プロローグ1:阿野優人の日常
2018/5/4 全体的に見直し
2018/3/6 視点変更
AM8:24
――あぁ、今日も疲れた。
夜勤明けで疲れ果てた男、阿野優人25歳。バイト生活3年目の中堅フリーターだ。
もちろんこんな時間にスーパーなどやってなく、仕事終わりの朝食はコンビニ弁当。
明日は久々の休みだ。栄養バランスが気になるし自炊しようかなぁ……でも野菜、高いんだよなぁ。うーん。
◆◇◆◇◆◇◆
AM8:43
自宅の最寄り駅に着いた。
ここまでくれば後は何も考えなくても、極論寝てても足が勝手に家へと向かう。
半分寝ながら帰り道を歩くのはもはやデフォとなっていた。もちろん今日も寝ながら歩いていた。
だがいつも通りとは行かなかった。
「――な……ぞ………い!危……!おい!!」
通りすがりの男性が叫んでいる。うるさいな、こっちは疲れているというのに……。
違う、そうじゃない。よく聞けば危ないと叫んでいる。何事だ?と辺りを伺うと同時に凄まじい衝撃が走った。
次の瞬間、俺は空を飛んでいた。
比喩ではない。確かに飛んでいた……突き飛ばされていた。
驚きすぎて声も上げられない。激痛が全身を襲い、そもそも呼吸すら出来ていない。
一体何が。
とにかく事態を把握するため頭をフル回転させる。人はこういう時、時間の流れがゆっくりと感じられるらしい。
俺はゆっくりと流れる時間の中でとにかく考えた。
着地点は恐らくガードレール。このまま激突すれば骨折で済めばラッキーといったところ。当たりどころが悪ければ切断もありえそうだ。
そもそもなぜ飛んでいるのか。
後半周回れば答えは分かるだろう。だが半周回るのとガードレールに激突するののどちらが先かは分からない。とにかく……いや、考えてどうにかなるのだろうか。
体は宙に浮いていて、ほとんど身動きが取れない。左側からぶつかってきたらしく左腕と左脚は感覚がないし、息も出来ないということは内蔵へのダメージもあるのだろう。
ああ、これっていわゆる詰みだよな。ゆっくりと感じられるのもきっと走馬灯とかそういう奴だ。ということは死ぬのか?俺、死んじゃうのか?
半分諦めかかってきたところでようやく俺を突き飛ばした奴が見えた。青いトラックだ。
この向きならきっとガードレールとトラックに挟まれるだろう。多分死んだな。
時間が遅いせいか運転手が項垂れているのがよく見える。居眠り運転だ。……俺を殺すことになる運転手だが、恨むことは止めておこう。人生最後の感情が怨念だなんておばけになっちゃいそうだし、俺だって居眠り歩行してたんだ。
俺を起こしてくれたあのスーツの人にはちょっと悪いな。これから忘れられないようなグロ映像が流れると思うから、せめて早く忘れられることを願っておこう。
ガードレールと激突。痛みを感じる間もなくトラックの追撃。
予想通りガードレールとトラックに挟まれたらしい。サンドイッチの完成だ。
◆◇◆◇◆◇◆
――――?
確か……あぁそうだ。あの時死んだんだ。じゃあここは天国って奴か?本当にあるとは思わなかった。……地獄だったらどうしようか。悪いことはあんまりしてないと思うが、良いこともやっぱりあんましてないんだよな。
辺りを確認。そこは白一色でどちらが上でどちらが下かも分からない不思議な――ふわふわとした空間だった。
はっきりと思い出せはしないが、しかし薄っすらと自分という存在の死を感じていた。
死んだのに何故意識があるのか。それはきっと意味がない問答。ここは死ぬ寸前で見せる夢なのかもしれないのだから。
永遠に続くなら地獄だが、きっとそうではないだろう。ならばいつまで続くんだろうか。
神様ってのは本当に居て、今からここで懺悔させられたりするんだろうか?
自分の人生を振り返ってみる。……面白い人生とは言えないものだ。中学校の頃にグレて不登校になってみたり、高校で漫研なんかに入ってみたり、その影響で美術学校に行ってみたり。
でも結局、何1つ残せなかった。グレたとはいえ地域の不良には睨まれないように細く生きていたし、同じ漫研に所属していた一部の奴らは漫画家になっていたり、美術学校の奴らも何人かは夢を叶えたようだ。
だが俺は?俺は何をした?
何もしていない。それが答えだろう。元々好きだったゲーム関係の仕事には関われたが、それも下請けのデバッグ専門の会社。守秘義務があるから仕事仲間にすら細かい内容を話せないし、それにバイトだ。社員ですらない。
夢を追いかけたわけじゃない。夢に縋ったわけじゃない。ただなんとなく周りが夢を追いかけていて、だから俺もと真似をした。
本当にやりたいことではなかった。だから専門学校も途中で行かなくなってしまったし、本気で夢を追いかけてた奴らとは掛け離れた現状だ。
俺の人生は何だったんだろう。誰かにとって価値のあるものだったのだろうか。俺にとって価値のあるものだったのだろうか。
きっと、価値なんてなかった。
ああ、後悔するのはやめだ。これじゃ成仏出来なさそうだし。でもVRまで買ったのに結局プレイできなかったあのゲームだけは悔しいな。後4日で発売だったのに。クソ。
「おめでとう!あなたは転生します!」
突然声が響いた。声の方向が分からない。まるで頭に直接音を流し込まれたような感覚だ。
今の俺は体自体が存在していない。つまり耳なんてついていない。腕も足も何もかもが確認出来ないんだ。じゃあこの音は本当に……あるいは幻聴か?
「違う。お前は死んだ。そして転生する」
どうやらこの声は俺の考えを読めるらしい。正直事故った辺りから現実離れしすぎててキャパオーバーだ。
だが1つだけ、どうしても気になるキーワードがある。
転生。
いわゆる異世界転生的な奴か、あるいは生まれ変わりという奴か。これが本当なら面白そうだ。強くてニューゲームって奴だな。
異世界転生ならばお約束とも言えるのがチート能力。さぁ、俺にもくれよ。きっと主人公なんだろ?無限のアイテムボックスだったりいきなりS級冒険者に登録されたりするんだろ?
つーか口調変わってね?さっきは……あれ、どんな口調だったっけ?
ふと気付いた。自分の記憶が徐々に綻んでいっていることに。自分の死の原因すら今や全く思い出せない。
再度声が響いた。
「この空間では存在が失われていく。早急に転生させてやろう。私からの慈悲だ」
この神様みたいなのはなんでこんなに上から目線なんだろう。
薄れ行く意識の中で辛うじて考えたこと、それは声への疑問だった。