なーんか…気になるな?
主人公目線です。
朝ご飯は、ふかした小豆色の…なんだろう。芋餅に似た、俵形の…。ええい、聞いちゃえ。
「ねえ?これ、なあに?」
「うん?ミョッキのことかい。昨日のご飯にも、ピンクのお豆が入ってただろう?あれを潰して、水とかと一緒に練るんだよ。一晩寝かせて、表面を炙って出来上がりがそれ、ミョッキさ。」
「へえー!」
モグモグ。うまい。あれだな、パンとかおにぎりの代わりなんだろうな。
ミョッキの他に、緑色のペーストが入った小鉢がある。シャロッツを見ると、ミョッキにペーストを塗って食べてる。あぁ、そうやって食べるのね。スプーンで掬うと、想像よりもったりしてた。たっぷり盛りつけて、がぶっと頬張る。…塩辛!えぐみがあって、どこか生臭い。たっぷり付けちゃったよ、正直まずい。うわあ、欲張るとろくなことにならねえな…。油断してたわ。…あれ?もしかして、いや、まさか…これ、一人に一つ配膳されてるってことは食べきらなくちゃいけない、のか?!おい…誰か嘘だと言ってくれ!
見回すとアークノルドと目が合った。
「ユウ…お前、これ気に入ったのか?オレの分もやるよ。」
ふざけんなボケェ!お前もこれまずかったんだな!俺に押しつけようとすんなや‼
「んーん、ボクこれキライ。お兄ちゃん、食べてー。」
しょんぼりしながら小鉢を追いやる。アークノルドの半笑いがひきつった。ふ、勝ったな。
「こら、好き嫌いは駄目だよ、ユウ君。せっかく奥さんが心を込めて作ってくれたんだから、ちゃんと残さず食べようね。」
シャロッツ…!?お前…お前、マジか!ふおおおおおおお‼勝ったと思ったのに!うう、食えば良いんだろ、食えば…。
「はあーい…。」
アークノルド?何お前勝ち誇っちゃってるの?お前も食べるんだよ?結局量変わってないからな?
「ふぁっふぁっふぁ。気にせんでよい。ワダもこれが苦手でなぁ、若い頃はよく残しとったよ。」
昨日、ショッキングな別れをしたじいさんだが、朝来たら普通に食卓についてた。大丈夫か?このじいさん。本人曰く、寝たら治ったそうだ。いやー、もう歳だし、無理しない方がいいよじいさん。ポックリ死んじゃうよ。ホントに仏様になっちゃうよ?
「ううん、ボク残さないでちゃんと食べるよ!」
小鉢を持って、行儀悪く掻き込む。う、まずい。鼻から生臭さが抜けて、軽く吐き気が…。しかもこれ、生ぬるい。まずい…本気でまずい。どうにかやっつけたけど、もう食いたくねえな。おばさん、すまん。全部食いきって、水をがぶ飲みした。
アークノルドが追い詰められた顔で小鉢を睨んでるのを横目に、苦笑いのおばさんに話を振る。
「…ねえ。コーポムおねーちゃんは?ご飯食べないの?」
またしてもコーポムがいないのだ。一人で絶食でもしてるんだろうか。あと旦那さん。こっちは生存すら謎だ。でも空気を読める俺は、取り敢えず知ってるコーポムのことだけ聞いた。息子の時みたいなやぶ蛇はご免だからな。
「ああ、気にしないどくれ。それよりホラ、水のおかわりいるかい?」
「欲しい!」
スルーされた。気になるから訊いたのに。
…なーんか、引っかかるんだよなあ。気のせいか?
「村長さん。二日もただでご厚意に甘えるのは申し訳ないので、何かお手伝いできることってありませんか?」
シャロッツが言った。まあ、暇だしなー。ミョッキを頬張る。
「そりゃあ、ありがたい。では遠慮なく、貯水槽の修理でも任せようかのお。」
「ボクも!ボクもお手伝いするよ!」
「そうかい、いい子だねえ。じゃあおばちゃんと一緒に繕い物でもしてもらおうかね。針は使えるかい?」
「出来るー!」
アークノルドがしかめっ面で小鉢を片付けつつ、話に入る。
「…なら、オレはシャロッツの手伝いでもしよう。」
「そうか、そうか。ふぁ、ちょうど飯も終わったようだの。貯水槽の、詳しいことはコーポムに聞いてくれ。おぉーい、コーポム!」
「あらやだ。じいちゃん、そんな大きい声出して…。また咳き込んだらどうすんだい。今度こそおっちんじまうよ。」
おばさんが結構本気で心配そうにじいさんを叱る。大声出したくらいで大げさだな…あ。例の息子のこと引きずってんのか。
じいさんはおばさんにニッカリ笑って見せた。俺には、それがおばさんを気遣ってるように見えた。
「なあに、心配し過ぎだて。ほれ、いいからおまえも仕事をしせんか。」
「おねーちゃん、笑ってる方が可愛いよ?ねえねえ、早くチクチクしに行こ!ボクももう食べ終わったよ。」
しんみりした空気は苦手だ。笑って食器を片す。
…チクチクは、ちょっとやり過ぎたか?自爆した、自分がキモい…。だがおばさんには効いたらしい。すげえ笑顔になった。
「ハハハ!ありがとうねえ。ユウ君、あんたウチの子にならないかい?」
「お兄ちゃんも一緒?」
「ブッ!」
「わ、アークノルド汚い!すみません、布巾ありますか。」
「アハハハハ!ほら、どうぞ。お兄ちゃんは嫌そうだから、一緒は無理だね!」
「ふぁっふぁっふぁ。お兄ちゃんは嫌か。ふぁっふぁっふぁふぁっふぁっふぁ。」
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…そんなやりとりがあったはずなんだが。
俺は一人、部屋でベッドに寝転がっていた。
いや、頑張ったんだけどね?いちいち針を指に刺して段々布を血だらけにしてるのを、おばさんが見て。ちょっと止まってわーっと大声出して、むしろ手伝うなって部屋に放り込まれた。出来るんじゃなかったのかい!?って聞かれたけど、良く見ろって、汚れてわかりづらいがちゃんと縫えてるんだよ。俺の女子力を舐めるなよ?ちょっと指の皮巻き込んでるけど、ニミリの等間隔で綺麗っしょ?というような思いを凝縮させて、出来てるよ!って言ったが怒られて終わった。見る目無いな、おばさん。
で、まあ、つまり。暇だ。することが何も無い。この世界について聞きたいことならいくらでもあるんだが、聞く相手もいない。雨粒でも数えてみようか。どこからどこまで。面倒臭い…始める前に飽きたし。
シャラ…。
不意にシロクマが影から出てきた。
「あぁ!お前がいたか!」
シロクマはひし形に連なって、俺の周りをリズムよくクルクル回る。昨日ぶりー!お前の衝撃的な事実をアークノルドに聞かされて、ショックだったの思い出したわー!
「…ん?でも確かシロクマ…。ビーム出せたよな。あれは聖霊として一般的な機能なのか?」
呟くような独り言だったんだが、シロクマは律儀に返事をしてきた。クルクル回るのをやめて、顔の近くにあるひし形の一つが、自分にぶつからないように左右に動く。え?一般的じゃないの。え?ホントに?
「シロクマの特殊能力ってことか?」
上下。
「マジ?!凄いじゃんシロクマ!」
感動で、つい動いてたシロクマを両手で鷲掴みにしてしまった。おー、ツルツル。何か俺の手垢とか指紋着きそうだな。じっくり観察しながら撫で心地を楽しんでると、シロクマがゆっくり桜色に染まって…。
「あっつ!そしてデジャヴ!ごめんごめん、嫌だったか。」
勢いよくシロクマを手放す。初めて水貰った時の煮沸消毒を思い出した。消毒?あ、もしかして俺の手垢とかが気になっちゃった系ですか?マジさーせん、シロクマさん潔癖症だったんですね。俺汚かったですしね。別に傷ついたりしてないですよ。目に埃が入っただけです。
シャララララ。
シロクマさんが、急に全部集まって俺の手のひらにくっつく。え何。ほんのり水色に変わったと思ったら、ひんやりとした冷気が伝わる。
「…冷やしてくれてる?くは、大丈夫だよ。なんだ、びっくりしただけか。嫌われてんのかと思ったわ。」
キンッ。
シロクマが震えた。俺の手も巻き込んで左右に動く。
んー…。なんの否定だ…?あれ?まさか俺、シロクマに嫌われて… いや。これどっちにもとれるな。言葉が交わせないって難しい。あとそろそろ手が寒い。
「シロクマ、もう大丈夫だから。ありがとな。」
シロクマはユルユル俺の手から離れた。シャン、とまた俺の周りに散らばる。
「悪いなー、お前も影にいる間暇だったろ。俺も今暇してんだよね。晴れてたら空でも飛ぶんだがなぁ。雨降ってるし。」
よっと上半身を起こす。
「あ、じゃあシロクマにまた質問していいか?」
上下。
うん、いい考えだ。暇だし。まだシロクマについて分からないことも多い。yes、noで答えられる質問で…あ。
「シロクマってご飯…食べれんの?」
左右。
食べれないんだ。良かった。ご飯あげてないから、もし要るんだったら餓死寸前だった。もっと早く聞くべきだったな。危ねえ。でもそうすっと、シロクマは何を糧に動いてんだ?
「じゃあ何かご飯代わりに要るものってあんの?」
上下。
それはある意味ご飯要るんじゃん!餓死寸前が冗談じゃ済まないじゃんか!
「何が要るんだ?!…あぁこれじゃ答えられねえか──」
シャラ…。
俺にぴったり寄り添うシロクマ。
……。
………。
……………俺?
「えー…っと。ちょっと待て。……俺?俺がお前のご飯なの?」
上下。
………うわぁ。そういや、俺が死んだらシロクマが死体を喰うって…お兄ちゃんが言ってたねー…。
「うん…。それって、その、毎回どのくらい必要なの…?」
え、俺、じわじわ体無くなっちゃう感じ?長生きどころか普通の日常さえも送れる気がしねえ…。髪の毛じゃ駄目?
シロクマは困ったように左右に動いた。
…分からん。シロクマが何を伝えたいのかさっぱり分からない。っていうか、シャロッツも聖霊使い?なんだよな。じゃああいつに聞けば分かんじゃね?
「うん、よし。シャロッツの邪魔しに行くか。元はと言えば説明が足りなかったあいつが悪いし。シロクマ、ちょっと待っててな。」
ベッドから立ち上がりつつ言うと、シロクマは大人しく影に入った。お腹空いたよな、ごめん。よく考えたらシャロッツ五体満足だし、何か別にあげるものがあるんだよな、きっと。急いで走り出そうとして、床板がずれて滑る。
「っと、危ね。」
咄嗟に両手をついて、なんとか転ばずに済んだ。
あ。今ので思い出した。懐に隠した、昨日の布切れ。…あ~でも、それも気になるけど、とりあえずシロクマのご飯聞きに行かなきゃ。
床板を戻して、部屋を出る。貯水槽ってどこにあんのかな。一階なのは分かるんだが。階段を下りて食堂を覗く。じいさんが台所で包丁、いや小刀?を研いでた。
「おじいちゃん、シャロ兄ちゃんどこにいるかな?」
「ユウ君か。まだ、貯水槽のとこに居るんじゃないかね。貯水槽は家の裏だ。一回外に出て、回れば会えるだろうて。」
「ありがとー!」
わざと音を立てて子どもっぽく走る。玄関から外に出て、右から裏に回った。屋根が張り出してるお陰で雨には当たらない。でも足許はぬかるんでベッチョベチョだ。そして今まで気にして無かったが、俺裸足。玄関でちょっと靴ないかなって思ったんだけど、思い返すとここの人達、家でも靴履いてるんだよね。おばさん、どうせなら靴も下さいよ。走ると泥が跳ねるから歩いて、角を曲がる。誰も見てないんだし、シロクマにスケボーで乗せて貰えば良かった。もう一個角を曲がって、シャロッツとアークノルドを見つける。歩きながら、手を振った。
「シャロ兄ちゃーん!」
雨音に負けないよう、大声で呼びかける。シャロッツと、呼んでないのにアークノルドも振り返った。近くまで寄る。
ほー、これが貯水槽か。大きい樽みたいだな。高さが…大体二.五メートルくらいかな。修理って何すんだろ。上蓋を外して、梯子に登ったアークノルドが中を覗き込んでたみたいだった。下にいたシャロッツが俺に向き合う。
「どうしたの?」
「あのね、…聖霊って何食べるの?」
直球で聞く。シャロッツはきょとんとして、納得したように笑った。うん、怖い。ヤクザのきょとんとか、見たくなかった。
「あぁ、そっか。言ってなかったね。聖霊は契約主の魔力を食べるんだよ。契約者と聖霊は繋がってるから、お腹空いたり、力を出す時に勝手に食べちゃうんだ。だから気にしなくて大丈夫だよ。」
「そういう…。ありがとう。」
「どういたしまして。他に、聞きたいことあるかな?」
魔力な。俺にもあったのか。ファンタジーならではだった。他に聞きたいこと。おう、また忘れるとこだった。俺は懐から布をだして、広げた。多分文字が書いてあると思うんだが、やっぱり字までは読めなかった。角が無い、クチャクチャした文字だった。シャロッツが、俺が出した布を不思議そうに見てる。俺はシャロッツに布を示した。
「これ、なんて書いてあるの?」
「どうしたの、これ。」
「分かんない。から読んだら分かるかなって。」
シャロッツに布を渡すと、シャロッツはそれをクルリと九十度回して読み始めた。あ、まず角度が違ったのね。どっちにしろ俺には読めんが。アークノルドが梯子から降りて、こっちに来る。
「針仕事はどうした。逃げてきたのか?」
「そんな訳ないじゃん!おねーちゃんに追い出されたの!」
「…何をした。」
「縫い物。」
アークノルドは呆れた感じで俺を見てたが、ふと俺の手を見て表情が変わった。
「おい、お前手え見せてみろ。」
「ん?はい。」
血が止まってるから大して目立たないんだが、よく気付いたな。アークノルドはボロくなった俺の右手人差し指を凝視した。
「縫い物でここまで怪我するか、普通。ユウ、痛みは。」
「あんまり。」
「バカが。おい、シャロッツ。オレは一旦これの手当てに…どうした?」
アークノルドの声に、シャロッツを見る。シャロッツは銃撃戦の最中のヤクザみたいな、険しい顔をしていた。夢に出てきたらどうしてくれる。
前回までアークロルドだったのを、アークノルドに改名しました。失礼いたしました。