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約束

しつこい表現があります。苦手な方はご注意ください。


 新興住宅地から少し離れた場所に、築20年の一軒家がひっそりと建っていた。

 さほど広くないリビングのソファーには、一組の夫婦が緊張した面持ちで座っている。

 二人の前にあるローテーブルの上には、夫の前に1セット、妻の前に1セット、コップに入った水と何かの錠剤がそれぞれ準備された状態だ。


「本当にいいんだな?」

「もちろんよ。あなたこそ大丈夫なの? ちゃんと死にきれなかったら犯罪者になるかもよ?」


 妻の凛が疑うように質問したのに対して、バカにするなと鋭く答える夫の祐樹。それを受けて凛は静かに微笑んだ。


「あとは計画通りに二人でこの薬を飲むだけだ」

「そうね。――ねえ。どうせ死ぬんだし貴方の持っている一番高いお酒で飲みましょうよ」


 しばらく考えた祐樹は、それもそうだなと言って立ち上がり、隣室に消えた。

 程なくして高級ブランデーとグラスを持った祐樹が戻って来る。

 祐樹から酒とグラスを受け取った凛は手早く2人分の水割りを作った。


「じゃーお互いの死に乾杯だ」

「乾杯」


 澄んだ音を響かせてグラスを合わせた二人は、それぞれに錠剤を口に含み高級酒で流し込んだ。

 今回のために特別に用意したその錠剤は遅効性の酵素毒で、高い致死性を持つわりには、死後でも体内で分解される優れものなのだ。


「今まで本当に苦労をかけたな。俺がしっかりしていればこんな結末にはならなかったのに。この通りだ。悪かった」


 祐樹は酒の勢いもあってか、凛に対して頭を下げて謝罪した。


「もういいわよ。今更謝ったってどうしようもないでしょ?」


 二人はしばらくの間これまでの人生について語り合い、心中とは思えないほど穏やかな時間を過ごした。

 やがて二人ともほぼ同時に、眠るように亡くなった。



 ……。


 …………。


 ………………。


 はずだった。



 たっぷり5分は狸寝入りをした後に、凛がのっそりと起き上がり、すぐさま旦那である祐樹の呼吸が止まっているのを確認した。


「あっはっはっは。ほんっとバカな男。なんであたしが、あんたなんかと心中しなきゃいけないのよ」


 凛は祐樹に酒を取りに行かせている間に錠剤を無害な物にすり替えていたのだ。


「これで各種保険金は私の物よ! 贅沢しまくってやるー!」


 ハイになっている上に酒も入っている。

 声を上げてはしゃぐ凛であったが、誰一人として聞く者はいない。



 ……。


 …………。


 ………………。


 はずだった。



 誰も返事をするはずのない凛に対して答える者があった。


「やっぱりお前はそういう奴だよ」


 ぎょっとして振り返った凛の前で死んだはずの旦那が体を起こしていた。


「あなた! どうして生きてるの!」


 ヒステリックな叫びに祐樹がめんどくさそうに答える。


「お前が酒を飲みたいって言った時には、大体予想はついてたよ」

「きぃぃいい!」


 取り乱した凛が祐樹に飛び掛かり、肉弾戦の火蓋が切って落とされる。



 ……。


 …………。


 ………………。


 はずだった。



 ましらの如く飛び掛かろうとした凛は不意に足元から崩れ落ちた。


「お前の使ったグラスになー、例の錠剤を砕いて粉にした物を入れておいたんだ。すまんな、悪く思うなよ」

「うぅー。 許さない、絶対に……許さない! あなたを、今晩、必ず……殺、す……」


 凛は恐ろしい顔で祐樹を睨みながら息を引き取った。


「ふふ。ふははは。ぶわーはっはっはっはっはー」


 祐樹は堪えきれない様子で笑い始めた。

 体内で分解されて自然死にしか見えない毒である。

 保険金は間違いなく支払われて、借金も返済できるし余った金で豪遊もできるのだ。

 笑いたくなるのも仕方のない事だろう。

 祐樹は凛の死体をそのままにして、寝室に行き高級ブランデーを楽しみつつ、バラ色の将来を夢見ながら眠りについた。



 ……。


 …………。


 ………………。


 はずだった。



 翌朝、消防士による必死の放水も虚しく、とある一軒家が全焼した。

 屋内には寝室で男性の遺体と、リビングで女性の遺体が発見された。

 火の気のない所から出火している事から、警察は放火と断定し、犯人逮捕に向けて捜査が開始された。



 ……。


 …………。


 ………………。



 だが……。



 放火の犯人を捕まえる事は不可能なのだ。

 なぜなら、証拠を残さずに燃え尽きるタイマー式発火装置を仕掛けていたのは、リビングで死んだ凛だったのだから。

 彼女は夫の死亡保険金と共に火災保険の金もせしめる予定だったのだ。


 こうして約束通り、夫婦は心中を遂げたのであった。


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