幸せすぎて困ります。
生きてます…。
なにやら人が倒れたり大惨事の受け付けから、二階にある応接室に移る。
かわいい子は私の腕の中に大人しく収まっている。ああなんていう罪なまでのかわいさ。ついついうっとりしつつ頬擦りしてしまう…かわいい。髪の毛さらさら。
「あぁ…かわいい」
「さてー、それじゃあ、イーリバリュム・タタサ君。ぼくはツゼンタのギルド支部局長、ウー・ラーシスという者ですー」
「お、おう…。なあ、あれはほっといていいのか?」
顔を埋めて匂いを嗅ぐ。ちいさなつむじに鼻を埋めてうわあああああ幸せええええええ。
「はぁー……いい匂い…」
「で、えーっとー。昨日報告してくれたランクトリプルAのカムカムについてー、ある程度は確認とれたんだけどー、もっと細かい情報が欲しくて来てもらいました~。これから話すことは、全てコチラの魔具に記録させていただきまーす。でも、それによって君たちに不利な情報が流れたりだとか、そういうことはないのでご安心くださいー」
「いや、そりゃ構わねえんだが…あっちは…」
「ありがとうございますー。それではまず~…」
ぱらぱらと、横で書類をめくる音がする。と、大人しかった男の子が暴れだした。くすぐったかったかな?匂いを嗅ぐ至高の時間を一時中断して、様子を伺う…だめだかわいい。堪えきれなくなってぎゅうっと抱き締めた。
「ぁあああ…かわいいいいい!」
「ぐぇ…ボ、ク、も!ボクもお話に来たんだけど!」
「あら…そうだったわね。じゃあボク、お名前を聞かせてもらえる?」
「おねえさんがボクを離してくれたらね!」
「そう…じゃあいいわ。別に不都合はないもの」
「え?」
「ボクが話さなければ、事情聴取は終わらないわ。そうしたら私はずっとあなたと一緒にいられるでしょう?お名前は知りたかったけど、仕方ないわ…仕方ないからずっと一緒にいましょうね?」
男の子は突然静かになって、深くうつむいてしまった。横に座っていた男達は青ざめて、私から距離を取る。いや、あなた方は別にどうでもいいよ。さっさと出てけばいいんじゃないかな。
男の子を抱え直す。されるがままだ。拗ねちゃったかな…でもそんなところもかわいいなあ…。男の子の顔を覗き込む。
「!?な、泣いて…どどどどうしたの何が嫌だったの!?どこか痛いとか!?ななな泣かないでボク!ああでも泣いててもかわいい!!」
「…おねえさんが…イジワルするから…。ひ、ひどいよ…。ボク、お人形さんじゃないもん。一人でだってすわれるし……お話だってちゃんとできるもん…!」
涙ぐんで、頬を膨らませながら悔しそうに話す姿に、ほんとに胸を撃ち抜かれた。手が、手が!震えてうわあああああああもうだめめっっっっっっちゃかわいいー!!あまりの感動に動けない…!
「よっと」
かわいい子が、かけ声と共に私の膝から下りてしまう。思わず手が伸びたけど、掴めなかった。
この、子猫のような身のこなし、そして気まぐれさ!もう涙が滲んできた。かわいい…かわいすぎる。しぬ…。
「ボクは、ユウ!アークノルドお兄ちゃんの弟だよ!」
「おー。そっかあ、彼の弟さんー?」
「なあ…イルダ様、目えおっぴらいて動かねえんだが…?え、お前ら、このまま進める気か?本気か?」
「それで、何を話せばいいの?」
「うん、そうだねー。まずはー、どうしてジャバラッカ村に行ったの?ってところからかなあ~」
「始めた!普通に始めやがった!おいいい!?これ記録するんだろ!?残すんだろ!?いいのかこのままで!」
「おじちゃんウルサイ。ちょっと静かにしてて。えっとね、ボク達は、夏になったら寒い方に、冬になったら暖かい方に旅してるの。今回は暖かい方に行く途中で、たまたまジャバラッカ村に寄ったんだ」
「なるほど。まだちいさいのに、大変だね~。じゃあ、タタサ君は?」
「こいつら…っ。もういい!おれは昨日言った通り、ジャバラッカの森に出た大熊の討伐依頼を受けたんだ。いざ村の近くまで来て、フォーメーションとかの確認でもって時に、ソロのアンちゃんがカムカムの話をしてだな。ちっともめたんだが、アンちゃんが恋人を助けてえって土下座まですっから…一肌脱いでやるか、ってな。集まってた奴等で協力する事になったんだ」
「ウンウン、なるほどね~。じゃあ、ユウ君。君達はいつ、カムカムに気がついたのかなあー?」
事情聴取を素直に受けてるところもかわいい。うわあ…え、いいの?こんなかわいいものが存在していいの?天使なの?
「一晩お世話になって、次の日のお昼くらい?手紙を見つけたんだよね。セビールちゃんの置き手紙」
「へえ!そうだったのか。じゃ、襲われたとか自力で気づいたんじゃねえのか」
「そだよー。お兄ちゃん達は読んで直ぐに逃げようとしたんだけど、村の子に見つかっちゃって。ボクはお兄ちゃん逃してくれたからにげられたんだけど、お兄ちゃん達は捕まっちゃったの」
「そうか〜。辛かったね……。そこで熊の討伐に来てた猟師達に会えたんだね〜?」
「あ、ううん。まずセビールちゃんに会ったの。それで、最初は近くの別の村に行こうとしてたんだけど、もうみんな感染してるって聞いてね。セビールちゃんはぼろぼろだし、ボク一人じゃ街まで行けないし、とりあえずお兄ちゃん達を助けなきゃってなったの」
「そっかそっか〜。で、どうやって…」
コンコンコン!
不意に、忙しないノックの音が響いた。事情聴取の最中の支部長を訪ねるなんて、何か事件があったのかもしれない。仕方ないのでかわいい子から視線を切って、さっさと扉に向かう。
「なに?【ど、どうされましたか?】」
「!?い、イルダさん!?ああ、いえ、えっと、支部長は…」
この間入ってきた新人の女の子だ。私を見て、怖がるような素振りを見せた。うう、傷つくなあ。確かに態度は大きいけど、いじめたりしないのに。
「はーい。どうしたの?」
部屋の奥から支部長が顔を出すと、女の子は安心の息を吐いて、すぐに顔を引き締めた。
「そのっ事件で!!詳しくは教えてもらえなかったんですけど、自警団の方がいらしてて、えっと、えっと、カムカムについて詳しく聞かせて欲しいって、一番の応接室でお待ちしてて!」
「自警団が支部長を呼んでる事はわかったわ。支部長。どうしますか」
「え~。行くしかないよねえー?しょうがない人だなあー」
支部長はぼやきつつも椅子を引いて立ち上がる。
「ごめんねえ、用事が入っちゃった。いつ終わるかわからないし、ここまでにしようか〜。お疲れ様でした、また今度ねえ〜」
へらりと笑って、新人の子と去って行く支部長。
「……あー、じゃあオレも」
「ボクも帰ろっと」
ひょいっと椅子から降りて、ちまちました足取りでドアに向かうかわいい子。うっ……かわいい。もう何しても何もしなくても超かわいい!!
「え…イルダさん、着いて来てるんだが…」
「うん…自然に帰ったら見逃してくれないかな、って思ったんだけど…」
「このままどこまでも着いて来るんじゃねえか…?」
「えぇ……やばい、すごいこっち見てる…」
やだ、振り返って目が合っちゃった…かわいい。
「…どおしよおおお〜…お兄ちゃん達は入院しちゃってるし…」
「入院?感染してたのか、あの二人」
「んー。何か体内にいたらしくて、もう取り除いたんだけど、念のため数日は様子見だって」
「そうだったのか…」
「おじさんは大丈夫だったんだ?」
「おう、まあな。特に血も吸われてねえし、あそこの物も食ってねえからな」
「そっかー」
か、かわ。かわわわわわわわわえあああああああああ
「…あ?てことは坊主、どこに泊まってんだ?」
「ん?病院はベッドがないって言うから、教会で寝泊まりさせてもらってるんだ。宿泊費代わりに、色々お手伝いして」
教会?教会で寝泊まりって言った?今。
教会で寝泊まり?あの?隙間風が吹いて、よくネズミとか虫が出てくる、教会?ベッドもなくて固い木の長椅子しかない教会?週一で牧師様が来られるだけだから、掃除も最低限な…あの教会…?
私はとっさに、かわいい子の肩に手を置いたらめっちゃ細いやわらかいあったかいかわいい。
「かわいい子。だめよ、それはだめ。あそこは子どもが寝泊まりできる環境じゃないわ」
「うわっ、びっくりした。お姉さん正気に戻ったの?」
「あなたのお兄さんとやらは何をしてるの?信じられない、こんなかわいい子を宿に泊まらせてもくれないなんて」
「おぉ…言ってる事がまともになってきてるぞ…」
うるさい。喋るなアフロ。
「お金がないなら、私の家に来るといいわ…!ちゃんとしたベッドもあるし、あったかいご飯だって作ってあげる。お風呂だって入れてあげるし…フフフ、存分に可愛がってあげる…」
「身の危険を感じるんで、結構です」
「却下よ。これは決定事項だから」
かわいい子は無言で走りだそうとしたので、逃げられる前にがばっと抱きしめ…あれ!?かわされたっ?
「じゃーねー!」
かわいい子は窓によじ登って、そこから飛び降りた。あっぶ、あぶない!すぐに窓に身を乗り出して下を見る。かわいい子の、元気に走り去っていく後ろ姿が見えた。
「……」
「…あ、じゃ、オレも失礼させてもらうぜ」
「うぅぅぅ、かわいい…!もう!次は逃さないんだから!」
走ってるところもほんとかわいい!もう!
奥歯を強く噛みしめる。はぁー…。窓口業務に戻らないと…。ワガママ言って抜けちゃったし、ちょっと気まずいなあ。
「え゛、イルダさん!?も、戻って来られたんですか…」
「ええ。ごめんなさいね?【すみませんごめんなさい申し訳ありませんおめおめと戻ってきちゃって!ご迷惑おかけしました…!】」
どうしてこんなに偉そうなのおおおお!?うう、一気に正気に戻って、罪悪感と羞恥心が…。