ええええええええ?!
突然ですが、問題です。
泥だらけの素足で、濡れたつるっつるのシロクマに乗ったらどうなるでしょうか。
「うおおおおおおおお!?」
答え。滑ります。
「調子に乗りすぎたぁぁぁぁぁあああ‼」
いやな?一人で安全地帯に居るのって心苦しいじゃん?ちょっとね、その罪悪感とか、本当に大丈夫なんかなっていう不安から勢いつけすぎちゃった。雲の上まで行って、上がれるだけ高度を上げたのはまあ良かったとして、逆に?どこで止まったらいいのかわかんなくなってなー?迷ったら集中力切れたみたいで、こう、ツルンと。滑った。
シロクマ?急に方向転換出来なくて、むしろ俺がいなくなった分軽くなっちゃって、更なる高みに吹っ飛んじゃった。待って。帰ってきて。切実に。吐いちゃう。もう耳が痛いんだか寒いんだか感覚無いよ。自分の声が聞こえねえ。え?今俺声出せてた、よな?
「シーロークーマァァアアアアア‼」
このままじゃアークノルドとシャロッツの心配どころか、あいつらより先に確実に死んじゃう。マジ勘弁して。安全地帯に逃げた奴が真っ先に死ぬとか。シロクマ先生ー‼あなたしか頼れないんですー‼たっけてぇぇええ!
視界の真ん中でキラリと何かが光った。シロクマ!ガチ天使‼愛してる!手を伸ばして、そこでボスッと雲に突っ込んだ。シロクマが見えなくなる。マジかよ!あと寒い!息しづらい!辛い!無意味にバタバタもがいてみる。…あ、雲抜けた。えーっと?スカイダイビングではどこら辺でパラシュート開くんだ?まだ間に合うよな、大丈夫だよな。しかし…どうせなら晴れてる時にやりたかったな、これ。雨と風圧で目ぇショボショボしてるけど、それでもいい景色だと…あ!シロクマ!こっちこっち!
キィィィィィィィィィィン‼
シロクマがロボットアニメみたいな音を立てて、すごい勢いでこっちに飛んでくる。仰向けに寝転がるような体勢でバランスを取っていた俺の背中に、下からもぐって貼り付いた。そこから徐々に減速していく。うっ、Gが。
「…ぅあー…生きてるー…。ありがとうな、シロクマ…。」
あードキドキした。楽しかった。あー…シロクマ温かくなってる。芯から冷えた体にしみるわー…。お気遣いありがとうございます。シロクマさん惚れたわ。
シロクマは大きく円を描いて、一定の高さで止まった。んー、十二階建てのビルくらいかな。よっ。軽く反動をつけて上手くシロクマの上で立ち上がる。ん?シロクマ、蜜柑の果汁みたいな色になってる。初見だ。マジマジと見てたら段々薄桃色になってき…って、熱い熱い!
「あちゃちゃちゃ!シロクマ、熱い!」
前もこんなことあった気がする。シロクマはフッといつもの透明に戻った。え?何?ひょっとして怒ってたの?
「それで、アークノルド達はどこだ?」
上空でトラブってるうちに、ちょっと風にでも流されたらしい。アークノルドとシャロッツが、というかジャバラッカ村自体が見当たらない。雨うぜぇ。あ?なんか…白いの見えた。なんだ、あれ。見に行くか。
シロクマを慎重に滑らせて、落ちないようにゆっくり進む。深緑の中では目立つ、白っぽいくちゃっとした固まり。よく見ると、それは何故か半壊した小屋の中に入っていた。…シーツ?更によく見ると、小屋の前後に渡って木々が倒れ、一本の破壊された直線が描かれてる。…うん?なんか…見たことあるような?直線を目で追ってみる。何も無い。反対側には…あ?あれは…川…?
「あっ。」
わかったわかった、思い出した!熊!アークノルドに会った時に、シロクマがビームで上半身蒸発させた熊さんだ!うわー、こんなとこまで届いてたんだ。人に当たんなくて良かったー。小屋は壊しちゃったけど。…待てよ。じゃあこの破壊の跡辿ってけば、ジャバラッカ村に行く道に出られんじゃね?あー、でも、足手まといには変わりねえのか。行っても邪魔になっかなぁ。──あれ?いやいや。このビーム出したの誰よ。ひょっとして、使えんじゃね?
「なー、シロクマ?ビームって好きな時に出せるん?」
シャン。ちいさいひし形のシロクマが、スケボーから分離して目の前に浮いた。それが上下に動く。
「おお!流石シロクマ!」
グッと拳を握りしめる。と同時に、ついつい気が抜けてまた落ちた。今度はシロクマも間に合わず、木々にケツから突っ込んだ。
「いたたたた、痛い痛い痛い痛い痛いって!」
小枝って言うには太すぎる木がバシバシ当たる。その中で一番太い枝に手を伸ばして、猿みたいにぶら下がる。危なっ。高度下げてて良かったー。ていうか、落ちすぎじゃね?スケボーは基本的雨の日禁止にしとこう。うん。
バサバサバサッ。シロクマが俺を拾いに、小枝を折りながら来てくれた。折れた小枝が降りかかってきて地味に辛い。ぶっ、芋虫落ちてきた。口に来るとか、何お前俺の恋人なの?悪いな、友達のままでいようぜ。恋人は無理。片手で芋虫を摘まんで放り投げる。芋虫は身をくねらせながら飛んで行き、直ぐに見えなくなった。ついでに俺も手を離す。大した高さじゃねーし、行けんだろ。ポンと落ちて、シロクマを呼ぶ。
「こっちだ、シロクマ。」
シロクマが空色に発光しながら──
「誰、か…居る、「わあぁあああお!?」
急に乾燥したカッサカサの、枯れ葉みたいな女の声がした。オバケですか!?思わずこっちに飛んできたシロクマをがっしり抱き締めちまった。そしたらシロクマが発熱して強制的に引き剥がされた。ごめん。そんな嫌だったか。もう泣くよ。踏んだり蹴ったりだよ。
「こ、ども…?」
涙ぐんでたら、半壊した小屋の近くの木に、力なく寄りかかる…白い猫耳と尻尾が見えた。なんてアブノーマルな幽霊であろうか。しかも似合ってる。…あ、そっか、異世界だったらあり得るのか。猫耳。うお、じゃあアレ本物かよ。
青白い顔に、白い髪が中途半端に伸びて貼りついてる。何故か服は着てなくて、薄茶のシーツを体に巻きつけていた。丸出しの白い腕は、いつか見た薬物中毒者の注射痕を思い出させるようなブツブツした紫色。シーツからはみ出た足も、隅々まで紫に変色してた。
…ヤベエ。マジで幽霊じゃん。異世界って怖い。えっと、どうすんねん、こんなんどないしたらええねん。見なかった事にしてシロクマと逃げたい。でも視線がバッチリ合っちゃった。助けて。呪い殺される。隈が濃く浮き上がって、半目の赤い瞳がスゲー怖い。…え。
「──赤い瞳?…紅の、白猫?」
「…それで呼ばないで、下さい…。」
当たった。
「え、マジかー…。」
例の手紙の主。こんなところで幽霊となっていたとは。あ!俺、幽霊相手にも子どものフリすべき?あー…どうしようかな…。でも会話できるんだし、今ならまだ誤魔化せるし…。秘密って知る人の数だけばれやすくなるし。うし、決めた。隠す。
不意にシロクマがシャラリと分裂して、いつものひし形になって俺の周りに広がった。
「それは…聖霊、ケホ、です?」
「うん。シロクマっていうの。」
「聖霊…使い…。では…まだ、カムカム…には。」
「違うよ。」
聖霊使いだとカムカムじゃねーの?分かった。死んだら死体食われちゃうから、聖霊使いならとりあえず生きてるってことになるんだ。
「…そ、うですか…。君…名前、は?」
「ユウだよ。くれな…セビールちゃんは、ここで死んじゃったの?」
幽霊と会話という貴重な体験を、無駄にしてはいけない。もしかすっと彼女は、カムカムに対する有効手段を知っていた可能性もある。
「あは…。死んじゃって、たら…話せない、でしょう…。」
「…えっ?生きてたの!」
そんな顔色で!?白というより青いけど!やっべ、呑気に話してる場合じゃないじゃん!
「シロクマ!水!」
シャンッ。
シロクマの約半数が急いで川の方に向かっていく。でも明らかに鉄分足りないよな、どうしよう。えーひょっとしてカムカムに捕まってずっと血ぃ吸われてたの?うーわ…よく生きてたな。鉄分…鉄分なぁ。あ。
「あと熊!」
シャ…シャン。
一瞬動きが止まった気がするが、残ってた内の一つが熊に向かった。
「…くま?」
セビールちゃんが呟いた。
「うん、熊。下半身しかないし、血抜きしてないけど。」
「…は?」
シャラララ。
早くもシロクマボウルバージョンが帰ってきた。そのままセビールちゃんの許に行こうとって、おいおい待て。ボウルのへりを掴んで止め、顔を寄せる。
「シロクマ、消毒しないと…。」
流石シロクマだ。もう俺が言い始める前から色が変わって、川の水を沸騰させている。顔に熱気が来て暑い。すぐに手ぇ離して良かった。火傷するとこだった。
シャラン。
後ろから熊の下半身が届いた。ついでに肉の焼ける匂いも届いた。あれ、この温度調整って連動してんの?
「冷ましてから、セビールちゃんに飲ませたげて。」
まだすこし桜色のシロクマボウルに指示して、熊に向き直る。
「…おぅ。」
グロい。虫が至るところにくっついてうごめいていた。細かく見るのは辛いんで、そっと目を逸らす。え、でも持ってきたシロクマは?どこにいた?…しょうがなくもう一度見ると、シロクマの一部がヘソの辺りに針状になってぶっ刺さってる。そこから浮かして持ってきたみたいだ。うーん。どうにか調理して食べさせようかと思ったんだけど、食中毒で止めを刺す可能性が高いな。
「…ごめん。せっかく持ってきて貰ったけど、やっぱり使わないや。元の場所に──「まっ…て、くだ、さい。使える、かも…しれま、せん。」
セビールちゃんが言った。振り返ると、シロクマから水をもらってる最中だった。まだ湯気もたってるのに。猫耳のくせして猫舌ではないらしい。俺は猫舌なのに。謎に負けた気分だ。
「んく、ふぅ…。助かりました。ユウダヨ君。」
「え、誰。ボクの名前はユ、ウ。ダヨは要らないよ。」
「ではユウ君、その熊を二つに裂いて下さい。」
裂いて下さい…?聞き間違えたか?
「裂かなくても、胃袋を無傷で取り出せれば、なんでも構いません。」
「な、なんで?」
「こういった、大型の肉食獣は、亜獣も食べるんです。亜獣と言っても、小物ですが、ごく稀に、ケホ、消化できなかった、煌石…、ケホ、煌石が、胃袋に溜まっている事があるんです。その、熊には、ハエがいませんよね。ハエ、は、どうしてか、煌を嫌って近づかない…ん、です。」
「そうなんだ。お水もう一杯いる?」
「ええ…。」
シャラララ。
シロクマがもう一度水を汲みに行く。…残りのシロクマに、熊の解体を頼んでみるか。
「シロクマ、一回落として、両足持って逆さに吊ってくれない?」
シャラン。ドサッ。シャン。
俺の周りに浮いてたシロクマが二つ、熊に向かう。スッと紐状に細く延び、熊の足首に巻きついた。……聖霊の形変わんの、制限あるんじゃなかった?聞きたいけど…セビールちゃんいるんだよなあ。後にするか。
「そのまま二つに裂ける?」
…無理か?シロクマにどんだけ力があるのか分からねえ。無理させてシロクマが割れたりしたら嫌だし、別の方法を…裂いてる。裂けてる。力強いなシロクマ。
「ねえ、シロクマ…ひょっとして、もしかして、実はさ、あの時…アークノルドとシャロッツ持ち上げられた?」
俺の横にいたひし形が、上下した。ああああああああ。うわあああああああああ。マジで。マジでか。…あいつら、無事かな。だ、大丈夫だよな、きっと。後悔してもしょうがない!次に活かそう、うん。
ボチョボチョ虫とか中身が落ちてる死体を見つめる、セビールちゃんに尋ねる。
「どれが胃袋?」
「多分、一番下の物だと、思うんです。」
かなり汚れたシロクマが足首を離して、セビールちゃんの指示に従う。ヘソの辺りを刺してたシロクマはこっちに戻ってこようとしたけど、いやちょっと待って。
「シロクマ、ストップ。ごめん。川で洗ってから戻って。」
シロクマはひし形になって、スーッと川に飛んでいった。入れ違いにボウルバージョンが帰ってくる。今度は煮沸を忘れなかった。しかし、瞬間急騰だな。一家に一台欲しい性能じゃない?これ。
「それです、胃袋。割ってみて、下さい。」
「これ?えい。」
シロクマが艶やかな臓器を掲げる。下にビロビロくっついてるけど、これ腸?シロクマにだけさせるのも可哀想なんで、近づいてグニっと割ってみた。意外と柔い。そして汚ねえ。臭ッ。あ、これじゃね?この黒い石。シロクマみたいにツルッとしてる、ゴツゴツした黒曜石らしきものをセビールちゃんに見せる。
「それですけどそのまま持って来ないで川で洗って来てというかあなたも臭いので寄らないで洗って来て下さい。」
「…そんな嫌がらなくても。」
息もつかずに一呼吸で言いきった。割りと元気だね?
シロクマに熊の残骸をポイさせて、スケボーで川に向かった。ん?そういえば雨、止んだな。やっとか。川の水嵩増してる。気ぃつけねーと。
慎重に手を洗って、シロクマは水に潜らせる。あ、ヤバい。臭い取れない。石鹸欲しい。しばらく手を擦って、煌石?も洗って、セビールちゃんのとこに戻った。セビールちゃんはしんどそうに目を閉じて、猫耳をピクピクさせていた。水は飲み終わったらしい。
「ねえ、セビールちゃん。ボクね、お兄ちゃん達置いてきちゃったから、戻らなきゃいけないの。でもセビールちゃんも心配だから、セビールちゃんはお隣の村とかに送って──「あはははっ。お隣の村ですか?…この辺りにある村は、ジャバラッカ村、ツッカグ村、ランポッカ村の三つです。ぜーんぶカムカムになっちゃってます。街の方はわかりませんが、街までここから歩いてニ日はかかりますよ。」
「…ウッソォ。」
何それ。
持っていた煌石が、ゴトリと手から滑り落ちた。
ジャバラッカ編、まだ続きます。
進まない…終わらない…。
これ最初の村なんですけど…。




