70 玉座の間へ
『玉座の間』を目指し、先頭に前衛職兼道案内役のカレン、ルーヴァを置き、その後ろにサクラちゃん。次に”落とし穴”の前科モンの俺で、最後尾にしっかりモンのアッキーの序列で駆ける俺達。
現在、特に浮いたり体重が変化しているわけではないが、体が軽い。
モンスターを蹴散らし驀進する俺達は走りっぱなしだ。その上、目的地は上層にある。体力的には楽ではない。
でも、呼吸は軽い。
ひとえに、パーティの一つ空いていた枠に加わって貰った、猟術士サクラちゃんのお陰だ。
きっと俺が、ぜえはあ、ぜえはあ息を荒くしていたのを見兼ねたのだろう。スキルの主な使い道としては、水中での活動を補助するものだとして、パーティに空気を充実させるそれを使ってくれた。
血液が欲している酸素を、スキルが直接体内へ取り込んでくれるようだった。
低いレベルなのに、とっても便利なスキルを使いこなし活躍するサクラちゃん。
俺はそんな少女を、パーティの序列の真ん中に置く――置きたいと皆に提案した。ガッチリこの子を守りたいからだ。
だって、顔には見せない子だけど、レベル30なんだし、絶対不安でしかたがないと思う。
ちょっと前の俺がそうだからさ。
落とし穴直後とか、そりゃあもう、ビビったビビった。誰でもいいから、側にいて欲しい状態だった。
そんなわけで、ただただサクラちゃんを心配しての提案だったのだが、ルーヴァからは『イササはほんと、エロエロになったにゃね』のコメント。
大方、おニャニャの子のお尻を追っかけたいのにゃね、とか思ったんだろな。てか、実際に口にするから、真面目過ぎるカレンは何かに感心したような態度になるし……まったく、余計な誤解が生まれたじゃねーか。
「俺は紳士だあああ」
怒涛の勢いで進む俺達のゴールは近い。
固定されたものに限定される。それは、移動する物質には刻めないってこと。
この黒き城が動く城でなくて良かった。
転陣の有効期間は一日。
十分だ。
転移できるものは、個体の占有や所有の認識の調整によってどうのこうのと教えられたが、魔王が裸で転移されようと関係ない。
送転陣が刻まれる場所に触れた個体が転送される。この事実だけでいい。
対象の大きさも問題ない。
巨人でどうでしょうと悩むほどなら、魔王なんて楽勝で収まる。
発現は瞬間的に行える。
魔王が浮いてもいない限り、即座に足元へ展開して召喚。
俺達もその送転陣へ続き、魔王転移作戦は完了。
「問題は……ない」
ここまで来ているんだ。
魔王転移作戦に盲点があったとしても、もうどうにもできない。
階段の踊り場。気配を殺す俺達。
あとはこの階段と繋がる回廊を抜ければ、その奥に玉座があり、彼の者との対面が叶う。
「イッサの滅殺魔法、期待していますよ」
「あくまでも、すんごいって表現の滅殺だかんね。過度の期待は適度にお願いします」
カレンはふふふ、と笑うその声を漏らすまいと、両手でその口を覆う。
滅殺魔法(俺命名)は間違いなく、俺が使える中では最強魔法なんだろうけれど。
「うーん。『ドラゴニール』だって、炎の槍が汝の敵を瞬殺するであろうとか、効力に記されているけど、一瞬で消滅したのってスライムくらいで、ジュドラとか平気な顔してたっしょ。だから」
「はい、はい、それ二度目ですよ。イッサはもう少し、自分の力に自信を持ってください。……少し見ないうちに、だいぶ頼もしい人になったな、そうサクラさんの時に感心していた事が、台無しになりますよ」
「そうです。今やイッサさんは世界最高峰の冒険者であり、滅殺の魔道士なんですから」
「アッキー、冷やかしてるよね、滅殺の魔道士とかそれ、絶対冷やかしてるよね!?」
ちょっとカッコいいかも、と思ってしまった通り名ではあるけど。
いえいえと、こちらも白い歯をこぼす傍らでは、一番俺を弄びそうなルーヴァ……が、精悍な顔つき。
仰向くそこへ、俺は声を掛ける。
「心配にゃいね。復讐心に囚われて、自分を見失うなんてダサダサしないにゃ。ルーヴァは自制心旺盛の猫にゃね。魔王にゃんかに発情しないのにゃ」
「そのフラグちゃんと折ってくれよ。あとで好きなだけ、ボコボコにしていいからさ」
『玉座の間』では、魔王の召喚が目的。
「じゃあ、皆。そしてサクラちゃん。覚悟はいいかい」
問うまでもなく、確かめるまでもなく。
薄気味悪く、陽の光が恋しくなる魔王城――。
しかしながら、俺達は道を照らす明かりを必要としない。皆の瞳に宿る灯火が一段と強まるのだから。
威厳なのか、傲慢なのか。
魔族の王、そのあり様からどちらでもいいようなので、俺が思うべきは対峙できたことを喜ぶだけ。
留守だけは、勘弁して欲しかったからな。
魔王は、己と討たんとする冒険者を視界に入れているだろうに、威風堂々、昂然と厳かに座する。
自らを祭る聖堂と言わんばかりの『玉座の間』は、装飾と彩色に凝る縦に広い空間。
一段も二段も高い壇上のそこに、悍ましい彼の者がいなければ、神を崇める信奉者へ立派な大聖堂として紹介したいくらいだ。
こつり、こつり。
寂寂たる場に、静かな足音を立てるのは俺達。
猟術士を中心として、前方左右に騎士と獣人。後方に魔道士と僧侶で間合いを図ってゆく。
こつり、こつり。それから止めた。
ばさりとローブがはためき、魔王がゆらりゆらりと壇上を降りてくる。
俺の魔法は届く間合いではあるが、カレンの剣やルーヴァの拳には遠い距離。
しかし、彼女達は構えるだけで、近づく魔王には詰め寄らない。
それは、俺達が既に凄まじい威圧の中、すなわち魔王の間合いに取り込まれているということだ。
額の宝石を、漆黒に輝かせる魔王がずるり、ずるり。
不敵に微笑んでいるようにも見える。
いいとも、それでいい。俺達が恐れ慄き戸惑っていると思うなら、大いに思ってくれ。
視界の端で猟術士の小さな肩が震えている。
『まだか』と声を掛けたくなるが堪える。
きっとサクラちゃんは、恐怖に打ち勝ちながら『もう少しもう少し』と唱えているはずだから。
初手しかチャンスはない。
転移陣では、初めの火蓋を切る間でしか仕留められない。
一度しか使えない。
その重圧に耐えて耐えて、まるで直接首を締められているかのような息苦しさに耐えて耐えて――今を待ったはず。
「脱出転移陣っ」
少女が両手をかざす先で、蒼い光が弾ける。
その瞬間、光に照らされる黒の魔王が消える――。
「すみませんっ」
謝罪の声は、俺達の視線と同様に上空へ投げられる。
魔王の巨躯が高々と舞う。
回避された。転移寸前で回避された。
「カレレっ」
叫んだルーヴァが、体を捻りながら後方回転、勢いのまま更に後方宙返りで飛び上がる。
獣人が足場にするのは、振りかぶられた仲間の剣の腹――ルーヴァがカレンの一刀に乗る。
「一刀強斬っ」
上空へ剣撃が向けられれば、弾丸の如く獣人ルーヴァが飛んでゆく。
仰ぐ空で魔王とルーヴァが交差した。
魔王の襟足でも掴んで上昇する体を止めた――その反動か、逆さのルーヴァ。
「ルーヴァっ」
「うううっ――にゃあああああ!!!」
猫の気合いが轟くとともに、魔王がぐるんと回って投げ捨てられた。
落下、いや床へ叩きつけられるようにして落ちた魔王。
見事に着地をこなした様子ではあったようだが、今は蒼き魔法陣へ飲み込まれた姿がそこにあるだけだった。
遅れて、ダンっと地面が鳴る。
豊かな胸の前では、ガシガシと拳が打ち合う。
「失敗したにゃ。投げるんじゃなくて、殴ってぶっ飛ばせば良かったにゃ」




