75 聖なる祠
大丈夫だよと、俺はカレンの細い腰へ手を回した。
頬の傍には黒くて綺麗な髪。
いい香りがした。
でも、それを口にしてしまうとカレンは怒ってしまうかも知れない。
俺に抱きつく彼女は、きっと『こんな時に』と真顔で答えるだろう。
俺はカレンを泣かせてしまった。仲間に酷く心配を掛けてしまった。
「どこにも、イッサだけがここにいませんでしたから、私はもしかしてと」
「地図画面を開いても、イッサさんの信号がどこにもなくて。ボク……本当に良かったです」
聖なる祠の魔法陣の際では、アッキーも涙を拭う。
本当に、ごめん。
「謝り足りないけれどさ。心配してくれて、ありがとう」
そう気持ちを二人に伝え、転移魔法陣ある壇上から降りようとしたら猫が飛びついて来た。
「今度はルーヴァの番にゃね。イササ、たわわなルーヴァといっぱいハグハグするよろし」
「ちょ、おい、ル――ーばぐえっ」
壇上の階段から転げ落ちた。
地面に仰向けで寝転がれば、俺の顔をのぞく逆さの熊、いやマサさんと、俺達と一緒に魔王と戦った戦友達。
「ま、空気読んで、小言みてーになっちまうから言いたくねーんだけどよ。魔法使いの兄ちゃんのお陰で、俺達も祠送りになっちまった」
「あはは……すんません」
『新極星の天球』は、相当な規格外の威力だったらしい。
魔法は人間には、かなり軽減されてダメージとなるわけだが、あの場にいたほとんどの者が巻き添えで、ここへ送られて来たみたい。皆の衆、すまん。
「俺達の顔にあった刻印の消滅からするに、どうやら魔王は倒せたような気配だが。俺達にはそれを確認する責任がある」
そこまで言うとマサさんは俺を引っ張り起こし、壇上の階段へ。
「野郎どもっ。俺達をこんな場所へ送った憎たらしい魔法使いが帰って来た。つまり、これで全員の顔ぶれが揃ったわけだっ」
熱のこもったマサさんの大声のお陰で、注目の的となる俺。
「今から俺達魔王討伐隊は再び黒き城へ出発する。なあに、ピクニックみてえなもんだ。気を抜くことは許さねえが、気負うことない。ちゃっちゃと仕事を終わらせた後は」
マサさんが俺の腕を取り、ぐいっと引っ張る。
「その後は、俺達の英雄を自慢するために、意気揚々とベネクトリアへ凱旋だ!」
誰かが、俺を呼んだ。
誰もが、俺の名を繰り返し叫んだ。
こうして聖なる祠は、魔王討伐隊が湧き起した歓声の熱だけを残して、俺達を見送ることとなった。




