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ちいさな旅路  作者: 朝霞台りお
13/19

どうしたの。

シャロッツ目線。

寒い。ぼんやりと暗闇を眺める。力が上手く入らない。気を抜くと意識が遠のく。僕は、何をしていたんだったか。北に帰る途中で、ユウ君と一緒になって、村で亜獣と戦って、捕まって…。今はもう夜だ。正確な時間はわかんないな…。どのくらい、経ったんだろ。

──駄目だ。こんなんじゃ、あの子を迎えに行けない。しっかりするんだ!僕は、誇り高き勇者の末裔。筋肉族の戦士なんだから!


「ぁーくのるど、起きてる?」

「…なんだ。」


アークノルドは僕の隣で、力なく寝転がっていた。でも返事はしっかりしてる。まだ大丈夫だ。僕も、アークノルドも。


「行かなきゃ。立てる?」

「…切られた。あとふたつは立てん。お前は?」


部屋の外に、見張りが二匹。今なら、散々血を吸った後で動けないと向こうは考えてるはず。それはそうだ。全力で戦って満身創痍な上に、血を大量に抜かれたんだから。でも、ダメだったかー。アークノルドは魔術を使うからって強く警戒されてる。だから念をいれて逃げられないように、痛みで集中できないように、脚の腱を深く切られたみたい。アークノルドは何も言わないけど、相当痛いはずだ。

ふたつ、は二日のこと。アークノルドは人より魔力が多い。魔術が専門じゃないけど、そこそこ使えるんだ。体内の魔力を回復に回して、何もなければ二日で立てるって言いたいんだろうな。

まあ、僕も聖霊使いってばれて、しつこく縛られてるんだけど。深い傷は無いかな。


「目隠し、縄、金属製の手枷と足枷。怪我は平気だよ。」

「で、シャーナは。」

「使える。でも、魔力が足りないかな…。ユウ君、大丈夫かなあ。」

「…。さあな。」


アークノルドも心配してる。会ってちょこっとしか経ってないんだけど、あの不思議な子が気に入ったみたい。


「心配だね。なんだか僕、あの子が弟みたいに思えちゃってさ、ほおっておけないんだ。」

「本物が泣くぞ。」

「フフフ。──いつにしよっか。」

「さあ。期を待つ。」


聞いたのはもちろん、脱出のことだ。さあ、二文字。それから、き、を、ま、つ、四文字。二日後の四時かー。無理するんだから…。無事に出られたら、しばらくお休みしないとね。ユウ君に一般常識を教えたり、お洋服とか、色々揃えてあげないとって言えば、次の街でゆっくりできるかな。アークノルドは自分の怪我だと、ゆっくり休もうともしないんだから。僕がちゃんと見ててあげないと。そういえば、アークノルドの靴、そろそろ買い替えないとダメだった。僕も新しい肌着が欲しい。北に行くんだから、マフラーとかも欲しいかも。あとは…ええっと。なんだっけ。貧血でボーッとしちゃうなあ。そうだ。脱出。見張りにバレないように、決めたところだった。ほんとは三日後くらいがちょうどいいんだけど。


「ユウ君まだちいさいのに、そんなにのんびりで大丈夫かな?」

「…祈っとけ。シロクマもいる。」


僕が言ってもアークノルドは譲らないから、しょうがないな。心配性の、やさしい僕の仲間。


「…ん~。そうだね。ねえ、アークノルドは寒くない?」

「血が足りないんだろ。もう黙れ。オレが起きててやるから、寝ろ。」

「やだ。アークノルドが先に寝て。僕の方が元気なんだから!」

「オレはどっちにしろしばらく寝れん。…シャロッツ、今だけはお前が頼りなんだ。いざという時にお前が動けないと全滅もあり得る。最低でも、他の村にこの事を伝えなきゃならん。だから、今は大人しく眠っとけ。」


アークノルドは無口なようでお喋りだ。特に、大事なことは伝えるのを面倒臭がったりしない。

…お前が頼り、かあ。あーもお!しょうがないなあ!


「フフ。うん、わかった。筋肉族の、誇りにかけ「いらん!さっさと寝ろ!」

「素直じゃないなあ、アークノルドったら。せめて最後まで言わせてよ。……アークノルド?アークノルド、ねえねえねえ。アークノル、痛い。」


返事をしてくれないから呼んだけなのに。お腹の側筋をバシリと叩かれた。見えてないから、多分だけど。


──…‼………!……、…。………!?…。…。…。


「…あ?外が騒いでるな。」

「ほんとだ。どうしたんだろう?」


まさか、ユウ君?…ううん、あの子は若いけど、理性的な子だった。聖霊がついてるからって、一人で助けに来たりしないはず。なんといっても、世界を渡って平然としてるんだから。冷静に、他の村に応援を呼びに行ってるかも…ていうのは期待しすぎかな。とりあえず捕まらないようにはしててくれると思うんだけど…。


「わ。正当な理由で監禁されてそうなんですが、貴方達がユウ君の保護者ですか?」

「わわわわわ!?」

「!何もんだ、お前。」


ぜ、全然音しなかったんだけど、いつ来たの、この子。声は女の子かな。


「大声出さないで下さい。私はセビール。ユウ君の協力者です。」

「紅の白猫か!生きてたのか。」


アークノルドがちいさい声で驚く。僕も声をちいさくしなきゃ。


「えー!嘘、紅の白猫ちゃん?久しぶりー!僕だよ、シャロッツだよ!」

「その名前で呼ばないで下さい!セビールだって今言ったでしょうがっ。」

「よく居場所がわかったな。匂いでもしたのか?」


僕達がいるのは地下の牢屋みたいな所だ。目隠しされてるけど、アークノルドが教えてくれたから知ってる。ここには窓も無いし、出口も一つで、階段を上ったら見張りも二匹ついてた。カムカムはお互いに繋がってるらしいから、二匹を一瞬で倒さないと、他のカムカムに連絡されてすぐに増えちゃうのだ。数だけは多いカムカムに囲まれちゃうと、こっちの体力が保たない。僕の知ってる白猫ちゃんは魔術士だったんだけど、魔術を使ったのかな?


「知らない人の匂いなんてわかりませんよ。ただ、煌が不自然に動いていたので、ここかと思ったんです。当たって良かったです。」

「煌…魔力の流れがわかるのか。流石、二つ名持ちの魔術士は違うな。」

「でも、見張りはどうしたの?」

「倒した訳じゃありません。外に誘きだしただけなので、さっさと出ましょう。」

「なるほど。話は後だな。悪いが、オレは足を切られて動けん。シャロッツだけ連れていけ。足手まといはごめんだ。」

「アークノルド!」


ここで死んじゃう気!?僕は体に力を込めた。


「心配要りません。煌薬が──「フゥンッ‼」……うそ。」


ぶちっと縄が切れて、手枷と足枷が吹き飛ぶ。やっぱり、血が足りなくて力を出しにくい。目隠しは、自由になった手でほどいた。スッキリした!


「こいつは筋肉族だ。知り合いじゃなかったのか?」

「き、筋肉族…聞いてませんでした。」

「僕がアークノルドを運ぶよ!ほら、アークノルド、背中に乗って!」

「…そうか。」


アークノルドはすごく嫌そうな顔をしながら、僕の背中に乗った。迷惑かけるのが嫌なんだろうけど、全然迷惑じゃないし、仲間なんだから気にしなくっていいのに。そういえば、前にもこんなことあったなあ。あの時はアークノルドが置いていけってしつこいから、抱っこして運んだんだった。僕に申し訳なく思ったみたいで、すごくすごーく落ち込んでたなあ。


「…目立ちますね。出来るだけ静かに、気配を消して進んで下さい。行きます。」

「うん。」


白猫ちゃんの後ろにまわる。あ。白猫ちゃん、服着てない。大きい布、多分シーツを裂いて、体に巻きつけて肩の上で結んでる。腕も足も、折れちゃいそうに細い。耳も尻尾もピンと立ってはいるけど、毛並みが悪い。顔色も悪かった。白猫ちゃんも、あんまり調子が良くないみたいだ。いざって時は、僕がみんなを守らないと。ユウ君の協力者って言ってたけど、ユウ君も怪我してるのかな。というか、ユウ君とどうやって会ったんだろう。これからどこにいくつもりなんだろう。ユウ君は今どこにいるんだろう。誘きだしたって、一体どうやって?いっぱい聞くことあって、どれから聞けばいいのかわからないよー!今聞きたいけど、そうゆう訳にもいかないし…。

白猫ちゃんを追いかけてお家から出ると、


「も、燃やしちゃったんだ…。」


森がゴウゴウと燃えていた。焦げ臭い煙が、夜空にモクモクあがっていく。東側の森が、見渡す限りの炎で包まれて、眩しいくらいに辺りを照らしていた。こ、これ、大丈夫なの?


「消火してるのか…。カムカムも、家を燃やされるのは困るってことか?」

「違いますよ。さあ、今はお静かに。」


白猫ちゃんの目が、炎を反射してチラチラと光ってる。振り返った白猫ちゃんのほの暗い笑みに、思わず喉を鳴らした。…そうか。彼女も、猟師。猟師は二人以上の仲間がいないとなれないのに、今白猫ちゃんは一人ぼっちだ。多分、彼女にとってこれは…弔い合戦、なんだろう。

僕達は誰にも気づかれないまま、静かに森に入っていった。奥に行くと、真っ暗で周りが見えなくなってくる。白猫ちゃんは夜目がきくみたいで、ドンドン進んで行っちゃう。白猫ちゃんが白いからなんとか着いていけてるんだけど、これ以上は辛いかも。


「…おい、そろそろ話してもいいだろ。なんでカムカムは、大事な人質ほっぽりだしてまでして、火を消そうとしてるんだ。」

「えー、最初にそれ聞くの?アークノルド、ユウ君の方が先じゃないかな。」

「──気がついてましたか?この森、動物が全然いないんです。カムカムがほとんどの動物を食べちゃったんですよ。」


白猫ちゃんが語りだした。ちょっとだけ、歩く早さがゆっくりになる。


「カムカムがどうやってここまで来たのかはわかりませんが、奴等は驚くべき速さでこの一帯を占拠しました。近くにあった三つの村は、全てすり代わってます。ですが、そこで問題が起きます。カムカムの食料、つまり血が足りなくなったんです。カムカムは森の動物達で飢えをしのぎました。が、増えすぎたカムカムは、直ぐに動物達を食べつくします。では、どうするのか。カムカムは、いよいよ街に出ようとし始めたんです。」

「そうか…!東側には、ここから一番近い街に行く街道があった!」

「ちょっとアークノルド、耳許で叫ばないでよ。」

「それも違いますよ。街道ではなく、街に一番近い村に火をつけたんです。…カムカムには親玉が存在します。それを中心に奴等は繋がっていて、つまり街に出るにはどうしても親玉が街の近くに移動する必要があるんです。確証はありませんでしたが、あの焦り様は当たりですね。…親玉がいなくなれば、カムカムはただの大きい蝶です。人間でも、統率が取れなくなった軍隊は崩すのが簡単でしょう?」


やっと白猫ちゃんが立ち止まった。もうほとんど真っ暗で、なんにも見えてない。難しい話は終わったかな。背中のアークノルドうんうん唸ってるけど、僕はそれより気になることがある。


「それで、ユウ君は?」

「あの子は、火をつけて…もう、ここにいるはず、…だったのですが。」

「えっ?」


ここにユウ君はいない。聖霊の気配を感じられない。アークノルドが静かに話かけた。


「白猫。お前がカムカムじゃねえ証拠はあるか。」


…あっ。


「証拠、ですか。」

「お前がカムカムだって疑う材料ならいくらでもある。ひとつ、お前がかけた結界は壊れてた。あの術式は術者が瀕死、もしくは死んだ時に解除される。ふたつ、今まで何をしていた?森中の獣を食らい尽くす奴らが、人ひとり殺すのにどんだけかかってんだ。みっつ、どうやってユウと会った。あいつは空を飛んでた。危険な状況を分かってて、むやみに下には降りなかった、はずだ。よっつ、オレの知る紅の白猫は魔術士だ。なぜ魔術を使わない。カムカムがユウをエサにオレ達を誘き寄せたか、とかな。邪推したくなる。」


おぉー。確かに。アークノルドはアークノルドなりに考えてるみたい。…僕は信じていいと思うけど。

白猫ちゃんはフンと鼻を鳴らした。


「理屈っぽい男は嫌われますよ。」


アークノルドがぐっと固まった。白猫ちゃんみたいな可愛い女の子に言われたのが、ショックだったんだろう。


「ぼ、僕は好きだよ!アークノル、痛い。」

「お前は、黙ってろ。」


ひどい、髪の毛を抜かれちゃった。照れてるのはわかってるけど。


「まあ、それで気がすむなら答えてあげます。」


白猫ちゃんはあっけらかんと言った。


「一つ目、死にかけてたから。二つ目、今までは煌を回復に回していたから。カムカム側も直ぐに死なれたくなくて、加減されてたと思います。三つ目、は…なんでしたっけ…。あ、ユウ君とは、たまたま会いました。多分…一昨日くらいに、私を閉じ込めてた小屋が吹き飛んだんです。どうにか身を隠してたら、上から降って来ました。四つ目。私が術を使うには道具が必要です。それが無くなったから、使えません。これで満足ですか?」

「…だが、」


アークノルドがなにかを言いかけたけど、白猫ちゃんが遮る。


「大体、どうして手元にいる人質をわざわざ連れ出すんですか。疑いだすときりがないので、この話はこれでお仕舞いです。」


アークノルドはムウって唸って、静かになった。


「ねね、じゃあさ、ユウ君のことなんだけど!ここで待ち合わせてたんだよね、間違いないの?」

「ええ、問題はそれです。場所は間違いありません。臭いをつけておきましたから。…いないということは、何か問題が起きたのかも知れません。ごめんなさい。本当は…あんなにちいさい子、一人にするべきじゃなかったのは分かってたんです…。」


白猫ちゃんの声が湿った。


「あわわ、泣かないで。ユウ君が心配なら、みんなで迎えに行ってあげよう?」

「泣いてません。…いついかなるときも、前を向けって私が言ったんですから。泣いてなんか、いられません。」

「ああ?なんだ、もっとはっきり話せ。」

「なんでもありません。ッチ、貴方にあげるのは気が進みませんが、背に腹は代えられませんね。」


白猫ちゃんがモソモソ動いてる。それから近くに来て、取り出した物を僕に渡した。アークノルドを片手で支えて受け取る。あ、瓶?どこにしまってたんだろう。振ったら、ピチャッと音がする。あんまり中身は残ってないみたいだ。


「煌薬です。二人で分けて下さい。」

「えっ、いいの?ありがとう!」

「因みにそれ、帰ったらお金払ってもらいますから。」

「…ケチ臭い女は嫌われるぞ。」

「根に持つ男よりはマシでしょう。」


あれー、いつの間に仲良しさんになってる。

瓶の液体をちょっとだけ飲む。度数の高いお酒に似た、でも独特の粘りを持った煌薬が、体を暖めるのを感じた。…ほわぁー。気持ちいい。

後ろのアークノルドに瓶を渡す。


「ぃよっし!行こうか、ユウ君を迎えに!」

「…そうだな、ついでに散々コケにしてくれたカムカムの親玉でもぶち殺すか。」

筋肉族。

それはかつて世界を救った男の子孫。荘厳なる金の髪に、明瞭な蒼の瞳を持つ。和を尊び義を重んじる、一騎当千の最強種族。ただ、なぜか魔術はほとんど使えない。



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