65 アリーゼ隊
次の瞬間で、一つ前の出来事を手放さなければないほどに、大広間の状況はまさしく秒単位で移り変わった。
爆発的に大きくなった喧騒。
俺から最も近い”赤”の扉から、三体目の魔王が現れ『黄泉の刻印』が発動されて間もなく、二つの驚嘆が巻き起こる。
俺も含め、こちら側は誰しもが希望に打ち震え拳を強く握り締めただろう。
雪崩れ込んで来たあちらはあちら側で、困惑と戦慄で武器を強く握り締めるしかなかったのかも知れない。
”赤”のほぼ対面に位置する”緑”の扉。
開扉したそこには数十人を超える冒険者達がいた。
俺達デカルト隊ではない多くの仲間達。
口々に『アリーゼ隊』の名が挙がる。
「プレアデスっ」
俺は向き直りざま前方へ無属性魔法。
対峙するハメとなった赤の魔王の姿を、膨張する黒球がどんどん包み隠す。
そこへ躊躇わず、『レンブリカ』。
このスキルは単体魔法にしか使えないが、『プレアデス』を二発放つよりもSPが安くつく。
「多少は――」
時間を稼げるだろ。
肥大化する黒球に重なるようにして、小さな黒球が出現している。
「マサさん、魔王は一時アリーゼ隊に任せて俺達は一度集まろう。足並みを揃えるためにも、そしてアリーゼ隊と連携するためにも」
声を掛けると同時に指示が飛ぶ。
丙班は”緑”の扉目指して疾走する。
「魔法使いの兄ちゃんは知っていたのか。あそこからアリーゼの連中が来てくれるって」
「その、正直アリーゼ隊のことは頭になかった。とにかく四体目の魔王が登場してくることはないとだけ――」
切る風に髪を撫でながら振り向く。
後方となった”赤”の扉が、徐々にその口を閉じていた。
「そういやマサさん。刻印持ちになったけど大丈夫?」
「なんとなくだが、魔王が増える度にモラう確率があがってるような気がしねえでもねーけどよ、三度目にしてとうとうモラっちまったな。けど、はんっ、増援が見込めたんだ。まったく構わねえさ」
『デカルト隊っ。これはどういうことだっ。どうしてここが戦場になっている!? どうして魔王が複数存在しているっ』
向かう先から、アリーゼ隊の誰かが大声で大広間に問うている。
「気持ちがよく分かる質問だ」
「がははは、アリーゼの連中驚いていやがるな」
笑い声が並走する。
「しっかし、魔法使いの兄ちゃんが刻印持ちにならなかったのは意外だったな。見るからに幸が薄そうな兄ちゃんだから、おりゃ心配してたんだが」
俺が苦笑して返す熊のおっさんは、軽口を叩けるくらいには心に軽さを取り戻したようだった。
魔王らが奮うその猛威には、自らが刻んだ印のある者達を優先的に仕留めようとする動きがある。
ただただ冒険者への殺意がそうさせているのかも知れないが、仲間を庇う俺達にとって、刻印持ちを傷めつけられることは痛手だ。
後手に回ろうとも、俺達は仲間の保護を第一に考える。
アリーゼ隊の合流で慌ただしい戦場は、戦える者が中央にて魔王らを食い止め、端に待機及び離脱する者を送る様相となってゆくようだった。
脅威へと向かう人波のほとんどはアリーゼ隊であり、退く形になってしまうのはデカルト隊となった。
それから、アリーゼ隊が開扉した入り口も今は閉じている。
つまり、また閉鎖空間となった戦場である。
だがしかし、内部で渦巻く風向きは変わっていた。
100対3の構図は苦境の俺達に僅かばかりの余裕を持たせてくれたし、なんでも『猟術使い』のスキルがあれば、いつでも扉の解錠が可能らしいし、舞い込んでくる話は明るいものだった。
そして、”緑”の扉付近では、まばらに集まる人影。
待機者達に紛れる俺と肩車の歌姫から解放されたアッキーが、折れた石柱側で相談していた話は魔王の魔監獄送りについて。
「うーん。ボクも『狭間の大広間』が生まれてしまうのにもかかわらず、摂理の乱れを維持する理由は気になってました。言われてしまえば、もうそれしか考えられないです」
「摂理の乱れって、城の防衛策にしては魔物側も影響しちゃうからさあ、中途半端だよなって」
「だとしたら、『玉座の間』にいる四体目、最後の魔王を倒しても、魔監獄送りではなく別のどこかへ送られるだけになります。ボク達としては魔監獄での時間的拘束を望んだ上での討伐なのですけれど、ただの転移になりますよね」
「あとアッキー。『分裂』の具合は不明だけどさ、最大数の”四”は分かってるじゃん。じゃあ、ここにいる三体を倒したら最後の魔王、また『分裂』できんじゃね? 的な」
ルーヴァの言葉を借りるなら”セコイ”んだけど、最後の魔王は極力俺達とは戦わない腹積もりだと俺は悟った。
『分裂』を目の当たりする前は、覚悟だと思いジリジリ胃を熱くしたが、そこにはもっと先があった。
冷ややかな戦略。
最後の魔王さえ存在できれば、『狭間の大広間』の魔王は捨て石にできる。
そして、最後の魔王が座する『玉座の間』での魔王討伐は、俺達の望む意味でのそれには為り得ない。
「ボクとしてはドロップアイテムが増えそうな気がするので、ある意味『分裂』は歓迎できるんですけれど」
「た、たくましいな。アッキー刻印持ちなのに……」
「仮に、この城でボク達が望む結末を迎えたいのなら、全部の魔王をこの正常な場所で倒すしか手がないってことですよね?」
「ああ、だな。けどさ、最後の魔王がここにノコノコ顔を出すとは到底思えない。俺だったら絶対近づかねーもん」
「ボクも立ち入りません。……そうすると、あそこの魔王達を倒しても徒労に終わるんですね。なんだか虚しい――あっ、カレンさーん」
不意に声音が跳ねる。
アッキーが目一杯腕を伸ばし大きく手を振る動作を送ったところには、呼ぶ名の通りの乙女の姿があった。
どうやら、歌姫回復(サーシャの力を使ったレベルアップ時の回復方法)が終わったらしい。
遠目でも、凛とした身のこなしが分かるカレンが小走りになる。
長い黒髪が上下に弾み広がる。
「戦いっぱなしだったんだから、別にゆっくりでいいのに……」
段々と近づく労う相手を眺めながら、なんだかんだでカレンとはまだ言葉を交わしてなかったなあ――と、思った瞬間思い出す。
どうしてそうなのかを。
「そ、そういや、元はと言えば俺が落とし穴にハマったから、カレン達とハグレたんだっけ」
罠にハマった時点でカッコ良いも悪いもないんだが、俺の中では”落とし穴に落ちた”って響きが、すんごいアホの子っぽくて耐え難い。
そこに穴があったら入りたいレベルで恥ずい――否。
「穴に入ったから、恥ずかしいんだけどさ……」
小声でブツブツ言ってたら、いつもの可憐な騎士カレンがご到着です。
「ども」
俺はこぢんまり右手の手の平を向けて挨拶。
そうしたら、胸元で上げていたその手を取られた……取られたというか、カレンから温かみのある両の手で、柔らかく包み込まれた。
さらに少しばかり、そっと身を寄せたカレンからは、祈りを捧げるようにその額を添えられた。
「心配していました……」
伏せたままにカレン。
「イッサさん、『落とし穴に落ちました』のパーティメール以降、音信不通でしたからね」
「い、いろいろドタバタしててさ」
どぎまぎしながら隣へ応える。
「――でも」
視線を戻せば、緩やかに起こされる。
艶のある黒髪の束が、さらりと流れた。
心音がひとつ、とびきりに高く鳴って……後は知らない。
「イッサのことですから、きっと大丈夫だと私は信じていました」
それはそれは、とても素敵な笑顔だった。




