77 帰ってきた魔法使い
◇ ◇ ◇
さんさんと降り注ぐ陽射しに、懐かしく香るはザイルの香り。
時刻は昼を回ろうとしていたので、街へ到着してすぐ、俺、カレン、ルーヴァ、アッキーの一行は酒場へ向かった。
大半は砂地しか見せるものがないザイルの宿場町も、初の訪れとなるルーヴァとアッキーの目には物珍しく映っている様子だった。
魔王討伐後、特に次の目的も決まっていないので観光気分で同行している二人。
ザイルは俺の故郷ってわけじゃないけれど、この地に興味を示してくれるのはなんだか嬉しい。
そんな旅行者を、勝手を知る俺やカレンが迷子にならないように案内する。
んで、近道でも使おうかと、通りに入ったらばったり出くわす。
クエストの帰りだったのか、一仕事終えた様子で『腹減ったー』とお腹を擦る職業盗賊と、『もうすぐアバンチュールな季節の到来だし、精がつくものがいいわよねん』と受け答えする職業僧侶の二人組。
真夏の太陽が似合いそうな小娘と、トラック野郎が似合いそうな角刈り乙女へ声を掛けるまでもなく、ユアはこちらに気づけば、飛びつくような勢いで駆け出してきた。
絵に書いたようにありきたりだが、久しぶりの感動的な再開シーンだな。
「よ、ひさし……ぶり」
健康的な小麦色の肌を惜しみなく魅せつけるユアは、両腕を広げていた俺の胸の中に――は目もくれず、傍のカレンへダイブ。
ぐるんと回って着地。
きゃっきゃと跳ねる黄色い声を聞いていると、大きな影が覆い被さった。
「お帰りなさい、イッサ。私~いじらしく、しおらしく待ってたわよ~ん」
ノブエさんから、分厚い胸板の抱擁を頂きました。
んで、感じる温もりをノブエさんの体温から気温の暑さへと変えてすぐ、
「帰ってくるの遅過ぎなんですけれどー」
と、少しばかりの期限オーバーに機嫌を悪くするユアに迎えられた。
だから俺は、まあまあと言って、積もる話もあるからサクっと酒場へ行こうぜ、と提案する。
ほら、人間腹減ってるとイライラしちゃうからね。
ところが、だ。
腹減ってるとか言ってたくせに、ユアはクエストの荷物も置きたいし水浴びもしたいとのことで、一度宿へ戻ってから合流したいと言い出す。
いつも水浴びとかしねーじゃん、と水だけに水を差したのがいけなかったのか、『知らない人もいるからっ』とぷいっと言われ足を蹴られた俺。
「一緒する相手が、男とかなら分かるけどさ……」
ルーヴァと見た目は乙女のアッキーとの同じ女子同士なんだから、別に身奇麗にする必要なくない?
それともあれなのか。
初めて会う女の子とは、お風呂に入ってから食事するのがマナーだったりするの? 女子ってそういうものなの?
「んもう、相変わらず女心に疎いわね~。相手が同じ女だから綺麗にしときたいのに~。汚いままで比べられたくないのよ。あの二人可愛いし~」
それだけ言い残すと、ノブエさんはどすどす先ゆくユアの背中を追いかけた。
「はて」
確かにルーヴァもアッキーも可愛いけれど、ユアも十分可愛いのに。てか、普段自分から、ウチ可愛いウチ可愛いって自慢気に言ってんじゃねーか。……ノブエさんはいつも、綺麗っすよ……たぶん。
昼食時もあってそこそこの客入りだった酒場。
屈強な冒険者でもたじろぐような強面の店主がいる店であるが、料理が上手くてザイルでは人気のお店。
しかしながら、俺達のいるテーブルの険悪なムードを嫌ってか、周りはちらほら空席がある。
料理が端へ寄せられたテーブルの真ん中には、バンと広げられた書簡が乗る。
その書簡を宿屋で受け取った、対面に座るユア。
伏目がちで呆れたものでも見るような眼差しは、その呆れられた側である俺へと注がれている。
「ザイルに戻ってくるなり、なんなんですかー、これ」
「さあ……なんなんでしょうね……」
とんとんと人差し指で叩かれる手紙はギルドからのもので、内容はざっくり請求書。
サービス料金とかの文字が踊っていたが、その額――。
「1億ゴールドって何。どうしたら1億も借金ができるんですかー。イッサ被告、ユア裁判長に簡潔にお応え下さい」
「あのアホ巫女のサインがあるから、俺の上限突破の代金だというのは、なんとなく分かるんだけど……さ。それにしても、なんだよ一億って!?」
「イッサはバカなのー。それを今、ウチが聞いてんじゃんっ」
「はい、ユア裁判長。発言よろしいでしょうか」
俺の隣から挙がった右手。
ユアには無駄にノリが良いカレンである。
「どうぞ、カレン弁護人」
「先程も少し話しましたけれど、魔王討伐ではサーシャの力は絶対的に必要でした。ここはイッサを責めるべきではなく、このとてつもない額の請求をどうにか解消できないものか、話し合うべきではないでしょうか」
うん。そうだそうだ。
「例えば、ギルドの作戦過程でのことですので、必要な経費だったと交渉すれば、言葉は悪いですが、踏み倒せる部分もあるかも知れません」
「あのね、カレンの言っていることはよく分かってるの。カレンは正しいし、ギルドの書簡をシカトするわけいかないから、考えなきゃいけないけど、今はなんでこのバカが、あのちびっ子から1億ゴールドもふっかけられてんのよ、ってとこがウチは許せないの。ムカつくの。イッサが舐められてることに、問題があるの」
「あの、ボクもいいでしょうか裁判長さん。カレンさんと同じく、ボクもイッサさんの正当性についてお話があります」
また俺の隣から手が挙がる。
「君はボクっ子かあ。ウチ昔オレっ子だったから、なんだか仲良くしたい感じなんだけどー、もしイッサ被告をかばうつもりなら、ユア裁判長の心象がいちじるしく悪くなりますので、ご注意ください」
「ええと、イッサさん……ユアさんはなんだか手厳しい方のようで……その、弱りましたね」
「だろ。すんげえ厳しい。鬼の手のように厳しい」
「こらそこっ。バカは、許可なく発言しない」
「にゃい。ユアユア。ルーヴァも参加していいにゃか」
アッキーの隣から、にょきっと猫の手が挙がる。
「どうぞ、猫っぽい人」
「にゃ。ノブッチはついてるのかにゃ。それとともついてないのかにゃ?」
ルーヴァのじーと見つめる好奇な目は、ユアの隣のノブエさんに固定されたまま動かない。
「あら、やだ~どうしましょう~。初対面なのに、なかなかエグい子猫ちゃんだわ~。でもお、私嫌いじゃないわよん。そういうの~」
場に漂う微妙な空気に、誰もが口を閉ざした。
裁判ごっこはノブエさん発言を最後に、一時休廷を余儀なくされた。




