78 いろいろと
テーブルに広げられた品の良い羊皮紙。
書かれている数字を何度見直しても、億の桁が並んでいる。
思い返せば、黒き城でサーシャからレベルの上限を上げてもらった時、料金的なものを払う約束をしたような気はする。
でも、1億はないだろ。ボッタクリだろ、どの辺がサービスされてんだあのアホ巫女め。
1回のクエスト報酬でパーティが稼げるゴールドは平均5000ゴルードくらい。
つまり何回だ……2回で1万、10倍で10万の20回。つーことは、200回で100万、2000回で1000万。
クエスト2万回こなして、やっと1億に届く……日に1回はクエストクリアして、返済に何年かかんだこれ……。
食事もそこそこにテーブルにつく仲間達は、ゴールドの返済にあたり一生懸命悩み打開策を話し合う。
納得できない請求だけど、俺が原因で持ち込んでしまった借金なのに、彼女達(混ざり者もいるが)は自分のことのようにして頭を痛める。
皆への申し訳なさと感謝、そしてサーシャへの憎しみが湧く中、なんだかんだ俺に辛辣なユアでさえ、親身になって悩んでくれるのは一緒で。
「ねえねえ、カレン。ジュドラ何回? 何回狩れば1億になるの?」
「今は知らない方が、ユアのためですよ」
「サーシャさんからの請求がギルドを通してのものですから、どちらにしても一度、ギルドへ問い合わせてはみるべきですよね」
テーブルに打っ伏すユアに、気遣うカレンに、冷静なアッキー。
そうなんだよね……どこの誰から知恵をつけられたか知らんが、サーシャ個人からとギルドからの請求では意味合いに雲泥の差がある。
仮にサーシャ個人からの一億を無視したところで、俺の人としての何かが軽くチクリと痛む程度だが、それがギルドとなると十中八九、制裁が待っているだろう。
予想としては職の剥奪、俺の野良生活かな。
「カレン~。宝石ちゃんの他に、もっと稼げそうなお金持ちのモンスターとか知らない?」
ルーヴァとの一件がそれなりに気になるノブエさんが言う。
ぬう……この流れは非常に危険だ。
たとえお金持ちモンスターがいたとしても、今の俺じゃあ……な。
「『ヴェルへニムドラゴン』とか、オテテゴロゴロのモンスターにゃ」
俺にはやたら強そうなお名前に聞こえた初耳ドラゴン。
「ルーヴァ、全然お手頃ではありません。ヴェルへニム狩りは高レベルかつ熟練の冒険者向けのクエストです。ユアもノブエさんもまだ中級レベルを超えた辺りになりますから、かなり難易度の高い相手です」
「でも、お金持ちなんだよね? そのヴェルドラ」
と、ユア。
やめろやめろ、無理だって変な気は起こすな。
「いいかユア、人には身分相応というものがあってだな」
「ねえ、ヴェルドラってジュドラよりどのくらいお金持ち?」
「ちょ、俺の話シカトすんなっ」
金に目が眩む褐色少女の視線が、カレンから俺へ向く。
「別にダイジョブっしょ。ウチのパーティには魔王を倒した英雄様がいるんだし。信じられないけど、あんたレベル200超えてんでしょ?」
「ぬがふっ」
キョドって奇声で返してしまう。
やっぱそうきたか。
このままルーヴァのパーティにずっといるってわけにはいかないし、いずれバレることではあったんだが。
「カレン……魔王を倒した後の俺のことは、ユアに話してないだよね……」
話しそびれていました、との返事。
まあ、ユアの反応からして、そうなんだろうけど。
「ねえ、まだなんかヤラかしてんの、あんた」
「……怒らないで聞いてくれる?」
「へー、ウチが怒るようなことをヤラかしたんだー」
本日のユアは、いつだってご機嫌斜めのようである。
久しぶりに帰って来たんだから、もうちょっと優しくしてやってもいいんじゃない――って誰も言わないから自分で言うけど。
「俺はレベルの上限を上げまくって、究極魔法で魔王を討ち滅ぼしました。それで、この時使った魔法がかなり特殊でさ。生命力を使用するんだな」
「ふーん。生命力って何?」
「HPとかSPとか……レベルとか」
もじもじとして訴えるような目でユアを見つめる。
「使ってから気づいたんだよね。まさかレベルまで消費するとは思わないじゃん。生命力って言ったらHPだろ普通」
「能書きはいいから、イッサはウチに何が言いたいの」
「魔法使っちゃったら、レベル1になってました俺です」
俺の言葉を耳にした険しい顔のユアは、俺ではなくカレンに『マジ?』と聞いて、こくりと頷き返されると、酒場の天井を仰ぎ見た。
「うーん、数週間前の俺を見るようだ」
いやあ、あの時はショックだった。
レベル『217』がどんだけ目を擦ろうとも『1』だったからな。
今は、この世界で生命力といったら、レベルもそうだよなって妙な説得力もあるし、一撃滅殺のあのアルテラスノヴァの威力を考えると、全レベルの消耗くらいの代償はあるのかなーと、こちらも納得してしまっている。
それでも、レベル1に戻されたのは不要のおまけではあった。
しかしまあ、俺には特性スキルの『子供の成長期』があるし、ステータス振りをやり直せると考えれば、そう悪いものでもない気はする。
「もう――」
ぐいん、とユアの顔がテーブルへ戻ってくる。
「バカバカバカバカバカバカッサ。1億借金を抱えたあげく、レベル1の冒険者ってどんだけバカなのよっ」
「待て待て、1じゃねーから。魔王の経験値とかで、今俺レベル10はあるぞ」
「何、レベル10で威張ってんのよっ。10でヴェルドラ倒せる? ジュドラもムリじゃんっ。そんなこともわからないバカなの。ねえ、脳みそもレベル1になったのあんた」
「ひでえ。そこまで言わなくてもいいだろっ。俺だってなりたくてなったわけじゃねーんだし」
「まあまあ、イッサ。それにユアも」
「1億どうすんのよ」
間に入るカレン越しに問われる。いや責められる。
「ええと……カ、カジノとかどうだろう?」
「………………ダメに決まってんじゃない」
「ユア今お前、『あ、それいいかも』って思ったよな。その間だったよな」
「思ってなーいっ。ウチとあんたを一緒にしないでくれるかな。ユアちゃんのオツムはバカじゃないの」
「いやー、案外手間取るかなと思っていたけど、君達が騒いでいてくれたお陰で早々に見つけられたよ」
俺達のテーブルにハキハキと、今までなかった声音が突如混ざる。
ぴたりと止む俺とユアの口論。
「酒場とはいつの時代も出会いの場所なんだねと、お姉さん身を持って知ってしまいました」
皆が見る先では、学者っぽい装いの金髪白衣の女性がにこにこして佇む。
この人――トーワさんだったか。あの変な場所であった変な女の人っ。
目が合ったと思えば、青い視線は俺から別のところへ。
「トワ、姉さん」
一言、ノブエさんが驚いたようにして漏らせば、止まっていた騒ぎがまた動き出す。
「ねねねね、姉さん!? この人が、ノブエさんのお姉さん!?」
交互に二人を見たり、中には全然似てないにゃーとか率直な意見も飛び交ったが、総じてこの席は驚きに包まれる。
「賑やかな人達だね。ノブくん、元気にしていたかい。お姉ちゃん来ちゃったぞお」
ノブエさんよりは全然若く見えるお姉さんが、楽しそうにひらひら手を振る。




