どうしよう
新キャラクター目線です。
私は…自分の意見を言うのが苦手だ。
物心ついた時からずっと。
そのせいで、これまでどれほど苦労してきたか…!
物を壊した事を私のせいにされたし、些細な失敗も私のせいにされた。
よく知らない人からよく分からない頼み事をされる事もしばしばある。
全く必要としてない物の押し売りによって、家計は常に火の車だし。
怒られるのは日常茶飯事、罰としてご飯を抜かれたり、仕事を増やされたり、とにかくいろんな被害を被ってきた。
ちくしょおおおお。
表に出さないだけで、私だって怒ってるんだからなあああ!
言わないからって何でも私に押し付けてこないでよおおおお。
人知れずお人形に愚痴り、ベッドで暴れまわる日々。
自分がふがいなくて、怒っていても心の中でしか…誰もいないところでしか自分を出せない、腰抜けの私が大嫌いだった。
そんなある日、私は日曜市で…人生の転機を迎えた。
「おねえはん、くっらい顔してはりますなあ。」
「え…。あ、あの…。」
「せっかくの美人がもったいないどすえ。うち、呪術師やってましてな、ちょお寄って行きまへんか?」
「あ、え、え、あの、わわわ私、お金が…。」
「そう固くならんでもええんどすよ。大丈夫どすえ、今回お代はいりまへん。」
「そ、それなら…。す、少しだけ…。」
「ほんなら、さっそくやけどおねえはん。おねえはん悩み事があるんと違います?」
「え…!ど、どうして…。」
「うちに隠し事はできまへん。おねえはん、人見知りで、言いたいことが言えへんタチなんやろなあ。」
「!!!そ、う、」
「ウフフ…!おねえはん。自分を変えたいと思うた事ありまへん?」
「じ、自分を…変える…?」
「そうどす。…ほんまは有料なんやけど、おねえはんは特別や。───おまじない、かけたりまひょ。手ェを貸してくらはりまへん?」
「え、え、え、」
「悪いものちゃいますえ。おねえはんが、強うなるおまじないや。………さ、これでもう大丈夫どす。おねえはんに、幸あらんことを!」
今となっては顔もよく覚えていない、妙な雰囲気の女の人だった。
彼女のおまじないを受けて、私という存在は変わった。
それから色々あって、今の私はツゼンタという街でギルド職員をしている。
「おーぅ、中々の上玉じゃねえか。ねえちゃん、今からおれと遊びに行かねえか?」
人間の男性が、カウンター越しに私の手を触る。じろじろと私の全身を舐めるように観察しながら。
「…はあ?あんた、誰に向かってそんな口きいてんの…?」
バシッと、私の手が男の手を払った。冷えきった目で突き刺すように相手を睨む。
「あたしが上玉なら、あんたは何?鏡見てみなさいよ。あたしがあんたみたいなのの誘いに乗るって、本気で考えてんの?」
私は…自分の意見を言うのが苦手だった。
でも、あの呪術師に会って以来、私は変わった。
…けど!これはないよ!?私そんな事言おうと思ってないよ!!
私は、呪い(おまじない)にかかったのだ。
私が伝えたいことを、毒十割増しに伝えてしまう呪いに。
詐欺だああああああ!呪いの前のがまだマシだったよ!
しかもこの呪い、言葉に合わせて体も動く。
もお最悪だよおおおおおおおおおお!!私の意思じゃないじゃああああん!!
「な…この女っ!調子に乗ってんじゃねえぞ!!」
男が逆上して、私に殴りかかる。
…見ない顔の人だ。どこかから仕事で来た人だろうか。でなきゃ、もうこの街のほとんどの人は私を知っていて、こういうちょっかいを出して来ないのだ…。
「どっちが…調子に乗ってるって?【ひい!まず落ち着いて下さいいい】」
私は男の拳、柔らかい指と指の付け根の間にペンを突き立てる。立ち上がると同時に、男の力を利用してペンを貫通させた。痛い!見てるだけで痛い!
男が痛みによって、顔を歪めてわずかに動きを止める。それから空気を吸い込んで、痛みを大声で表そうとした。私はすぐさまペンから手を離して男の頭を鷲掴みにし、カウンターに思いっきり叩きつけた。
最初に、行きたい方と反対方向に力を入れるのがコツだ。元の体勢に戻ろうとする相手の力を利用するのだ。
ゴン!中々いい音がした。
状況を把握しきれていない男に、私は容赦しない。反動を使って、再度叩きつける。
ゴン!!
やめて、やめてあげて!これ以上やったら、この男の人馬鹿になっちゃうよ!
男が抵抗してきたので、逆らわずに手を離す。
「ッ、ハアッハアッ!て、てんめえええ!!」
男が距離をとって、腰に吊るしていた剣を抜く。両手用の剣に見えるけど、片手で扱っている。余程腕に自信が…はっ、私がペンを突き立てたせいか。
あ、額から血も…。ごめんなさいごめんなさい。うわあん、もう止めてくださいよおおお。
「やっすい刃ね。ここで抜くなんて、馬鹿じゃないの?【刃物は…!こ、困りますっ、ギルド内での乱闘は禁止されてますううう】」
「ウルセエ、黙りやがれ!!そのすました面、ぐちゃぐちゃにしてやる!」
「…まだそんな口をきくのね。【いやあああああ!こわいっ】」
内心で絶叫を挙げながら、男が剣を横凪ぎに振るうのを、胸ポケットから出した特別製のペンで止める。
「か、片手…!?うおっ!?」
魔力をペンに通し、魔術として剣に伝える。
変化はすぐに始まった。男の剣が、一瞬にして塵になる。刀身は数秒も持たずにざらりと地面に崩れ落ちた。舞い上がる塵が鼻をくすぐる。くしゃみ出そう…。
男は急に軽くなった柄だけの剣にバランスを崩し、たたらを踏んだ。
「今ならまだ許してあげる。…でも、まだ続ける気なら、命をもってして償わせるわよ。【も、もう止めてください!これ以上は怪我じゃすみませんよ!?】」
男は剣だった物を驚愕の目で眺めて、恐る恐る私を見た。まるで虫けらを見るような私の目に、男は震え上がって土下座した。
「ヒッ…す、すみませんでしたァ!!」
ふん、と腕を組む私。少しだけ遅れて、歓声が湧いた。いつの間にか野次馬が集まり、私達のやり取りを見守っていたようだ。
「ヒュー!さすがだゼ!」「キャーっ、お姉様ー!」「うおおおお、すげええええ!」「今回は三分かからなかったなあ。」「踏んで下さい女王様あああ」「いつ見ても爽快な勝ちっぷり!」「美しい…」「わあああああ!最高だあああああ!」「受付嬢、だよな!?つえええええ!」
…。
助けろよ…ッ!
もしくは仕事しろよ…!!
周りが騒がしいけど、もういつもの事なので気にしない事にした。
土下座する男に、提出されていたギルドカードを投げて返す。さしゅ、と刀身が崩れた塵の山に刺さった。
元々は、この男の依頼達成報告にギルドカードを渡されていただけだったのだ。それが…うう、どうしてこんな事に…。
もちろん、手続きは終わってない。
「めざわり。失せなさい。【あの…も、もういいですから、か、帰って…。】」
男はビクッと震えて、カードを持って一目散に帰っていった。小声で、ごめんなさい、すみません、とか謝罪を繰り返しながら。…やめてぇええ…。私が怖い人みたいじゃん…。
私はカウンターで、何事も無かったかのように座り直す。こういう時は、変に焦ったそぶりを見せないのが大切だ。似たような事は数えきれないほどあった。いい加減、私は呪いとの付き合いに慣れてきていた。
…は!…ぺ、ペン持ってかれちゃった…。どどど、どうしよう…。予備のペンをデスクから持って来ないと…。特別製のペンは使えないし。ああ…お気に入りのかわいいペンだったのに。かわいいは癒しだ。正義だ。世界の中心だ。私はかわいい物、特にかわいくて小さいものに目がない。なのに…持っていっちゃうなんて……。ううん、あの男の人の血で濡れたペン返されても微妙だったし……。いいんだ。諦めよう…。
ギルド内がざわつく中、私は席を立って一度奥に戻ろうとした。
したんだけど。
「おねえさん、すごい…!今の、何!?魔術!?」
男の後ろに並んでいた小さな男の子の声が、私の足を止めた。
……え。
…………えっ。
………………えええええええ!!??
「…おねえさん?」
思わず固まった私に、男の子が首をかしげる。
「……か、かかかかかわいいいいいいいいいい!!!」
短く切り揃えられた黒髪から覗く細い首とか折れちゃいそうに華奢な手足とか真新しいお洋服をちゃんと着こなしてる初々しさとか大きくてでもちょっとキリッとした目とかスベスベの肌とかああもう「どこもかしこもかじっちゃいたいくらい甘そうでかわいいいいい!!」
「……。」
男の子の表情がすうっと抜け落ち、くるりと踵を返した。
「まっ…ちなさい!!」
行かないで!
待って、ちょっと匂い嗅がせて頬っぺたすりすりさせて全身撫で回させて!
この呪いに掛かってから初めて私の意思と合致した魂の叫びに、男の子は振り返らずに走り出した。
「待ちなさいってば…!!」
制服のスカートを翻して、カウンターを飛び越える。周りから何か聞こえた気もしたけど、そんな有象無象を気にしてあんなにかわいいものを逃がす訳にはいかない!
男の子はそのちいささを活かして人混みをするする抜けていく。ああ身のこなしすらめちゃかわいい。私は男の子を全力で追いかけた。
「邪魔よ、どきなさい!!」
邪魔な障害物は引き倒して蹴りつけて「私めも踏んでください女王様!」顔を踏みつけてでも進む。
「ご、ご乱心だー!」「うわあこっち来るどいてどいて…イヤアアアアア!」「おう!?」「にげろおおおお!!」「きゃーっ」「美しい…。」「うおおお、やめ、ちょ、まっt」「うわああああああ」「え!?イルダさん!?ちょ、落ちつい、ぐえ」
人が多い…!!このままじゃ、ギルドから出ちゃう!
男の子がギルドの扉に全身でタックルした、その時。
「ぅおっ?…なんだ、あの時のボウズじぇねーか。あぶねえなあ。」
「ぎゃっ、離せ!っていうか助けて!」
ちょうどギルドに入る所だった緑色のアフロの男の人が、男の子にぶつかりそうになったのだ。男の人は男の子と知り合いだったようで、男の子をひょいと抱き上げてしまった。男の子は焦ったように暴れる。
「はあ?助けるってボウズ…「誉めてあげる、そこの緑!そのまま捕まえてなさい!!」?うおお!?イルダ様!?な、何?!何が起きてるんだ?!」
はやる心を抑え、ようやく人が割れてできた道をゆっくり渡る。つり上がる頬を隠さず、ただひたすらに男の子を見つめた。男の子は顔を盛大にひきつらせてうわあそんな顔もかわい過ぎる。
誰かの息を飲む音が聞こえた。
「ふ、ふ、ふ…。捕まえたわよかわいい子……!!さあ、覚悟はい「ハアーイそこまでー。イルダさあーん、お仕事中ですよおー。」
気の抜ける声で私の肩を掴んだのは、支部局長だった。
この年中ボーッとしてるエルフ男、いつの間にこんな近くにっ?
「…離しなさいな、支部局長さん。オシオキされたいのかしら。」
「えー、痛いのはやだなあ。まあ落ち着こうよー。」
「こんなにかわいいものが近くにあるのに?貴方、私に死ねって言うの?いい?かわいいは正義よ。そして愛。癒しでもあり、世界の根本にあるものなの。見なさい!この子を!華奢でちいさくてもう見るからにか弱そうで守ってあげたくなるでしょう?一挙一動がたどたどしくていつまでも見守っていたくなるでしょう?その笑顔も涙も怒った顔も照れた顔も全部見てみたいと思うでしょう?もはやこれは一目惚れだわ…!かわいい!かわいすぎる!私の好みにピッタリ来たのよ!それでも私の恋を邪魔すると言うのなら…ねえ、支部局長さん…。私の全てを掛けて、貴方を破滅させて見せるわ?」
特別製のペンを、指先で回した。
支部局長は、片目を髪で隠すような髪型をしている。覗いている右目を、両の目でひたと見据えた。
「怖いよ~イルダさあーん。う~ん、じゃーホントはダメなんだけど、今日は特別ね?僕としては、タタサ君と話が出来れば別にいいんだよねー。」
「ちょっとおおおお!?もっと頑張ってよ!命の危機を感じるんですけど!?」
「まあ、支部局長、貴方ホモだったの?別にいいけど。それよりかわいい子、もっと声を聴かせてちょうだい?」
「え、は、お、へえええ!?な、何なんだ、オレはどこからツッコんだらいいんだ!?」
緑色のアフロがなにかわめいている。お前の声を聴きたいとは言ってない。
「やだなあ、ちがうよおー。タタサ君の、カムカムの報告を聞きたいんだってばー。」
その言葉を聞いた途端、男の子がパッと顔を上げた。かわいい。
「お、ボク!!ボクもカムカム見たよ!!戦ったり色々したし、入院中のアークノルドとシャロッツの話だって出来るよ!?ねえおじさん!そうだよねっ?」
未だに混乱している緑色のアフロに、必死に問い掛けてる。かわいいなあ。かわいいなあ。
「お、おう、まあな。」
「あれ、そうなの?じゃーやっぱりこの子もお話聞きたいなあ。イルダさんもおいでよー。イルダさんがこの子のお話聞いてあげてー。それなら問題ないよねえ~。」
…う~ん。二人っきりで思いっきり愛でたかったんだけど…。それだと仕事も抜けなきゃいけなかったし、仕事で一緒にいられるんなら、まあ。
「そうね…。いいわ。【そ、うですね…。お、お願いします。】」
「えっ?ボクは問題なんだけど!?」
「男の子はあー、女の子を気遣うものなんだよお~。我慢も男の甲斐性さー。」