五十三話 呪人大陸と兄
しんしょうです。よろしくおねがいします。
「思ったより変わんねーな」
「そだね」
呪人大陸はヘクレット。ヘッケレンという国のうちの1つであり、東部国家群と呼ばれる諸国の中では最もアストリアと関わり合いが深いと言われる町。
ここは魔人大陸と何一つ……いや、割と似たようなもんか。
呪人の比率が多かったり、物体に含まれる魔力がやや薄いような気もするが、結局のところ人類が住んでる世界なんて特に変わりもしないのだ。
「あの兵士、剣だぞ。珍しいな」
よくよく見ていけば確かに違いもある。
まずは門、というか兵士、というかその武器。魔人大陸ではアストリアを含めてもほとんどの兵士が斧槍を持っていたが、こちらでは剣が一般的らしい。文化の違いなんだろうか?
もっとも、抜いてるわけじゃないからどんなものかは分からない。ま、剣なんてどの世界でもそこまでは変わらないか。
「ありゃなんだ?」
「魔力用のじゃない?」
「ああ、ラーナの言ってた魔柱って奴か」
町に入ると電柱のようなものが無数に立てられている。物理的な電線が伸びているわけじゃないが、魔力の線が伸びたり消えたりと頻繁に点滅を繰り返してる。魔力視持ちとしては煩わしいな……。
船でラーナから色々話を聞いたが、そのうちの1つだ。こちらの大陸でも当然のことながら魔道具は存在している。ただし魔力を自身で直接流すものは珍しいという。
魔石で稼働するものが多いのは変わらないが、魔人大陸と違い、建物に魔力を与える魔柱というものが並べられているのだ。
契約料や毎月の使用量なんかは取られるが、代わりに魔力を扱えない人間でも魔道具が使えるようになる、というシステムらしい。
私の頭の中には電柱と光熱費というワードが浮かんだ。システムもそっくりだ。なるほど魔力のある世界の文化は電気ではなく魔力を利用して発展するのか。
「"魔力売り"は出来なさそうだね」
「だなぁ」
魔人大陸の町では魔力売りというのが割と盛んであり、ちょっとしたお小遣い稼ぎには便利だった。
魔道具にはいくつか種類あるが、どれも魔力を消費して魔術を発現させるという原理は変わらない。
大別すると3種類に分けられる。人間からの魔力を利用するものか、魔石からの魔力を利用するものか。もう1つは大気中の魔力を利用するものなのが、とても珍しいものなのでここでは割愛する。これは自慢だが、私のダガーは1つ目と3つ目のキメラだ。
人間からの魔力を利用する魔道具は、更に魔力を蓄える機能の有るものと無いもので分けられる。無いものの代表例は録石であり、魔力を流すのをやめるとすぐに消えてしまう。
有るものの代表例は街灯だ。注がれた魔力を内部に蓄え、魔力が無くなるまで光を放ち続ける。前世ほどではないけども、これのおかげでダールやサークィンは深夜でもそこそこに明るい。
ヘクレットの魔柱はそのまま街灯としての機能もあるという。そして魔力は常に流され続けている。つまり、魔力切れを起こすようなことはないはずだ。
魔力売りのほとんどはこの街灯への魔力補給だ。街灯への補給が出来ないのなら、稼ぎはほとんど見込めないだろう。残念ながら、お小遣い稼ぎは出来なさそうだ。
魔石は野生の一次電池ってことになるのか。……足を生やした単三乾電池が野原を駆け回ってる姿が浮かんだ。これはナシだ。
「……物乞い、か」
魔人大陸よりも発展してるのに、一方ではその恩恵に預かれない人間も多く、貧富の差が激しいとは聞いていた。
町には物乞いがちょくちょく見られ、ツンと鼻を突くような臭いやその下卑た視線が不快だ。
魔人大陸では魔力売りだけで1日の食事くらいはなんとか稼げていた。ヘクレットではそれが望めなさそうだし、であればこういう人間が増えるのも仕方ないのかもしれない。
もちろん魔人大陸でも魔力売りが出来ないような人間は居るし、そういった人間はこうなる。だがスラムとでも呼ぶべき区画に隔離されていたので滅多に目にすることはなかった。
「あっちは、奴隷かなぁ」
「……あれが? ひでえな」
町中を奴隷が歩いている。
これは別に珍しいことではない。ダールでもサークィンでもよく見られた光景だ。
だが扱いは大きく異なるらしい。アストリアの奴隷は一目で奴隷とは分からないし、本人達も暗い顔をしているわけではなかった。
下手な冒険者よりもいい生活が出来るとも聞いたし、身分は低くとも邪険に扱われるわけではなかった。
学を修め立派な人間になる道も残されており、そういった人物も少なくはないと聞いた。奴隷というよりは専属の使用人といった方が近いかもしれない。
ダニヴェスは少し違う。例えば喋れなくされていたり、魔力を使えないように縛っていたりと、扱いはアストリアに比べるとめちゃくちゃ悪い。
とはいえ"奴隷の汚さは持ち主の意地汚さ"なんて諺が存在しており、見た目や健康を整えられない者は領主に奴隷を没収されることもある。
領民はその一切が領主の所有物であり、奴隷が領民の財産であるならば、即ち領主の財産でもある。……凄まじい飛躍だが、実際にこれが罷り通っているのがダニヴェスであり、ダールでもある。
このおかげか、アストリアほどでもないものの学校に通わせられる奴隷も少しは居る。ちょっと頭のおかしかったあの口髭爺さんもこの類で、しかも魔法使いだ。
スラムの住人と違い人間らしい格好をしているし、人前での暴力なんてのはもってのほか。人間に限定されてるから、アノールの奴隷なんかはまた話が変わってくるけども、少なくともダールの奴隷はそこまで不幸せではないように思う。
ヘッケレンはどれとも違う。今まで見てきた奴隷の扱いの中でも1番悪いかもしれない。
臭いこそしないがボロ布とでも呼ぶべき服、適当に刈られた髪、痩せた体……臭くない物乞いとでも呼ぶべきだ。
今も目の前では足を引きずる奴隷が蹴り飛ばされている。魔人大陸では絶対に考えられない扱いだ。あれでは満足に仕事もできなくなる。あれでは飼う意味がない。
これも貧富の差から来るものなのだろうか。治安が悪いとは聞いていたが、ヘクレットですらこれか。
ポシェットを前にずらしておこう。スリには気をつけなきゃ。
「見えてきたぞ」
変わらないものもある。そのうちの1つが冒険者ギルドだ。
システムは似ているが別の組織であるらしく、こちらでは本来8級からとなってしまう。
本来は、だ。サークィンのギルドで発行してもらった証明書があるので私達は全員6級からスタートすることが出来るらしい。
アストリアとヘッケレンの仲が良いというのはこういう細かいところにも影響するのかもしれない。どちらにせよ、ありがたい話である。
とはいえ無条件ではなく、実技試験があると聞いている。……出来れば後日にしてもらおう。カクはまだ死にかけてる。
◆◇◆◇◆◇◆
ギルドの中には録石棚がなく、代わりに張り紙がされていた。海運ギルドと似たようなシステムらしい。
魔人大陸と呪人大陸では名前こそ冒険者ギルドと同じだが、しかしそもそもが別の組織。
魔人大陸の冒険者ギルドは、早朝の録石棚の更新後は閑散としている。というのも、それ以降クエストは更新されないからだ。
一方この冒険者ギルドは時たま職員が紙を張り替えている。クエストが朝にだけ更新される魔人大陸の冒険者ギルドとは少し違う。
たまに片を持っている人間が居ることから、護衛クエストのシステムは似たようなもんなのかもしれない。
更新時間が固定ではない、どうやら飲食が許されている、魔石ではなく張り紙を利用している、警備の人間が立っている……違いとしてはこのくらいだろうか。
やることが変わらないなら問題にはならない、仔細ないはずだ。
「あそこか?」
「多分ね」
ティナとカクとは冒険者ギルドの前で別れた。カクが今にも死にそうな顔をしているせいだ。乗り物酔いからの陸酔いというコンボによって瀕死の重体である。
ティナに宿を取ってもらい、そこにカクを置いてきて、冒険者ギルドで合流する、という手筈になっている。
その間、私達はいくつかの手続きを行なうことになっている。リーダーのカクが居なくて大丈夫なんだろうかという不安もあるが、拓証やらは渡されてあるので問題無いだろう。
「クエストはあちらですよ」
「いや、拓証の引き継ぎを頼む」
一応呪人の男性であるレニーを前に立たせることにした。なんというか、呪人の文化は思っていた以上に男尊女卑であるらしい。更にいえば呪尊魔卑でもある。
東部国家であるヘッケレンはマシな方ではあるらしいのだが、それでも念には念をだ。変なところで絡まれるのは面倒臭い。
「拓証とアストリアの発行書を提示してください」
「ああ」
新エンデュ語の勉強をしておいてよかった。船の中ではティナとの会話でも新エンデュ語を使うようにしていたし、店員との会話でも問題はなかったけど、やっぱり本場で聞くまではちょっと不安だった。
と、拓証は私が持ってるんだった。4つ共揃ってるな、よし。
「4名、ですか?」
「船酔いが酷い奴が居てな。1人は後から合流する事になっている」
「そちらの方々のお名前は?」
「来る奴がセルティナ、来ない奴はカクカ・カフカ」
「セルティナさんの特徴は?」
「細い女だ。ダガーを2本、ショートソードを1本持っている」
役所仕事というのはどこの世界でも面倒臭いものでなければいけないんだろうか。いや、別に役所ではないけどさ。
「ではこちらを持って3番の部屋でお待ち下さい」
珍しく個室に通されるらしい。前回はシパリア達と一緒に昇給試験を受けた後だったな。
立ち話も何ですから、みたいな感じなんだろうけどちょっと緊張する。
渡されたのは金属のプレート。こっちでも鍵の魔道具は一緒らしい。いや、そもそもこれ魔力流すタイプじゃないか。なら納得。
◆◇◆◇◆◇◆
通された部屋は4人くらいで並んで座れるくらいのソファと大きめの机、棚にいろいろなものが飾られてある大部屋。ちょっとお高めの会議室って感じだろうか。ダーロで入ったとこよりはだいぶ質がいい。
とはいえ20分近く待たされるとなるとさすがに暇だ。棚にはいくつか本も並べられているが、勝手に読んでしまってもいいんだろうか? というか喉乾いた。普通、こういう時はお茶とか出すもんじゃないの?
「暇だね」
「……ああ」
レニーは瞑想してた。あるいは居眠りだ。最初はポツポツと話していたのだが、いつの間にか話を拒絶するかのように目を瞑られてしまった。ちょっとショック。まあ話すこともあんまりないんだけどさ。
それから更に10分くらい経って、扉が叩かれた。ティナが到着したらしい。
「あれ? ティナだけ?」
「もうちょっと待ってくれってよ」
「ええー」
ここから更に待つことになったのだが、今回はティナとお喋りしていたのでそこまで待った気はしない。
ティナは宿から1人でこっちに来たわけだが、兵士に文句を言われたという。聞いたとおりではあるが、どうやらヘクレットでは本当に魔人の単独行動が禁止されているようだ。面倒臭いな。
他に面白い感じの情報はなく、互いに奴隷の扱いに対して憤慨していたところ、職員が到着した。
「すまんね、遅れてしまったよ」
現れたのは白髪交じりの髪を短く刈り上げた大柄の男性。綺羅びやかな服を何枚も着込んでいる。寒がりなんだろうか。
いくつか荷物を持った職員2人を控えさせ、堂々のご登場って感じだ。
これはあれか。ギルドマスターってやつか? なんかやらかしたっけ? それとも単に偉そうに見えるだけの一般職員?
と考えつつも一応席を立つ。偉そうな人間には媚びておけ。
「いえ、そん――」
「遅かったな」
珍しくレニーがおこだ。あれ、この人そんな短気だったっけ? 君キャラ崩壊してない? 大丈夫?
まあ確かに待たされたのは事実ではあるけど、そういうのを口にしてしまうのはティナとかな気がするんだよ?
「ちょっと外に出ていてね。まあ座りたまえ」
口調的にホントにお偉いさんなのかもしれない。レニーに対して言い返すでもないし、とりあえず言われた通りにしておこう。
え、ホントになんで偉そうな人来てんの? こういうのって事務手続きじゃないの?
と悩んでいる間にもこの人は私達の向かい側に席を下ろした。
「さて、本題に入る前に……もう1人はどこかね?」
「宿で休んでる。今日は来ない」
「そうかい。ところでアンジェリア・レーシアというのはどちらかね」
なんか指名されてんですけど、ホントに何事? またオレ何かやっちゃいました?
いやいや何もしていないはず。ここは極めて冷静に、クールに行こう。平常心、平常心だ。よし。
「私ですけど……」
恐る恐る挙手してみたら、懐から片眼鏡を取り出しこちらを観察しだした。
何、何なの? ていうかアレ見たことあるような気がする。どこだっけ? 何かしらの魔道具だったと思う……なんか魔力流れてるな、なんなんだろアレ。
「なるほど、じゃあそちらがセルティナか」
と思いきや私だけでなく全員を観察しだした。なんだ、単にどっちがどっちか分からなかっただけか。
……魔力量とかで見分けたのかな? 私が魔術師なのは知ってるだろうし。
「もう1人は……まぁよいか。さて、6級冒険者資格の取得と聞いたが」
職員の1人から書類を受け取り、片眼鏡を外して目を通していく。やはり老眼鏡とかではないらしい。
2枚目に目を通した後、改めてこちらを見直した。この人結構眼力強いなぁ。さっきから目の辺りばっか見てるせいかな?
「セルティナよ、君は向こうでは6級だったんだね」
「はい」
「……残りは全員5級だね?」
そうだと肯定するとやや間を持ってから口を開いた。
ティナは微妙に話が理解できていないっぽいが、名前と数字からなんとか頑張ったようだ。
「階級の基準が違うのは説明されているね」
「されてます」
「最後の昇級試験は誰とどこで何を狩ったのかね」
「ダーロ・アマツの北の森で風刃熊を狩りました。
ここには居ないシパリアとフルアリンも同行していました」
「紫陽花で受けた最後のクエストは土虎で間違いないかね」
「はい、間違いありません」
何故かレニーはイライラしているし、ティナは微妙に分からないところがあるらしいしで、私が会話を進める。
会話というよりかは問答だ。こちらの回答に対して紙に何かを記入している。
速記なのか字が汚いのか、どちらにせよ上手く読めない。
「アンジェリア・レーシアとセルティナは魔人だね」
「はい」
「レニィン・クワルドルワとカクカ・カフカは呪人だね」
「そうです」
種族の質問が来た。が、これは嘘を交えて答える。呪人大陸で活動しやすいよう、予め決めておいた。
地域にもよるらしいが、パーティ活動は呪人の人数の2倍というのがどうにも引っかかったのでこうすることにした。バレたら多分アウトだ。
でもバレなきゃ問題ない。それにカクの魔力はそこまで多くない。故に魔力を見られてもバレづらい、はず。この場にカクが居ないのはラッキーだ。
「以上だ。では6級のパーティ階級と命名権、それから仮の6級拓証を与えよう。
実技試験の後、正式な加入を認める」
特に嘘がバレることもなく、トントン拍子で話が進んだ。
本来私達は5級だったのだが仕方ない。本来なんて言うならば、そもそも8級スタートになってもおかしくないのだ。
ところで"仮"ってなんぞや? そんなの聞いたことないけど。
「ありがとうございます。……"仮"とは? クエストは受けられますか?」
「受けることはできる。だが規約に違反した場合、引き継ぎは中止され、冒険者ギルドへ加入を求めるのならば8級からとなる。
さて、立ちなさい。冒険者ギルドの説明は受付で行なうのが規則なんだ」
「ご案内致します」
ああ、疲れた。
普段こういうのはカクの担当なのだ。しかも私は嘘が上手いわけでもない。ヒヤヒヤした。
宿に付く前に飲み物でも買っておこう。口がカラカラだ。
……仮、か。まあ別に違反する予定とかないし、普通に大人しく過ごせばいいだけだ。……クエスト失敗は違反じゃないよね? 故意の失敗とかはまた別かもしれないけどさ。
「待ちなさい、アンジェリア・レーシア。少し話がある」
「……え?」
やっぱり何かやらかしたんだろうか。
◆◇◆◇◆◇◆
「すまんね、残ってもらってしまって」
「いえ……それで、話とは?」
宿の名前と場所だけ教えてもらい、2人は先に部屋を出た。
一体何の話をするつもりなんだろうか。全く身に覚えがないんだけど。
「ユスタディン・レーシアの妹だね?」
「え、はい、そうです」
突然のユタの名前に驚いてしまった。
なぜユタが、とは思いつつも、特に理由もないので正直に答えておこう。
「なに、畏まらなくていい。ただ現状を伝えようと思ってね」
……うちの兄様は一体何をしでかしたんだろうか。
名前を売るとは聞いてたけど、さて一体。あの天才厨二病の事だし、何かしらの手柄を立てた結果その恩恵に与れるとかだったりして。
「君の兄、ユスタディン・レーシアはヘッケレンでは指名手配されている」
「……は?」
耳がおかしくなったのだろうか。
第100部分目にして耳がおかしくなるイベント発生。