69 新たな作戦
魔王転移作戦――。
本作戦は猟術士のスキルを使い、『玉座の間』でテレビでも見ながら寛いでいるであろう魔王を、問答無用でここ『狭間の大広間』へ召喚する。
この作戦が必要とされる理由は、魔王討伐を魔王の魔監獄送りを以って終えるためだ。
作戦行動としては、三体の魔王を総勢100名近くの冒険者達が現状のまま相手をしている間に、俺が単独で『玉座の間』へ乗り込む。
やはり、単独で行動するリスクに不安視はつくのであるが、選択肢がこれしかなかった。
戦力的に、新たな工作部隊を編成することは難しい。
そのことから少数精鋭での攻略を選ぶことになる。
強者かつ、巫女救出の実績を持つ単独行動に長けた者を考えれば、自ら志願した俺以外に該当者はいない。
当然ながら、”送転陣”は猟術士がいないと発現できないので、サクラちゃんは同行する。
なので、本作戦の相方となるレベルが30と少ししかない少女にとっては、きっと大冒険もいいところになるだろう……な。
見つめる先では、先輩冒険者に指導を仰ぎながら、後輩少女が床面の石材へ指を差す。
「赤いは受転陣。確認よし」
固定された場所にしか描けない転移陣。
魔王転移作戦で使用する陣は、床石が破壊せれれば消滅する。
俺達が占有する大広間の、”緑”扉と”青”扉側の隅にでも刻んでおけば無難なのだろうけれど、そうすると最後の魔王が転移した際に、現在の三体と挟撃されることになる。
なので、可能な限りギリギリまで”受転陣”を中央へ寄せる。
「っんじゃま、受転陣壊されないようによろしく頼むよ」
「私は何を宜しくするのでしょうか?」
カレンはきょとんとした様子で、側のルーヴァはウシシ、とニヤけた笑いを浮かべる。
「カレレがいると、イササはサクランとイチャチャこらできないにゃーね」
なんてお気楽な。
「カレンがいようがいまいが、イチャイチャなんてしない……んだけど」
白い騎士装束の帯を、きゅっと締めるカレン。
「ええと、まさか俺と一緒に来るつもり?」
「当然です。イッサは同じパーティの仲間なのですから」
何を馬鹿なことを言っているのですか、とのお叱りが続く。
「カレレだけじゃなくて、ルーヴァも一緒に行くにゃ。もしかして、イササはルーヴァも置いて行くつもりだったにゃ?」
「いや……ルーヴァ、刻印持ちだろ」
「イササはルーヴァをナメナメし過ぎるにゃーね。獣人素早い、攻撃強い、打たれ強いの格闘最強職にゃ」
猫獣人が力強くポージングすれば、そこへ赤毛のアッキーが乗り出してくる。
「それでも、絶対に回復役は必要ですよね」
「隊長殿には断っています。さあ、参りましょう」
白い騎士の手が、そっと背中に触れた。
猫の手が頭を撫でた。
赤毛の子が、俺の手を引っ張る。
「皆……」
俺の秘めていた心細さが、温かい心太さになった。
「よろしく、お願いします」
サクラちゃんの小さな会釈の後に、キョウカ女史が話す。
腹を決めたのだろう。至って無愛想だけど、協力的だ。
「伝令は回っています。貴方達は、真っ直ぐ”黒”の扉へ向かってください」
「どっから回っても、魔王の間合いの中は突っ切る形になるもんな。じゃあ、最短がマシか」
『玉座の間』への道を守るような配置となった三体の魔王ら。
「行きますか」
「ええ、推して参りましょう」
駆ける。駆ける。駆ける。
魔王と戦う大勢の仲間達の輪に飛び込むようにして、駆ける。
右方から爆風が押し寄せてくれば、左方からは舞うようにして数名の冒険者が落ちてくる。
衝撃波――。
スキルなのかただの一振りなのか、魔王が四つの腕を振り広げただけで、竜巻の如き風が起きる。
そうして獣の巨躯が、一息で走る俺達の側面へ攻撃を仕掛けた。
上腕を使った重たい剣撃と打撃。
莫大な重圧を引き受けたのは、アリーゼの男達。
『Пути――』
鼓膜をつんざく魔王の咆哮とともに男達が吹き飛べば、更なる冒険者が人壁になるように、俺達の道を作るように、迅速に寄り合う。
怒号なのか激励なのか分からぬままに、仲間の大声を後ろへと追いやる。
走る、走る、走る――走りながら、女神の名を念じる。
「また戻ってくるから、餞別ってわけでもないが」
火炎魔法の『ドラゴニール』は発動するまでに”遊び”がある。
炎の槍を形成するタイムラグだ。
だから、速射性に難があるわけなのだが、俺はこの魔法が好きだ。
”遊び”は多少の融通を利かせてくれる。
天まで届く勢いの広く高い天井には、60本近い炎の槍が生まれようとしている。
これを三束に分けて、矛先を真下へ。
紅蓮の大槍と化した三本の『ドラゴニール』。
落とし貫く先は、魔王の頭。
「頑張ってくれっ。俺からの気持ちだ」
背中の向こうで、巨大な赤い帯の柱が立つ――。




