恥ずかしい」


 最初の方にレニーが私を抱えれば良いのでは?みたいな話が出たが却下だ。私はまだ大人1年目だが、羞恥心はちゃんとある。さすがに肩車は無しだ。


「こっちだと8級は受けられないんだっけ?」

「いや、受けられるってよ。でも意味無いだろ」


 魔人大陸では8級のクエストを1級が受けることも出来る。まあ出来るってだけでやるかどうかはまた話が変わってくるし、マナー違反でもあると聞く。

 一方呪人大陸のクエストは自身の階級の上1つ下2つまでしか受けられないらしい。もし5級以上しか居ない町で8級クエストを出したらどうなるんだろう。ちょっとした疑問だ。

 そして階級不問の常設クエストというものもある。似たようなものはあっちでもあった。仕事の性質上やっぱり似るところはとことん似るらしい。


「お、なんか持ってきたぞ。読めるか?」

「無理。くしゃってなってるじゃん」


 そういえば、と思い出す。この手の世界だと紙は貴重ってのがテンプレだったりとかするけどどうなんだろう。

 魔人大陸ではそもそも本の代わりに録石が使われてたせいか紙自体あまり流通しておらず、法外なとまではいかないがそこそこな値段がしたし、しかも妙に大きかった。紙とは絵を書くためのものであって、文字や情報を記録するなら録石でいいからかもしれない。

 あちらで買える紙のほとんどは、やや黄味掛かってはいるが概ね白と呼べるものであり、品質に大きな差は無かった。前世のコピー用紙と比べるとやや分厚く硬く、折るとパリパリと妙な音がするがとはいえ結構丈夫なものだ。

 一方のヘクレットでは、録石も見るには見るが圧倒的に本の方が多かった。魔人大陸と比べると録石は倍近くするが、逆に本は向こうのものよりかなり安い。安いとはいえやっぱり高くはあるけども、少なくとも録石よりは安い。

 しかし本が流通するということは消費される分だけ紙の価値も上がりそうではある……いや、需要がある分生産もするだろうから、むしろ安くなるのか?残念ながら本は見かけたが紙自体は見つけられなかった。もしかしたら市販されてない……なんてことはさすがにないだろうけど。

 ちなみに今まで購入した地図の全ては石製、つまり静止画の保存された録石である。ぶっちゃけちょっと使いづらく、パーティと話す時はエル・クニードで地面や床に書いていた。一方こちらでは紙製のものと布製のもの、それから皮製のものしか見ていない。昨日買ったのは全部布製で――


「おいアン、これでいいか?」

「え、あ、うん。え?ちょっと待って」



======


階級:5級

報酬:128ベル

分類:狩猟

対象:ネヌク・ケノーの皮16枚

期限:13月4日

名前:リストーダ・ガイナイワ

詳細:急ぎだ。32枚以上は買い取らん。


======



「16枚って……ネヌク・ケノーって群れが大きいやつだっけ?ていうか5級で128ベルってどうなの?」

「ケノーのくせに走り回るやつだな。16枚って事は群れ1つか2つってとこか。報酬は5級としちゃ最安価だが、実績稼ぎにはなるさ」

「強さのほどは?」

雷狼(ライグンウルフ)が電撃を使えなくなった感じだとよ。要するにワンコロだ」


 雷狼。ダニヴェスで最も狩っていた魔物のうちの1つだ。狼のくせに何故か角が生えてて、角を初めに全身のほとんどどこからでも放電してくる不思議な生命体。

 単なる電撃生物ならそこまでだが、チームワークに優れた追跡型の狩人であるのが面倒臭い。しかもなかまをよんだ!を何故か使える。気付いたらめちゃくちゃ居る。

 皮は耐電リストバンドの素材としてよく知られており、また耐電リストバンドを最も消費させられる魔物でもある。数が多いから魔石もたくさん取れる、対処法さえ分かってればおいしい魔物の1つ。

 それに似たタイプでしかもビリビリさせてこないってことは、めちゃくちゃおいしかったりするんじゃなかろうか。


「3日の期限には間に合いそう?」

「往復に2日掛けたとしても、狩りに1日使える。俺らなら余裕だろ」

「カクはネヌク・ケノーを知ってるんだよね?ならこれでいいと思う」

「んじゃレニー、頼んだ」


 レニーに依頼書を返し、クエストを受けに行ってもらう。

 こっちに来るまでレニーは大きいと思っていたが、どうやら呪人全体で見たらそこまで大柄というわけではないみたい。

 いや、一般人と比べると明らかに大柄なんだけど、他の冒険者と混ざるとどうにも目立つというほどでもない。

 そしてレニーはあんまり特徴らしい特徴がない。せいぜい他の呪人よりちょっと魔力が濃いくらいだ。とはいえ魔力だけで見ていくと呪人のくせにめちゃくちゃ濃い人もたまにいる。いた。

 ああいうのが呪人の魔術師なんだろう。数は少ないって聞くけど、想定よりも結構居る……と、レニーが帰ってきた。


「うっし、んじゃ行くか」


 呪人大陸初のクエスト。

 多分、いつもと変わらないだろう。



◆◇◆◇◆◇◆



----


 ネヌク・ケノーは呪人大陸全域の森や平原に見られる一般的な肉食魔物である。雌の方が大型の魔物であり、雄の成獣が120cm程度に対し雌の成獣は160cmほどになる。

 最大で80頭を超える繁殖型の群れ、成獣が8匹前後の狩猟型の群れの2種類に分けられる。


 繁殖型は食料が豊富な土地に岩陰や洞窟がある場合に発生し、それに定住する。女王個体を中心とした社会性を持ち、高度な教育が行なわれることで知られている。亜人以外で文化を持つ貴重な魔物である。

 雌は生後12ヶ月ほどで若年雌(以下狩人)となり、若年雄を率いて狩りを行なう。成功した場合にはこれを持ち帰り、群れに与える。

 狩りを行ないながら群れの全ての雄と交尾を経験し、新たな子を産む。この際の死亡率が高い。平均して2度の出産を経験すると中年雌(以下側近)と扱われ、以降は群れの中心となって女王や子供の世話をする。

 女王が死ぬと側近のうちの最も若い個体が新たな女王となり、群れを統べる。老年側近は子育てではなく女王の世話に専念することが知られている。平均寿命は20年前後と推定。女王の死体のうち脳と心臓が新たな女王によって食われ、他は埋葬される。

 稀に同時期に側近となった女王候補同士で競争が行なわれることがある。負けた女王候補は群れの1/3を率い、群れの分離が発生する。

 雄は生後8ヶ月ほどで自立し、同時期に生まれた全ての雄と共に元の群れを去り、新たな女王の群れに参加し、狩人に率いられ狩りを行なう。以下この雄を猟犬と呼ぶ。

 生後1年ほどで性成熟し、他の猟犬と共に狩人と交尾し、妊娠させた場合には別の狩人の元で狩りを行なう。繁殖能力が失われると群れを追放される。平均寿命は不明。


 狩猟型は少数の雌と多数の雄による小さな群れであり、幼獣を含む。一般的には繁殖型から逸れた群れと考えられているが、筆者は否定的である。

 これは繁殖型の狩猟群れは通常狩人が1頭で構成されるのに対し、狩猟型の群れは雌が3頭前後であることが多いため。また本来女王の元で教育されるはずの幼獣も含まれるためである。

 老年個体を含むこともあることから、敗北した新女王が定住前に死んだ場合の成れの果てであると推定する。

 この群れは女王を持たず、一般に知られる通常の肉食獣の群れと考えて良い。文化的生物として特筆すべき点はない。


 狩猟に関して。

 通常、狩人は姿を見せずに遠くから猟犬への指示出しに徹している。猟犬が窮地に立たされた場合にも、別の狩人と連絡を取り猟犬を増やすだけに留まるため、狩人が死ぬ危険性はほとんどない。

 猟犬は狩人の指示に従い、組織的に対象を追い詰める。連絡には魔力を使用しており、魔法陣等を用いて連絡を妨害した場合、猟犬はひどく混乱する。

 猟犬は通常2頭ずつに分けられ――


----


「凄いね、これ」

「だろ」


 ハルマ森林に向かう道すがら、カクから渡された1冊の本に目を通していた。革張りの表紙に手の平の半分くらいの分厚さ、かなりの重量感がある。

 表題は呪人大陸生物一書。著者はユストリム・クッターラ・アラマガン。

 クッターラ()か……ヘクレットのギルド長もクッターラだ。著名な一族だったりするんだろうか。

 内容は表題通り、呪人大陸に生息するほとんどの魔物が記されている。要するに図鑑だ。ネヌク・ケノーは2ページほどにまとめられており、小さな挿絵も入っている。

 情報不足からかほとんど書かれていない魔物や憶測も多いらしいが、著者の考察なんかもちょくちょく入ってて面白い。戦闘能力に関しては割と雑だが、生態に関して記されている著作物は初めて手にしたかもしれない。


「どこで手に入れたの?ていうかいくらしたの?」

「それがなんとよ、酒場でしょぼくれたおっさんが売ってくれたんだ。384ベルでな。

 元はもうちっと高く売るつもりだったらしいが、どうにも金に困ってたみたいでな。

 ちらっと見てみりゃ結構な内容じゃねえか。こりゃ買うっきゃないってな」


 384ベル……だと……?大体小銀貨15枚じゃないか。めちゃくちゃ高い、気がする、けど、これが正しい情報なら確かに今後役に立つのも分かる……先行投資としてはありなんだろうか?

 いや、でも、今回のクエスト報酬ですら128ベルだし四半入れてもカクの取り分は32ベルでしかないし、ってことはこのクエスト12回分のお金ってことで――


「んな難しい顔すんなって。船酔いで動けなかったから余ってたんだよ。

 ま、その情報売りゃ小金稼ぎにもなんだろ。1匹につき2ベルくらいでよ」


 言われてみれば確かにそうか。カクは初日の前半に色々食べて以来ずっと寝込んでたし、ならお金も余ってるか。なら買う事は出来るか。

 1匹2ベル。貧乏性の私からすると元を取るのに192回売らなきゃ、とか考えちゃうけど、実際に自分で使う情報でもあることを考えればそこまで高くないのか……?

 特に南部に関しての情報が多いと言っていたし、これが信頼出来るものなら面白いのかもしれないけど。


「これ、後でちゃんと読んでも良い?」

「ああ、つーかアンに読ませるために買ってるとこもあるしな」

「どういうこと?」

「お前の立ち位置は俺らと違って後ろだろ?情報がありゃ正確な指示も飛ばせんだろ。

 それに俺1人じゃ気付かないとこにも気付くかもしれねえしな。

 ま、そもそもレニーは俺らほど文字が得意じゃねえし、ティナはほとんど読めねえ。

 せっかく買った本だって、読めるのは俺らしかいねえんだ。悲しくなるな」


 カクは肩をすくめわざとらしく顔を顰めている。最近自嘲ネタがちょっと多い気がする、彼の中での流行りなんだろうか。

 まあともかく、読めるなら読ませてもらおう。今日はネヌク・ケノーの生息地の少し手前辺りでキャンプする手筈になってるし、その時にでも読ませてもらおうかな。

 ついでにティナに文字を教える教材としても使わせてもらおうか。


「後でちょびっと払わせて」

「別に気にしてねーよ。俺が1番スクロール使ってたしな」


 なんて言ってるが、今度面白そうなのを見かけたらプレゼントでもしてあげよう。

 今すぐはダメだ。手持ちは192ベルくらいあったはずだが、こっちの金銭感覚をまだ掴みきれていない。要するに余裕があるのかどうかがまだ分かっていない。

 あの宿の料金は1日32ベルって聞いた。1人頭8ベルってことになるし、食事代は別に1食64ガランくらい掛かる。つまり最低でも1日9ベル、余裕を持たせても10ベルは飛んでいくことになる。

 パーティの財布は船に乗る前に分配しちゃったから現状ほとんどすっからかん。32ベル、つまり後1日分の宿泊料しか入っていない。

 今回のクエストが128ベル、過剰な皮や余った魔石なんかを売って256ベル稼げたとして、そこから各出費を引いて雑に200ベル残るとしたら、1人40ベルの取り分になる。

 このクエストが終わった当日は宿で休めるとして、次の日にはまたクエストを受ける必要がある。……しばらくは自転車操業になりそうだ。


「レニー、こっちにも護衛クエストってあった?というか、アルマニエットかアルムーア行きあった?」

「護衛はいくつかあったが……確か、無かったはずだ」


 まだ離れたばかりだし国同士の中が悪かったりするのかもしれないか。

 新しいとはちょっと違うが、まあそういう国に行けばクエストも多そうな気がしたんだけど。


「耳聡いな、アルムーアの独立のこと知ってんのか」


 隠す必要もないし、ぶっちゃけちゃおうか。


「うん、ユタが絡んでたらしい」

「……ああ、六花の"魔術師"か――」


 なんでも無詠唱で様々な魔術を使い分ける魔術師が居るとかで、六花の名前はアストリアでもたまに聞こえていた。

 しかしヘッケレンに来てからは逆に聞いていない。単にその手の話をしてなかっただけなのだが、逆にカクはどっかで聞いたのかもしれない。魔術師だけ呪人語になっている。

 少し考えた後、何かに気付いたような表情をしている。


「その件は後だ。何か居る……あっちだ。

 4匹くらいか?……知らないな。多分、魔人大陸には居ない奴だ」


 カクの目線を辿る。辺りは丘陵のような平原が広がっているが、割と凸凹としているせいでどうにも視界が悪い。

 薄い布くらいであれば多少は透視も出来るが、土となれば話は別。私の目にはただの平和な平原としか映らない。

 カクの下ろしたリュックに本を入れ、いつでも詠唱出来るように構えておく。


「風下だ。あっちは気付いてないだろうが……どうすっか」

「やっちまおうぜ」

「体も少し鈍ってたしな」

「平原の魔物とはいえ油断は禁物だぜ?ま、やるか」


 うちの戦士陣は血気盛んだ。確かに船の中ではあまり体を動かせなかったし、準備運動にはちょうどいいかもしれない。

 相手が弱ければの話に限るが、平原の魔物はあまり強いものが居ない。

 魔力濃度が高い箇所では強い魔物が生まれやすいらしいのだが、ほとんどの平原はあまり魔力が強くない。そのため弱い魔物が多い傾向にある。

 つまり、多分弱い。もちろん例外はたくさんあるし、平原に来てるだけの魔物なんてパターンもある。あんまり油断するのは良くないけど、さすがに土虎だの風刃熊だのに比べたら弱いと信じたい。


「ティナは俺の右後方、合図をしたら斬りかかれ」

「おう」

「レニーは俺の横、ティナのカバーだ」

「分かった」

「アンは後方から逃げる魔物の対処。状況に応じて援護もしろ」

「りょーかい」


 カクの指示を読み取るに、私はあまり戦力として考えたくないらしい。

 私自身も多少は体を鍛えているが、戦士の3人とは比べるまでもない。あくまで他3人用の敵ってところだろうか。

 逃げる敵を撃つだけ。簡単そうな話だな。相手が強かった場合に備えて一応強めのゾエロも掛けておこう。


イゲ・ゼロゾエロ(魔力よ、強く纏われ)

「雷纏身」


 すっと全身が軽くなり、万能感にも近い感覚を覚える。やはりゾエロはいい。

 ふと見てみればティナもいつも以上に魔力を纏っている。船では窮屈な思いをしていたし、思う存分暴れて欲しい。


「じゃ、行くぞ」



◆◇◆◇◆◇◆



 戦闘はすぐに終わった。カマゲレという小型犬のような魔物が5匹居ただけだ。

 魔人大陸の雷狼に比べれば遥かに小さい、というか8級かそれ以下の魔物ではないかと思う。

 一応肉食ではあるものの、自分よりも小さな魔物を襲うだけであり、人に対しては危害を与えるような魔物ではないらしい。

 ティナによる奇襲によって2匹が両断、足が竦んだのか硬直している残り3匹をカクが丁寧に頭だけを斬り落としていた。

 レニーと私の出番は無し。


「こうか?」

「ああ。んでこの骨の脇からさっきの切れ込みに向かって……ほら、引いてみ」

「おーすげえ!全部取れた!」


 現在は死体の解体中。四足獣は大体似たようなものらしく、カクがティナを教えながら進めている。レニーは死骸を埋めたりする用の穴を掘っていて、私はカマゲレのページを読んでいる。

 肉は脂身が少なくパサパサとしている上に硬く、臭みも強く、よく煮込まなければ勧められないと書いてあった。著者は食べたことがあるらしい。

 また肉食獣であるためか肝臓には毒があるとされている。多分ビタミンA過剰症のことだろう。確か症状は頭痛や嘔吐、下痢、鼻血とかだったっけ。

 そもそもダニヴェスではほとんど内臓は食べられてなかったし、ここらへんは気にしなくても良いか。カクやレニーには気をつけてもらおう。アストリアには内臓食の文化がある。

 皮は破れやすいため使いづらく、見た目も美しくはないため毛皮としての価値はなし、か。


「肉は煮れば食える程度だってさ。魔石と脂だけでいいんじゃない?」

「いや、脂はほとんどねえわ、魔石だけだな。……足だけは食ってみっか」


 カクの何でも食べたがりは今に始まったことではないのでスルーしよう。毒が無いなら食わせておけば良い。どうせ不味さに悲しむのは私じゃないし。

 たまに私達を巻き込んでもくるが、あんまりなものでなければ少しぐらいなら食べてやらんこともない。大体不味いけど、何も食べられないのに比べれば遥かにマシだ。

 今回はちゃんと食料を買い込んできているので、食べて一口だ。それ以上は無し。


「そろそろ移動しよう」

「ん。ティナ、それよこせ」


 あまり長いこと居ると血の匂いに惹かれて別の魔物が来ることもある。死体弄りはほどほどに、もう少しだけ歩かなければならない。

 死体弄りなんて酷く聞こえるが、解体とは技術である。何度も繰り返さなければ習得できない。冒険者が忌むべきとされるのはここらへんから来るのかもしれない。日本にも穢多なんて言葉があったくらいだし。

 戦士と違い魔術師はソロで動くことは滅多にない。故にこういうのは戦士が覚えるべき技術だとカクは言っていた。まあ多少は教えてもらったけど、出来なくはない程度だ。ちなみにカクとレニーは孤児院で覚えたらしい。

 と考えているうちにレニーの掘っていた穴に死体といくつかの枯れ木が投げ込まれた。ここから先は魔術師の仕事だ。


「アン、頼む」

「ん、イゲ・リチ・クニード(大火よ、溢れよ)


 死体というのは早々燃えやすいものではないが、とはいえ放置すると他の魔物を増加させたり、場合によっては不死生物(アンデッド)として蘇ってしまうことがある。

 不死だなんて言うが、既に死んでいるのだからどちらかといえば既死生物じゃなかろうか、なんてツッコミは野暮なので言わないでおこう。


「カク、今焼く?」

「丁度いいか」


 私が生み出している火はかなり大きなものなので、カク自身に距離は調整させる。

 どうせ焼き切るのには10分以上掛かるし、なら一緒にあの骨付き肉も焼いてしまおう。

 カク自身もリチの魔術は結構得意としているらしいが、私ほど自由に操れるわけではないらしい。私もリチはそこまで得意じゃないが、単に焼くだけなら魔力量的に私のほうが向いている。


 火を見て思う。

 水や風は現状かなり自由に変化させられるが、火の変化とはどうすればいいんだろう。

 イメージが重要だなんて言うけど、私の中での火はあんまりレパートリーには富んでいない。

 そもそも物質を生成する水や土、氷なんかに比べて火は現象だ。いや、リズはどっちとも言えないけどさ。まあいいや、とにかく火はいまいちパッとしない。ここらへんは前世の知識が影響してるんだろうか。

 温度を変化させたりだとかそのくらいは現状でもできるけど、それ以上となると上手くいかない。極端な話、私は火球と呼ばれるリチ・ダンですらあまり上手くは扱えない。

 一方でシュ・リチのような熱を与えるような術式は温度の調整幅なんかはかなりのものだと思うし、実際に困った場面はない。

 魔言とは、魔術とは一体何なんだろうか。


「そろそろ良いんじゃね?」

「食ってみっか」


 結構時間が経ったのか、カマゲレの骨付き肉が焼けたらしい。

 まずはカクが一口。熱かったのか一度口を離してから再度噛み付いた。お行儀が悪い。


「ん……」

「どう?」

「評判通りだな……食えないこともないけど……」

「これ、掛けてみるか?」


 不味くはあるが食べられる魔物であるらしい。

 あるらしいが、今の私達には必要無いだろう。食料はちゃんと持ってきている。


「……すげぇ。単純な不味さだったのが、複雑な不味さに進化した」

「ダメか」


 臭み消しも無しに上から味を付けると悲惨なことになる。変に臭いが目立ったりするのだ。

 やっぱり煮込まないとあんまり食べるのには向かないのかもしれない。


「16満点中何点?」

「4点だな。ひもじい思いするくらいなら食えるが、干し肉のがマシだ」

「じゃあ帰りに見かけたら持ち帰る?」

「いや、店が見つかってねえからいいや」


 ちなみに現在までで最低得点を叩き出したのは毒蜘蛛の-24点で、最高得点は角兎の15点だ。

 前者は知らないが、後者は実際かなり美味しかった。夏の終わり頃だったのも関係してるんだろうか。まあダールでもよく食べてたお肉だし、不味いわけがなかった。

 カク曰く干し肉を8点としての基準らしい。12点以上は大体買い取りがされていて、4点までは調理次第で食べられないといったところ。干し肉はちゃんと調理すれば結構美味しかったりする。


「そろそろ火消すよ。カクはちゃんと完食してね」

「おい、勘弁してくれよ」

「毒は無いってさ。行こっか」


 せっかく焼いてあげたんだからちゃんと食べて欲しい。いただきますとごちそうさまだ。


 その後1時間くらい歩き、寒くなる前に野宿の準備をした。

 カマゲレの肉は硬く臭かった。

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